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「真夜中の相棒」感想

警察アンソロジー『タッグ 私の相棒』収録の短編「真夜中の相棒」を読む機会があったので、麻生と安藤の関係を中心に感想と考察とこじつけを記録しておきます。

こちらは2015年に刊行された作品ですが、すっかり見落としておりました。フォロワーさんに教えていただいて慌てて読んだ次第です。ちなみにみんなが慌てて読んだのであまぞんの在庫がなくなりました。

▼作品の背景

本作の主たる登場人物はRIKOシリーズに登場する麻生龍太郎と安藤明彦の二人。他のシリーズ作品を既読の方はご存知だと思うが、この二人は別に仲がいいというわけではない。およそ一方的に安藤が麻生に対してイラつきを覚えていて、対する麻生はなんとなく「安藤さんは俺よりカレー食うの早くてかっこいい~(『海は灰色』(以下海灰))」と思っている。また、麻生は『月神の浅き夢』(以下月神)において安藤の妻である村上緑子とフェアレディの激狭車内でカーセックスしたこともある。ちなみに麻生は海灰で社会人になってから玲子と緑子以外と寝たことがないと言っていたので(槙さんのことすっぽ抜けとるがな)まあまあのビッグイベントである。なお安藤は安藤で月神において謎のタクシー女と朝帰りしている。
話は逸れますが、あの世代の男性って、愛人がいて一人前みたいな感性があるんでしょうね。雑誌BRUTUSの表紙に「スーパーサラリーマンへの道 愛人 出世 休暇」と見出しが躍ったのは1986年のことである。今なら袋叩きだ。
死亡した勝俣の家に臨場した際の安藤と麻生の着目点。家に同居人がいるかどうかについて、安藤は歯ブラシの本数・生理用品の有無・バスタオルの枚数からいないと判断。しかし麻生は色違いのマグカップを見て誰かしら出入りしていた可能性があると指摘。これ、安藤の着目点がマジで安藤で安藤~~~!!ってなりました。(語彙力カス)関係ないけど安藤は頼まれたら生理用品買ってきてくれるタイプだと思うし、そういう行動を優しさや愛と勘違いしてくれる女を喰らって生きていると思う。

さて、本作はバブル崩壊後間もないころ。おそらく1991年か1992年。麻生が39ぐらい、安藤が41ぐらいかと思われるが、二人はまだ警部補。麻生は30代のうちに警部になっているので厳密に考えるとアレレなところもあるのだが、そこはご愛嬌である。麻生は所轄研修からの出戻り直後。この五係、金山事件の頃は高須や山背がいたはずなんですが今回は登場せず。近藤課長と安藤と麻生以外のメンバーは初登場です。ちなみに郁子さんが近藤×伊能×近藤について熱く語っていらっしゃったので、ご興味のある方はご一読ください。


この時期、ちょうど安藤と緑子の不倫が露見して緑子が新宿に異動になった直後かと思われます。ただ、月神では「神山事件」だったのが今作では「金山事件」になっているので、麻生と安藤とついでに近藤課長もパラレルワールドに迷い込んでいる可能性もありますが……だとすると高須や山背がいないのも納得。ともかく、伊能の「さすが安藤だな」になんだかトゲを感じますし、なんで勝俣のガールフレンドは名乗り出てこないのか議論する際の安藤の「……不倫?」には含みがあります。麻生だけは出戻り&浮世離れしているのでそのことは知りません。

▼憧憬と嫉妬

麻生が安藤について述べるシーン。「麻生は安藤の形のいい背中を見つめていた。見栄えもいいが、能力もずば抜けて高い。」「自分とは住む世界の違う男だ。」この感じ、どこかで見覚えがありませんか?そう、かつての恋人・及川に対して抱いていた憧憬と似ているんです。麻生って男の背中フェチなんですかね。いや麻生に限らず男が男に惚れる時は背中に惚れると相場は決まってますね。及川と安藤はおそらく同期なんですが、麻生より年上というだけでなく麻生からやたら高評価な点、にもかかわらず本人たちは麻生に対して嫉妬心・コンプレックスを抱いている点も似ています。きっと安藤が麻生への感情を打ち明けたら、及川の時と同じように「安藤さんが……俺に……コンプレックス?」ってなることでしょう。

