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カニ人アドカレ2023『イメージブレイカー』


はじめに

※こちらの文章はみえ様主催の「カニ人アドカレ2023」6日目、12月6日の記事です。
5日目→マリマリが大人になった時の話

こんにちは、ココノエマツキです。X(旧Twitter)では芋子の名前を使っています。
カニ人ワールドのニンゲン界出現、5周年おめでとうございます!
当初やまたのおろちちゃんのお話を載せる予定でしたが、つい先日スケッチされた雪虫人虫ちゃんにヘンタイニンゲンの何かが刺さってしまい、情熱のまま書いてしまいました。
北海道住みニンゲンにとって雪虫ちゃんは幼なじみ、ラブコメヒロインでいえば出会い頭にぶつかってくるあの子です。
今年はめちゃめちゃ発生して『数の暴力』という単語がよぎりました。屋根や庭に積もってたよ。
その油分で、庭を歩いてる時滑って転びそうになりました。危険。


以下に記事の内容を紹介しています。
目次から、お好きな順番でお楽しみ下さい。

『イメージブレイカー』
カニ人ワールドをもとにした二次創作小説です。虫っ子武闘劇場での雪虫人虫ちゃんVSサソリ人虫ちゃんの対戦試合。雪虫ちゃんの過去や技は私の妄想です。もし小説やアニメの小ネタに気が付いたらにやにやして下さい。当社比ちょっとボリュームがあるので、お時間ある時にどうぞ。

登場人物紹介
サイトからの引用が多いです。文章の余韻を大事にしたい方は少し時間を置いて読むといいと思います。ドン引きヘンタイみがにじみ出ている気がして……。

雪虫ちゃんイメージソング
一番しかないうえに歌詞のみです。作曲の技術はないので、なんちゃってイメソンです。雰囲気で作詞作曲としています。ほかに地下アイドル風のチェキ画像も作りましたが、自分にドン引きして載せられませんでした。


『イメージブレイカー』


 赤いドーム型の建物へ人々が列になって歩いている。彼らはこの国、虫の国の住人は人虫族と呼ばれる昆虫の要素を持った者たちだ。
 ドームに近づくにつれて『虫っ子武闘劇場』『本日開催!』と書かれたのぼりが道なりに並び、武闘劇場に来る客を見込んだ食堂や軽食の屋台がひしめきあっている。

「いらっしゃい! 良かったら食べていってね!」

 定食屋の入り口でのれんを上げて、白い帽子に割烹着姿の女将がほがらかに呼び込みをしていた。オオハサミムシの女将特製、果物と蜂蜜を煮込んだスープが評判の店だ。道行く人々は店から漂い出した甘い香りに誘われ、まだ昼食に早い時間だというのにひとり、またひとりと席に着いている。
 草食系の人虫たちにとって、果物と蜂蜜の組み合わせは間違いのない味。約束された美味のひとつなのだ。
 定食屋のすぐそばには武闘劇場の出場者たちを写したプロマイドを売る露店もある。
 強さと美しさを兼ね備えた彼女らは観客にとって賭けの対象でもあり、日々の生活に潤いを与えるアイドルでもあった。
 ちなみに武闘劇場の売店でも、もちろんプロマイドは買える。しかしこういった非公式の店では割高な代わりに、絶版になった過去のプロマイドやすでに闘技から引退した者のも扱っていて、劇場への行き帰りに必ず立ち寄るファンが多い。
 人が人を呼ぶ、発展の連鎖。
 ここは国の中心部からやや外れた場所でありながら、にぎやかなひとつの街へと変わりつつあった。

「入場券あるよー! 立ち見じゃなくて前から三列目で座って見れるよー!」

 今日の対戦は座席付きの入場券がすでに売り切れてしまったのか、ダフ屋のカナブン少年が大きな声を張り上げている。

「お兄さんたち券持ってる? 今からじゃ立ち見も厳しいよ」

 立ち見席は安いものの武闘劇場側がめいっぱい詰め込めるだけ客に券を売ってしまうため、人気の対戦では闘いそのものが見えない場合もあるのだ。
 カナブン少年に声をかけられ、プロマイドを物色していたふたり組のトンボ青年が手を振った。

