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Beyond the “one” Without a doubt, you’re here


衝動に従うのは楽しいねで「う〜いいねえ」って言ったところ、行きたいの衝動で行ったとしても「楽しいことだけじゃなくて、悔しかったり悲しかったりするかもしれない」と仰っていたのがとても良かったですね。

こんな時には甘いことを沢山言えるでしょう。でも、そうじゃないこともあるかもしれないよと言ってくれるのは信頼できるなあ、好ましいなあと思いました。

信頼できるから応援しているのかな、それとも応援しているうちに信頼が生まれるのかな。私は応援している男二人のことを大変に信頼し尊敬しています。その二人がチャンピオンになり大変に本当に毎日祭りだ!くらい嬉くって喜ばしいです。

今回両国大会に行くことを決めたこと、この半年くらいのこと。
その辺りの機微を書いているnoteです。感想じゃない。
そのあたりは表紙になった週刊プロレスがあるぞい!


週刊プロレスNo.2274  (2023年11月29日号/11月15日発売) | 週刊プロレス https://thebase.page.link/qgWy
表紙になったことも、とっても嬉しかった。
ベースボールマガジン社は通販してくれるのでありがたいね。


そもそも足を運ぼうと思ったきっかけは
God Bless DDT 2023 TOUR in SAPPORO【DAY1】【DAY2】
@ 北海道・サッポロ・イーワン・スタジアム
2023年10/14、15と札幌大会があり友人達もやってくる!とそわそわしている最中、一報が届く訳です。
「上野勇希選手インフルエンザで欠場のお知らせ」
私が上野くんなら何度も言いやがって…!案件ではあるが許して欲しい。
確か昼休みに知らせを見て目をかっ!と開いたら友人からもLINEが届き。
やっと札幌で会えるね的なクリス選手との前哨戦もあったので、仕方ないことだけれどこれは本人も悔しいだろうなあとまず思ったのでした。自分がアプローチ出来るところからDDTを広げようとしている男であり楽しませようとしている方だと思っているので。
兎に角回復を祈ろう…みたいな気持ちであったところに「屋形船プロレス開催」のお知らせも届く。プロレスの世界は展開スピードが早く、悲しんでいる間もなく前を向かされがち。その時は屋形船〜楽しそう〜38,000円!?!?くらいの気持ちだったのだけど。

今年の4月くらいまでかな。仕事との調整だけを考えて、会場には足を運べる時に運ぼうと考えていました。いつか行けなくなるときが来るかもしれないから、だったのだけど。5月、祖母が脳梗塞で倒れ補助が必要になったことで強制的ないつかの到来である。

とある日の仕事中に携帯が立て続けに鳴り、いつもなら帰宅しながら連絡を返すのだけど、変だな?と即折り返したら「身体が動かない」と電話口で告げられ、その呂律が回っていなかったので脳だなと判断し救急搬送を頼むのだけれども。
携帯からは現在他の最寄りにつながってしまうため手間がかかった。
消防に連絡→区内の救急搬送に電話を回してもらう。その際もしかするとドアか窓を破るがいいか?と聞かれて了承したのだが、今救急車がくるからと祖母を電話口で励まし続けた結果、祖母はなんと身体をガッツだけで動かして鍵をあけた。壊されたくなかったそうだ。そんなことある?

電話口からサイレンを聞き届けたので急ぎ自宅に戻り入院の準備をし連絡を待つも全然連絡がなくて。この場合はどうすべきなの?救急に連絡していいの?となったあたりで祖母の携帯から連絡が来た。即、看護師に代わってもらい事情を聞いたのだが連絡先の取り違えがあり、二度目のそんなことある?である。
急ぎ病院にいくも院内急患で、治療処置をしてもらいつつもめちゃくちゃに待つ。ほんとうに待った。人手不足とか言うもんねと思いつつも、連絡先取り違えなかったらもっと…いやいやいや………やっぱりそんなことある?であった。

日が変わる手前に帰宅したらテレビでDDTの選手たちが出るドラマがあり、ちょっと緩んだなあとかね。そんなことある?が何度も起こった日なので起きる時は起きるもんだよなあ…なんだか他人事みたいなことを思う。
そして今思えば何かを伝えても忘れがちであったことは年齢的なものだなと考えていたが前兆だったのかもしれない、たらればの世界ですね。

入院期間としては最短コース、年齢的なことを考えても早め回復ではあったので祖母の頑張り…とここからは完全にわたしの頑張りのおかげ(🐥イズム)
退院間際に介護認定をとるべく動いたこと、食事も配食へ切り替えをしたこと。
認定調査が来るまで約二週間、介護認定が降りるまで約一ヶ月、医者に相談しつつ事業者を決めケアマネさんが着いてくれての一安心からの諸々の契約。デイケアもショートステイも慣れるまでは様子を見つつ、手をこまねくなやってけどんどん!であった。

脳梗塞と年齢からの認知症なので新しいことは覚えるのがなかなか難しいし、もとよりの性格が出るので心配事があるとそこばかり小一時間中最多記録!よっ!くらいこちらに確認をしたり、ものを片付けられなかったり、仕事でも何から予定のある日でもとにかく連絡を入れて帰宅を促したり。

祖母を大切にしようというところと、もとより性格合わないよなあみたいなところは共存するんですよね。わたしゃ親か?くらいに何度も説教をすることもあるし、心配事はいくつもあるし、おっ!そうきたか!みたいな事案はある。勿論一緒に笑い合うこともあるよ。

