デジャヴ、‹生活›といううすのろが恋しい
⚠未熟警報⚠
以下の長文はすべて情けない僕の未熟さを暴くポエムです、未熟すぎて気分を害するかもしれません。保険はかけたぞ、頼むからまっとうな人間は読まないでくださいお願いします。
⚠未熟警報⚠
相変わらず昼夜逆転の生活、、、生活と呼ぶのもおこがましいくらいの日々を送っている。
好きなときに寝て、好きなときに起きて、納豆キムチご飯を食べ、少しピアノを弾き、YouTubeを見て、納豆キムチご飯を食べ、曲をつくり、好きなときに寝て、、、、これを生活と呼んでは、ほんとうの生活をしている人に失礼だ。
そもそも生活の活ってなんだろう。
活動、活発、活力、、、僕にはおおよそ似合わない言葉が並ぶから、やはり生活はまっとうな人間のする大仕事と思う。
そうなると自分の「生(不活性)」がナニモノなのか分からなくなってしまうので、「生の大根おろし」とか「生きている素振り」みたいなニュアンスの、僕のようなくだらない人間に相応しい言葉があれば便利なのにな、と思う。(生、、流とか?)
こんな情けない、生活を遠ざけて遠ざけて、恐れている人間は、世の中そんなに多くはないけれど、少なくもない気がする。
みんな口には出さないけれど、朝起きるのは辛いし、ご飯の約束は億劫だし、電話には出たくないし、ゴミを出すのも皿を洗うのも苦手、、、だといいな。
佐野元春の「情けない週末」を聴いたとき、彼もその1人なのだと嬉しくなる反面、ああ、なるほど、恋人と生活を共有するというのはこういうことなのだな、と思った。
もう他人同士じゃないぜ
あなたと暮らしてゆきたい
‹生活›といううすのろを乗り越えて
生活といううすのろが、ロマンチックな二人の関係の邪魔をする。
行ってらっしゃいのキス、ゴミ出し、掃除、洗濯、セックス、皿洗い、、、。
見ていられない。
この並びを見て、なんと素敵な結婚生活、と思える女性がいたら、今すぐ僕を助け出して欲しい。
たった一人でも生活を直視できない僕に、生活といううすのろを乗り越えてまで、暮らしてゆきたい相手が見つかるだろうか、、。
、、、そんな訳で、昼間なのに眠いなあ、不思議だなあと思いながらリビングの電気を消して(消しても真っ暗にはならない、カーテン越しの弱い日の光が好きだ)、佐野元春を聴きながらまどろんでいたら、デジャヴにおそわれた。
思い出したのは、高校生の頃インフルにかかり、リビングで「You were there」を延々とループしながら寝込んでいた日のこと。
熱にうなされて辛かったけど、この曲のおかげでなんだか幸せだった。意識が遠のくようでいてなかなか眠れない、気怠い昼下りにはピッタリのBGMだった。
曲と一緒にフラッシュバックする映像。
机の上のウイダー、ポカリ、タミフル、、、
ここから先はあまりにも未熟すぎて人には見せられません、、、。いつか大人になりたいのだ。
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