「ごめん、俺たちもう前売りで買ってあるから」
「他あたってね」

 カナブン少年は『そっか』と短く答えると、また別の相手に声を掛けようと去っていった。

「あっぶねー。前売り買っといて良かったよ」

 赤いパーカーを着たトンボ青年が、連れの青年へ言った。こちらは茶色のジャケットを羽織っている。

「俺たち飛べるから、別に立ち見でも構わなかったんだけど」
「えー? いやいや間近で見た方が絶対いいって!」

 今日は数週間ぶりに復帰した雪虫人虫対サソリ人虫の対戦だ。観客の期待が高まっているのは、武闘劇場へ向かう人々がそわそわと浮き足立つ様子からも伝わってくる。
 ふと、ジャケットトンボ青年の眼に武闘劇場のポスターが映る。 商店街の土壁に貼られたポスターには、赤く『指定席完売!』の文字が加えられていた。

「やっぱ今日の試合、人気あるんだ」
「そりゃサソリちゃんと雪虫ちゃんの闘いだし、この組み合わせも久しぶりだからな!」

 ポスターにはふたりの人虫選手が向かい合うかたちでおさまっている。
 ひとりは艶やかに光る褐色のハサミと尾を振り上げたサソリ人虫の娘。長い髪を編んで後ろに流し、白い歯を見せ不敵に笑っている。人体部の衣装からのぞく腹部や腕はたくましい筋肉が発達しており、荒々しい戦いを好む人気選手だ。
 一方、雪虫人虫はサソリ人虫と何もかもが対照的だった。
 淡い薄紅色の髪をツインテールにし、少女めいた無邪気な微笑みを見せている。髪と同じ色の衣装に包まれた身体はきゃしゃで、ふわりと薄い翅が一対。その背後に身体を覆うほど大きな白い綿毛を広げ、まるで雲に乗ったようにも見える。とても格闘技の選手には思えなかった。
 しかし彼女は何よりも闘いを、血を見るのが好きなバトルマニアだった。ひとたび試合が始まるとレフリーを無視し相手が動かなくなるまで攻撃をやめない。やめられない。
 虫っ子武闘劇場はひいき選手目当てに訪れる観客の入場料と、勝敗結果の掛け金で成り立っている。選手が負傷で長期離脱すれば当然試合回数も減り、客足も遠のいてしまう。
 そういった理由もあり、雪虫人虫はしばらくペナルティを受けて休んでいたのだった。

「……入口も混みそうだな。早めに座っとくか」
「だな!」

 トンボ青年たちは翅を広げると、まっすぐ武闘劇場を目指して飛んで行った。


 一方、虫っ子武闘劇場の出場者控え室では、黒いスーツの上下を着たカニ型の生物がこんこんと雪虫人虫に向かって注意していた。

「雪虫ちゃん、くれぐれもやりすぎには注意するカニよ。相手はサソリちゃんだし死なないと思うカニが、レフリーが止めに入ったらゼッタイ従うカニ」
「わかってまーす! 今日は大丈夫だってば」

 椅子に座った雪虫人虫は脚をぶらぶらさせながら、りんご樹液ジュースをストローで吸っている。ジュースはファンからの差し入れだ。熱心なファンが試合の日は花束やお菓子を贈ってくれるのだ。

「えっと、ようは血を流さなきゃいいんだよね」

 ほわほわの笑顔で殺伐とした発言を返してきた。

「まあ、そうカニ……」

 カニ型の生物が疲れたように八の字ヒゲのついた頭をうつむかせた。
 彼の赤く丸い頭部を見た者は、武闘劇場が彼らの姿を模したものだと気付くだろう。
 彼らはカニ人──虫の国がある地下世界アガルタの住人ではなく、マリアナ海溝生まれの甲殻類型人類だ。天敵である人魚族の情報を集めるため、カニ人はいくつもの探索班をマリアナ海溝から送り出している。そのひとつがアガルタにたどり着き、思わぬ商才を発揮することになったのだ。
 それが賭博という娯楽が楽しめる『虫っ子武闘劇場』だった。
 当初はある程度見せ場を盛り込んだ試合の流れをあらかじめ作っていたが、カニ人たちが思う以上に人虫族は好戦的で毎回真剣勝負を繰り広げた。
 それが更に観客へ興奮をもたらし、毎回満員御礼の人気興行となっている。
 
