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天に救いを求めた末裔#6

「よぉ!景気はどうだい?」
軽い挨拶を吐きながらオイルの匂いが立ち込める整備部を訪ねる。当然返事はない。切削工具が盛大に鳴り反響するこの空間で人の声を聞けということ自体が無理だ。いつも通りの無音の歓迎にかまわず歩を進める。
この整備棟は今でこそ哨戒機、戦闘機の整備だけを行っているが、本来は浮遊都市のメンテナンスを担っていた。技術者はむさ苦しいほどたくさん居たし、何より変化のない日常を楽しむために日々いろいろとバカバカしい発明をしていた。
「おぉ、あんたか。今日も何もなかったのか?」
声の主はここの長である。年齢は俺とさほど変わらないと聞くが、外見はどう見ても…
「何もなかったさ。それより突然と人の上に乗るのはよしてくれないか?」
小柄なこの整備長は事あるごとに人に乗って高い所の作業をし始める。こうなるとテコでも動かないので仕方なく手伝う羽目になる。
「いいじゃないか、ひょろい体が役に立つまたとない機会を大切にしなよ。」自分の腕よりも長いトルクレンチを体からは想像できないほど軽々と制して作業を手際よく進める彼女。
「俺だって用があってここを訪ねたんだ。早く降りてくれ。」
「少しは人間の女にも興味を持てっての…」
「おーい、聞いているのか?降りてくれ。」
今日はやけに素直に降りる整備長。
「またあの子に会いに来たのか?妬けるねぇ。」
「でも、今度も起動しなかったらいよいよ解体されるそうだよ。」
「なにっ!?それはいつだ?誰が…いや、いい。見当はついている。」
先の市長選で当選したあいつが企てていることは分かっていた。
タルパ撃滅作戦でとはいえ、人類を書き換えたプログラムに準じて排していたヒューマノイドインターフェースに良い感情を持たない人間は一定数居る。その後は都市建造のために使い潰した自分たちの行いを正当化する恩知らずの集団。その筆頭と噂される新市長がついに動いたのだ。
今日面会しに来たヒューマノイドインターフェースは長らく海底の施設跡に放置されていた個体で、状態が非常によく、起動しないことを除けば完璧だった。休暇をどれだけ費やしても指一つ動かすことはできなかったこいつを手渡すわけにはいかない。
「直ぐに回収して解体に移さなかったところが奴らしいよ。」
「そうだね、演説の後に儀式のように執り行うことが目的だろうからね。」
いつもは作業に戻って我関せずの彼女が隣で膨れ面で言う。
その顔がおかしくて気がほぐれる。
「珍しいじゃないか、手を貸してくれるのか?」
「今日は徹夜だよ。」
念願の再起動が叶うかもしれないという期待と、起動したら奴らはどうするだろうか?と想像して若干口角を上げて臨む。
眠り姫に聞きたいことは山ほどある。
「ニヤニヤしていないで電源の切り替えの準備!」
小さいが頼もしい整備長と過ごす長い夜が始まる。

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