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『マイ・シークレット・ワールド』国内最終上映!DYGLの加地洋太朗さんと本作配給チコさんアフタートーク🎤

2023.02.12
~『マイ・シークレット・ワールド』上映会~
                                             @シネ・ヌーヴォ

こんにちは。映画チア部 大阪支部のかんなです!

『マイ・シークレット・ワールド 』の国内最終上映。上映後には、DYGLの加地洋太朗さんと映画チア部卒業生のチコさんとのお2人でトークショーを行いました!

この作品が上映されるまでの経緯だったり、お2人が音楽にハマるきっかけだったりと貴重なお話がたくさん聞けました✨
わたし自身、音楽にはあまり詳しくないのですが、お2人のお話を聞いていて音楽に対する熱意や愛が非常に伝わってくるトークでした…!!!

映画を鑑賞された方はもちろん、観に行けなかったという方も楽しめる内容となっております!

ぜひ最後までお読みください✏️

チコさん:本日はお越しくださりありがとうございます。映画チア部大阪支部卒業生のチコです。今日はよろしくお願いします。

加地さん:DYGLというバンドでベースを担当している加地と申します。よろしくお願いします。

チコさん:この映画は2021年11月にこのシネ・ヌーヴォで1回限りの限定上映を行ったのが最初の上映です。その後に映画チア部の卒業企画として追加で3回ここで上映して、去年の夏に2回東京で上映して、今回はスペース・ケリーというアーティストの来日記念と合わせて上映しようという企画の関連で東京・京都・大阪と3回上映して、今日の上映が最後になります。

加地さん:3回目ってなるとなかなかですね(笑)。3年にわたって?

チコさん:はい。2021年秋から2023年春にかけてですね。

加地さん:東京でまずチコさんと僕と、もう一人菊地佑樹さんっていうフォトグラファーやライターをされている方と3人で話したんですけど、その時からチコさんと色々話をして。最初お客さんがここまでたくさん入るのを想定してなかったとか…。

チコさん:そうですね、全くしてなくて…。最初は自分が好きなものを他の人に共有できたらいいなという気持ちで始めました。サラ・レコーズの映画をシネ・ヌーヴォで上映しますっていうのを発信した時に結構大きな反響をいただいたんですけど、そういう風になるとはあんまり思っていなくて。もともとは映画チア部の活動として好きな映画を上映したいっていう気持ちだけだったので…。

加地さん:なんか、チケットが即完したみたいな(笑)。

チコさん:初上映のときはチケットが3分くらいで…(笑)。本当にすぐ埋まってという感じでした。

加地さん:やっぱりサラ・レコーズはいまだにすごい人気な感じがしますね。

チコさん:そうですね。
もしかしたらDYGLがどういったバンドかご存知ないお客さんもいらっしゃるかもしれないので、もしよかったらDYGLの紹介をしていただけると。

加地さん:DYGLは2012、13年ごろから活動を始めて、10年ぐらい活動しているバンドです。今は主に東京で活動しているんですが、アルバムをリリースして今ちょうどツアーを回っていて、大阪でライブがあった流れで今回ご招待いただきました。僕らもサラで流れているようないわゆるインディー・ロックみたいな音楽にすごい影響を受けていて、歌詞も英語で、実際海外に行ったり来たりしながら活動しているバンドです。この映画にも描かれているサラのアティチュードとか、どうやって美学を貫くかみたいなところはすごく考えて活動している…と思っているバンドです(笑)。

チコさん:ありがとうございます(笑)。
さっきおっしゃった菊地佑樹さんに、東京での上映の時にトーク出演の依頼をお願いしたところ、菊地さんに「友達も呼んでいいですか?」と言われて。「私は構わないです」とお答えしたら、「今DYGLのメンバーに声かけてます」といった連絡が来て、「え、DYGLのメンバーが来るの!?」となって。それでその次の日に「DYGLの加地くんが出てくれることになりました」って連絡が来ました。私はもともとDYGLがすごく好きでライブもよく行っていたのでびっくりしました。

加地さん:いやぁ、ありがたいですね、本当に。逆に知っていただいていたというか。こっちもびっくりという感じで(笑)。

チコさん:チア部でも私の他にも好きな子がいて、本当によく聴いていたバンドだったので…。

加地さん:めちゃめちゃありがたいです。

チコさん:いやぁ、こちらこそありがたいです。こうやって大阪にも来ていただけると思っていなくて。東京の時のご縁で、ちょうど一昨日にあった梅田クアトロでのDYGLのツアー最終日が終わってそのままこっちに加地さんだけ残っていただいて、出てくださって…ありがたいです。

加地さん:シネ・ヌーヴォに初めて来たんですが、すごく歴史ある映画館で…。天井の飾りとかすごくて雰囲気もいいなぁと思ってたんですけど、映画チア部大阪支部がここのシネ・ヌーヴォを活動拠点にしているんですか?

チコさん:はい。もともと映画チア部っていうのはミニシアターを盛り上げるために作られた学生団体で、どこかの学校のサークルとかではなくて学生で映画が好きな人たちが集まって活動をしています。神戸の元町映画館を拠点にしている神戸本部があって、京都の出町座を拠点にしている京都支部とシネヌーヴォを拠点にした大阪支部があって。私たちはもともとシネ・ヌーヴォがすごく好きで、ヌーヴォで何かできないかなと思って上映活動をしていました。

加地さん:そうなんですね。今回の映画以外に、以前にもここで上映したことがあったんですか?