「……カニ人は面接で雪虫ちゃんを採用したから、ちょっとだけ気にしてるカニ」

 独り言に近いせいか、カニ人の声は弱々しく響いた。

「イナカから出てきた雪虫ちゃんを、本当にここの選手にして良かったのか……」

 まだ登録選手も少なかった頃だ。一緒に面接を行ったカニ人の仲間は、武器も持たず幼い見た目の雪虫人虫に難色を示した。
 しかしこのカニ人は、静けさすら感じる雪虫人虫の瞳に他の人虫たちにはないものを感じて採用を押し切った。

「あたしは感謝してるよ。ここに入れて」

 鏡に向かってアイラインのメイクを直している雪虫人虫が、カニ人を振り返らずに続ける。

「実家に仕送りもできるし、美味しいごはんも食べられるしね」

 その口調はあくまで何気なく、鏡に映る表情もほがらかなまま。

「それに『雪虫なんて弱っちいんだろ』って決めつけてるみんながびっくりするの、好きなんだ」

 雪虫人虫が鏡越しにふふっと悪戯っぽくウィンクをする。

「もう雪虫ちゃんを弱いなんて思ってるお客さん、いないカニよ」

 カニ人はほんの少し肩が軽くなったような気がした。いや、やはり試合のことを思うとお腹のあたりが痛み出す。いっそ試合場に芝生でも植えれば緑の血糊も目立たないだろうか……。

「そろそろ試合時間カニ。雪虫ちゃん準備できてるカニか?」

 選手控室のドアをノックする音に続き、別のスタッフカニ人が顔を出した。

「はーい、雪虫行きまーす!」

 椅子から立ち上がり、軽やかに床を蹴って雪虫人虫が宙に浮く。そのまま空中で一回転し、

「またね、支配人さん」

ひらひらと手を振って通路へと出て行った。


 虫っ子武闘劇場はドームテントで、中央にある円形の試合場をぐるりと囲むように観客席が設けられている。人虫の選手たちは身体の大きさも様々で、激しい闘いに観客が巻き添えにならないよう試合場と席の間は高い塀で隔てられている。
 劇場一杯の観客が、選手の入場を待ちきれず推している側の名前を連呼し始めていた。

「サ・ソ・リ! サ・ソ・リ!」
「ユーキ・ムシ! ユーキ・ムシ!」

 両者の声援の大きさに差はなく、ひとつの大きなうねりとなってその場を満たしている。

「サソリさんだろテメーら!」

 突然、低いながらよく通る声が熱気に水を差した。

「……けど悪い気はしねぇ。こっちも熱くなる」

 一瞬の静寂、そして再び観客の歓声が劇場を包み込んだ。

「サソリ姐さーん! こっち見てくれー!!」
「今日もガツンとかましてくれよー!!」

 塀に二か所ある選手専用の入場口の一つに、サソリ人虫が姿を現している。
 声援へ片手を上げて応えながら、サソリ人虫はゆっくり闘いの場へ進み出た。ニンゲンの下半身がサソリと合体した姿だが、サソリ部分とのバランスがよく移動に安定感がある。

