西加奈子『円卓』

西加奈子『円卓』(文春文庫)


大阪の3LDKの公団住宅に暮らす大家族・渦原家の物語。
渦原家は祖父、祖母、父、母、三つ子の姉、そして末っ子「こっこ」の8人家族。小学三年生のこっこの視点を中心に、「孤独」「ものもらい(麦粒腫)」「難民」「不整脈」「パニック」「想像」「死ぬ」他、たくさんの言葉の意味・価値を考える。
こっこは家族全員に溺愛されており、言葉を忘れまいと書き留めた「だれおもあけることならぬ」ジャポニカ学習帳を三つ子の姉に見られても、「……かわいー。」「ほんまや、めっちゃかわいー。」「こっこ、かわいすぎー。」(58頁)という始末で、そんな家族をこっこは「阿保」だと思っている。
同じ公団に住む親友のぽっさん、憧れのクラスメイトの香田めぐみさん、在日韓国人の朴くん、ベトナム人のゴックん、その他大勢のクラスメイト達と過ごす日常生活は分からない言葉だらけだ。
「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」のことを言おうとして「ふくろくじゅ」と言ってしまったり、「ものもらい」が「もらいもの」になってしまったりするこっこのことを、大人たちは難しいことを知りたがるおませな小学生だとしか思わない。
だがこっこは言葉の語感、雰囲気を素直に受け止め、その言葉の威力について真剣に考えているのだ。

この物語には「語り手」が明確にあらわれてくる。語り手はこっこの視点に寄り添いながら、登場人物の心情に注釈と解説を加える。

「三つ子の女の子は珍しいから、姉らは小さな頃から周囲の注目を集めた。(中略)
そんな状況なのに、彼女らは、至って「普通」なのだ。(中略)
『あないつまらん人間がみつごやいうだけで目立ちくさって!』
姉らが美人であることは、こっこにはまだ理解出来ない。」
(11頁)

「こっこは詩織に対しても、不満である。詩織は天使のおへそのように素直な性格、思ったことを、すぐ口に出してしまうのだ。
『お前ら凡人に、格好ええからやなんて、言えるわけないやろが!』
こっこは、黙り込んでごはんを食べる。ほっぺたに、しめじごはんの茶色いご飯粒がついている。詩織も、こっこが可愛くて仕方がない。
『可愛らしい、こっこは、おしめしとった頃と変わらへんわー。』」
(16頁)

二重鍵かっこを用いて、登場人物の心情を語る。渦原家の3LDKの一室に置かれた大きな円卓のように、語り手はくるくると視点を変え、こっこの周囲を事細かに語る。それは子どもたちの純粋な感情、会話を、語り手がひとつの物語として整えているようにも見える。支離滅裂になりかねない子どもたちの心情・会話を、子どもらしい危うい言葉遣いを残しながら、文章を編集し、ひとつの物語=「こっこの成長物語」へと展開させるのである。

こっこは「普通」が嫌いだ。こっこの言うところの「普通」とは、ありふれた日常・環境のことを指す。特異な来歴を持つこともなく、健康体であるという「普通」さが嫌なのは、こっこが「普通でないという怖さ」を知らないからだ。
しかしこっこはとある事件をきっかけに、いろんな感情を経験することになる。

「最近のこっこは、ずっとそうだった。何か言葉を発するとき、行動を起こすとき、以前のような重力を感じるより先に、あ、分かった、と思う。「分かった」正体が何か分からないのだが、「分かった」という感覚だけが熱を持って、はっきりと胸にあるのだ。」
(158頁)

「「ぽっさんおらんかったから。おばあちゃんち行っとったやろ。うちはひとりでウサギを散歩させたんや。」
爪の中に、みっちりと砂が入っている。
こっこはじっと、それを見つめた。夕焼けを浴びて、オレンジに見える足。青い筋の通った足の甲。それを見ていると、こっこは急に、分かった。言葉を発するとき、「分かった」と思う正体が、分かった。(中略)
こっこは、夕焼けを綺麗だと思った。自分たちが死んでも、きっとずっとそのままであり続けるだろう夕焼けを、綺麗で、寂しいと思った。ひとりでいるよりもずっと、5LDKの大きな家にいるよりもずっと、今ここでぽっさんといるこっこは、「寂しい」という気持ちを、経験していた。」
(178頁)

「分かった」の正体がわからないのに感覚だけが先走る。その正体は言葉を発することで伴う「怖さ」なのではないかと思う。孤独という怖さ、非日常の怖さなどの「怖さ」に自覚することで、こっこは夕焼けを見つめて寂しさと愛しさが純粋にこみあげてくる。思春期が始まる前の純粋な気付きは、成長の瞬間であり、すごくまぶしい。
こうして成長の瞬間を迎えたこっこは、ぽっさんと共に学校でとある行動を起こすのである。

成人した大人として、孤独、寂しさ、愛しさをわかったつもりでいるけれど、果たしてそうなのか?とふと思う。
これが「寂しい」ってことなのか、と初めて経験した時はいくつなのか、全く思い出せない。
こっこたちの会話の中に、忘れてはいけない純粋な感情が潜んでいる気がするなぁと思いながら、こっこたちの微笑ましい会話についついニヤリとさせられてしまうのでした。

最後に、この作品が映画化するということで予告編を見た。
芦田愛菜ちゃん、こっこにぴったり。

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