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但馬の星、頑張んねーよ

兵庫県・但馬地域。
地元である。
竹田城、城崎温泉といった観光名所を抱える自然豊かなエリア。
……そう書くと聞こえはいいが、実際のところはそのほとんどを山と田畑が占めるド田舎だ。
地元ド田舎トークでは負けを知らない。
そろそろ『ポツンと一軒家』のロケがあってもおかしくないと思うし、実家の住所をGoogleMapに打ち込めば画面はほぼ真緑である。
夏はフェーン現象の煽りを受け猛暑日が続き、冬は雪かきに追われる気候の厳しさも折り紙付き。
言わずもがな春はスギ花粉、秋はイネ花粉が猛威を振るう。
そんな辺鄙な過疎地域でも、兵庫県に属するというだけでサンテレビが観られる。
ありがたい。
多分に漏れず、我が実家も毎日18時になるとボックス席のオープニング曲が流れる家庭だった。
死んだ祖父も婿養子の父も酒とAV、そして阪神タイガースを愛していた。
そんな家庭の末裔が、同じ過程を辿るのは必然だったと言えよう。
読売新聞を購読しながら読売憎しの英才教育を施されるという矛盾した環境の中で、物心ついた時には阪神ファンになっていた。
星野阪神の優勝で野球熱は更に高まり、自分も金本知憲になれると信じて小3の春に少年野球を始めた。
迎えた初めての練習日、好きなとこ守っていいよ!と言われた瞬間ダッシュでレフトに向かった時のことは今でも鮮明に覚えている。
自分は金本にはなれないらしいと気づくまでにそう時間はかからなかった。
明らかにチームで一番ヘタクソだったし、その自分より遥かに上手いレギュラーの先輩達をもってしても強豪と呼ばれる相手には歯が立たなかった。
その頃、但馬で特に強いと言われた少年野球チームがあった。
そのチームのコーチの息子が阪神に入団したらしい、という噂は瞬く間に広がっていった。

能見篤史。
郷土のスターの誕生はセンセーショナルな出来事だった。
父と同じ高校出身だったことも能見をより身近な存在に感じさせた。 
長らく故障に苦しみながらプロ入りに辿り着いたエピソードも、幼い自分を諦めなければ目標に到達できると勘違いさせるには十分だった。
己の才能のなさに絶望しながらも野球を嫌いにならなかったのは、ある意味能見のおかげと言えるのかもしれない。

入団から数年は思うような成績が残せなかった能見だったが、時が経ちプロの水に慣れると左のエースとして君臨するようになった。
自分はといえば相変わらずチームで一番不器用ではあったが、何故か中学でも高校でも野球を続けることができた。
当時のチームメイトとは今でも連絡を取り合い、年に1回は集まる仲だ。
あまりにも上手くならない自分に対しては常にイライラしていたが、それでも野球を続けたことは間違いなく財産になっている。
高校卒業後は大学進学にともない但馬を出た。
刺激のない地元から脱出すれば一皮剥けることができるんじゃないかという願望もあった。
結局そんな考えはただの幻想で、いつまでも人間の本質の部分を変えられない情けなさに苛まれながら今も関門海峡のそばで過ごしているのだが、そんな日々の中でも阪神タイガースは変わらずに熱くなれる存在であり続けてくれている。
そして、何の因果か今最も応援しているのは地元・但馬が生んだ選手なのだ。

坂本誠志郎。
繊細かつ大胆な配球とえちえちフレーミングで阪神を支える名捕手。
大阪・履正社高で甲子園出場、明治大でも主将を務めるなどエリートコースを歩んできた選手かと思いきや、そのキャリアの始まりは養父カープから養父中学校と、まさに但馬の野球少年そのものである。
決してド派手なホームランがあるわけではない。
プロとしては大きくない身体、脚も速くない。
それでも任された仕事を一つ一つ丁寧にこなす姿は、間違いなく野球選手の鑑といえる。
そんな坂本にとって、2023年シーズンはかつてないほどタフでハードな1年になっている。
同時に、これまでの奮闘が報われた1年でもあるだろう。
12球団でも一、二を争う投手陣を率いて18年振りのセ・リーグ制覇。
CSも順調に勝ち抜き、球団史上2回目の日本一を目指す戦いに臨もうとしている。
多くの評論家に「影のMVP」と称される姿は、まさに但馬の誇りだ。

改めてことわっておくが、別にめちゃくちゃ地元が好きというわけではない。
だから、好きな選手と地元が同じと言うだけでこんなに昂って誇らしげな気持ちになっている自分が嘆かわしくもある。
その一方で、必ずしも恵まれているとはいえないバックボーンから厳しい勝負の世界に飛び込んでいく選手達は素直に尊敬できるし、自分と共通点を持つ選手の活躍は人生にほんの少しだけ希望を与えてくれる。
あの日の能見がそうだったように、そして坂本がそうであるように。
未だに阪神の試合に熱くなれるのは、自分のためでもあるのかもしれない。
正しい健全な野球の楽しみ方なのかはわからない。
それでも今日もこう願わずにはいられない。
但馬の星、頑張んねーよ。

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