チコさん:最初の頃は、日本で上映される機会の少ない作品を、配給という形ではなくて権利だけ取得して上映するといったことを行っていました。東京の「グッチーズ・フリースクール」さんという、今だと『アザー・ミュージック』(2019)を配給している団体があって…。

加地さん:あの、レコード屋のドキュメンタリーですか?

チコさん:はい。ニューヨークにあった、もう閉店してしまったレコード屋さんのドキュメンタリー映画です。それを配給していたグッチーズさんへの憧れもあって、自主配給してみようかなという気持ちで始めました。この『マイ・シークレット・ワールド』以外だと、アメリカの青春映画ですがちょっと不思議な雰囲気の『ハム・オン・ライ』(2019)という映画と、スコットランドのグラスゴーの音楽シーンに焦点を当てた『ティーンエイジ・スーパースターズ』(2017)というドキュメンタリー映画を私たちが自主配給をして、シネ・ヌーヴォで上映させてもらったことがあります。

加地さん:すごいですね。毎回チア部の中でチコさんの役割って変わるんですか?

チコさん:私は役割はいつも一緒で…一緒というか、だいたいは私がやりたいって言い出して(笑)。「やりたいやりたい」って言ってメンバーに「そんなに一気に並行して大丈夫?」って心配されつつ、「いや大丈夫、私できるもん」って言いながらやるっていう。実際やってみると大変だったんですけど(笑)。映画配給のノウハウがあったわけじゃなかったので、出町座の支配人の田中さんやグッチーズさんに色々聞きながらいろんな人の助けを借りて、◯ドル/ポンドで◯回上映したいですって海外の権利元に連絡して、交渉して、OKをもらえたら次は海外から上映素材(本編)を送ってもらって、そこに字幕をつけるんですけど、その字幕者さんもグッチーズさんに紹介してもらって…。

加地さん:グッチーズさんにはかなりお世話になってるんですね。

チコさん:そうですね。それで上映素材を作って、自分たちで宣伝もして上映しました。でもこんなに広がって、東京まで行けると思ってなかったので…。最初は本当にヌーヴォでやりたいからやろうという感じでした。

加地さん:じゃあ本当に、今日がホームでの最終上映ってことですね。

チコさん:そうです。サラも100作品でスパッと終わると決めて、それ以降再発もしなかった姿勢に憧れがあって。「また上映してほしいです」っていうありがたいお声をいただいて続けてたんですけど、どこかで一旦終わりにしたいなと思っていました。今回はスペース・ケリーの来日が東京・京都・大阪であったので、それに合わせて私も大阪を最後にして、今回を国内最終上映にしました。

加地さん:貴重な機会をありがとうございます。

チコさん:映画チア部では配給活動以外に、コロナ禍に映画チア部がシネ・ヌーヴォの力になれることは何かないかなと考えて、支援Tシャツ販売を行ったんです。その売上を全てシネ・ヌーヴォに寄付するというプロジェクトを行って50万円近く寄付させてもらったんですけど、その時に「全部に手紙をつけよう!」と言い出して、200枚とか300枚くらい手紙を書いたりとかもしてました(笑)。

加地さん:あぁ、結構な量ですね(笑)。

チコさん:全部手書きで。その時まだこの映画の配給をしていなかったんですけど…。

加地さん:あ、じゃあサラが手作りとかDIY精神を大事にしたってことを知らなかった?

チコさん:全然知りませんでした。それこそ世代じゃないっていうのが…。加地さんも世代じゃないですよね?少しズレてると思うんですけど。

加地さん:そうですね、僕が去年で30歳になって。チコさんはもう少し下ですよね?

チコさん:私はもうすぐで23歳になります。

加地さん:リアルタイムでは全くないですね。

チコさん:加地さんはいろんな音楽がお好きで、それこそDYGLの音楽は海外の昔の音楽からも影響を受けていると思うんですけど、そういった音楽はどういうきっかけで出会いましたか?

加地さん:僕はもともと音楽好きだったんですけど、初めて行ったライブはヒップホップのnobodyknows+とかで(笑)。「Enjoy音楽は鳴り続ける」、かっけぇと思って(笑)。中学生くらいの時にBUMP OF CHICKENにハマりました。BUMP OF CHICKENって結構ロックバンド然としてるじゃないですか。そこくらいからちょっと引っかかる要素が出てきたのか、高校生に入るちょっと前くらいの時に友達のお兄ちゃんが結構いろいろ教えてくれました。ストロークスだったりとか。そのときに、掘り下げて聴いていくのがいいよって言ってくれたんですよね。このバンドはこういうのに影響を受けてて~とか、アートとの関連性とか。僕が高校生くらいの時は今ほどストリーミングサービスが流行ってなかったので、ひたすらTSUTAYAに行って気になるCDを借りて、そのライナーに書いてある違うバンドを借りて…というのを繰り返していました。それで高校生の時にザ・スミスに会ったのが結構大きかったです。サラの音楽をいいなと思うのも、スミスを聴いてた影響かもしれないなと思ったりします。

チコさん:サラはどういったタイミングで?

加地さん:サラは大学入ってからですかね。当時僕はDYGLと、並行してやってたYkiki Beatっていうバンドで、バンドキャンプというネットに自分たちの音楽を販売できるサービスで曲をリリースしてました。その頃から小さいイベントに呼んでくださる機会が少しずつ増えてきて。そのイベントっていうのがいわゆるライブイベントとは違って、ライブとDJが交互にやるみたいなスタイルだったので、その辺りでネオアコとかギターポップを結構かけてるDJの方と色々話していくうちにネオアコについてのディスクガイドがいいよとか知って…。そんな人たちの中に、サラのファンの方が多かったんですよね。

チコさん:サラが好き!っていう?

