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天に救いを求めた末裔#5

それは街というにはあまりに大きすぎた。
直径約1.7㎞の巨大な浮島は人口100万人が余裕で暮らせる規模だ。
これを人類は作り上げて空に浮かべたのだから恐れ入る。
いや、実際に作って貢献したのは…。

「班長!」
いつも通り何の変化も無い哨戒任務を終えて帰還した安堵と眠気の間から意識をそちらに向ける。
「どうした?早く愛しの彼女のオムレツを食べに行かないのか?」
「いえ、今日はあまりにボ…、エンジンが音を上げていたので整備班に申請して修理を受けては?と進言したかった次第です。」
いまボロと言いかけなかったか?という不毛な言葉を胸に留めて応える。
「あぁ、貴様はオムレツに私は美女軍団に用があるようだな。ご苦労。」
そう言い終える前に踵を返して彼女の下へ向かう後輩。
「さて、エンジンの整備は予算的に渋られるだろうけど会いに行く口実だ。」
哨戒班の手柄の有無はさておき、限られた物資の中で生き抜く我々に無駄な消費はあまりいい顔をされない。
世界のすべてが海の底に沈んだため、鉄は金よりも値打ちのある資源となった。このポンコツ…複葉機がかつての文明の戦闘機1機よりも値が張ることを知る人は如何ほどか?
ボルト一本どこかに落とした日には始末書ものだったな。後輩は美女軍団に会いに行く私を想像しているようだが、実際は島の製造に最も寄与したアンドロイドの面会であることを知らない。

「いらっしゃいませ!」
筋骨隆々な軍人がひしめき合うむさくるしい空間に似つかわしくない美声で出迎えられる。
いつも腹を満たしに来るのではなく、心を満たしに来るのだと気が付いたのは何回目の来店だっただろうか。
朝食を食べない機会マニアの班長に1度連れてこられたこの店の常連になった理由はたったひとつ。
「ドライカレーオムライスひとつ!」
「…くん、お疲れ様!今日は何か見つかったの?」
「それが…。」
「それが?」
「今日も異常なし!変わらぬ平和をお約束します!!」
「そっか、何もなかったのは良い事だね。ちょっと待っててね!」
厨房に注文を伝えに行く彼女を見送りグラスの水を含む。
今ここでグラスを空けるのは愚策。
これから胃に収める料理について対策するなら、水は節約するに限る。
どんなに屈強な男も汗をダラダラと滝のように流すドライカレー。
できれば涼しい顔で汗一つかかずに完食したいが、そんなことを出来る人間はただ一人班長だけだった。
周りが注文しているのはチキンライスを包んだ普通のオムレツだ。
いかつい見た目に反して可愛いものを注文する。
なんてことは口が裂けても言ってはいけないと心に留めて彼女を待つ。
いや、オムレツを待つ。

「いやぁあ゛ぁ!かっら~いぃ、けど美味い!!」
店の奥から男たちの声とは違う場違いな少女の発する言葉に体を向ける。
そこには少女なんて存在はなく、周りと同じ屈強な軍人がオムライスをつつき口に運ぶ光景しか目に映らない。
どこだ?声の主は。
くまなく見渡しても質の悪い間違い探しよろしく何の違いも見つからない。
「ここにいるよ。」

突如として隣からする声に振り返ると、そこには見慣れた男が立っていた。
知り合いではないが、どこにでも居る軍人がオムライスを片手に。
「ん、あぁ見た目に疑問を持っているようだね。ちょっと待って。」
刹那、軍人は赤い目の小柄な少女へと姿を変えた。
周りの連中はというと、意に介していない様子で食事を進めている。
「君にしか見えていないし、言葉も直接脳に送っているから。あはは。」
「…君、お待たせ。ドライカレーオムライスできたよ!」
「ほぉ、君もこれを食べるのかい?気が合いそうだ。」
遊び相手を見つけた無邪気な少女のようだが、本能的に感じる違和感に初めて食が進まない来店となった日。
彼女は招かれざる客か?それとも…

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