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ごるふ一徹、カノジョ一途、一時社会人⑨

5番ホール:ゴルフは仕事より緊張する! ②(いざ、コンペ!)


金曜日の定時後、巽部長がオレの席に来た。

「明後日のコンペは大丈夫そうかな?」
「部長に言われた通り、小さなスイングをずっと練習しています。実は天野社長に紹介してもらったプロに習い始めました。」

「お、そうか。気合入っているな。まあ今回がデビュー戦のようなものだから、あまり気負わないようにな。ゴルフ場までの足はあるのかい?」
「はい。自分の車で行きます。」
「気をつけてな。それじゃゴルフ場で会おう。」つくづく部長は気遣いのできる人だ。オレも見習わなくては・・・。

コンペ前日の土曜日は、レッスンも含め朝8時からみっちり4時間練習に励んだ。
ドライバーからアプローチまで、同じリズムでスイングすることに気をつけながら。
パターは西垣プロに言われた通り、練習マットを購入してから毎日100球打った。
最高で45球連続で入れることもできた。ドライバーで飛ばすのもいいが、パターも面白い。ただ意外と芯で当たらないのはオレだけだろうか・・・。

レッスン終了後、西垣プロが昼飯に誘ってくれたので喜んでお供した。
ラーメン屋に入って、ラーメンチャーハンを二人で頼んだ。

待っている間、
「明日のコンペでは、スコアーやショットの良し悪しに捉われないでください。練習場と違ってゴルフ場は、まず平らな所はありません。左足上がり、右足あがり、爪先下がりとかラフ、バンカー、ベアグランド。そういう状況の練習をしていないので、上手くいかなくてあたりまえです。
ショットの良し悪しではなく、その時の状況をよく覚えといて下さい。ボールの置かれた状況で今のスイングをした時にどんなボールが出たか。そしてその時の心理状態、欲を言うと周りの景色や音、風、匂いなども記憶に留められたら最高ですね。それがこれからの沢田さんの財産に必ずなりますから。」

オレはその言葉を一言一句覚えようと真剣に聞いた。

「わかりました。もしかしたら野球と同じかもしれません。打者としてバッターボックスに立った時のことをほぼ全て覚えています。投手は誰、打った球種は何、アウトカウント、ランナーがいたか。それを後の打席に活かそうとしていました。」

「とても素晴らしいことでし、恐らく誰にでもできることではないと思います。その時の沢田さんは常に冷静だったと思います。その冷静さを明日のゴルフで保つことができれば、言うことないです。一つ冷静さを保つのに、お役に立つ金言があります。“ゴルフ は失敗のスポーツである”つまり、ゴルフにおいては失敗するのは当たり前と言うことです。決して成功を望んではいけません。あとはなるようになるでしょう。楽しんできてください!」

「ありがとうございます。今の話を肝に銘じて明日はプレイして来ます。」

夜も11時を回りベッドに入ると、なかなか寝付けなかった。
早くもアドレナリンが出ているのかも。こうなると無理して寝ようとしても寝れないから、“ビジョン54”を考えた。心技体+感情+社交性。西垣プロも同じような事を言っていたような気がする。
常に冷静でいることは、感情の波をできる限り平らにすると言うことだ。その時の感情を自分で理解していると言うことは、冷静でいると言うことに繋がる。
気が付いたら朝になっていた。

有難いことに天候は快晴だ。風もあまり出ないようだ。首都高、東名高速と渋滞もなく快調に飛ばし、7時30分過ぎにはゴルフ場についた。

ゴルフ場のスタッフの人が玄関でにこやかに出迎えてくれた。ゴルフバックとボストンバックを手渡し、駐車場に車を停めた。玄関からロビーに入ると、見慣れた総務課の面々が受付をしていた。

デカデカと“児玉建設春季ゴルフコンペ”の看板があった。受付には白川さんがいて、
「頑張ってね!」と言ってもらった。千夏に言われると馬鹿にされているような気分になるが、白川さんに言われるとなぜか素直に嬉しい。

カードフォルダーと今日の組合せ、注意事項が書かれた紙を受け取りロッカーに向かった。フォルダーには“72”と書かれていた。「これは縁起がいい。72はパープレイ、7+2でカブだ。」今日はいいことがあるかも知れない。
ロッカーには、会社の顔見知りも何人かいた。ゴルフショップで購入したウェアに着替えハウスを出ると、榊原さんと検査部の佐藤課長が話をしていた。

「お早うございます。今日はよろしくお願いします。」
佐藤課長とは数回社内の打ち合わせで顔を合わせていたので、顔を覚えてもらっていた。

「今日はよろしくね。ゴルフデビュー戦なんだって。分からない事があったらなんでも聞いてくれていいから。」この人もとってもいい人だ。

「佐藤課長はね、巽部長と同じくらいゴルフとっても上手なのよ。」
「いやあ、巽部長にはまだまだ足元に及ばないよ。まだ一度も勝った事ないんだからね。今日は負けないけどね。」楽しそうに笑っていた。ゴルフが本当に好きなようだ。

