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なみ

19世紀末期以降,クラシック音楽のアヴァンギャルドではウィーン学派が調性音楽から飛出し,ストラヴィンスキーの春の祭典が現代音楽のパラダイム・シフトを惹起し,20年代アメリカでアフリカン・アメリカン・コミュニティに根ざしたジャズがポピュラリティを獲得し,40年代にはR&Bが台頭とR&Rへ繋がった。70年代にディスコはムーヴメントと化し,60年代のカウンターカルチャーとロックへのアンチテーゼとしてリベラルでヘドニスティックな時代精神を体現しソシオロジカルな位相を確立した。ディスコ・ブームの衰退とともにポスト・ディスコが勃興し,シンセサイザーやリズムマシーンといった電子楽器が生じると,音楽の構造自体に大変質をもたらしテクノ,ハウス,トランスに代表されるEDMの礎を築いた。21世紀に入り,国際的通信波上に乗った音楽は消費構造が転じ,ネオテリックな音楽が続々出現した。この線上に位置するのが,VaporwaveとSynthwaveである。

Synthwaveのパパママは1970's後半から80'sにかけてJohn Carpenterの『Halloween』(1978)や『Escape from New York』(1981),『The Thing』(1982)などのサウンドトラックはミニマルであるが不穏なシンセを先頭に,Tangerine Dreamに代表されるKrautrockバンドは1970'sから80'sにかけて映画を中枢に数多のサウンドトラックを手がけ,アナログシンセの綿密でネットなテクスチャーと浮世離れしたトランスでヴェイポラスな電子サウンドスケープを色濃く浮かび上がせ,Vangelisの『Blade Runner』(1982)のサウンドトラックはアナログシンセサイザーとデジタル・サンプラーを駆使し暗黒的Sci-fiを見事に描き出していた。

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Carpenter Brut / カーペンター・ブルート

本名はRanck Hueso,古びたアーケードゲームの基板から漏れ出る悪夢的音響は死影を保ち,爬虫類脳へ一直線に電撃を走らせる。『I』,『II』,『III』の邪悪なる三位一体,『Trilogy』は変態である。『Leather Teeth』『Blood Machines OST』『Leather Terror』は,スラッシャー映画の暴虐をも凌ぐ変態を湛えている。ホラー映画、メタル、ロックの融和は成功し,ダークシンセの絶頂に就いている。

Perturbator / パーテュベーター

本名はJames Kent,Synthwaveの美学的規範をインダストリアル・ミュージックと融合させることで塀を押し広げた。堅牢なビートとディストーションが加えられたシンセは Cybersynth であり,『I Am The Night』『The Uncanny Valley』であったり,彼なりのテクノアールが描出されダイストピアが広がっている。80'sから90's中葉にかけて独自化し,相反する個性[温かさと冷徹]が醸成され,嘘偽りとされるポスト・サイバーパンクを扇動し,21世紀デジタルネイティブにまで架空を誘発したアニメーション映画<アキラ>{対}<Ghost in the Shell>(ぜんぜんすばらしいよ)の啓示に色濃く刻印されている。

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80'sのSF映画,ビデオゲーム,アニメーション,広告から搾られたきらず<雪>。ネオンカラーに彩られた都市の夜景,グリッド状に走るレーザー光線,ワイヤーフレームで構成された3DCGの図形,クロームメッキを施されたガジェットなどハイテクの[光と影]は危うい蝶の羽ばたきであり,楽観的空想科学的でアトムパンク/惑星と終末論的重力井戸あるいは熱死を揺れ動くアンビヴァレントな未来像が走向している。80's的未来予想/インナースペースを我々へ向けて翻訳的流用したレトロフューチャリズム。

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アナログシンセのバイオモルフィックな広がりと現代的プロダクション技術のcyborgで編み出される。JUNO-106やYAMAHAのDX7といった往年の名機の音色が重用され,メカニカルなビートに肥満なアナログ的ベースラインが表出する通信波交通網を過激運転するアンビエンスは慣用されている中でのCyber-Punkそのものである。※シンセウェーブの火付け役『ドライヴ』ではElectric Youthの『A Real Hero』やKavinskyの『Nightcall』が収録されている。