『熱き砂漠からの刺客! 豪快なハサミ技と必殺の毒注入でおなじみのサソリ人虫ちゃん入場カニ!!』

 選手紹介のアナウンスが流れ、観客から大きな拍手がわき上がる。
 サソリ人虫が試合場の中央に立った時、もう一つの選手入場口が開いた。

「おかえり雪ちゃーん!」
「待ってたよー!!」

 雪虫人虫が漂うように飛びながら、観客に向かって笑顔で両手を振った。

「ありがとーみんなー!」

 アナウンスが雪虫人虫も紹介する。

『血まみれファイトで観客を恐怖のドン底へ突き落とす、白い妖精……いや白い悪魔! 雪虫人虫ちゃん、久しぶりの入場カニ!!』

 虫の国で人虫族とニンゲンの間に生まれた子供は可憐な美しさを持っている。その姿を指して“妖精”と呼ばれているのだが、雪虫人虫の片親がニンゲンという情報は面接の履歴書になかった。
 その姿はハーフである可能性も否定できないが、実際のところ不明である。
 妖精といっても、雪と風を呼ぶ“戦闘妖精”の方が彼女には合っているのだが。
 選手ふたりが試合場の中央に揃ったところで、その間にレフリーを務めるカニ人が立った。他のスタッフカニ人とレフリー役で見分けがつくよう、黒のスーツ上下ではなく白黒ストライプの半袖ポロシャツと黒いズボンを身に着けている。
 冷静で公平な判定、闘う選手の邪魔をしない絶妙な位置取り、おのれの手足がちぎられようともレフリーをやめないガッツ……そんな姿を認めた観客は畏敬の念をこめて彼をこう呼んだ。
 “レッドフェイス”と。
 レフリー・レッドフェイスが選手ふたりに勝利条件を説明した。

「試合は一時間一本勝負カニ。その間に意識をなくしたり、動けなくなった側が負けカニ。一時間たっても勝敗がつかない場合は引き分けとするカニ」

 レッドフェイスは雪虫人虫の方を向きながら続ける。

「試合続行できないような相手への、過度の残虐行為は止めるカニ。レフリーストップには従うカニよ」

 もう何度も参戦してルールを知っているふたりだが、これは初めて来た観客に向けた説明の意味合いもある。
 雪虫人虫が誘うように指先を振って、サソリ人虫へ微笑んだ。

「ステゴロ勝負といこっか、サソリちゃん」

 素手での喧嘩をステゴロと呼ぶ。雪虫・サソリのふたりは武器を持っていない選手たちだ。サソリ人虫は尾に毒を持っているが、それは生来の特性なので武器に数えられなく、反則行為にも当てはまらない。
 サソリ人虫が挑発を受け、ガツッとハサミを打ち合わせた。そして喉をかき切る仕草を返す。

「上ッ等だ雪、その翅むしってリングにまき散らしてやる!」

 すっとレッドフェイスが彼女たちから離れ、試合開始を叫んだ。

「それではレディ……ファイッ!!」
「行くぜ雪ィ!」

 最初に仕掛けたのはサソリ人虫の方だった。
 低い姿勢から一気に距離を詰め、その身体をハサミでつかもうと鋭い突きを繰り出す。

『先手はサソリ人虫ちゃんカニ! 突きバサミ攻撃カニ!』

 場内アナウンスが闘いの様子を実況している。これで立ち見席の後ろにいても、ある程度試合の様子が知れるのだ。
 圧倒的な対格差があるはずのサソリ人虫が先手を打ったのには理由がある。
 雪虫人虫相手に、持久戦は通用しない。
 過去の対戦では時間が長引くほど、サソリ人虫にとって不利な試合運びとなっていた。

『これは当たると痛そうカニ! でも雪虫人虫ちゃんは華麗にスルーカニ!』

 どんな攻撃も、当たらなければ意味がない。
 翅を動かす様子も見せず、地面すれすれに浮いた雪虫人虫の身体はハサミからすり抜けていく。    
 雪虫人虫が持つ極軽量の身体が突きの風圧で流れ、捉えきれないのだ。突き立てられたサソリ人虫のハサミが試合場の地面をえぐり、巨大な穴を次々と作っている。
 以前の試合では大振りな動きをやみくもに繰り出し、消耗したところを──。

