正しいオナニーの後の処理の仕方教えます

こんにちはしょご先生です。

学校では教えてくれない性のトピックを現役教師の僕がわかりやすく説明します。

今回のトピックはオナニーの後の処理はどうすればいいのか。

多くの男性はオナニーをした後、出した精子はティッシュペーパーに包んで捨てていると思います。直接ティッシュに出す人もいれば、お腹や床に出した後にティッシュで拭き取る人もいます。

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そのオナニーで使ったティッシュ、どうやって処理しればいいのか悩んではいませんか?

家族に知られないように、ゴミ出しの時に近所の人に知られないようにしたいと思っている人も多いと思います。

ゴミ処理は自治体によってルールも違いますし、中身が見えるように出さねければいけなかったり、なんとか隠して捨てても、中身を確認されてしまったり!結構神経を使うところです。

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そこで今回はそんなオナニーの後の処理はどうすれば良いのか実用的な方法をご紹介します。

コチラが要点になります

1ゴミ箱に捨てる
2トイレに流す
3トイレに発射する
4お風呂場でする
5ポテチの袋を使う


まずは王道、ゴミ箱に捨てるです。

ティッシュをケチって2、3枚しか使わないと精子が漏れ出してしまったりするので、心を鬼にして十分な量のティッシュを使って精子を拭きとってください。


しっかりと包んだ後は漏れないように丸めてゴミ箱に捨てます。ゴミ箱の奥の方に捨てるなどして上から見えないようにして捨てましょう。

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シンプルな方法ですけど、ゴミ箱の中身を頻繁に捨てに行かないと臭いが出てきますので注意が必要です。ゴミ捨ての日に合わせて処理しましょう。


続いてトイレに流す。コチラもかなりメジャーなやり方です。精子を拭いた後はトイレに流して処理をする方法です。

正し、トイレに流す場合はティッシュペーパーではなく必ずトイレットペーパーを使ってください。ティッシュペーパーは水に非常に溶けにくいのでトイレに流すと排水管が詰まる可能性があります。

なので絶対ティッシュペーパートイレに流してはいけません。

トイレの排水管が詰まると修理業者さんを呼んで修理をした時に大量のオナティッシュが出てくる可能性があります。その点トイレットペーパは水に溶けやすい材質で作られているので精子を拭いた後そのまま流しても大丈夫です。

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続いてトイレに直接発射するです。

トイレでオナニーをしてそのまま便器の中に発射する方法です。トイレットペーパも使うことなく、そのまま流して処理できるので非常に楽ちんです。

普段寝っ転がってオナニーをしている人は立ったり座ったり違う体勢で射精をするトレーニングにもなります。トイレに向かって射精をする場合はしっかり的を定めて便器の中に精子が出るようにしておいてください。

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勢いよく飛びてて他のとこについてしまった場合はすぐにトイレットペーパーで拭き取りましょう。放っておくと臭いの原因になります。

それからトイレでオナニーをする場合はしっかりドアに鍵をかけて、長時間居座らないように気をつけましょう。


続いてお風呂場でする方法です。

トイレ同様ドアに鍵がかけられてプライバシーも守られるので人気の方法です。お風呂場でする場合はちゃんと排水溝に流れるように射精しましょう。

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ボディーソープを使って長時間ちんちんを擦ると皮膚が痛んでしまうこともあります。ボディーソープなどは汚れを落とすのが目的なのでそれを使ってのオナニーはあまりおすすめしません。

できればローションなどを使って終わったらシャワーで綺麗に洗い流してください。


最後はポテチの袋を使うです。

以外とこれ、知られていないんですけど、ポテチの袋って臭いが漏れない特殊な袋なんです。ポテチを買う時、中身の匂いって漏れてないですよね?

その特徴を生かしてティッシュの処理に使います。

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精子を拭きとった後、丸めてポテチの袋に入れてしっかり封をして捨てます。外から中身もわからないですし、臭いも漏れにくいです。次、ポテチを買った時は袋をそのまま捨ててしまわないで、オナニーで使ったティッシュの処理に活用してみてください。


最後に一つ付け加えたいんですけど、オナニーをすること自体、全く恥ずかしい行為ではありません。健康な人間の行動のひとつです。

ですが、後処理もしっかりすることで周りに迷惑をかけることなく気持ちよくオナニーをすることができます。自分ができる範囲の方法で楽しくオナニーをしましょう。



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現役高校教師・性教育アドバイザーのしょご先生です。 YouTubeで男の性の悩みや学校が絶対教えてくれない性のトピックを発信してます。 オーストラリアに16年滞在し現地の公立高校で8年間教えていた後、日本の学校に転勤、その後、再びオーストラリアに戻ってきました。