加地さん:サラがすごいよ、みたいな。

チコさん:それで、サラ・レコーズっていうレーベルがあるんだ、みたいな?

加地さん:そうですね。当時僕はそんなにレコードで音楽を聴いていなかったんですよね。買い始めたの結構遅かったので。東京の神保町にコアなCDばっかり集めたレンタルショップ(ジャニス)があって、そこにギターポップがあって、ブルーボーイとかヘヴンリーとか借りて…。実際に聴いたのはその時が初めてでした。
チコさんも結構、紆余曲折あって行き着いたというふうに聞いたんですが?(笑)

チコさん:紆余曲折っていうほどでもないんですけど(笑)。

加地さん:音楽にハマるきっかけみたいなのは何だったんですか?

チコさん:ハマるきっかけ…。もともと小・中学生くらいから海外の80年代くらいの音楽とか、なんかいいなあとは思っていたんです。高校生の時にミニシアターに初めて行って、ミニシアターっていいなぁって思って。でも何を観たらいいかわからなくて、結構ビジュアルで映画を決めて観るみたいな感じだったんですけど。その時にベル・アンド・セバスチャンのスチュアートが監督した『ゴット・ヘルプ・ザ・ガール』(2014)っていう映画が公開されて、それを観に行ったんですよ。内容がどうとかいうよりも、そこに出てくる音楽が、1週間くらい経って急にめっちゃよかったなって思い出して。

加地さん:遅れてきたんですね(笑)。

チコさん:そういうときってありますよね(笑)。その時は、あぁ…ふーんっていうぐらいなのが、なんかめっちゃ良かったな!?みたいになって。そこで初めてベル・アンド・セバスチャンだったりを掘っていって…そこでスミスが出てきて。そこから、フェルトとかを聴き始めて。アルバイト禁止の高校だったのでお金が全然なくて、ディスクユニオンで中古のCDを漁ったり、図書館でCDを借りたり。

加地さん:図書館にあるんですか?

チコさん:大阪市立図書館に結構色々あるんですよ。ベルセバのファーストもあるし、スミスもあるし…。それとギター・ポップ・ジャンボリーっていうコンピレーションCDがあったんですよ。それでペイル・ファウンテンズとか、ギャングウェイとか、ファンタスティック・サムシングを知っていって。その中でもスミスが特別好きした。そんな高校生活を過ごして、その時はサラは全然知らなくて、自分が聴いてる音楽がネオアコと呼ばれる音楽っていう概念もないまま高校を卒業しました。進学した年の夏に、近所のイタリアンのお店で友達とランチしてたんです。友達がお手洗いに行っている間にお皿を下げにきたお店の人から、私がその時持ってたベルセバのトートバックを見て、ベルセバいいよねみたいに話かけられて(笑)。その方が、アノラック・デイズというネオアコしかかけないイベントを関西で2ヶ月に1回やってるイベントを一人で最初に始めた方でした。めっちゃ話し合うなこの人!っていう感じで、その時はそんなにガチガチのネオアコオタクの方だとは知らなくて(笑)。

加地さん:ガチガチのネオアコオタクってなんかすごいですね、強そう(笑)。

チコさん:ちょうどその2日後くらいにアノラック・デイズがあるから遊びにおいでと言ってもらって、行ったら本当にネオアコばっかりかかってて!その後ぐらいに「これとこれと聴いたらいいよ」とCDを160枚ぐらい入れたケースを貸してくれて(笑)。

加地さん:それちょっとガチガチっすね(笑)。

チコさん:エヴリシング・バット・ザ・ガールとかザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートとか、色々入ってて、ステレオラブもその中にあったり。そこに、ブルーボーイもあったんですよ。めっちゃいいよって教えてもらって、そこで初めてレーベルで聴くみたいなことがあるんだって知りました。

加地さん:なるほど。いい話ですね(笑)。

チコさん:私は師匠って呼んでるんですけど(笑)。師匠が本当に色々教えてくれました。上から目線で「これ聴いて!!」って言われたら「へぇ…」ってなっちゃうんですけど、「自分のペースでこれ聴けばいいよ」とか「これとこれいいよ」みたいな感じで教えてくれました。

加地さん:人への勧め方次第で違いますよね。そういう距離感で勧められると、なんか聴きたくなりますよね。

チコさん:しかも、ちょっとこれは音楽と話が逸れるんですけど、もともと師匠は私の実家から20分程離れたところに住んでたのに、あるとき師匠がまさかの実家から1分のところに引っ越してくるっていう(笑)。

加地さん:あぁ〜(笑)。それはネオアコライフが始まっちゃいますね(笑)。

チコさん:そうなんです(笑)。そんな縁で『マイ・シークレット・ワールド』を初めてここで上映した時もアノラック・デイズのDJの皆さんと一緒にZINEを作ったりとか、私のネオアコへの探究心もどんどん広がっていって。やっぱり私は映画と音楽が好きだったので、何か絡めてできないかなと思って、音楽映画を上映したっていういきさつがあります。

加地さん:自然ですよね。映画と絡めるっていうのは、最初はどこから始めたんですか?