私はRIKOシリーズ全体を読む限り安藤は麻生に対してもっと露骨にイライラしているのかと思っていたんですが、案外紳士で驚きました。てっきり『マークスの山』の須崎VS合田並みにバチバチしているのかと。麻生って、本当に愛されキャラですよね。振り回されてる岩崎も麻生の方針には肯定的。ここにはいませんが山背は言わずもがな。高須もとっ捕まった麻生のために必死に進言してくれてましたし。麻生はとかく「俺は誰にも愛されない」的なことを言って不貞腐れてますが同じ(?)一課の合田警部補を見て下さいよ。あー合田かわいそう。あ、話も作品も逸れました。

安藤と麻生って、結婚した時期も離婚した時期もおおよそ同じなんですよね。まあ安藤は二人の女とのスッタモンダが数年に亘っているんでちょっと曖昧なんですが。安藤は麻生いわくかなり見目がよくて仕事もできる男なのに30代半ば近くまで独身だったことになります。現代ならなんてことないですが、当時からすると結構ワケあり扱いされてたと思います。関係ないけど高須はもっと色男でもっと歳いっても独身なんでさらにヤバい。
安藤は言い方は悪いですが、メンヘラが好きな気配があると思います。人の弱さを放っておけないし、寄り添うことが一番の愛だと信じて疑わないような。更に、女性に対する仕草・行動なんかもそれを助長させるきらいがあるような気がします。安藤は深夜に泣いて電話したらたとえ何時だろうと会いに来てくれてついでに抱いてくれる男なんですよ。一方麻生は槙に何時になってもいいから来て!抱いて!と言われたくせに行かない男です。伝わってくれ。

▼家と結界

ラストで、安藤は麻生の家を訪れます。
これ、この短編を読んだだけの人は何とも思わないでしょうが、マッジでクソヤバのヤバなんです。麻生と玲子が暮らした家に訪れたことがあるのは、ピッキングで侵入した練と及川に差し向けられた山背を除くと安藤しかいないんです。そりゃ実際には誰かしら来ているでしょうし山背も何回かお邪魔してるかもしれませんが、とにかく物語上にはこれしかいないんです。しかも、麻生が迎え入れたのは安藤だけ。恋人であった槙もこの家には呼んでいませんし、及川はこの団地自体がデッカイ地雷なので近寄ろうともしません。
麻生と玲子が暮らしたこの団地の一室は、単なる居宅ではなく一種の「結界」としても機能します。これは『聖母の深き淵』(以下聖母)の中で緑子が言った「透明で弾力のある強靭な壁」でもあります。及川はその壁を突き破ることができず、練は無理矢理こじ開けた。でも、安藤だけは迎え入れられた。やばすぎません?

▼孤独な男

ここで、安藤が麻生と酒を酌み交わしたタイミングについて見ておきたい。一度目は麻生が桜田門にやってきてまだ間もないころ。そして10年以上の時を経ての二度目が今回。このたった二回(同じ一課にいて歳もそう離れてなくてこれしか飲んでないって何事?四課の松岡くんと飲んでる場合じゃないだろ)はそれぞれ麻生が独り身で、なおかつ失恋したてほやほやの時なんです。一度目は、2022年刊行の『所轄刑事 麻生龍太郎』(以下所轄刑事)に書き下ろされた「小綬鶏」で明かされた及川との別れの直後、そして二度目は玲子が出て行った直後。ついでに、恐らく安藤も独りのタイミングでもあります。
「小綬鶏」の感想でも述べたとおり、『聖なる黒夜』において及川と麻生の交際期間は10年であるという発言がありながら、7年目ぐらいの時点で一度別れています。まず間違いなく復縁しているとは思うんですがそのへんは以前に熱く語ったので今回は省略します。