本編。2010's前半にインターネット上で勃興した美学ムーヴメント。Web 2.0の幕開けに出現した通信波は,現代の美学的基盤を形作る上で決定的な役割を果たし,YouTubeやTumblrの登場で動画・画像を制作・共有できるようになったことでインターネット上では新たなヴィジュアル言語が急速に発展し,グリッチアートやネット・ミームなどに代表されるローファイでキッチュなイメージの氾濫が招かれた。その嚆矢はOneohtrix Point NeversiがYouTubeで配信したアルバムの『Memory Vague』や,Daniel Lopatin(Oneohtrix Point Never)の『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』(2010)。Lopatin以後,James Ferraro,Macintosh Plus,Blank Banshee,Saint Pepsiらが,独自のアプローチで音空間を開拓。一方,Desert Sand Feels Warm at Night,Lucien Hughesらは,ヴィジュアル美学を牽引した。それから…今現在,80's〜90'sのコンシューマー・カルチャーへの哀愁と憧憬と皮肉と,シミュレーショニズムと,memeとしては各国のジャポニズムが通信波上で異種交配を行ったゲーミングでバブリーなまぼろしの無国籍の<ニッポン>肖像と,ファンタズム通信波郷愁とが交わる地点に位置している。R e t r o f u t u r i n g   。

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IBM,Apple,SONY,SEGA,NINTENDO,TOSHIBA,TOYOTA,HONDA,MARLBORO,COCA-COLA,McDONALD'S,NIKE,ADIDAS,GUCCI,VERSACE,WALKMAN,DISCMAN,GAMEBOY,FAMICOM,SNES,PS1,TAMAGOTCHI,ビデオテープ,映画のVHSジャケット,起動画面,デスクトップ画面,アイコン,ウィンドウ枠,エラー表示,ブラウン管モニター,走査線,モアレパターン,受話器,ダイヤルボタン,テレホンカード,コインスロット,シティポップのジャケットアートやレコード盤,セル画,ネオン街,高層ビル,広告看板,ヤシの木,プール,トロピカルドリンク、グリッド,チェッカーボード,ドット。。。
80's〜90'sのコンシューマー・カルチャーの廃墟から採集したオブジェクト。ヴィンテージのCMやパッケージデザイン,雑誌の切り抜き,セルアニメのスクリーンショット,愁い放つ文化の断片がVaporwaveを形作り,企業ロゴやブランド名,消費財などのイメージはポップアートのように脱文脈化され冷酷に反復される。ネオンサインやパステルカラー,グリッドパターンといったモチーフの使用は消費社会の表層的な記号を増幅して愁いを生み,ピクセレートやVHSの画質劣化を模したエフェクト,3DCGソフトで制作された非現実的な空間表現は進化と陳腐化の両義性を表している。そこには必然的にジャポニズムが投入される。愛なのか,日本のバブルスと失われた20年への皮肉なのか。イメージの受容形態も個性的で,インターネットという流通経路がイメージのオーラ的価値を減少させ,アーティストとオーディエンスの境界を溶解し誰もが画像を書き換え再配布できる開かれた作品として機能させたのだろうと解釈している。

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80's〜90'sの大衆音楽の断片をサンプリング素材として用いる。ソフトロック,AOR (Adult Oriented Rock),ニューエイジ・ミュージック,シティポップ,ファンク,ソウル,R&B,ジャズ,ボサノヴァ,ヒップホップ,ハウス,テクノなどのジャンルから特にムーディーで愁い放つもの。また,レーザーディスクやVHSのサウンドロゴ,TV-CMソング,エレベーター・ミュージック等の効果音もサンプリングソースとして頻繁に用いられる。リミックス効果はテープ・ストレッチ(音声のスピードを落とす),ピッチ・シフト(音程を変調),フェイズ(位相をずらす),コーラス(音に厚みを加える),リバーブ(残響音を加える),ディレイ(エコーを加える),フィルタリング(特定の周波数帯域を強調・カットする)などが主要面子。

