呉座勇一への懲戒処分とテニュア付与

昨年10月に完結した前回連載「あれから1年」から1年あまりぶりとなる第4回連載「いくつかの結末」を開始します。
本連載の記事本数は合計5、6本くらいにするつもりですが、予定はあくまで予定です。

なお、記事1本だけの
「無題」(https://note.com/mshin0621/m/m38195d59fc80)
は、連載でなく番外篇として扱うことにしました。

連載初回の本記事では、呉座勇一の労働訴訟2件が和解で決着したため、その和解内容などについて考察します。
なお予め言っておくと、私は訴訟記録などを閲覧しておらず、以下の考察はネットで公開されている情報に依拠したものです。


主な時系列

2021年

  • (1月12日付)国際日本文化研究センター(以下、「日文研」と略す)が、同年10月に呉座(当時、日文研テニュアトラック助教)を准教授に昇進させテニュアを付与すると呉座に通知する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」)。

  • (3月下旬)呉座が、(旧「Twitter」、現「X」)で大炎上する。

  • (8月6日付)日文研が、呉座に「テニュア付与に係る再審査結果について」を送付し、テニュア付与撤回を通知する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」「示現舎記事」)。

  • (9月13日付)日文研の上部法人であり人事権のある大学共同利用機関法人人間文化研究機構(以下、「機構本部」と略す)が、呉座に停職1か月の懲戒処分を通知する(ソース「機構本部お知らせ」「京都新聞記事(魚拓)」)。

  • (9月17日付)呉座が、機構本部からの懲戒処分について機構本部に不服を申し立てる(ソース「呉座ブログ記事(魚拓)」)。

  • (9月末日)呉座が、テニュアトラック助教としての任期5年を満了する。

  • (9月某日)呉座が、機構本部を相手取り無期雇用の地位にあることなどを確認する訴訟を京都地裁に提起する(ソース「京都新聞記事(魚拓)」「示現舎記事」)。

  • (10月1日)呉座が、日文研の機関研究員(非常勤)となる。

  • (10月11日付)機構本部が、呉座からの懲戒処分不服申し立てを(再審議の結果として)却下する(ソース「呉座ブログ記事(魚拓)」)。

  • (11月某日)呉座が、機構本部を相手取り懲戒処分の無効を確認する訴訟を京都地裁に提起する(ソース「呉座ブログ記事(魚拓)」「呉座ブログ記事」)。

  • (12月17日)呉座の加入した労働組合「新世紀ユニオン」が、機構本部に内容証明郵便を発送し団体交渉を申し入れる(ソース「新世紀ユニオンブログ」)。

2022年

(省略)

2023年

(前略)

  • (8月9日)呉座が、ブログ記事「労働訴訟の和解成立のお知らせ」で機構本部との和解成立を告知する。

  • (10月1日)呉座が、ブログ記事「研究者としての今後についてのご報告」で翌11月1日より日文研助教に就任する予定であることを告知する。

  • (11月1日)呉座が、日文研助教に就任する。

  • (12月1日)弁護士の高橋雄一郎が京都地裁で呉座対機構本部訴訟の事件記録を閲覧し、和解内容についてヒで紹介する(後述)。

私の事前予想

2021年秋に呉座への懲戒処分や呉座による訴訟提起が報道されて以来、これらはどこまで正当なものなのか、呉座は勝つのか負けるのかなどが取り沙汰されていた。
私はかなり早い時期から、以下の理由で「停職1か月の懲戒処分については呉座が不利だが、テニュア付与撤回については呉座が有利だろう」と考えていた。

停職1か月の懲戒処分の可否

機構本部によれば、呉座を停職1か月の懲戒処分とした理由は次の通りだった。

【処分の理由】
 当該研究教育職員は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)において不適切な発言を繰り返し行った。
 また、勤務時間中に私的な利用目的で複数回にわたってSNSに投稿した。
 これらのことは、人間文化研究機構職員就業規則第23条及び第26条第2号に違反し、同規則第36条第1項各号に該当することから、懲戒処分を行ったものである。

(2021年10月15日)機構本部「職員の懲戒処分について

ここで言及されている「人間文化研究機構職員就業規則」の各条項は次の通り。

(職務専念義務)
第23条 職員は、この規則又は関係法令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、機構がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

