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ごるふ一徹、カノジョ一途、一時社会人【38】

23番ホール 千夏、我が家に来る!


土曜日は朝起きると薄曇りで、少し肌寒かった。御殿場はさらに気温が低くなるだろう。少し厚めのアンダーウェアをバックに入れて家を出た。家を出る間際、母親が寄り道しないで早く帰ってきなさいとまるで子供に言うセリフだ。今晩の千夏来訪がよほど楽しみにしているようだ。千夏を歓迎してくれるのを嬉しく思い、手を挙げて応えた。

千夏を迎えに行った時に、少し厚着を用意した方がいいと伝えた。
思ったより早く着きそうだったので、途中足柄サービスエリアに立ち寄った。
車を降りるとやはりこっちは肌寒かった。

「ちょっと寒いわね。大樹のいう通り厚着用意してよかった!」
「やっぱり寒かったな。俺も持ってきてよかったよ」東京と比べると、御殿場は気温が3度くらい低い。夏は過ごしやすいし、逆に冬は寒い。
御殿場月光カントリークラブにはスタート時間の1時間前についた。2人でフロントで受付をしてロッカーで着替え、マスター室前で温かいお茶を2本買って千夏を待った。
千夏が着替えを終え、少し照れ臭そうにやってきた。

「どう、似合う?」先週買ったウェアーにセーターを身にまとっている。
「やっぱり、ゴルフ場で着るとさらにいいねえ!」
「サンキュー!さあ、練習行こーかあ」そんな千夏が可愛く見えたのは、俺だけだろうか。

練習グリーンでパターの感触を掴み、スタートホールに向かった。
前の組も後ろの組も4人でのラウンドだったのは助かった。これでゆっくり回ることができる。千夏に今日の目標を聞いた。

「目標かあ〜。目標はねえ、考えてない」
「西垣プロが言ってるだろ、ラウンドするときは目標とか課題を持ってプレイしろって」
「じゃあねえ〜、スコアー100で回る!大樹はどうなのよ?」
「俺はマネージメントをしっかりやることだな」昨日ネットに掲載されていたホール攻略法を参考にしてのラウンドをする。
「よく分かんないけど、がんばれえ〜!」
「千夏なら100で回る実力はあると思うよ。がんばろうぜ!」
カートには最新のG P S機能付きのナビが装着されている。スコアー集計から始まり残りの距離、ピンのポジション、グリーンの傾斜や芝の目など一目で分かる。
千夏と操作方法を確認しながら、スタート時間を待った。

5分遅れのスタート、俺はレギュラーティーから、千夏はレディースティーからショット。
千夏の朝一ティーショットは空振りだったが、見なかったことにして改めて打った
ボールは、フェアウェイ真ん中にナイスショットだ。3度目のラウンドにしては最高の出だしだ。

千夏とのラウンドは楽しかったが、思っていたよりも気を使った。俺なりにアドバイスをしたり、励ましたり、前の組に遅れないようあるいは後ろの組のことに気遣ったり。
そんな中、千夏のプレイはスイング同様、リズムが良かった。恐らく剣道で鍛えてきた賜物だろう。ダフったりトップしたりすることも何度かあったが、それに腐ることなくひたむきにプレイしているように見えた。これもセンスだと感じた。

俺も自分のマネージメントだけは間違いのないよう一球一球心がけた。

この日の俺は、ホールの距離やレイアウトを見て、ティーショットではドライバーを4回だけ使って、後はスプーンとかアイアンで打った。ゴルフは距離を競うスポーツではないと西垣プロから何度も言われている。

ホールが終わるたびに、カートナビのスコアー入力は千夏の役割だ。これが千夏に
とって楽しくてしょうがないらしい。ホールを進むに従って合計スコアーとか
何オーバーとか画面で見れるのは便利だ。さらに9ホールを終わって、49で回った千夏は大喜びだ。俺から見て当然のスコアーだ。

