見出し画像

『心模様』

「いいね、青春してんな若人たちよ」



グラウンドには部活で汗を流している生徒達
オレンジ色に染まりかけの空
その光景をぼけーっと眺める時間が僕は好きだ。

やっぱり何かに一生懸命に取り組んでいる姿ってのは格好良いもんだとしみじみ思う。




「君はいつからおじさんになったんだい?」



一人きりだった教室に賑やかな声が響き渡る。



「やぁ、五百城さん」

「やぁ、〇〇くん」



今の挨拶もおじさんぽかったかな

それを分かってか、僕のマネをしながら挨拶を返す五百城さん。

こぼれる笑顔がとても可愛らしい。



「今日は部活が休みだから?」



彼女がこの教室に来るときは決まって部活のない日。



「たしかに部活が休みなのもあるけど」



僕の隣の窓に駆け寄る。

女の子特有の匂いが鼻腔をくすぐる。



「君と話がしたかった、なんてね」

「そっか…嬉しいな」



思ったままの濁っていない言葉が口から飛び出る。

だって、さっきの言葉で僕の心の中は舞い上がってしまっているから

僕が恋している女の子からの冗談だとしても。


「へへ」と少し恥ずかしそうな笑顔から少しの間、目を離せないでいた。


開いた窓から風が吹き込み、君の長い髪が揺れる。


我に返った僕は急いで君と同じようにグラウンドに目線を移す。

バレていないだろうか
バレたところで何も変わりやしないか

二人でグラウンドを見ながら始まるプチ情報交換会。


他愛もない会話だ

国語の授業がどうだとか
あの先生がこうだったとか。

ふと、彼女はグラウンドに背を向ける。



「どうかした?」

「いや、こんな放課後にはアレだと思って」

「アレ?」

「その。こ、恋バナとか?」

「…恋バナ」



その話題は女子同士でするものじゃないのか?

ということは、僕はそんな話もできる“友だち”でしかない事か。



「うん。その…いるん。好きな人」

「それは…」



“あなたです”




なんていう勇気すらない僕。



「言い出しっぺの五百城さんの方から聞きたいな」



こんな時は逃げるに越したことはない。



「えー私?」

「そう、五百城さんの」

「……好きな人、おるよ」



教室の角を見つめながら呟く。

そりゃそうだ
彼女に好きな人くらいいて当然だ

横顔でしか確認できないけど
恋する乙女って表情だ

今、想っている誰かが目の前にいるみたいだ


その誰かは、僕じゃないってことくらい分かっている




「五百城さんの好きな人か…。いい人なんだろうね」

「うん。周りの同級生とかよりも少し大人っぽくて。でも話すとお茶目な部分もあって、ずっと話してたいなって思えて」



多分、先輩かな

会ったこともない、いるかどうかも分からないその人に少し嫉妬。



「はい!ここまで!〇〇くんも教えてや、私だけ話して恥ずかしいやん」



少し出た関西弁も可愛いななんて思いながらも
回ってきた自分のターンに集中する



「僕もいるよ。好きな人」



バレないように立ち回らないと。



「え!?いるん!?」



大きく見開いた君の瞳が僕の方へ。



「どんな人なん?年上?年下?それとも同じクラス?」



予想以上の彼女の食いつきに狼狽えながらも平常心を保つように努力する。



「でも、その人の視界に僕なんて写ってないよ」



もう一度、グラウンドを眺める。



夕陽色に染まった空はなんだか暗くて
部活生たちも心做しか疲れているように見える。



「……くんは」

隣から微かに聞こえる君の声。



「〇〇くんは…それでいいの?」

「うん。そもそも僕なんかが立てるような場所じゃないからね」



そう、別に僕じゃなくてもいい
君の隣が誰であっても


君が幸せそうなら


笑顔なら



「それなら!」



大きくなった君の声に少し驚く。



「あ、あの…」



そう思ったら急にしおらしくなり、視線を泳がせる。



「五百城さん?」

「私の…」

『あぁ!やっと見つけたきっき!』



言いかけた言葉は、彼女の友達らしき人物によって遮られた。


しばらく沈黙が流れる。



『あれ?ごめん、彼氏とお話中だった?』

「ち、違うよ!」



分かっている
分かっていたことだけど



「〇〇くんは」



改めて実感すると
やっぱり僕なんかじゃ



「私の好きな人なだけ!」








『「えっ」』



彼女の友達と声がユニゾンする。

今の言葉の意味って…



「うん、そうだよ!正々堂々と戦わなくちゃね!」

『きっき?』

「〇〇くんの好きな人にも負けないから!」



それだけ言い残すと教室から勢いよく飛び出す。


彼女の友達も後に続く。




一人になった教室で僕は先程のまでの現象を飲み込めないでいる。

入り込んでくる風が火照った体を冷まそうとするけど、冷めることなんてなくて、心臓の鼓動が加速していく。



「おーい!」



窓の外から彼女の声。

視線を向けると大きく手をふる五百城さんの姿が。



「〇〇くん!また明日!」



僕は戸惑いながらも手を振り返す。


彼女の背中が遠くなる。


最後の笑顔は先程の横顔のようでもあり
雲ひとつ無い綺麗な青空のようだった。






もう一度、空を見上げる。




オレンジ色に染まった空はとても綺麗で輝いて見えた

さっきと変わらない空模様なのに。



きっかけはとてもダサいけど
やっと晴れ渡った僕の心模様



その心にまた風が吹く




後押しされるように






僕の青春は今、


走り出した。
































                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?