誰かと生活をするって折り合いが続く。譲れること譲れないこと譲り合うこと。ところが折り合うどころかこちらが我慢をすればいいよねと思っているんだよな〜という節が、年配者にありがちではあるが、見える時もあり。その度に私はあなたの世話係ではないのですよ、対応出来ないことが増えてしまえば施設入所も考えているとは伝えている。そしていつかの将来そうなるなとも思う。寂しいね。

だからこそ、その地点まで頑張ればいいし我慢をしたらいいと思っていたのだけれど。ある日突然あら?それはいつ?と思ったのである。我慢を続け手に入る証は美しくて尊いのだろうなとも思うし、実際見届けることをしている方も知っていて、なんて凄いことをしたんだろう!とも思う。

わたしも見届けることになる、だけどそこを頑張りと我慢と愛情で乗り切るって抽象的すぎる。もう少し確実な乗り切り方があればいいのに、それは手探りであるからこそ、もっともっと愛情深い方から見たらドライだな冷たいと思われることなのだろうなあと考える時もあるけれど、私には私の人生があり、全てを投げ打つことは難しいなあと思っているんですね。私の周りは幸いなことに頼れるものに頼ること、自分の楽しみも幸せも見つけることと言ってくれる方が多いのも助かっているなあと。

その気持ちを抱えて暫く過ごしていたところで、衝動がやってきたんです。
上野くんが札幌で見れないなら行っちゃえばよくないかしらと。元々二人がベルト挑戦することを決めてから行きたいなあという気持ちが、ずっとずっとあって。
でも行くにはクリアしないと行けないクエストがあり、それはいつクリアしようかなあ…あれ?いまか?みたいな感じで。

わたしの衝動氏は「やあこんにちは。ちょっとお邪魔するね」くらいの柔らかさでやってきて、ちょっといるね〜って札幌大会の間中いて、試合を見て友人と会ってあれこれのうちに家をしっかり建ててしまったのでありました。熱くて勢いのあるものではなかったけれど、穏やかに確実に受け止めて。

ショートステイの日程自体は打診をしていたので、あとは長期間祖母が滞在できるかどうか、帰る日の迎えが出来ない状態でもいけるのか、わたしの休みは取れるのか等々のクエストクリアの後に屋形船と飛行機とホテルを申し込んで。従って動くことの心地よさ、全部終えた時にはやりきった!くらいの気持ちでありましたね。
これからだよ。


両国でMAOさんが第12代DDT UNIVERSAL王者になったあとのマイクで「今日この日のために、朝も起きて、きっちり支度して、こんなに沢山の人が集まっています」と仰っていてね。これねえ、嬉しかったなあ。私だけじゃないよこの日のために集まった人達は沢山いて。画面の前に集まった人達もいて。それは当たり前なんだけど当たり前って思ってないんだなあと思って、また、ぐっと好ましくて。


竹下くんの写真をあげた時に架虫社さんが反応されていたのだけど。ユニバースで目撃しますって、やりとりもいいなあ思ったのでした。

生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で 重なり合うよ

うちで踊ろう/星野 源

わたしの好きなもう一人の男星野源の曲です。
流行り病の最中に作られた曲ではあるけれど、このマインドって大事ですね。

沢山足を運ぶことも愉快なことだし、行かなくとも直向きな思いを持っていることもあるし、地方にいて年に1回か2回来てくれることを喜んだり、タイミングが合えば出かけていくことだって、愉快。そう私愉快になっているのですよ。

大変なことは沢山あれど、これいいな、羨ましいな、これしたいなと思うことは良しとして。実際できるかどうかとは別にして考えること。衝動は後から生きてくることが沢山あるから。だから何がいいも悪いもないんだよね。それぞれを、それぞれにやりましょう。そんなに気にしないでいいよ〜楽にやっていいよ〜あなたの糧にしちゃいなって、と年嵩は思います。

MAOさん上野さんの2023年って何かを好きでいること、そこに地続きで何か別のものを好きになること、気にすること、世界が広がること、繋がることを大切にされていたのではないかなあと思うので。

勿論ね「会場をいっぱいにしたい」と仰っているので、気にすることで足を運んでくれる人が増えたら嬉しいんだろうなとも思うし。私は今年久しぶりに行ったライブハウスも両国でも、響くような歓声とか音の揺れで、ああ、ここにいます!現地にいるのは素晴らしい…とも思ったのではありますが。


今回は沢山インタビューや想いを知るタイミングがあり、ほんの少し気持ちに触れられた気がして嬉しかったことも置いておこう。

想像するしかないことを目の前に出されると嬉しいですね。とても程よかった。
日が近づく度に沢山応援したいという気持ちと、二人はベルトを取るんだ!という気持ちが強くなっていたなあと思います。ベルトは証で、あれば輝くが、なくてもあなたたちが輝かない訳ではないのだけど。

もとより声は通らないし特にいい声とかじゃないのもあり試合中に声援を送ることが今まで殆どなくて。きっと二回席だから届かない、だけど名前を叫ばずにはいられなかったんですよね。まお〜!うえの〜!と。これもとても良い衝動だったな、と思います。

王者になるのは、おしまいめでたしめでたしじゃなく、確実にそこから続き、とても大変なことであるなあと思います。だけどあなたたちの物語を見せてと思うのです。クリス選手のお話も愛のあるチャンピオンで好きでした。二人はどんな話を描くのかなと思うと、とても楽しみなんだよね!

タイトルは勿論のこと、こちらから。応援の歌。


二人の「いち」を超えた先
わたしの「位置」を超えた先

両国の前夜祭も、両国国技館大会も、屋形船プロレスもどれもこれも楽しかった。思い出してはああ、よかったなあと浸る瞬間があります。また頑張れそうです。


ちょっとした、おまとめ。楽しかったから作っちゃった。


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