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新時代の拍動(無意味な文章)

(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)

「この発見は人類の歴史を変えるぞ!」

 雑然とした研究室の中でそう叫んだとき、彼は弱冠14歳であった。

 ──彼の研究は人類の歴史を塗り替える

 多くの研究者が畏敬を込めて彼をそう評した。そして、彼はその通りの成果をまさに上げようとしていた。

 そうして彼が ”発見” した日から4年、とうとう、歴史の転換点となるこの日が訪れた。

 * * *

 会場に現れた彼の表情は、壮絶さと言えるだろうか、もはや覇気とでも呼べるようなものを纏っていた。あれから4年経った。とはいえ彼はまだ18歳だ。しかし、大きな責任が人を成長させるというが、人類の未来を背負った彼はもはや一般的な18歳の若者と比較するべくもなく、その存在感はまるで大岩が目の前に現れたかのようだった。

 私はこの会見会場に専門誌の記者として参加していた。胸には記者であることを示すカードを紐でぶら下げ、手にはメモ用のペンとタブレット端末を持っている。椅子に座った膝の上にはいつでも写せるようデジタルカメラを置き、ポケットの中ではすでに録音用のレコーダーを稼働させていた。トラブルに備え、別々のメーカーのレコーダーを3台動かしている。

 ろくにアカデミックな経歴を持たない私が、この新たな研究分野の取材を担当するようになったのは6年前のことである。人類の歴史を変える──そうとまで称される彼の研究を、なぜ博士号も持ち多くの研究者を取材してきたベテランの記者が担当しなかったのか、というと、この分野があまりにも革新的すぎて、もはやこれまでと地続きとは呼べないところに位置したからである。つまり、ベテラン記者がゼロから学ぶよりも、頭がよく回り長く集中が続く若者に任せよう、という判断が当時の編集長によってなされたのだった。

 私はといえば、多少良い大学を出たというだけで専門領域も持たず、記者としても先輩の指導からようやく独立できたか、という頃であった。とにもかくにも、担当が決まってからは必死になって論文を読み込み、彼自身にも何度も取材し、関連の学会が世界のどこかで開催されると聞けばすぐに飛んで行って取材を繰り返した。

 そうしてきた6年の積み重ねは裏切らない。私自身も、この分野においては単なる記者としてではなく、業界では一人の研究者に近い評価を得られるようになっていた。しかし、今日の彼の記者発表の内容は私も知らない。果たして、会場にいる記者たちのどれほどが内容を理解できるのだろうか、とも思いながら、私は彼がマイクの前に立つのを見守った。

「それでは始めます」

 時候の挨拶のようなものはない。それだけだ。記者たちに緊張が走る。私も、ペンを持つ手にぐっと力が入った。

「我々研究チームはこの度、ポンプラントがピラットであることをプラプースしました」

 私はその言葉を聞いた瞬間、猛烈にペンを動かしタブレットに書き込んだ。書き込みながら、臓腑の奥から興奮が噴き出すのがわかった。ポンプラントがピラット? そんな馬鹿な!

「同時に、プラメナスがピパットルにあることもプラプースすることに成功しました」

 続けざまの情報の弾丸に意識を失いそうだった。まさか、まさか、と6年積み重ねた自分が絶叫を上げている。しかし、手は冷静に動かし続ける。この分野の専門用語は半濁音が多いし、似たものも少なくない。1文字でも聞き間違えればまったくニュアンスが変わってしまう。研究成果に興奮して記事が不正確になりましたなどとは言えまい。

「その他にピピラルしたものが、ポンポシュラ、ピュラピュス、アルピパント……」

 最初は感嘆の呻きが出ていた会場も、ここまでくるともはや誰も心の叫びを抑えきれず、喧騒ともいえるざわめきに支配されていった。

 彼自身もまた興奮を強めたのか、説明が続くほどに語気は力強く、その額には汗が浮かんだ。そして──

「パルプペロートス、アンピュレラット!」

 私は心の中で大絶叫した。実際に声に出そうとしても喉が耐えられなかっただろう。それほどの、極致であった。

 パルプペロートス、アンピュレラット!

 世界が変わる! 人類の歴史は、今日を境に分けられることになる!

 * * *

 それから、気付いたら自分は自宅のソファの上で茫然と天井を見上げていた。息は荒く、前髪もシャツも汗で体に張り付いている。会見の後、どうやって帰ってきたのか、それからどうしていたのか──

 徐々に興奮が落ち着いてくる。あぁ……、と声にならない嘆きが出た。なぜ私はこんなにも悲しいのか。それは、昨日まで信じていた未来が、すでに失われたと知ってしまったからだろうか。

 視線を右に向ける。そこに、テーブルの上に置かれた端末のディスプレイに、興奮のまま書き殴られた一つの記事があった。

 タイトルは「新時代の拍動」

 そう、拍動。それは既に動き始めている──

(EON)


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