「そろそろ時間ですから、集合場所に行きましょうか。」
集合場所はアウトの練習グリーンの横と案内に書いてあった。
既に40人くらいの社員が集まっていた。

事務局である総務課の谷川課長が進行役だ。
「皆さんお早うございます。只今より第27回児玉杯ゴルフコンペを開催いたします。
最初に、児玉社長よりご挨拶いただきまーす。」

慣れた要領で谷川課長が進行を進めていく。
今回の参加者は42名。アウト、イン各コースから各6組が順次スタートしていく。競技方法の説明では、集計は社内ハンディキャップにより行い、初参加の人には新ペリアを適用するそうだ。但し初参加の人は、残念ながら優勝はないそうだ。その後、ドラコンホール、ニアピンホールがアウト、イン各2個つづ。この辺のルールは毎回同じらしい。

「それでは始球式を1番ホールで行いますので、皆さんお集まりくださ〜い。」
参加者のうちインコースからスタートする人を除いて、アウトコースのティーグランドにゾロゾロと向かった。

児玉社長が1番ホールのティーエリアに始球式用のボールをセットアップする。軽く素振りをしてから打ったボールは、一直線にフェアウェイど真ん中へ。一斉に大きな拍手だ。
その後、キャディーさんが順番を決めるための金属製の棒を持って来た。当然オレは最後だから残り物には福があるだ。社長から順番に引き、児玉社長が2番、次に巽部長が4番、佐藤課長が3番。と言う事は、なんとオレが1番になってしまった!?

先でも後でもどうせ打つことになるんだから、打つなら早いほうがいいと開き直った。
と思ったが、始球式が終了したばかりで、尚且つ社長がショットするところまで見ようとギャラリーがたくさんいるのではないか。これは想定外だった。

セットアップする前に、同伴の社長初めお三方に挨拶をして、
平静を装いつつボールをセットしたが、手が震えているのがわかった。ギャラリーにバレたらちょっと恥ずかしいな、と思いつつアドレスに入る。

西垣プロに言われた通り、景色や音を感じている。でも匂いはよくわからない・・。
“ビジョン54”に書いてあった通り、ボールの後方では自分の脳をフル回転させ狙い目を定め、風とか確認する。ボールの前に立ちアドレスをとったら、打つことに集中する。

「確か今年営業に入った新人だよな。」「デビュー戦らしいよ」とか、聞こえていた。

意外と冷静かも知れないとか考えながら、ボールに集中していつも通りスイングした。
これまで練習してきたハーフスイングを少し大きくしただけだ。

「パコーン」芯に当たった!と思った瞬間、一斉に「オオ〜ナイスショット!」と歓声が上がった。なんと、フェアウェイやや右に一直線に飛んでいった。

児玉社長が、「やるなあ〜、沢田くん。本当に初めてかい?」
巽部長もニコニコしていたのを見て、オレも嬉しくなった。

「有り難うございます。全くのまぐれだと思います。」本心からそう思っていた。
「我々も負けていられないね。巽くん、佐藤くん。」児玉社長も嬉しそうだった。

想像通り、お三方はきっちりフェアウェイをキープした。これが、ベテランの技だなと感心した。

しかしその後、“ゴルフはそう簡単ではない“ということを身をもって知る。
いわゆる、トップしたりプッシュアウトしたり、心の底からナイスショットと呼べるものはほとんどなかった。それにフェアウェイでさえも平らなところはあまりなかった。後で聞いた話だが、上級者は平らなところを狙って打つらしい。そんな状況でも、西垣プロの言葉を思い出して結果は気にせず、次の2打目、3打目と必ず周りの状況を確認した。

そんな中、パターだけは違った。打つ方向はわからなかったのでキャディーさんに教えてもらった。このキャディーさんが30年のベテランでコースのことは隅々まで把握していると豪語していた。大体最初のパットは5m以上だったが、午前の9ホールで3パットは1回だけだった。ハーフで、スコアーは48だった。パーも2つ取ったしショートホールでは、なんとチップインパーなるものをとった。(パーオンせず、20ヤードのアプローチがカップインしてしまったものではあったが、それも実力だと巽部長に言われた!)。

バタバタしていたと思ったが、上がってみればスコアーは想像以上に良かった。
何とか社長、巽部長、佐藤課長に迷惑をかけずに回れたような気がする。

お昼の休憩時間はハウスの2階にあるレストランで食事を取った。
メニューも豊富で、和洋中なんでも揃っていた。オレはスタッフの方のおすすめ、“海鮮丼”を頼んだ。魚介は沼津港から仕入れて新鮮だけあって、見た目も鮮やかでとても美味しかった。

社長初め皆さんからお褒めの言葉をいただいた。自分的には納得したショットは、最初のドライバーだけだった。それでも、スコアーが纏ったのは練習の成果と西垣プロのアドバイスのおかげだと思えた。
順次後続の組が上がり、周りでは優勝争いの話で盛り上がっていた。

