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ピーナツバターのサンドイッチ

材木←四男

いちばん早く目覚めたつもりだった朝。時計の短針はまだ下から一つ前のメモリを越えたばかりだというのに、僕の布団の隣はがらんとしていた。鼻の頭が冷たいなと思いながら、そっと襖を開ける。黒光りする床の先。階下からは密やかな話し声と、香ばしい匂いが漂ってきていた。
覚悟を決めて布団から出たはずなのに、足が竦む。末弟と2つ上の兄が何やら出かける準備をしていたのを、僕は目敏く見つけていたのだ。
末っ子は空気を読むのも、気配を消すのも長けていたが、兄の方は兄の中でも一等ポンコツだったので、気心の知れた弟との小旅行に心を躍らせているのがすぐに分かった。
一緒に行きたいわけじゃない。けれど、ただ行かせてやるには心に蟠りがあった。それは僕にとって長年付き合ってきた感情であったし、間違いなく未来永劫叶わぬ願いであった。何か一言、旅のはなむけにケチをつけてやろうと思っていたのに、緑のカーペットの上で指先は冷たくなるばかりだ。
ボンヤリしているうちに、玄関の引き戸が開いて閉じる音がした。気配がだいぶ遠ざかったところで、ようやく足が動いた。残り香を辿ってキッチンへ降りる。普段は父母が食卓にしているテーブルの上に、皿とメモ書きが置かれていた。作り過ぎてしまったから食べてくれ。明日には戻る。右肩上がりの角張った文字を指でなぞって…なぞって…。僕はつっ立ったまま。まだ温かいピーナツバターサンドを食べた。

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