チコさん:私は、「何歳のときに何をしなきゃ」と、誕生日を迎えるたびに決めるんです。チア部に入った19歳のときは、何もしてないから何かしなきゃ、何かここでできたらいいなと思っていました。ちょうどその頃グッチーズ・フリースクールさんや関西だとナインストーリーズさんというものづくりをして販売しておられる方が映画の上映会をしているのを見て、自分も上映会をできるかもしれないと思って、シネ・ヌーヴォで上映会をさせてもらったのが最初でした。そのときは音楽映画ではなくて、ニューヨークの7人のティーンエイジャーたちを3年間追ったドキュメンタリー映画『オール・ディス・パニック』(2016)を上映しました。

加地さん:そのときはどういうやり方だったんですか?

チコさん:元々グッチーズさんがその映画の配給をしていて上映素材はあったんですが、上映権利はもう日本にありませんでした。権利だけ自分たちでとって、上映素材はグッチーズさんに貸してもらうというやり方で上映しました。

加地さん:上映素材っていうのは1回受け取ったら所有はできるんですか?

チコさん:DCPという映画館用のフォーマットがあり、それを貸してもらって。

加地さん:次回からはそれも含めて自分で調達してみようということだったんですね。

チコさん:そうですね。あとは、字幕も自分たちでつけてみようと。最初は自信がありませんでしたがグッチーズさんが結構後押ししてくれました。映画チア部の同期は5人いるんですけど、そのうち2人は3年生から入部したんですよね。5人になるまでは結構個々でやりたいことをやるっていう感じだったんですが、私の代はすごく仲が良くて、せっかく同級生が5人集まったんだし何かできないかなという思いがありました。そのときのチア部の状況的にも自分のモチベーション的にも自主配給ってすごく良い発信方法だなと。それでやらせてもらいました。あとは、みんなすごくヌーヴォが好きで。特に私たちが活動していたときは、今よりももっとコロナの規制がすごくあったので、コロナ禍の中で自分たちのできる範囲で何ができるかなと考えた結果、支援Tシャツの販売だったり上映会だったりを企画しました。

加地さん:今回のトークショーにあたっていろいろお話を聞いている中で、チコさんのいきさつとかが、サラの感じとすごくあっているなと思いました。何かやりたいなと思って映画配給に行き着く人もなかなかいないと思います。

チコさん:本当に周りの方に恵まれたおかげです。

加地さん:個人的にはカルチャーって、個人で表現するという面もあると思うんですけど、集団性もあると思うんですよね。こんなのが好きな人がどれくらいいるっていうことによって、催しが実際に開かれることもあるし。受け手がいるということも重要だなと思います。上映3回目にもかかわらずこれだけの人が入るということはすごくありがたいことですね。

チコさん:本当にそうです。でもそれは加地さんのおかげが大きいと思います。おとといDYGLのライブが大阪であって私も見に行ったんですけれど、MCで告知をしてくださって。あの後バッと席が埋まりました。

加地さん:それはありがたいですね。

チコさん:元々自分の中で、『マイ・シークレット・ワールド』を作品として良いと思うか悪いと思うかは個々の感性で変わる思っているんですけれど、私はいろんな人がきっかけをくれていろんなものを好きになったので、私たちの上映企画が何かを好きになるきっかけになったりとか、シネ・ヌーヴォを知るきっかけになったりとかしたら良いなという思いがあります。今回、DYGLをきっかけにサラ・レコーズっていうレーベルがあるんだとかシネ・ヌーヴォっていうミニシアターって良いなって思ってくださる方が1人でもいらっしゃったら良いなって。今日DYGLきっかけで来てくださった方がどれくらいいるかわからないんですけど本当にありがたいです。加地さんはトークショーが決まってからこの映画をご覧になったと思うんですが、最初の感想はどうでしたか?

加地さん:サラは音源を聴いてはいたんですけど、僕はレコードを所有してこなくて。サラの手作り感みたいなものが実際どれほどのものだったのかを肌で感じる機会はなかったので、映画を観てああこういう感じだったんだ~って思いました。それから映画の中でも言われてましたけど、一つの完結した世界があるっていう、そういうものを作る情熱や実際やりきるエネルギーってすごいなって改めて感じました。

チコさん:加地さんが思うサラの魅力は何ですか?

加地さん:映画の中で好きだったのは、ちょくちょく挟まるライブのシーンでした。あの会場のアットホームな雰囲気や、良い意味で普通なバンドメンバーたち。自分にもできるかもって気がするようで、良いなって思いました。

チコさん:それはDYGLメンバーの秋山さんも先日のライブでおっしゃっていました。演奏とかが良い意味でシンプルでも、そこにマジックがあると。

加地さん:映画の最初のほうに出てきたバンドが、10代で数か月しか弾いたことないけどライブをしていましたよね。すごいなぁって。

チコさん:そうですね。サラもサラに所属するバンドもとりあえずやってみる!という姿勢があってかっこいいなと思います。

加地さん:本来ロックって、そういう速さみたいなのが良いところだなって思うんですけど、映画を観て改めて再認識しました。


チコさん:加地さんの主観で聞いてみたいんですけど、サラの功績や後世への影響、またその範囲についてどう考えますか?

