小さなお花畑

少年はお姫さまのように可憐な少女に恋をしました。

少年の住むとても寒い街の中で、唯一日の当たる場所が小さなお花畑。
そのお花畑にいる少女はまるで妖精のように可愛らしくて、少年はいつまででも見ていたいと思いました。

ある日少年は、勇気を出して少女に話し掛けました。
「こんにちは。1人で遊んでいて寂しくないですか?」
少女は優しく笑って少年に返しました。
「あなたのほうが寂しそうよ。あなたが寂しくないように一緒にいてあげる。」

それから少年と少女は毎日一緒にいました。
森を探検したり、河で水浴びをしたり、山をひとつ越えた遠くの国に遊びにいったこともありました。
次はふたつ山を越えた国に行きたいね、いつか海を越えた国にも行きたいね、と2人はいつも手を繋いで明日の話をしました。

ある日少女はいつものように小さなお花畑に花を摘みにきていました。
少年は水汲みに行っていてその日は少女1人でした。
チクッ
「痛い!」
真っ黒な蝶に噛まれた少女はそのまま倒れ、意識を失ってしまいました。

少年が水汲みを終えてお花畑につくと、少女がぐったりと倒れていました。
少年は慌てて駆け寄り抱き起こしました。
「どうしたんだい?何があったんだい?」

少女はゆっくりと目を開けると少年に言いました。
「ごめんなさい。もうあなたと一緒にいられなくなってしまったの。見て、わたしの足を。これではあなたと一緒にいられないわ。」

少年が少女の足を見ると、少女の足は真っ黒な木の枝のようなものが絡まりその枝は地面に深く深く根をはっていました。
少年の目から涙がポタポタと落ちました。
この枝は切ることも抜くこともできない、少年にもそれがわかったからです。

少女はまたゆっくりと話を続けました。
「わたしはこの先、この黒いものに全身を取り込まれてしまうわ。
あなたとの思い出も、あなたのことも忘れてしまう。
だから、お願い、わたしのことを忘れて。」

少年は怒りました。
「忘れたくないよ。忘れられないよ。きみがここを動けなくなったなら、ぼくが毎日会いに来るよ。」
少女は嬉しくて涙を流しました。

それから、来る日も来る日も少年は少女に会いにお花畑にやってきました。
毎日日が暮れるまで少女の手を握り話しました。
しかし、次第に少女の姿は黒く大きくなっていき、ついに少年は手を握ることができなくなってしまいました。
少年は帰り道たくさん涙を流しました。
忘れないで。忘れないで。

5年、10年と経ち、少年が青年に成長した頃、少女の姿は、街で1番の塔よりも大きくなっていました。
少年は青年になっても毎日お花畑に行って少女と話続けました。
しかし、青年はほんの少しだけ思ってしまいました。
…忘れない…のかな?

青年はいつしかお花畑に行くことが少なくなりました。
お花畑までいかなくたって、少女の顔は街のどこからだって見える
じゃないか、そう思うようになりました。
3日に1度、5日に1度、10日に1度、青年がお花畑に行くことはどんどんと減っていきました。

青年が大人になった頃、彼がお花畑に行くことはずいぶんと減りました。
少女のことを思う時間もあまりなくなりました。
黒く包まれていく街の中で、彼の横には少女ではない女の人が立っていました。

また月日が経ち、彼は少女ではない女の人と家族になりました。
お花畑に行くことも、少女のことを思う時間もなくなりました。
街はすっかり真っ黒になっていました。

ある晚、彼の夢に少女が現れました。
少女は優しく笑って彼に言いました。
「もう寂しくないわね。ありがとう。楽しかったわ。」
そう言うと少女は、真っ白な光に包まれて綺麗な蝶になってお花畑の方に飛んでいきました。

翌朝、彼が目を覚まし窓を開けると、真っ黒な枝は全てなくなり、とても寒かった昨日までが嘘の様に街に暖かくて柔らかな風が吹いていました。

彼は家を飛び出すと、とてもとても久しぶりにお花畑に向かって走りました。
お花畑では夢で見た蝶が、妖精のように可愛らしく飛び回っていました。

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