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水道橋博士還暦祭の前と後と

花やしき前からのスカイツリー

8月18日に,浅草花やしき「花劇場」を会場として,お笑い芸人・水道橋博士が還暦を迎えたことを祝う生誕祭が開催された。これについては,ネットニュースでも報じられたし,多くの方がnote等で素晴らしい記事を書いているので,私はその「前後」について書いてみたい。還暦祭自体は,博士が還暦を迎えたことや7月に参議院議員に当選したことを芸人仲間,そしてご家族が博士に祝福のメッセージを送る形式であった。それは非常にベタに見えながらも,さながら令和のフジ「オールスター家族対抗歌合戦」で,一族の強い団結とお互いの絆を感じさせる内容であった。博士の後輩芸人にあたる総合司会・三木ふとしさんがさらに接着剤のように仲間たちを強く結び付けていたと感じた。

アリス展の入り口

私は還暦祭の前に六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開かれている「特別展アリス ~へんてこりん,へんてこりんな世界~」に向かった。童話「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」の作者のルイス・キャロルの生原稿や書簡,挿絵画家ジョン・テニエルの下描き,登場するキャラクター,アリスをモチーフとする映画や演劇にまつわる数々の展示があった。アリスは,私を形作った原点の一つだと思う。子ども時代に読んだアリスは理屈抜きでおもしろかった。多くの童話は,イソップ童話を始めとして,どこか教育的で,教訓じみたものが多い。「子ども,または人間はこうあらねばならない」というのがあちこちに染み出しているものがほとんどである。このアリスは不思議なキャラクターたちと奇想天外なストーリーとですぐに私のお気に入りとなった。その数年後には,小学館世界の童話シリーズに収録された「カロリーヌのぼうけん」にも似た臭いを感じてお気に入りとなる。動物たちと気ままに旅をするカロリーヌについては別の機会に書いてみたい。十数年前にカロリーヌの復刻版が出されたはずだ。(←註:後から調べたら,20年ほど前からBL出版が新版を出している。現在のフランス版に合わせてイラスト等がアップデートされ,私が小学生の頃に読んだ小学館版とはだいぶ違う模様)

アリスの派生作品ポスター
アリスの世界を再現

話をアリスに戻そう。子どもの頃に読んだままであったが,大学生になってからもう一度読み返すことになる。私はずっと小学校教員を務めてきたが,実は食いっぱぐれがないように中高の英語免許状も取得していた。私が就職した1983年は中学校で多くの校内暴力が発生し,マスコミでも大々的に報じられていた。校内暴力や非行は,この頃に放送されたTBSドラマ「3年B組金八先生」で「腐ったミカン」等のエピソードにもなった。ところが,その頃には高校の校内暴力は不思議と沈静化しており,時代の推移によって小学校で校内暴力が頻発するようになったら,迷わずに中学校や高校に異動しようと本気で考えていた。英語関連の講義の中で英語のアリスに初めて触れることになる。一言で言うと,シャレだらけの世界。濡れた体を乾かすためにドライな(無味乾燥なという意も)演説を始めたり,ウィリアム征服王の長い話(tale)がネズミの長いしっぽ(tail)に感じられたり,「そんなことはありません」(I had not.)を結び目(knot)と勘違いしたりと,言語遊戯のパラダイス! 説教臭くないナンセンスの世界! 時間差で私を魅了してくれたのだ。それだけに,新聞でアリス展開催を知ってから必ず見に行こうと思っていた。前半は筆名ルイス・キャロルにして数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンの生い立ちや,アリスのモデルとされるアリス・リドゥルの写真,アリス刊行の際に挿絵を描いたジョン・テニエルの原画,そして英ビクトリア朝の雰囲気を伝える絵画や工業製品がメインで,後半はアリスを元にしたディズニーのアニメ化作品やジョニー・デップ主演の映画作品等の派生作品の展示だ。勿論,私が興味を持ってじっくりと鑑賞したのは前半である。その後,興奮冷めやらぬまま,浅草に向かったのだ。

クラスメイトと一緒に

博士の還暦祭が終了すると,花劇場の入り口で博士を出待ちすることになる。入れ替わり立ち替わり,いろいろな人がやってくるが,自然に自己紹介を始め,水道橋博士が300回を超えて毎晩行っているツイキャス配信の「クラスメイト」たちが集合し,立ち話を繰り広げた。クラスメイトというのは,普通に言えば,毎回のように参加してコメントを書き込んでいる常連さんのことである。博士がツイキャスを始めた去年の9月頃は視聴者が10~30人程度の人数で,「夜間学校のクラスみたいです!」というコメントから,博士が「じゃ,ボクが担任の水八先生ですね」と応えて,博士が担任,視聴者は「クラスメイト」という設定となった。博士が三木さん運転の車に乗り込み,会場を後にしたのを確認してから,声を掛け合い,時間に余裕のある有志が集って,浅草のサイゼリヤへ向かうことになった。


ラスト近くにマキタさんのギターで「浅草キッド」を歌う出演者たち

そこに集まったのは,私を含めて7人。ツイキャスや博士のツイッターによくやってくるメンバーで,お互いにアカウント名は分かるのだが完全なる初対面。私がフルネームで本名を知っているのは,そのうち3人だけ。相手をアカウント名で呼び合うホントにオフ会のような様相。ダスティン・ホフマン主演の映画「ジョンとメリー」の冒頭のようなもの。流石に還暦祭のために全国から集まったメンバーだけある。浅草キッドとの出会いやれいわ新選組での出馬のこと,還暦祭の舞台裏,祝祭の日でも自分の芸風を貫いた江頭2:50さんのことなどなど,話題は尽きない。還暦祭では,博士と芸人仲間やご家族との関係性がテーマになっていたが,クラスメイトとのおしゃべりを通して,博士はホントに長い期間,温かなファンに優しく包まれていることも実感できた。最終の電車に間に合うように,ホテルの門限に間に合うように…と,この日の宴は軽い夕食,生ビール数杯でお開きとなった。

フランス座からの長い歴史が…

翌日19日は,集まれるクラスメイトで東洋館(浅草フランス座)に出演する博士の後輩漫才コンビ・ドルフィンソングを応援することになった。前日の総合司会・三木ふとしさんもドルフィンソングの一員である。ドルフィンソングの出番は午後3時から。博士の地元・高円寺や阿佐ヶ谷へ聖地巡礼に向かったクラスメイトもいたが,私は若くないから炎天下の聖地巡礼には参加せず,東洋館の開演時刻12時30分には,たけしさんが動かしていたというエレベーターに乗って,会場の4階へと向かった。そう,私の「心の父親」井上ひさしがコント台本を量産していた場でもある。彼も言語遊戯の達人である。会場では,それぞれの芸人さんが10~15分程度の持ち時間で,持ちネタを披露していった。舞台の醍醐味である客席との掛け合いも非常に楽しい。午後3時近くになり,聖地巡礼に向かっていたクラスメイトたちが合流。ドルフィンソングのしゃべくりを堪能した。若さに溢れる「究極の二択ネタ」で伸びしろの大きさも感じる。全然関係ないことであるが,ドルフィンソングの後に登場した「びーランチ」の女忍者役をされている女性が,還暦祭ラスト近くで博士に花束を贈呈した博士の奥様に背格好もそっくりだなぁと,不思議な感動を覚えた。笑 終演後は,近くのデニーズでおしゃべり。博士のツイキャスのこと,浅草キッド復活のこと,議員生活と芸能生活との両立などなど,話題は尽きないが午後7時を回ったので,それぞれの居住地に戻ることにする。実に濃い,濃過ぎるほどの,濃い二日間であった。

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