「チッ!」

 短く舌打ちしてサソリ人虫はハサミを跳ね上げるように振った。
 ハサミには白い糊状の液体が付いている。
 それを足元の砂で拭って、サソリ人虫は冷静さを取り戻した。

「同じ手が通用するかよ、雪」
「それはサソリちゃんもでしょ」

 液体の正体は、軽くいなした動きで雪虫人虫に付けられた綿毛だった。
 雪虫人虫の腰から背へ広がる白い綿毛、それは体内から分泌された蝋に似た物質だ。
 地上に存在する昆虫の雪虫とは異なり、体温の低い雪虫人虫の綿毛は身体から離れると気化し始め、発火性を帯びる。  
 前回の対戦でサソリ人虫は気付かぬうちに全身に綿毛を付けられ、炎で丸焼きにされた。
 焼け焦げた部分が脱皮で回復するまでしばらくかかり、試合に出られない屈辱の日々をサソリ人虫は忘れていない。

『今度は雪虫人虫ちゃんの燃えワタ攻撃が始まったカニ! くっついたら火がボーボーカニ!』

 それからはつかず離れずの攻防が続いた。重量級選手であるサソリ人虫の攻撃は、一度でも当たれば大ダメージを免れない。それを雪虫人虫も理解していて、動きの隙を根気よく狙っている。
 腕一本を焼いてでもあの綿毛を封じなくては、そうサソリ人虫が考えた一瞬。

「ねえ、よそ見しないでサソリちゃん」

 目の前に雪虫人虫の顔があった。汗ひとつかかず涼しげに、すべての生物に作用する重力の枷すら断ち切ってふわりと浮いた妖精の姿。
 罠だとわかっていても、悔しさをくべた怒りの劫火が思考を焼いていった。

「すかしてんじゃねぇぇえ!!」

 サソリ人虫が背後の尾を振り、それが生み出した風圧を壁へ向ける。跳ね返った風が雪虫人虫の身体を横へ流し、飛行のバランスを崩して綿毛に覆われた背中が丸見えになった。
 そこをついて、サソリ人虫渾身のハサミの一撃が綿毛に叩きこまれる。

「っ、か……ぁ!?」

 困惑した声がサソリ人虫の口から漏れる。
 ひとつは綿毛の持つ、尋常ではない硬さに。
 もうひとつは綿毛から伝わる、異様なまでの冷たさに。
 綿毛をハサミで切り刻もうとしたはずなのに、サソリ人虫は超硬質の壁を殴ったような感覚に陥った。
 反射的に腕を引いたが冷気の漂うハサミの表面には霜が浮き、痺れてしまってまったく感覚がない。

「……こんな力もあったのかよ」

 あの子の見た目にだまされるな、そう何度もまわりから聞かされてきたと言うのに。相手を魅了し油断を誘う、それこそが雪虫人虫最大の武器なのだ。
 しかしわかっていても抗えない、それ程までの魅力だというのも事実で。

「これに触れられたの、サソリちゃんが初めてなんだからね」
 
 綿毛を手のひらでなぞりながら雪虫人虫が言った。
 虫の国の辺境、様々な耐性を持つ人虫族であっても生き延びるのが難しい高山の豪雪地帯。それが彼女の故郷だった。低い体温や、非常時に暖を取れる綿毛は厳しい環境に適応した結果だった。
 “雪の虫”その名の通り、彼女は炎だけではなく氷の能力も持っていたのだった。
 ヒュッと飛翔した雪虫人虫が素早くサソリ人虫の背後を取る。
 そして衣装からむき出しになったサソリ人虫の首へ、細い腕を回して締め上げた。

『雪虫人虫ちゃんがサソリ人虫ちゃんの首を絞め始めたカニ! これは決まるカニ!?』

 レフリー・レッドフェイスがスッとサソリ人虫の表情が見える位置へ移動した。

「支配人さんにも血はカンベンって言われてるから。そろそろお終いにしよ?」

 首を絞め続ける雪虫人虫の腕をはがそうと、サソリ人虫はニンゲン側の両手で抵抗した。しかし雪虫人虫の腕から伝わる冷気が、抗う意思をわずかずつ削り取る。
 尾とハサミで雪虫人虫の身体を何度殴っても、白い綿毛の盾に打撃を阻まれた。
 ギリギリと首を絞められ、急速にサソリ人虫の意識が薄らいでいく。観客が送る声援も、アナウンスも、すべてが遠のいて……。