(令和2年01月27日 改正)機構本部「人間文化研究機構職員就業規則

(遵守事項)
第26条 職員は、法令に定めのある場合のほか、次の事項を守らなければならない。
〔…〕
 職務の内外を問わず、機構の信用を傷つけ、その利益を害し、又は職員全体の不名誉となるような行為をしてはならない。

同上

(懲戒)
第36条 機構長は、職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分を行う。
 就業規則及び関連の法令に違反した場合

同上

これについて、呉座の加入した労働組合「新世紀ユニオン」は2022年4月14日付の機構本部長宛質問状で「貴組織の懲戒規定には鍵付きのアカウントの私的つぶやきが懲戒理由として明記されていません」と主張したらしい(ブログ記事(魚拓))。
つまり、機構本部の懲戒規程ではヒ鍵垢での鍵TWも対象になり得ると明記されていないのだから、ヒ鍵垢での鍵TWを対象に懲戒処分を行ったことは規程から逸脱しており無効だ、と主張したかったらしい。
しかし、呉座が勤務先の信用を失墜させたことは疑いないのだから、「あれはヒ鍵垢での鍵TWによる信用失墜だから懲戒されてはならない」みたいなことを主張しても通らないだろう。

呉座は、停職1か月の量定について「懲戒処分の標準例に照らして著しく重い」(京都新聞記事(魚拓))と主張したらしい。
量定の軽重について争う余地はあったかも知れないが、争ったところで懲戒処分そのものは無効にできなかっただろう。

テニュア付与撤回の可否

呉座は2021年11月2日のブログ記事「訴訟について」で、「そもそも人間文化研究機構の内規には、テニュア審査を経てテニュア付与を決定した後にこれを「再審査」によって取り消す規定は存在しません」と主張した。
これは事実らしく、機構本部の「人間文化研究機構テニュアトラック制に関する規程」(令和3年6月14日 改正)と日文研の「国際日本文化研究センターのテニュア審査基準等にかかる申合せ」(平成28年7月7日 制定)に(テニュア付与決定後の)再審査についての規程は見当たらない。

もし機構本部が規程にないことを自由に行い得るのであれば、規程は何のために存在するのか分からなくなってしまう。
規定されていない再審査によるテニュア付与撤回を有効だと主張するためには、かなりの論理構築が必要になるだろう

機構本部の有り得る主張としてまず思い付くのが、呉座の審査妨害だろう。
つまり、審査当時(2021年1月以前)、呉座はヒ垢を施錠し鍵TWの内容を日文研に秘匿していた。
これは正常なテニュア審査の妨害であり、妨害行為の結果である不当なテニュア付与決定(2021年1月12日付)は撤回されて当然だ、というもの。
しかし、これはやや苦しい。

この場合、呉座は「私がヒで鍵垢を利用していること自体は何年も前から公然の事実であり、日文研も把握していた。それを把握しながらテニュア審査のために鍵TWの開示を命じなかったのは日文研の怠慢だ」と反論するのでないだろうか。
その場合、機構本部は「日文研がテニュア審査のために呉座に鍵TWの開示を命じなかったのは、呉座が女性蔑視などの悪質な内容を鍵TWしているはずがないと信頼していたからだ。しかし実際には、呉座はそのような内容を鍵TWしており日文研からの信頼を裏切ったため、テニュア付与を撤回したことは正当だ」と反論するのでないだろうか。
双方ともこれ以上ああだこうだと主張を積み重ねることは出来るだろうけれども、結局は「テニュア付与決定後の再審査について規定されていない」ということが決め手になって、テニュア付与撤回の可否については呉座が勝つだろうと思っていた。

和解内容についての私見

答え合わせ

呉座が機構本部を相手として提訴した地位確認等請求事件(令和3年(ワ)第2712号)と懲戒処分無効確認請求事件(令和3年(ワ)第3080号)は、どちらも判決に至らず和解で終わった。
和解内容には口外禁止条項が含まれており、呉座も和解内容への言及を避けたため、今年8月9日以降(特に10月1日以降)に「呉座の完全勝利に近い和解が成立したのでないか」という憶測も流れた。