上に述べたとおり、安藤は弱ってる人を放っておけないんです。それはひとえに自分も弱っているときに誰かの慰めを期待するから。人一倍他人の「淋しさ」に敏感なんでしょう。
安藤はきっと、一度目の酒の席で麻生のことがとにかく気になって気になって仕方なくなってしまったんだと思います。十数年経っても色褪せないほどに。それは仕事に対する姿勢や刑事としての在り方だけでなく、緑子と同じように彼の中に孤独や淋しさを見出してしまった。
けれども安藤はシスジェンダーのヘテロ男性で、麻生も男だった。安藤は麻生と対峙するとどうにも余裕がなくなってしまう自分に相当な焦りを感じたはずです。いつもは冷静なのに、こと麻生に関しては自分を見失ってしまった。
『聖なる黒夜』において、練に対する韮崎・麻生に対する及川も同じように自分が自分でいられなくなったことに戸惑いを感じている描写があります。田村が語った通り、韮崎は練にガチ恋してしまったために自分で自分をコントロールできなくなり、ド派手な痴話喧嘩を繰り返した。学生時代の及川は麻生への恋心を自覚して剣の腕を鈍らせてしまった。つまり、安藤の麻生に対する感情はそれぐらいクソデカビッグジャイアントだってことです。恋や愛なんて名前をつけられないからこそ、より手ごわくて、どうしようもない激情を抱えるはめになってしまった。

ここでひとつ仮定の話なのだが、かつて及川と麻生の関係を噂していたという一部の輩。安藤周辺だったのかなとふと思った。安藤はいい男だからそんなことしないというご意見の方はすみません。でもとにかく安藤がその噂が流れていたころから麻生にクソデカ感情を抱え、嫉妬し、恐れていたという事実があり、もしや……と思ってしまう。すみません他の人だったら誰か教えてください。

麻生は『聖なる黒夜』において、「麻生のそばに寄って来る女の多くが、心に幻の男を飼っている」と述べている。「真夜中の相棒」を読む限り、安藤もその例に漏れないということだろう。

▼麻生と安藤

さて、ここまで読んで下さった方はなんとなくお気づきかと思いますが、私は今麻生×安藤にめちゃくちゃ心を乱されています。ここからは二人の関係を、お宅訪問シーンの会話からこじつけていきたい。妄言です。

まず、麻生が日本酒好きであることをリサーチしてくる気遣い力とつまみまで買っていくスパダリっぷり。そして相手に気負わせない「誕生日プレゼントだよ」という茶目っけのある軽口。そんなん女に対してだけ発揮してろよ!と思ったんですが、安藤は麻生にクソデカ感情抱えてたんでした。そうでした。っていうか、今まで一回しか飲んだことなかったのに二度目がサシ飲みの宅飲みってどういう距離感なんですかね?十数年前、一度飲んだ時からサシ飲みしたかったと言う安藤。もし安藤がほかの人間にもこんなことをホイホイ言ってのけてるんだとしたらとんでもないことである。でもきっと高須には言ってない。やっぱり麻生のこと好きなのかな

麻生の家にやってくる猫、その猫に対して麻生は自分の相棒だという。でも、こいつには家があり、自分が人生を取り戻す手伝いまではしてくれないと。この猫は及川が飛ばした生霊なんじゃねえかと思っているんですがそれはさておき、読者は「相棒って安藤のことじゃなくて猫ちゃんのことだったんだ!」と知るわけです。相棒は安藤だと思わせるミスリードだったと。しかし、私はめげない。更にもう一層深読みもできると思う。

今後この猫に代わる存在が安藤なんじゃないか。

女房が出ていった代わりにふらっとやってくる猫。くたびれた凡庸な刑事の長い退屈な夜に必要な相棒。これ、まさしく今夜の安藤じゃないですか。
猫が安藤に鳴いたのを見て、麻生は「ゆっくりしてけ、って言ってるんじゃないかな」と発言しています。もちろん猫はそんなこと言ってないのでこれは麻生のおねだりです。独り酒が淋しいんでしょうねえ……再三言ってますが安藤は淋しいオーラと弱みに弱いです。
「こいつには帰る家があります。」じゃあ、安藤は?安藤にはもう琴美も緑子もいない。
互いに孤独な四十男の二人「いつも俺よりいいもん食ってるから、あんまり食わないんです。でも出してやらないと文句たれる。ここでちょっぴりつまんで帰るのが気に入ってるらしい。」そんな関係になってもおかしくないですよね?うん、おかしくない。
やっぱり相棒は猫であり安藤だと思う。