加地さん:正直めちゃくちゃ難しい質問ですね。ある意味、サラ単体で言うと結構限定されてくるのかなって思います。音楽ジャンルでいうとそこまで広範囲ではなくて、割とギターポップとして見られている側面が大きいと思います。もちろんいろんなアーティストがいるんですけど。だけど個人的には、最初にパンクが出てきて、映画で言うとオレンジ・ジュースみたいなパンクの中でもソフトなアウトプットがあるバンドが出てきて、さらにその後に続いたようなイメージがあって。パンクのとりあえずやってみようっていうエネルギーを、広い意味で言えば受け継いでいるレーベルがサラなのかなって思いますね。その中でもソフトさや手作り感がサラの特色だと思います。さっきお話に出てきたアノラック・デイズさんのZINEをいただいたんですけど、その雰囲気だとか、僕が学生でバンドを始めたての頃にも作られていたZINEとか、直接人とのコミュニケーションを大事にして音楽も大事にしているっていう雰囲気には今も影響を与えているのかなと思います。


チコさん:もしも加地さんがサラの所属バンドだったらどう思ったかという推測で、サラが100枚リリースで終わったことについて、アーティストの立場からどう思いますか?

加地さん:これもなかなか難しい質問ですね(笑)。

チコさん:ちなみにこれとその前のは私からの質問ではなくて、元部長が考えた質問なんですけど(笑)。

加地さん:コミュニケーション次第ですよね。もちろんサラにいたら、レーベルに対してのリスペクトはとてもあると思うので、それはもう…残念だけどしょうがないと思うと思いますね。きっかり終わる美学ってありますよね。

チコさん:美学があるバンドって良いなって思います。商業的じゃないというか。一つの信念や美学を持つこと自体は容易だったとしてでも、それを持ち続けるのはなかなか難しいと私は思います。加地さんはDYGLをやっている中で、美学じゃなくても、これだけは大事にしたいっていうものはありますか?

加地さん:サラは商業主義に対するアンチテーゼを強く押し出していると思うんですけど、個人的には健全な消費っていうものもめちゃくちゃあるなって特に最近感じていて。それによってアーティストが活動するっていう意味もあるんですけど、サラで言ったらレコードを買う、レコードに対してお金を払うっていう行為の意味。お金を払うっていうのはある意味で自分のリスクを取るみたいなことじゃないですか。そういうことによって自分が応援するっていう気持ちは健全だなって思っているところもあって。僕自身バンドが大きく動くことは割と柔軟に考えているんですけど、その中でも自分たちが好きだったバンドがどういう発信をしてたかとか、細かいことで言うとライブの見せ方とか、僕ら物販でタオルを売らないとか。っていうのもフェスとかでタオルを振り回したりするのがあまり得意じゃなくて(笑)。そういうところですかね。

チコさん:タオルは売らないっていう美学ですね(笑)

加地さん:とか言って、数年後とかに売ってたりして(笑)。まあタオルはあくまで抽象的な例として捉えてほしいんですけど、これも美学のうちですね。


チコさん:サラが活動終了から時を経て映画になった理由は何だと思いますか?

加地さん:僕も何でこのタイミングなんだろうってちょっと不思議だったんですよね。というのも、2010年代初頭って結構、映画内ではアンチした言葉として捉えられていましたけど、tweeな(気取った)音のバンドがリバイバルした感じがあったんですよね。

チコさん:それこそ映画に出てくるザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートとか。

加地さん:そうですね。レーベルが強い美学を持っていたっていうところで言うと、ニューヨークのレーベル、キャプチャード・トラックスとか。このレーベル所属のバンドはウェイクのカバーをしてますよね。なんならそのタイミングで映画が作られていてもおかしくなかったよな~とか、今日映画を観ていて思いました。

チコさん:映画自体は、2014年製作なんですよね。

加地さん:そうなんですか!じゃあ、何の違和感もないですね。何の違和感もないです。2回言っちゃいました(笑)。インタビューにザ・ドラムスのメンバーが出てきたことも、自然の成り行きだったんですね。ただ、なぜとりわけサラがっていうのは、美学を貫いて今もなお残っているからですかね。

チコさん:2021年〜2023年にこの映画が上映されたのはただ私がこの映画をインターネットで見つけたのが2021年だったからですね(笑)。

加地さん:それまで日本では上映されていなかったわけですからね。ありがとうございます。

チコさん:いえいえ、お越しくださりありがとうございますという気持ちです。それこそさっき仰っていたみたいに、お客さんがいないと自主配給ってお金がどうしてもかかっちゃうのでできないんですよね。

加地さん:そうですよね。回数も限られてきますしね。

チコさん:1回とかだと、満席になったとしてもギリギリか採算がとれないくらいで。次何かするってなるとできない。

加地さん:映画上映の収益って、チケット以外にも映画によっては物販があるじゃないですか。でも今回はないですよね。

チコさん:『ティーンエイジ・スーパースターズ』の上映会をしたときにはポスター販売をしたんです。出町座支配人の田中さん曰く音楽好きはポスターが好きだから売れるだろうって言う理由で(笑)。勿論純粋に私たちも欲しかったのでポスターを作りました。『マイ・シークレット・ワールド』に関しては、サラの創設者のクレアさんはルーシー監督が良いよと言えば、サラのグッズとしてじゃなくて『マイ・シークレット・ワールド』のグッズとして作っても良いよって言ってくれました。でもそれをルーシー監督に伝えたら、あなたはサラの美学を何もわかっていないってすごい怒られて(笑)。サラの遺産があなたにはわからないのかと。

加地さん:怒られちゃったらちょっとしょんぼりしちゃいますね。

チコさん:結構落ち込みました…。それで、この映画では物販は作りませんでした。私たちの上映会では基本的に物販はあんまりなくて、あるとしてもポスターですね。それこそTシャツとか作ろうと思えば作れるんですけど、どうしても何回か上映をしたとしても、観てくださる方全員が買ってくださるわけではないので。

加地さん:Tシャツもやっぱり型を作るのが大変ですしね。

チコさん:そうなんです。なので、本当にチケット代がすべてというか。最初は本当にお金がなくて、2万円ずつ部員5人で出し合って、10万円を資金にして初めての上映会をやりました。その上映会では、ケリー・ライカートという監督の作品を1日で3作品連続上映しました。ありがたいことに3回とも満席になって。実はそのときヌーヴォからは上映会は難しいって言われていました。コロナ禍で今経営が厳しいからっていうことだったんですけど、私たちも私たちで事情があって…。

加地さん:事情とは?