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Vektroid / ヴィクトロイド

本名をRamona Xavier(ラモナ・グザヴィエ)といい,彼女はMacintosh PlusやNew Dreams Ltd.などの名義でも活動している。2011年,Macintosh Plus名義でリリースされた『Floral Shoppe』は絶対的に蒸気波アイコンである。

Blank Banshee / ブランク・バンシー

アグレッシブでダイナミックなビートはヴェイパーホップ,トラップウェイヴ確立に貢献した。サンプリングソースとしては90'sのユーロダンスやトランス,ハウス,ヒップホップ。また8bitゲーム機のチップチューンを思わせるシンセサウンドが頻出する。ミュージック・ビデオやアートワークは記号や謎めいたイメージを含んでいる。

Saint Pepsi / セイント・ペプシ

本名をRyan DeRobertis (ライアン・デロバーティス) といい,Skylar Spenceとしても知られている。Vaporwaveの美学的規範に則りつつポップでキャッチーなメロディを前面に押し出し,サンプリングソースは70's,80'sのディスコ,ファンク,ソウル,R&B。Hit VibesはVaporwaveというジャンルの可能性を拡張しFutureFunkの確立に大きな影響を与えた記念碑的作品。hypnagogic popやchillwaveといった隣接ジャンルとも仲が良い。

Futurefunk。80'sシティポップのサンプリングが頻繁に用いられ,竹内まりや,山下達郎,大貫妙子は洗練されたメロディ,サウンドプロダクションゆえに好んで引用されてはダンスフロアで亡霊として踊らされる。シティポップ・サンプリングは80's日本の都会的イメージを中枢にレトロマニアを喚起し独特の異国情緒を添えている。ジャポニズム的想像力に基づくイメージ消費で,グローバリゼーションによるセックス,セルアニメの引用でレトロフューチャーはさらに浮き彫りになる。Saint Pepsiが2013年にbandcampでリリースした『Hit Vibes』は嚆矢として知られている。

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セルアニメーションが引用され,当時の日本の経済的繁栄の憧憬/恐怖,都会的なライフスタイルを反映したこれらは,電子的で愁い放つヴェイポラスでドリーミーなエステティックと渾融する程に仲良し。セルアニメのスクショはアニメーションのコマ送りを模したストロボ効果やVHSの画質劣化を再現したグリッチ効果に加えて,オフセット印刷の網点や色調の劣化を想起させるエフェクトを施されアナログメディアの質感をシミュレートする。

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ソフィスティケートされたコード進行やジャジーなハーモニーを積極的に取り入れ,オリジナルのコンプレックスなコード・プログレッション,エクステンド・ハーモニーを断片化しサンプリングし,ハーモニック・テクスチャーを広げる。リズミックなベースラインやファンキーなギターリフも流入しては,グルーヴ感をループ状にサンプリングし,ハウスやファンクのドラムパターンと融合させることでダンサブルでありながらレトロスペクティブな音響で包む。オリジナルのリズム・セクションの持つグルーヴィーな質感を電子的なビートに置き換えることで過去と現在を行き来するようなリズム体験を生み出し,メロディアスでセンチメンタルなボーカルフレーズを切り取りピッチシフトやタイムストレッチ等の加工を施すことでドリーミーでサイケデリックな音声テクスチャーに変貌している。discoveryを彷彿とさせる。

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MACROSS 82-99 / マクロス 82-99

大好き

Tim Legend / ティム・レジェンド

람다람のビデオは馴染み深く,C+C MUSIC FACTORYの『Do You Wanna Get Funky』をサンプリングした『Soda City Funk』が有名である。80'sのエレクトロやニューウェーブ,インダストリアルミュージック的要素が深く刻印され,FutureFunkをダークでアポカリプティックな方向へと引っ張っていた。日本80'sアニメーション,特撮作品へのオマージュ,オタク的審美眼に基づくキュレーションが節々に見られる。