「ま……だ、終わっ……てねぇ!!」

 切れ切れにサソリ人虫が呟き、尾を振り上げる。

「……どっち、が……先に、落ちるか、勝……負だ、っ!」

 そして尾の先端から毒素を含んだ霧を散布し、その場を毒霧で包み込んだ。サソリ人虫の持つ毒は麻痺毒で、致死性のものではない。本来は身体へ直接注入してはじめて効果があるものだ。
 空中へ散布された毒素が呼吸とともに取り込まれ、雪虫人虫が一瞬でも力を緩めればそこに勝機がある。

『サソリ人虫ちゃん逆転への毒霧カニ! これは雪虫人虫ちゃんでもひとたまりもないカニ!』

 呼吸を止めているだろう雪虫人虫が、どれだけ長く耐えられるのか。
 観客たちにとってもほんの数秒がひどく長く感じられた。
 朦朧とした意識の中、ふとサソリ人虫は首を絞める力がゆるんだ気がした。

「待ちの闘いなんて、あたしらしくなかったよね」

 背後でつぶやく雪虫人虫の声、パチパチと燃え上がる炎の音、そして激しい熱。
 とっさに前方へ転がりその場を離れたサソリ人虫は、両手に巨大な炎を灯し中空に浮かぶ雪虫人虫を見た。自身の持つ綿毛をすべて炎に変え、この一撃で勝負を決めるつもりなのだろう。

「来いよ雪!!」

 まだ動く左のハサミを大きく掲げ、サソリ人虫は六本の脚を深くその場に突き立て衝撃に備える。
 雪虫人虫は燃え盛る拳を叩きこむべく急降下してくるはずだ。それは触れることさえできない雪虫人虫と、拳同士を交わせる最後の機会。

『雪虫人虫ちゃんとサソリ人虫ちゃん、ステゴロ勝負の行方は──!?』

 にっこり雪虫人虫が微笑み──消えた。
 と、その場の誰もが思った瞬間、ハサミを炎に包まれたサソリ人虫が試合場の地面を深くえぐりながら壁へ飛ばされ、燻ぶりながら止まった。
 レフリー・レッドフェイスがサソリ人虫の意識がないことを確認し、勝者の判定を下す。

「勝者、雪虫人虫!」
『本日の試合は雪虫人虫ちゃんの勝利カニ!』

 観客から歓声がわき起こり、紙吹雪や花束が投げ入れられた。

「雪ちゃん良かったよー!」
「いい試合だったー!」

 ひらひらと落ちる紙吹雪に雪虫人虫は故郷の雪を重ね見ていた。ここに冷たい雪は降らない。

「みんな、今日は応援ありがとう。また試合見に来てね」

 雪虫人虫はわずかに残された綿毛を手に取ると、一礼して細かく砕き空中から振り撒いた。無数の赤い小さな炎が観客席の上に広がるが、一瞬の幻のように人々へ触れる前に消えていった。 