チコさん:ケリー・ライカート作品が、2021年の夏から長期配給でいろんな映画館で上映されることが決まっていたんですよ。私はそれを知っていたんですけど、まだ情報解禁されていなくて。それが始まるまでの限定上映じゃないとお客さんが来ないと思って、そのタイミングで上映会をやらなきゃ!っていうのがあって。金銭的な責任を全部自分たちで負うんだったら良いよっていうことでやらせてもらって、満席で出た収益を映画の上映権利とかその後の資金に充てました。

加地さん:その後大規模上映が決まっていたのにケリー・ライカート作品を上映したというのは、相当思い入れがあったんですか?

チコさん:正直言うとそういうわけではなく…(笑)。そのときはとにかく何かやってみたくて、ケリー・ライカート作品をグッチーズさんが字幕をつけて上映していたんですけど、なんか良いなぁって。これヌーヴォでかかってたら良いなぁぐらいのテンションでした。ちょっと正直に言いすぎたかもしれない…。

加地さん:いやなんか、そういうの大事ですよね。

チコさん:5人で何かできたら良いなって思ってたんですよね。ちょうどそれが動き出したぐらいの時にシネ・ヌーヴォ支援Tシャツ企画も動き出して波に乗り始めて、そうすると私調子に乗っちゃうので、今だったら配給できる!みたいな感じで、ぐいぐいやりました。配給の話に戻ると、グッチーズさん主催の有料配信の映画祭で『アザー・ミュージック』を観たときに、まだ劇場公開はされてなかったので、私が劇場公開の権利を取ったらヌーヴォで初めて上映できると思ったんですよ。それをチア部のみんなにも伝えてあって、みんなは優しくてもうどうぞご勝手、にみたいな感じで(笑)。それをグッチーズの方に伝えたら、グッチーズが長期で権利を取ったから無理だよって言われて。それで、チア部には諦めますって伝えたんですけど、私は諦めが悪くて。諦めきれなくて、どうしても音楽ドキュメンタリーがやりたいっていう気持ちがあって、ずっとインターネットで調べていたら、『ティーンエイジ・スーパースターズ』と『マイ・シークレット・ワールド』を見つけました。

加地さん:そこで行き着くんですね。

チコさん:はい。加地さんは、サラの映画があるとご存知でしたか?

加地さん:僕は、少なくとも2014年時点では知りませんでした。流れてきたツイートで、去年とかにふわっと情報が入っていたくらいですかね。そのときは通り過ぎていて、菊地くん経由で改めて存在を知ったという感じです。

チコさん:サラのように、「何をしたか」というよりは「どのように活動してきたか」が語り継がれるには何が必要だと思いますか?

加地さん:それは部長質問ですか?(笑)

チコさん:これも部長シリーズです(笑)。元の質問は、サラのように、叙事的ではなく叙情的に語り継がれるには何が必要だと思いますか?です(笑)。

加地さん:今でも熱心に聴いているファン、僕が実際に会ってきたのは少し世代が上の方が多かったですが、僕も含めそんな方々が何がすごく良いと思っているかというと、サラのレーベル色や美学を大事にするところです。その姿勢が唯一無二なものとして今も残っているんだと思います。

チコさん:それは私も思っています。サラの音楽は今Apple MusicやSpotifyで自由に聞けるんですけど、その理由を以前クレアさんに聞いたことがあります。サラの美学は崩したくないからレコードを再発売することはしたくないけれど、音楽を聴いてほしいと。本当はレコードをコレクションするんじゃなくて聴いてほしいのに、どうしても1枚目や2枚目は買えないような高い値段がついていて、それで聴けない人がいるっていうのは好ましいことじゃない。サブスクリプションには良いところも悪いところもあって、割と中立な姿勢でいるらしいんですけど。ただ、サラを新しく知った世代の方にも聴いてほしいっていう思いでサブスクリプションを解禁しているって聞いたときは、かっこいいって思いましたね。考え方も、私の理想とするところだなって。

加地さん:今でも貫いている感じがありますね。個人的に映画観ててすごいなぁって思ったのが、ブライターのシーンで、ブライター自身は結構ポップな曲を書いてきたんだけど、クレアのディレクションもあってポップなだけじゃなくてゆったりした曲もリリースしたとか、そのときに「必ずしもバンド自身がバンドの一番良いところを知ってるわけじゃないからね」って言ったとか、その辺のイニシアチブをはっきり持っているっていうのはすごいなと思いました。バンドからこれが良いんだ!って言われたら、良くも悪くもリスペクトっていう形でそれをリリースすることもできるけど、自分のはっきりとした意思を持っているっていうのが、今の評価にもつながっているのかなと思います。


チコさん:ちょっと話が逸れてしまうんですけど、加地さんのお気に入りな最近のバンドはありますか?また、この映画を観て、サラを元々知っている方も結構いると思うんですけど、知らない方に向けて、サラ関連でおすすめのバンドや曲などもあれば教えてください。

加地さん:そうですね…。ヘブンリーのアメリアを見てて、フランキー・コスモスとかイメージが重なるところがありました。髪型とかも似てるっていうのもありますが(笑)。
ちょっと前になっちゃうかもしれないけど、さっきも話に出てきたキャプチャード・トラックスとかはこの世代に上手くハマるんだったら間違いないと思います。大阪というのであればウォールフラワーとか。あとはザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートとか…そんな感じかな。

チコさん:サラ関係無しだと他にもありますか?