Mallsoft。ショッピングモールという消費空間に内在する特殊なノスタルジーを主題化するVaporwave美学の一分枝。80'sから90'sにかけてのモール文化,muzakやエレベーターミュージック,フードコートのガヤ,館内アナウンスといったサウンドスケープは愁いの対象であると同時に,資本主義社会の病理を映し出すアレゴリカルな空間でもある。かつてのモールがはらんでいた消費主義的欲望と裏側に潜む虚無感や疎外感,レトロスペクティヴな音像はこれらの両義的感情を惹起する触媒として機能した。ショッピングモールの環境音,人々の話し声,館内アナウンスなどがコラージュ的に配置されモールの音響空間が立体的に再構築される。「死んだモール」で喚起されるのはある買い物体験の記憶であり,消費社会の病理が凝縮された空間,夢とサイバースペースを接続するブラックミラーだ。僕が愛してやまない猫 シ Corp.(Cat System Corp.)のアルバム『Palm Mall』に代表される。

『Palm Mall』は架空のショッピングモールPalm Mallを舞台に消費主義の狂騒と空虚さを音響的に描き出し,亡霊学的喪失感と蒸発したユートピアへの郷愁に彩られている。音楽的特徴は何よりもmuzakのサンプリングにあり,muzakの機能性を無効化し,非機能的な美的オブジェとして提示する。この脱文脈化の過程で,muzakに内在するミッドテンポのリズムと単調なコード進行,希薄化されたメロディーラインといった不気味さが浮かび上がり,消費空間に漂う疎外感と倦怠感を喚起する。そして様々な環境音がちりばめられており,モールのガヤ,水の音,足音などがmuzakとコラージュ的に組み合わされ,リスナーはPalm Mallの空間へ入り込む。

Chill Wave。インディーロックとエレクトロニック・ミュージックの融合から生まれ,ローファイでヴィンテージなシンセサウンドを軸に展開されてきた。レトロスペクティヴでありながらもどこか未来志向の感性を湛えている独自性があり,超現実な過去の記憶を喚起するためのノスタルジア装置として,VHS的な色褪せたテクスチャーが施され,ハレコードのノイズやテープヒスなどのエフェクトは愁いを煽り想像上の失われた未来へ招く。相対的に見ても日常性からの逃避や現実の溶解を志向する傾向があり,ファンタズムは現実の時空間から遊離した非場所的感覚をくれる。特筆すべきはErnest Greeneによる音楽プロジェクト"Washed Out"のFeel It All Around

意識の領域に漂うアタラクシア,安息の音響表象,コンポジションは極めてミニマルでありながら複雑な情動を,ループする4小節のコード進行はある種の円環的な時間感覚を。

Synthwave補足
1.なぜ女性の身体がフェティッシュ的に描かれるの?
Synthwaveが参照するCyberpunkやニューウェーブSFの文脈では女性キャラクターは男性キャラクターに比べて圧倒的に少なくしばしば男性の欲望の対象として描かれる傾向にあった。80'sのアクション映画やミュージックビデオにおいても女性は性的に対象化された存在として表象されることが多かった。

2.「グリッド」のモチーフは何を意味しているの?

Cyberspaceを象徴するビジュアルコードの一つだ。
ウィリアム・ギブソンの伝説的な空想科学小説
スプロール三部作に描かれた "matrix" に由来する。グリッド状の線は,デジタル空間のデカルト座標系を示唆し情報の抽象的な流れを視覚する。リゾームを援用するなら中心も階層もない非線形的な網の比喩である。

Ace Special出版の表紙  ケースとモリー。グリッド状のライン。

※スプロール三部作は1984年の『ニューロマンサー』,1986年の『カウント・ゼロ』,1988年の『モナリザ・オーバードライブ』。スプロールとは東海岸のボストンから西海岸のアトランタまで続く巨大な都市連合を指す,「ボスアト」「ボスワシ」。




当記事の完成に至るまでに参考にさせていただいた,全てのアーティスト,愛好家に心から感謝します。




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