am7:30
夏の朝は早い。
朝6時にもなると明るさで目が覚めるくらい。
外に出た私は大きく息を吸い込む。
まだ少し冷たい外気で眠気も覚める。
「よし!」
久しぶりに訪れた地元の道を歩き出す。目指すはもちろん彼の家。
周りを見渡せば沢山の自然。所謂、田舎というものかな。
でも私はそれが好きだ。
もう畑仕事を始めている近所の人に挨拶をしながら歩いていると、あっという間に彼の家の前に。
庭先にいる彼のお母さんに挨拶をし、少し話をした。肝心の彼はまだ寝ているようだけどお母さんが快く家にあげてくれた。
家の中は当然のことながらあの頃と何も変わっていない。一直線に彼の部屋の前まで向かうとゆっくり部屋のドアを開ける。
中にはベッドの上で幸せそうに寝ている彼。
そっと近くまで寄るが全く気づく気配がない。
彼の寝顔をまじまじと観察する。
地元に帰省してから一番最初に会ったのはもちろん彼。少しの期間離れていただけなのに以前より大人っぽくみえた彼。
でも寝顔はあの頃と変わらないまま。
「それにしても起きないな」
彼の頬を摘む。
それでも相変わらずにへらと笑っている顔に少しだけ腹が立つ。
「せっかく可愛い彼女が起こしに来たっていうのに…」
普段なら言わないような単語を口に出す。
だって私はこんなにも“あいたい”っていう気持ちが強いのに
『…んん』
いつの間にか指先にはかなりの力が込められていたみたいだ。
『…誰。遥香?』
第一声に私の名前が出てきたのでさっきまでの件については許してあげようと思う。
「そうだよ。もう、いつまで寝てるつもり?」
『いまなんじ?』
「もうすぐ7時」
『まだ明け方じゃないか』
「なに言ってるの。夏の朝は、早いんだよ」
寝惚け眼の彼の手を引いて外に出る。
先程までの涼しさが降り注ぐ光の熱に徐々に侵略されてきている。
向かう先は唯一この村にある自販機へ。彼は微糖の珈琲、私はオレンジジュース。
「まだ微糖?」
『うん』
「ブラックは?」
『飲めないことはないけど、僕は微糖が好きなんだよね』
『まだ子供なのかなー』なんて呑気に笑いながら珈琲を一口。私もそれに合わせて一口。
飲み慣れたはずなのに朝だからだろうか、とても美味しかった。
その後は目的地も決めず町中を歩き出す。気持ちは子供の頃に戻ったみたい。
どれだけ周りを見渡しても同じような景色の連続だけど、それがいい。
楽しくなってしまった私は少し駆け足で前を歩く。彼は変わらずマイペースに歩を進める。
自転車で落ちた田んぼ。
かくれんぼのとき頼りにしていた小さな小屋。
優しいおばあちゃんが看板娘で番犬のいる駄菓子屋。
どれもこの短期間で変わってしまうようなものではないけど、どうしようもなく懐かしくて。そんな私を見ている彼の笑顔も懐かしくて。
顔が熱くなった。
体温を冷やすため、いつもの木の下に避難する。
日陰に入っただけなのに体感温度がぐっと下がる。手に持ったペットボトルは少しぬるい。
『はしゃいでたね』
「え、そうかな…」
『うん、とっても』
優しい彼の声に体温が少し上がった気がした。
「そ、そういえば見てくれた?私の予定表」
『見たよ。最終日までびっしり書かれたあれでしょ?』
帰省する前に彼に送り付けたこの夏の予定表。
この夏にしか出来ないイベントを詰めに詰め込んだ。ただ、最初の一日だけは空白。
「それで、今日はどうするの?」
予定表を作るとき彼から一つだけの要望。
“初日は僕にちょうだい”
『別に何も考えてないよ』
「えぇ!?」
『あはは』と暢気に笑う彼の頬を摘む。
「笑ってないで説明してよ」
『痛いよー、いや考えたわけです。いろんなことを。』
頬に珈琲の缶をつけながら君は続ける。
『でも予定なら遥香がちゃんと考えてくれそうだし、そういうのは得意でしょ?』
「他力本願すぎ」
『手厳しいな。でもちゃんと理由もあるんだよ』
「聞かせてもらおうじゃないの」
腕を組んでふんぞり返ってみた私に、彼は変わらず笑顔を向けてくれている。
『いつもと変わらない1日を遥香と過ごしたかった』
普段なら「なにおじいちゃんみたいなこと言って」なんて返していただろう。
でも何でだろう。こうして散歩し終わった今なら、私も、彼と同じ気持ちなっているみたい。
「もうしょうがないな。寂しがりやさんの彼氏くんのためにも叶えてあげますよ」
『ありがとう、優しい彼女さん』
だって私が思い出したのは全て、あなたとの思い出だったから。
『じゃあ、朝ごはん食べたら駄菓子屋にいこうよ』
「食べ物の後にまたすぐ食べ物?」
『えー、だめかな?』
「嘘、私もいきたい」
繋がれた手はこの暑さの中でも、あたたかい
話すだけで溢れる笑顔が止まらない
そう、焦る必要なんかない
だってまだ、朝の7時30分くらいだから。
まだ私達の夏は
はじまったばかりだから。
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