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運命を背に受けて

3塁コーチスボックスが定位置の野球人生を送ったせいで、未だに野球を見る時に最も気になるのは3塁ベースコーチだ。
小6の1年間しかレギュラーになれなかったのに下手の横好きで野球を続けていた自分に与えられた「3塁ランコー」と、プロの世界を走塁で生き抜いてきた人間がサイン出しから任せられる「3塁ベースコーチ」では重みが違うが、あの場所に立った時に感じるなんとも言えない感情をプロのコーチも抱いているのだと思うと他人事ではいられない。
特に走者が2塁にいるシーンは格別。成功への期待と、上手くやれるだろうかという恐怖と不安。独特の緊張感は、風俗の待合室にちょっと似ているかもしれない。

よくわからん例え話はさておき、現在の阪神タイガースでその重責を担っているのが藤本敦士である。
稀代の名3塁コーチ・高代延博からその座を受け継いで5年目。以前はどちらかというと本塁憤死のリスクをなるべく避ける慎重派のイメージがあったが、ベースコーチとしてのキャリアを積むうちに勝負どころでの果敢な指示が目立ち始めた。
そんな近年の藤本を象徴するかのようなプレーがあったので紹介したい。

ドラ1ルーキー・森下翔太のサヨナラ打のシーン。
「外野手の捕球が2塁走者の3塁触塁より早そうならSTOP」が3塁ベースコーチのセオリーで、それを覆してGOサインを出すにはそれ相応の根拠が必要だ。両チーム無得点で迎えた9回裏2死1、2塁。確かに積極的な走塁が求められる場面だが、森下の痛烈な打球が広島のレフト・西川龍馬のグラブに到達した時、2塁走者・大山悠輔はまだ3塁ベースの手前にいた。セオリーに則ればSTOPの場面。それでも、藤本に迷いはないように見えた。右腕を回し続けると、西川の返球は逸れ、大山は悠々と生還。阪神はサヨナラ勝ちを収めたのだった。
試合後の藤本は、大山に本塁突入を指示した根拠として「大山の好スタート」「西川の捕球体勢」の2点を挙げた。クロスプレーになる以前にタッグされるような本塁憤死は、流石にサヨナラのチャンスでも許されない。森下の打球の早さは相当のものだったし、西川の返球もそれなりの勢いがある。しかし、映像を見る限り返球がストライクであってもクロスプレイにはなっていた。そのタイミングなら勝負を賭ける価値がある状況だろう。森下が打ってから藤本が最終判断を下すまでの猶予は3秒にも満たなかった。チームの運命を背に受けた藤本はその短時間で2点もの根拠を用意し、勝利への解を導き出したのだ。劇的な一打を放った大型新人がこの日のマン・オブ・ザ・マッチなら、藤本は間違いなく影のMOMだったと言える。 

ちなみに、レフト前ヒットは2塁走者から打球の軌道を確認できるが、生還した大山はスタートを切ってからほとんど打球を追っていない。それによって生まれるタイムロスより、藤本への信頼を優先したということだろう。

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