しかし私は3つの理由で、停職1か月の懲戒処分はやはり無効にならなかっただろうと考えていた。
理由の第1は、前述のように懲戒処分については呉座の勝ち目が薄そうだったこと。
第2は、次回か次々回くらいの記事で書く予定。
そして第3は、8月9日に呉座がブログ記事「労働訴訟の和解成立のお知らせ」で機構本部との和解成立を告知した後も、機構本部が呉座への懲戒処分を告知する「職員の懲戒処分について」をそのままにしていること(もし懲戒処分が無効になっていたら、この告知を訂正するなり削除するなりするだろう)。

私の事前予想が正しかったかどうかは、今月1日に弁護士の高橋雄一郎が京都地裁で呉座対機構本部訴訟の事件記録を閲覧し和解内容についてヒで紹介したことで、ある程度まで検証できるようになった。

やはり、呉座への停職1か月の懲戒処分は無効にならなかったらしい

ただし、この高橋のTWには池内恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)と河野有理(法政大学教授)からこのような反応もあった。

何とも意味の分からない反応だ。
機構本部は和解によって呉座へのテニュア付与撤回を無効にしたのだから、「懲戒処分を無効にすると、今度は懲戒した人たちを処分しないといけなくなるから」とか「和解せずに仮に懲戒処分まで無効になったら今度は処分側の責任が問われるので」とかの理由で機構本部は懲戒処分を無効にしなかった、とは考えられない。
2人は、テニュア付与撤回を無効にしても責任問題にならないが懲戒処分を無効にすると責任処分になる、とでも考えているのだろうか。

「一定期間内の准教授昇進」

さて、前掲のように高橋のTWによれば、呉座と機構本部との和解内容は「助教復職&一定期間内の准教授昇進&テニュア合意」の3本柱だったという。
この第2の、准教授昇進が即時実行されるでもなく白紙撤回されるでもない「一定期間内の准教授昇進」とは、どういうことなのだろうか。
私はずっと理解できずにいたが、最近になって「こういうことかな」と思い至るようになった。

内閣人事局・人事院「人事評価マニュアル」(令和3年9月)では、「本省課長級未満の官職への昇任の場合」は「昇任させようとする日以前1年以内に懲戒処分等を受けていないこと」が、「本省課長級の官職への昇任の場合」は「昇任させようとする日以前2年以内に懲戒処分等を受けていないこと」がそれぞれ必要条件になっている。
機構本部「規程等」と日文研「規程等」からは確認できないものの、もしかしたら機構本部(日文研)にも非公開ながら同じような内規があり、懲戒処分から一定期間が経過しないと助教を准教授に昇進させられないのでないだろうか

もっとも、私のこの推測には無理もある。
呉座に停職1か月の懲戒処分が下ったのは2021年9月13日付であり、呉座が日文研助教に(再)就任した今年11月1日までに2年以上が経過している。
しかし、もしかしたら機構本部(日文研)には「助教を准教授に昇進させるためには停職の懲戒処分から3年以上が経過していなければならない」という内規があるのかも知れず、または「呉座が機関研究員(非常勤)であった2021年10月から今年10月までの2年1か月は懲戒処分後の経過期間に含まれない」と解釈されたのかも知れない。
何れにしても、訴訟記録を閲覧した高橋が「一定期間内の准教授昇進」とTWしたのだから、呉座の准教授昇進は時間の問題なのだろう

和解内容の総評

では、高橋がTWした「助教復職&一定期間内の准教授昇進&テニュア合意」という呉座と機構本部との和解内容は、全体としてどのように評価すべきだろうか。

弁護士の吉峯耕平のTWによれば、呉座は当初、機構本部によるテニュア付与撤回と准教授昇進撤回は無効であり自分は2021年10月から日文研准教授だ、と主張していたらしい。
和解によって、呉座は2021年10月から准教授でなく機関研究員になり今年11月から助教に就任する、ということになったのは呉座にとって苦い結果だろう。

しかし私は、それを勘定に入れてもなお、この和解は呉座にとって勝利と言ってよいものだと考えている。
日文研の助教となり、テニュアを取得し、しかも一定期間内に准教授に昇進するのであれば、これが勝利でなくて何だろうか。
かなり控え目に言っても「辛勝」だろう。

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