ぶっちゃけこの二人に肉体関係があるのか無いのかに関してはいくら議論したところで結論は出ませんので割愛します。合田と加納があのイブの夜肉体関係を持ったかどうかを議論するのと同じぐらい不毛です。
でも、安藤が緑子を本庁に呼び寄せた時期と、麻生が槙と付き合いだした時期、またも大体一緒なんですよねえ。1994年。それまで1年半ぐらいはありそうだけど、何かあったかもしれないし無かったかもしれない。

この一連のシリーズ、麻生と練にしろ麻生と及川にしろ誠一と練にしろ男性同士で肉体関係がある場合明確に記されているので、その他の男性同士には何もないと思ってしまいがちだ。だが果たしてそうだろうか。私はかつて「同じコマに収まったことがある」という理由だけであるカプを推したことがある。それに比べれば麻生と安藤なんて役満もいいとこだ。他作品だったら超王道覇権カプに違いない。

▼麻生と酒

最後に、少しだけ脱線。麻生が飲む「酒」が物語の中でどのような舞台装置として働いているかを考えてみた。
麻生はよく酒を飲んでいる。玲子が出ていってから酒漬けだったようだが、そもそも及川と交際していた時分からだいぶ飲んでいる。つらいことがあると酒に逃げるタチなんでしょう。
及川と交際していたころ、麻生はジンを愛飲していた。シリーズを通して、彼がジンを飲むのは所轄刑事だけである。そして、他の登場人物でジンを飲んでいた人物が二人いる。韮崎が死んだ直後の皐月と、韮崎の葬式のあとの練である。麻生は所轄刑事において「ジンが飲みたくなる夜は、酒が苦い夜だ、いつも。」と発言している。麻生は及川の隣で酒を飲むとき、いつも後ろめたさや、淋しさや、せつなさ、やるせなさで苦い酒ばかりを飲んでいた。皐月や練も、韮崎の死に際して、麻生が苦いと称した酒を飲む。
次に麻生の人生に登場するのは日本酒である。私立探偵で日本酒が一番好きだと発言しているが、愛飲している期間はだいぶ長い。『理由』で玲子と交際中幸せ真っ只中の麻生は明日のデートを楽しみにしながら好きな日本酒を飲む。それから、『聖なる黒夜』では韮崎の葬式のあとまで。私立探偵では物語の後半から飲むようになり、月神でも飲んでいる。
麻生は、『聖なる黒夜』の途中から私立探偵の前半まで、ウィスキーを飲む頻度が増える。というのも、練がバーボン党だからだ。マッカラン・オールドパーを飲み、練と疑似的に盃をかわす。
麻生にとって、酒の嗜好はその時々によって変化するようであるが、及川や練と交際していない間は、基本的に日本酒を好んで飲んでいる。彼にとってのニュートラルは日本酒なのだろう。

安藤は今回、日本酒を持ってきた。これが麻生の殻をひとつ破り本質に踏み込んだからなのか、それとも麻生の人生にはさして寄与できないという暗示なのかはそれぞれの判断に委ねたいと思う。




さて、つらつらと書いてきましたが、どうですかね、麻生×安藤ある気がしてきませんか?ね?

月神の後半で、安藤が渋谷から暴力団を一掃するなんていうとんでもねえ野望を持っていることが及川によって明かされます。そんなことして練の手下にめちゃくちゃもみくちゃにされないか心配なんですが……もうこの後のお話は出ないのかしら……読んでみたい……

そういえば、安藤と麻生って同じ煙草吸ってましたね。初見はへ~あの二人同じ煙草なんだ~安藤がハイライトってちょっと意外~なんて思ってたんですが、こうなってくると邪なことしか考えられないですね。安藤にいつからハイライト吸ってるのか聞いてみたいところです。


〈底本〉
柴田よしき著「真夜中の相棒」『タッグ 私の相棒』(2015年5月16日 角川春樹事務所)

若干在庫復活しているようなので、お早めに〜

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