加地さん:去年、ビッグ・シーフっていうバンドを見たんですけど本当に良くて…とてもかっこよかったです。あと、アレックス・Gっていう方も。フォークソングを発展させたようなバンドスタイルなんですけど、ヒップホップのような雰囲気も混ざっていたり、かなり独特な魅せ方がすごく好きです。アレックス・G、あとフォクシーズ・イン・フィクションという方が一時期、オーキッド・テープスっていうレーベルからリリースしていました。そのレーベルは結構世界観が統一されていてサラを連想させられました。

チコさん:そのレーベルから出てるボーリング・エクスタシーってうコンピレーションが好きで…。

加地さん:あれですよね!部屋に物がごちゃごちゃと置かれたようなジャケットの…。

チコさん:そうです!それがすごく好きですね。ビッグ・シーフは私も去年、大阪の最前列でライブを見たんです。それまでサラの東京上映が終わって本当に何もしたくないし、音楽も聴きたくない、映画も観たくないみたいな時期が3ヵ月ぐらい続いたんですけど…。

加地さん:燃え尽きたんですね(笑)。

チコさん:燃え尽きたみたいな感じになっちゃって…(笑)。そのときにビッグ・シーフを見て、やっぱり音楽が好きだわ!!ってなりました。オーキッド・テープスは私もすごく好きですね。

加地さん:あと、チコさんにはこの前勧めたんですけど、ザ・ビルディングスっていうフィリピンのバンドがいるんです。東京の知り合いでイギリス人の方が居て、その方のレーベルからリリースされたバンドなんですよ。そのバンドは本当にいわゆるギターポップやオルタナって言われている音楽で、エッジがあってかっこいいなって…いい意味で力が抜けていて。今年来日する予定なので是非チェックしてみてください。告知みたいになっちゃいましたね。あ、お金もらってるとかじゃないですよ(笑)。

チコさん:(笑)。今月ですね!大阪公演もあってそれは難波ベアーズで。私も加地さんに教えてもらって聴いたんですけど良かったです。私は、ステレオラブっぽさもあって、ドリーミクスチャー感もあって、ちょっとイーヴン・アズ・ウィー・スピークっぽさもあるなって思いました。

加地さん:力の抜け方とかそうかもしれませんね。

チコさん:さっき話に出た師匠にも「知ってる?」って聞いたら「知らなかったけどめっちゃいいね!」と仰ってましたね。

加地さん:いただいたアノラック・デイズさんのZINEにアジアのインディー紹介のコーナーでフィリピンのバンドとかもあって、まだ全部聴けていないんですけど。紹介されていたモスクワ・オリンピックスがちょっとニュー・ウェイヴっていうかヒリヒリした感じで。かっこいいバンドがいるんだなって思いました。

チコさん:私もモスクワはお気に入りで、オレンジ・ジュースの曲名からバンド名が取られいるところも含めて大好きです。すごくいいのでよかったら聴いてみてください。

加地さん:東南アジアも何回かツアーに行ったんですけど、ギターポップとかシューゲイザーとか割と人気あるよねって印象があります。パンク由来の音楽よりはソフト方面の音楽にアジアは強いのかなって思います。

チコさん:それではここからはお客さんからの質問コーナーで、お客さんからなにか質問があればお願いします。


―お客さんが手を挙げて、マイクが渡される。


お客さん:この映画のことはここによく来るので知っていたのですが、たまたま私は85年から90年までロンドンに居てサラレコードもよく聴いていました。それで私がここ数年でハマっているバンドがDYGLで…。

加地さん:本当ですか!

お客さん:それでこの前のライブで告知を聞いて、やっぱりこれは観なきゃと思って来ました(笑)。映画もミニシアターも大好きで、DYGLも大好きで、サラ・レコードも大好きなのでとてもハッピーな1日でした!私の娘が20代なんですけど、同じような音楽を聴くんですよ。私からしたらサラ・レコードはイギリスのロンドンでの青春だったのですが、私が聴く音楽を娘の世代も良いと言って聴いているのがとても不思議だけど嬉しいです。古い音楽を新鮮に感じるっていうのがあるんですかね?

加地さん:そうですね、古いから特別ということは正直ないかもしれないですね…。僕、高校生になってすぐとかは学校に馴染めなくて、割と辛い時期がありました。僕はスミスが好きだったんですけど、周りの友達がかっこいいっていうのは、青春パンクな世界観でした。そういうのが当時結構流行っていて、そういうものがパンクだっていうけどメインストリームじゃない?って思ってて…。スミスを聴いていいなって思ったのは、花束を持って振り回していたり、ライブ中に寝っ転がって歌い始めちゃったり、ああいう雰囲気が好きだったからです。たまたま好きになったのが昔の音楽ってだけだったって感じですね。

お客さん:とても嬉しいです。年代を超えて同じ音楽を愛せて、また私みたいな歳の人が今の20代の人がこのバンドを好きでいれたり…。そういうのがとても嬉しくて胸がいっぱいになりました。今日はありがとうございます。

加地さん:こちらこそありがとうございます。ちなみに当時どのライブに行ったんですか?