一方の俺は、なんと2バーディー2ボギーのパープレイで回ってしまった。距離が短いというのもあるだろうが、なんとか回ってしまったという感触だ。

ここでスコアーを意識すると崩れることが多いから、一旦スコアーのことは忘れようと千夏と確認しあった。まだ半分しか終わっていないし、ゴルフは残り3ホールが勝負だ。
午後から晴れ間も顔を覗かせ、気温も上がってきたようだ。まだ富士山は見えないが・・。

後半も前半のリズムで千夏も俺もスタートすることができた。ミスは出るもののそれを引きずらず、次のショットに集中できた。
残り2ホールとなったところで、カートナビを入力していた千夏が教えてくれた。
俺が2オーバーで千夏は12オーバー。千夏は残り2ホールボギーでも99で100を切れる。それを知ってか、どうも千夏の表情が硬くなっている。100切りが見えてきて、緊張してるのか。

俺は千夏の気持ちを和らげようと冗談を言った。
「千夏、パンツ見えるぞ!」
「え!マジ!!エッチ!?」スカートの裾を抑え、あたふたしている。
「あははは・・、ジョーダンだよ、ジョーダン。なんか、緊張しているみたいだから言っただけ!」
「もう、何言ってんのよ!ほんとに見てないでしょうね!?」
「見てないよ。白いパンツなんて見てないよ」
「なんで白って知ってんのよ。覗いたでしょ、ヘ・ン・タ・イ!」
ちょっと赤くなっている。でも今日は“白”なんだと想像すると少し興奮する。

「ゴルフはスコアーを意識すると身体に力が入っちゃうんだよ。それがスイングに
影響するから要注意だよ。俺は経験者だからよく分かるんだよ。目の前の一打に集中しようぜ!」
千夏も“なるほど”と思ったのか、深呼吸してリセットできたようだ。

千夏に言ったものの、俺は最終ホールをボギーとしてトータル75。それでも自己
ベスト更新だ。一方千夏はしっかりボギー2つで上がって100を切った。
もっとも最初の空振りは入れないでおいた。

ホールアウト後は2人でハイタッチをして、お互いのスコアーに喜んだ。実は両手を広げてハグをしようとして近づいたら、“白いパンツ事件“を理由に拒否されパターで”突き”をしやがった。俺の貢献も少しは認めても良さそうだが、薄情なやつだ。

クラブ確認を終えて、それぞれのロッカーに向かった。汗はさほどかいていなかったが、風呂に入ってさっぱりした。会計を済ませてロビーで千夏を待つことにした。
10分、20分、30分経ってやっと千夏がきた。遅い!!と思ったが、女の風呂は化粧もあるから仕方ない。

「お待たせえ〜。」いつもより化粧バッチリの千夏が目の前にいた。急に大人っぽくなったような気がする。
「なに人の顔に見惚れてんのよ!?」
「いや、別に・・。」俺は車を玄関につけるからと駐車場に向かった。

この時間に出れば5時過ぎには家に着くだろう。お袋に怒られずに済む。
一応連絡だけ入れておこう。電話ではまた寄り道をしないで帰るよう念を押された。
家には5時半過ぎについた。思ったよりも時間はかかったが寄り道はしていない。
車庫に車を入れ、千夏と家に入った。お袋が玄関で待っていた。

「こんにちは。如月千夏といいます。今日はお招き頂き本当に有難うございます」
「ようこそいらっしゃい。大樹がいつもお世話になってます。ゴルフで疲れている
でしょうから、ゆっくりしてってくださいね。大樹がいつも言ってる通り、綺麗な
お嬢様ね!」
でも俺は一言も“綺麗なお嬢様”とは言っていない。

「有難うございます。これお菓子なんですけど、皆さんで召し上がってください」
そう言って手提げ袋に入ったねんりんやの“バームクーヘン”を渡した。
「あら、私これ大好きなのよ。美味しいのよねえ。有難うね」そういいながら、
俺を残して2人でベラベラ喋りながら中に入っていった。想定以上の無難な立ち上がりだ。