そんな中、児玉社長が
「巽くん、今度ゴルフ部を作ろうと考えている。会社もそこそこの規模になったが、うちにはクラブ活動が全くない。社員の希望があれば、ゴルフ部以外の活動も会社として認めてもいいと考えている。どうだろうか?」

オレは、この場にいるのは分不相応と思って沈黙を守った。

「よろしいんじゃないでしょうか。福利厚生の一環でもありますし、仕事以外で社員が熱中できるものを提供することも会社の務めと思います。なあ、佐藤くん」
「はい。私もそう考えます。賛成です。」
「良かった。早速総務の谷川くんにゴルフ部のことを話しよう。そこでだ、巽くん。君にゴルフ部の初代部長をやって貰いたい。実力的にも十分認知されているし人望もある。
そして大事なことだが、うちのゴルフ部を日本一にしたい。」
「はっ?日本一ですか??」
「そうだ。日本一だ。私は単なるお遊びのゴルフ部を作る気はない。やるからにはとことんやる。だから日本一なんだ。」

この社長がこういう話し方をするときは冗談ではない。そう考えた巽は、

「分かりました。何年かかろうとも日本一になります。」
「有り難う。君ならそう言ってくれると思った。ただ、プロの集団ではないから、あくまで文武両道。仕事とゴルフの両立だ。」
「承知しております。」
「よし。そうとなれば最初の部員は、佐藤くんと沢田くんだな。」
「え!私ですか。」いきなりのご指名におったまげた。
「そうだ、君だ。当然だろう。ゴルフ部創設決定の瞬間に同席してるんだから。」
「そう思うだろう。巽くん」巽部長も半分困ったような、嬉しいような表情で、
「そうですね。午前のプレイを見たら誘わずにはいられないですね。将来性は十分感じます。」

何やら変な雲行きになってきた。全くゴルフなんてやったことないオレをいきなりゴルフ部に誘うなんて。ただ期待されてしまうと、つい応えたくなるのがオレの性分だ。

「お誘い頂き有り難うございます。200%ど素人ではありますが、仕事同様全力を尽くします!」
社長や巽部長そして佐藤課長まで笑顔だったが、この笑顔が何を意味しているのかまったくわからなかった。

「そろそろスタートの時間だ。行こうか。」
午後のプレイもスコアーは別にして、午前のプレイ以上に気づく事がたくさんあった。
ハーフスイングの延長でショットを重ねていったが上手くいかない時の方が当然多く、それはボールのライの状況が平らではない事が原因と思われた。そもそも打ち方が分からないのだから致し方ない。次のレッスンで西垣プロに教えてもらおう。

結局、午後もお三方に迷惑を掛けないことと、西垣プロのアドバイスを守ることで精一杯だった。18ホール無事にラウンドできたことが、オレにとっては何より嬉しかった。
ラウンド後のパーティーで、表彰式が行われた。

5度目の優勝を飾った巽部長。ちなみにスコアーは73ストローク、さすがだ。榊原さんは89で回り5位に入賞した。80代で回るなんてこちらも驚きだ。因みにオレのスコアーは99、ネット73.5で12位。飛び賞にも入らなかったが、デビュー戦でいきなり100を切ったと、周りの人から驚きと称賛を頂いた。オレは凄いことをやってしまったらしい。ここに千夏がいたら、いつもの調子で「大樹、調子に乗ってたら怪我するわよ!」くらいのことは平気で言いそうだ。

パーティーもそろそろお開きとなる頃、児玉社長が一声を発した。
「皆さん、今日はお疲れ様。特に怪我もなく良かった。実は一つここで発表したいことがる。うちの会社ではクラブ活動というものをこれまで作ってこなかった。来年創業40周年を迎えることもあって、今回ゴルフ部を創設したいと考えている。」

何事かと聞いていた社員が一斉に驚きの声を上げた。
「但し、私はゴルフ部を単なる仲良しクラブにするつもりはない。活動する以上は最近いろいろな企業が参加している全日本ゴルフ企業対抗戦で日本一になるつもりだ。意欲のある者は是非参加してほしい。以上だ。」
進行役の谷川課長も少々驚いた様子で、

「私も今初めて社長のお考えを聞きましたが、皆さん是非検討ください。全日本ゴルフ企業対抗戦というと、確か国内の上場企業や優良企業数百社が参加している大会だと記憶しています。詳細は追ってご連絡致します。それでは以上で解散といたします。帰りは気をつけてお帰りください。お疲れ様でした。」さすがに谷川課長だ。初めて聞いたと言ってたけど、こういう場に慣れていてうまく纏めていた。

会場を出てから玄関まで、参加した社員の間ではゴルフ部の話で盛り上がっていた。
その様子に児玉社長は大層ご満悦の様子だった。

次号に続きます・・・。

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