【連載】研究最前線⑤「心臓病に対するmRNA医薬品のアプローチ」

1.mRNAによって心臓の細胞を自己修復させる研究

現在、アストラゼネカ社は心不全などの生命を脅かす心血管疾患を治療できる可能性のある組織の修復及び再生に注目しています。

本研究は、損傷した心筋の修復を補助する血管内皮増殖因子A(VEGF-A)に関する研究に基づいて実施されています。

VEGF-Aとは、身体全体に充分な血液を供給するために極めて重要な役割を担います。前臨床試験ではVEGF-A mRNAの投与により酸素供給が改善され、心不全時の血管再生に有望な効果が得られています。また初期の臨床試験で、安全性やメカニズムの証明も結果が得られています。

心不全におけるVEGF-A mRNA投与は血管形成による組織の保護や再生を目的としています。

心臓発作の折、心筋の損傷を防ぐためVEGF-Aがより多く産生されることが分かっていますが、前臨床試験の結果から、心臓発作後にVEGF-A mRNAをたった1回投与するだけで、充分な量のVEGF-Aが生成され、自然治癒力が高まることがわかりました。

心臓発作後にVEGF-A mRNAを投与することにより自然治癒力が高まる。


また、リラキシンの生成に関与するリラキシンmRNAの開発も進められています。リラキシンとは、妊娠中に働く天然ホルモンで、血液量や心拍出量を増やす必要性に応じて、女性の循環器系を調整する働きをします。

これまでにリラキシンの遺伝子組換えタンパク質型は、すでに心不全で試験されましたが、予後を改善することはできませんでした。これは、リラキシンの半減期が短く、必要な効果を得るために十分な期間点滴することが現実的でないためだと考えられています。

アストラゼネカとモデルナの共同研究チームは、半減期が長いリラキシンの産生をもたらすmRNAを開発し、組織への曝露時間を長くして、臨床的な利益をもたらすことを期待しています。(現在はモデルナが単独で開発中)

複数のmRNAを組み合わせた薬物治療も可能とされていますが、適切な量や組み合わせについては、まだまだ検討の余地がありそうです。

また、製剤面での課題もあります。

2022年4月にオランダのユトレヒト大学医療センターClara Labonia博士らが発表した研究では、脂質ナノ粒子(LNP)製剤を左心室壁に注射することにより、24時間後にmRNAが心臓の細胞に到達していることが分かりました。

しかしながら、最も多くmRNAの転写が見られたのは肝臓と脾臓の細胞であったため、より効率よく心臓組織に製剤を届けるためには、より多くの試験が必要となりそうです。

2.mRNAによりT細胞を作り変え、心不全の原因となる細胞を除去する研究

2022年1月にペンシルバニア大学の研究者らによりmRNA技術とCAR-T療法を組み合わせる試みも報告されています。

mRNAをT細胞に導入させることで線維芽細胞活性化タンパク質(FAP)を標的とするキメラ抗原受容体(CAR)を持ったCAR-T細胞にin vivoで誘導する試みです。

FAPを認識するCAR部位をコードするmRNAをCD5を標的とするよう設計したLNP中に製剤化して注射することで、マウス体内に抗FAP CAR-T細胞の発現を一時的に増加させ、心機能の回復と線維芽細胞の発生を最小限に抑えることが可能であることを示しました。

さらに重要なことは1週間後には抗FAP CAR-T細胞はほとんど検出できないレベルまで減少していたことです。なぜなら線維芽細胞の活性化は、正常な創傷治癒過程の一部であり、線維芽細胞を抑制し続けたままだとすると、患者さんが怪我をしたときに安全性が損なわれる可能性があるからです。

mRNAのはたらきで心機能の回復が促され、線維芽細胞の発生は最小限に抑えられる


mRNAは投与後細胞内に移行した後は細胞内に備わっている代謝メカニズムで自然に分解されるため、タンパク質を一定期間だけ発現するということが可能であり、このような心筋梗塞治療などにも応用されることが期待されます。

現状、CAR-T療法はmRNA治療よりも大規模な製剤インフラと高コストな試薬を必要とすると予測されています。手頃な価格にすることが今後の重要な課題です。

3.まとめ

今回は、心臓病の領域から、mRNAをターゲットとした研究を紹介してきました。

mRNAを使った医療の可能性は広く、さまざまな研究がなされています。次回以降も、さまざまな研究の動向をお伝えしていきます。

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