俺は仕方なくソファーに座って、ゴルフ番組を見ることにした。親父も今日はゴルフで帰りは6時過ぎになるらしい。
リビングのテーブルには、半分料理が占領していた。まだまだ増えそうだ。
千夏はお袋に手伝うといってこまごま動いている。お袋はよほど千夏が来たことが
嬉しいらしい。

「はい、沢田くん!」一瞬誰のことか分からなかった。目の前に缶ビールが差し出された。
「え、今日は送ってくから飲まないよ」俺は千夏に言った。
「大丈夫よ。玲奈と彩佳が迎えに来ることになってるから」
「わざわざ悪いだろ。いいよ、送ってくから連絡してあげろよ」
「いいのよ。心配しないで」そう言って、俺にビールを強引に受け取らせた。
「あら、妹さんがいるの?」
「ええ、小うるさい小姑見たいのが2人います」
「うちは鬱陶しい男ばかりだから、女の子がいると明るくていいわよね」

この会話は想定通りだ。夕食の準備をしているうちに、親父も帰ってきた。
千夏は営業で鍛えた愛想よく挨拶している。夕食は今まで見たことがないような豪勢なものばかりだった。シーフードサラダ、魚介のマリネ、ローストビーフ、海鮮パスタなどなど。こんな料理を作る技術があったとは驚きだ。口に出すと後が怖いので、俺も親父も何も言わなかった。

親父が買ってきた白ワインの封を俺が開け、みんなで乾杯をしてお食事会の開始だ。
食事中のおしゃべりは女2人で、男は相槌を時々しながら酒を味わった。
千夏が学生時代剣道をやっていたと聞いて、親父が急に会話に入った。
俺も知らなかったが、中学・高校と剣道部だったらしい。剣道は姿勢が良くなって、生きる上で大事なことだと俺に解説し、千夏は“そうだそうだ”と言っていた。
どうも今日はいじられキャラが俺の役割のようだ。ワインも2本目が空になり、
俺と親父は日本酒を飲み始めゴルフの話で盛り上がった。料理も一通り食べた頃には8時を既に回っていた。
親父はゴルフで疲れていたせいか、酔ったと言って寝室に行ってしまった。

その後バームクーヘンを食べようということになり、テーブルを片付け3人でソファーに移動した。9時ごろに玄関のチャイムがなった。おそらく玲奈と彩佳だ。

千夏が出迎えようとするとお袋が制し玄関に行った。玄関の方で賑やかに喋っているのが聞こえる。すると2人を連れてお袋が入ってきた。俺と千夏は思わず顔を見合わせた。

「すいませーん。お邪魔しまーす!」いつもの玲奈と彩佳だ。この2人はどこに
行っても生きていけるだろう。
「せっかく来てもらったから、バームクーヘン一緒に食べましょう!みんなで食べた方が美味しいわ」千夏は申し訳なさそうにしている。
「千夏さん、気にしないでいいからね」
そう言って2人をソファーへ座らせた。

それからは、女4人の喋りのオーケストラだ。俺は演奏を聴きに来た観客というところだ。まあ、千夏も含めて楽しそうだから文句はないが・・・。
それから延々と演奏は続き、俺は1人で日本酒を味わっていた。

10時を回ったところで、千夏が“そろそろ失礼します”と言って演奏は終了した。
千夏の指示のもと玲奈と彩佳が片付けを手伝い、あっという間に終わった。
2人はお手伝いさんとしては優秀だ。
3人が帰る時には、お袋と俺で見送りするために外に出た。
「安全運転で帰るのよ。家に着いたらL I N Eちょうだいね」
いつの間にL I N E交換してるんだ。

「はーい。おばさま、ごちそうさまでした」玲奈と彩佳からの返事。
「また遊びにきてね!」お袋の余計な一言だ。
「有難うございまーす。また来まーす!」手を振りながら、車は遠ざかって行った。
「やっぱり女の子は明るくていいわねえ」お袋がしみじみと言った。

俺とお袋は車のテールランプが見えなくなるまで見送った。そして俺は、千夏と最後に話ができなかったのが心残りだった。


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