お客さん:どんどん当時はバンドが増えていたので、友達と色んなバンドの話をしていました。当時のイギリスはとても貧乏だったので…、だから実際に私もお金がなくて入れなかったり、友達とこっそり入れてもらったり、途中で後ろから出入りしたりしていました(笑)。なので全てのステージを見ることはできなかったですね。そのときは私はまだ18歳ぐらいだったので、お兄さんお姉さんに連れていってもらったりしていました。みんな色んなバンドの話をしていましたが、私が知っていたのはサラ・レコーズぐらいですかね。

加地さん:貴重なお話をありがとうございます!



―別のお客さんが手を挙げてマイクが渡される。

お客さん2:今日はありがとうございました。私は今28歳で、音楽は後から追い始めた感じです。サラ・レコーズのことは知らなかったんですけど、サブスクが解禁されてヘヴンリーをAppleMusicで聴き、良いなと思っていたのでヘヴンリーも入っているレーベルなんだと興味を持ち、最終日に来ることができました。
チコさんにお聞きしたいことがあります。日本で公開されないような映画を配給して、字幕もつけて公開されているのがすごいなって尊敬しました。私も、海外では上映されている古い音楽を扱ったドキュメンタリー映画などがあるけど、どうやったら日本で公開することができるんだろうって疑問に思っていたんです。漠然としてしまうんですけど、そういった映画を日本で公開させるためにしていることなどを教えていただきたいなと思っています。

チコさん:まず、クラウドファンディング等を行わない限りは現実的に資金がないと難しいというのはあります。流れとしては、権利を取って、字幕をつけてっていう作業ですね。もし本当に配給をやりたいと思っているのであれば、それこそグッチーズ・フリースクールさんのような経験のあるの方に相談してみると、ノウハウだったり、権利を得るために起こるトラブルだったりを教えてくださると思います。実際に私もたくさん助けていただいて、何も分からない状態からここまで来れたというのもあるので…。何をしたらいいかというのは難しいんですけど、上映したい作品が決まっているのであれば一度、どこの配給会社で出てるのかを調べて、分からないことがあれば私に連絡してくだされば出来ることはお手伝いしたいなと思いますし、誰か分かりそうな方が周りにいれば紹介したりもできるかなと思います。あとは、どうしても上映劇場についても考えなければいけなくて、権利交渉のときにどれくらいのキャパでやるかっていうのは伝えるようにしています。現実的に映画館でできるかっていうのも先に日本で確認しておいたりとかですかね。おそらくこれらのことは最悪1人でもやろうと思えばできるんです。でも、私の場合は一人では絶対にできなくて、それこそチア部の中でメインで動くのが私だったとしても部員たちや周りの方の色んなサポートがないと実現できないので、配給をやりたいっていうことを口にしてみて、一緒に出来そうな人を探してみるのもいいのかなと思います。具体的にどうするのか考えることもですが、仲間にできる人を探したり自分の目標や好きなことを声にしてみるのが1番大事かなというのが実感としてあります。

お客さん2:ありがとうございます!

チコさん:他のお客さんで質問のある方はいらっしゃいますか?


―お客さんが手を挙げる。


お客さん3:全然レコードの話とは変わるのですが、私も6年ぐらい前からインディーズバンドのライブを観に行くようになりました。今まで子育て等で音楽を全然聴いていなかったのですが、今日の映画を観て、商業的に成功しているバンドのライブもいいけど、自分はやっぱりインディーズバンドを見るのが楽しいし好きだなということを再確認できました。今日こうしてお時間をいただけて良かったです。
DYGLのライブも10日の金曜日に行ったんですけど、クアトロぐらいの規模でいて欲しいって思っちゃいました(笑)。

一同 : (笑)

お客さん3 : やっぱり最初の頃、ライブが終わってから一緒に飲んでいたのを見て楽しかったし、実際に言葉を交わせるぐらいの規模ってめちゃくちゃいいなっていうのがすごくあります。売れてくれたらそれはそれで嬉しいんですけど、その辺りはバンドをされている当事者として、これからどう続けていこうと思っているのか教えていただきたいです。

加地さん:めちゃくちゃ難しい質問ですね(笑)。
正直あまり分け隔てなく考えていて…。本当にそこについては、どっちもやりたいと考えていますね。
ツアーを回っていたときに、よくうちのボーカルの秋山君がMCの中で、ショーよりもパーティーが好きだっていう話をしていて、それがすごい分かるなって思いました。ショーはちょっとかしこまった感じで、お客さんはステージを見る、という感じがするけど、パーティーはその場にいる人が参加するっていう感じが強くて、規模の大小はあれ、僕はそういうのがしたいと思っています。

お客さん3:ありがとうございます!

チコさん:そろそろ終わりが近づいてきたので…。最後に、DYGLの加地さんからなにかクリエイティブなことをしたいなって思っている方にアドバイスがあれば!

加地さん:これに関してはチコさんの考えと近くて、自分が何かをしたい、何かを好き、ということを表明してみることは強いエネルギーがある行為だなと思います。友達であれ、知り合いであれ、そういうのをやってみるといいと思います。

チコさん:他にも何か告知などあればお願いします。

加地さん:DYGLはまだツアーがあって、東京と沖縄とで離れているんですけど…よかったらチェックしてみてください。それだけチラッと言っておきます(笑)。今日は本当にありがとうございました!

チコさん:ありがとうございました!

加地洋太朗さんと映画チア部卒業生の皆さん📷

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