「サソリ姐さん、戻ってくるの待ってるから!」
「また熱い闘い見せてくれな!」 

 スタッフカニ人に支えられ、サソリ人虫も観客席へ一礼すると選手入口へ向かって歩き出した。

「サソリちゃん!」

 そばに雪虫人虫が来たのを見て、黒く煤けた顔のサソリ人虫は歩みを止めた。

「私の負けだ。全然敵いやしねぇ。どんな訓練積んだらその細腕で、あんな力出んだよ……」

 炎で焼かれたといっても短時間だったせいか、見た目よりサソリ人虫のケガは軽傷のようだ。

「えっと、企業秘密」
「なんだそりゃ」

 真顔で応える雪虫人虫に、サソリ人虫が噴き出した。
   
「すぐ治して戻るから、またやろうぜ。試合」
「うん、待ってる」

 雪虫人虫と拳同士を一度突き合わせると、満足げにサソリ人虫は再び歩き出した。
 それを見送り、雪虫人虫も花束を拾って選手控室へ戻ろうとしたのだが──。

「ゆーきーむーしーちゃーん~~!」
「あっ、支配人さん! 血は流れてないからセーフ、でしょ?」
「アウトカニ!」

 八の字髭を吊り上げた黒スーツカニ人、支配人カニ人がふるふると肩を震わせて通路に立っている。それは泣いているのか、怒っているのか、その両方なのか。

「サソリちゃんは全治三週間カニ! 看板選手をあんなにボロボロにしてくれて……復帰まで試合日程はどうするカニ! 塀や地面の修繕費はまかなえそうだからいいカニ。必要経費カニ。でも直してる間は試合もできないカニよ」
「だったら後であたしの試合を増やして……」

 雪虫人虫の申し出を支配人カニ人はきっぱり拒否した。

「相手選手がケガしまくりじゃわりに合わないカニ!」

 ぐっ、と雪虫人虫は言葉を飲み込み、支配人カニ人と並んで歩き出した。控室までの通路ですれ違うスタッフたちは試合後の興奮にまだ包まれていて、いきいきと働いている。

「……支配人さん」
「何カニ?」

 支配人カニ人の前へ進み出て、雪虫人虫がささやいた。

「でも今日の試合、燃えたでしょ?」

 炎のように燃え盛る、興奮の一瞬。それが見ている者に一時でもあるのならば、雪虫人虫はまた闘い続けられる。

「そうカニねー、サソリちゃんがボーボー燃えたカニねー」

 両手を上げて炎の動きを真似ながら、棒読みで支配人カニ人は答えた。興行主は自身の興奮の為に選手を闘わせたりしないのだ。

「そういう意味じゃないってば!」

 雪虫人虫は先を歩き出した支配人カニ人に追いつこうと、半透明の長い翅を広げた。

(終わり)


登場人物紹介

雪虫人虫ちゃん

……売店でポップコーン売られてるんだ!?
いやそれはいいとして、「この姿でどうやって闘うの?」と思いました。
その結果が今回の妄想二次創作です。
どうして血を見るのが好きなのか自分なりに考えてましたが、文章に盛り込めませんでした。

虫っ子武闘劇場のカニ人

八の字髭がリーダー感あったので、支配人カニ人ということになってもらいました。
黒スーツを着てると、カニ人の目が黒いサングラスに見えてくる不思議。

サソリ人虫ちゃん

衣装がチアガールっぽいサソリ人虫ちゃん。
ハサミの光沢がつやっつやでさすがの看板選手です。

オオハサミムシ人虫ちゃん

料理上手な癒し系人虫ちゃん。
一人でお店やってるのかな、大雑っp……おおらかな人って好きです。

トンボ人虫ちゃん

今回はモブ青年でトンボ人虫くんに出てもらいました。
水色メガネをかけているところににっこり。


雪虫ちゃんイメージソング

Image Breaker

作詞・作曲 Suzu64:p


雪みたいにはかない
なんて誰が最初に言い出したの?
ねえキミ? それともアナタ?

待ってて今すぐ
ブチのめしに行くからね
どんなに遠くたって
関係ないよ許さない

知らない誰かが勝手に作った妄想
ひとつ残らず潰していくの
現実を教えてあげる

(もっと)妄想よりも
(もっと)可愛くて
(もっと)強い

本当の私 教えてあげる

『だから会いに来てね!』

英語バージョン


It's as ephemeral as snow
Who was the first to say that?
Hey you? Or you?

Wait and now
I'm going to go to the barbecue.
No matter how far away it is
It doesn't matter, I won't forgive you

A delusion created by someone you don't know without permission
I'm going to crush every single one of them.
I'll tell you the reality

(more) than delusional
(more) cute
(more) strong

The Real Me I'll Tell You

"That's why you should come and see me!"


おわりに


毎回とても人に言えない作業時間で私はアドカレに参加しているのですが、毎年カニ人(や、それ以外)の記事が見れるので楽しみです。今年はお出かけの記事が多くて、知らない土地の様子を興味深く見ています。旅行いいなー!