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狐の嫁入り

「あっ……」



静かなことが売りの病院の待合室で
私の声が響く。

だってしょうがない、アイツがいたんだから。

ほら、私の声に気づいて大きく手を振ってくる


学科1の陽気者。
初対面の相手にも臆せず話しかけ、どんな相手でも友達になる奴だ。

例に漏れず、私もよく話しかけられる。
無視したのが悪かったのか必要以上に話しかけられるので迷惑していた相手だ。


うつむいて早く母が返ってくるのを願う。


ソファの左側が沈む。



「飛鳥ちゃんだよね?やっぱりそうじゃん」



私は苦手なのだ
この下心なしの眩しい笑顔が



「違います」

「どっか具合でも悪いの?」

「人違いですよ」

「反応はいつも通りだから熱があるとかじゃないんだね」



しまった
普段と変わらない反応をしてしまった

これじゃ、「私は齋藤飛鳥です」と言っているようなもんじゃないか



「はぁ。そっちこそどうかしたの?」

「ん?俺は……」



さっきまでしっかり向けられていた視線は待合室の壁に向けられた。



「妹、そう妹が入院してて。そのお見舞いだよ」



そう言って、笑う。

でも始めてみた。いつもの輝くような笑顔じゃなく、包み込むような温かい笑顔。

家族の前だとそんな顔もすんだ。新たな一面を見た気がする。



「へぇ……別にどうでもいいけど」

「俺が病気じゃないかって心配してくれた?」

「そんなわけないでしょ」

「ですよねー」



頭を掻きながら席を立つ。



「じゃあ、俺行くわ」



近くの看護師さんに頭を下げながら廊下を歩いて行く。

職員の対応から、妹のお見舞いということも間違いじゃないんだろうと思えた。

それと同時に、アイツの妹がどんな人なのか気になった。これは単純な好奇心。

それといつもの仕返しでもある。



母は先程、診察室に入ったばかり。
出てくるまでまだ時間はあるだろう。 


そう考えた私は、アイツの後ろを追いかけることにした。






暫く歩くとアイツはある病室の前で立ち止まる。

しきりに自分の身なりを気にしだす。


「そんな必要ないだろ」とツッコんでやりたい。

だって先日、「赤髪の坊主にしたんだ!」と学生たちの前で披露していたから。


大きく息を吐き出すと扉を開け中へ。

しばらく時間を空け中を覗こうと思案していたが
アイツは「少し待ってて」と扉を開け外に出てきた。

チャンスだと思った私は、早足でアイツが出ていった扉の前に立つ。

少しだけ隙間を開け覗いてみる。


病室は個人部屋
ベッドには1人の女性。



「いいよ、入ってきて」



私の存在に気がついているようで、視線をコチラに向けてきた。

ここで逃げて変な噂されても困るので、私は言われた通り中に入る。



「あら、可愛いお客さん」



ニット帽の女性はやせ細っていて頬がこけてもなお、綺麗な人だった。



「あなたはアイツの妹さんなんですか?」



どう見ても、アイツより年上に見える。
血縁関係もないだろう。



「あの人がそう言うのなら、そうなのかな?」



首を傾げ、からかうような笑みを浮かべる。



「はじめまして、妹さんです」



そう言って笑う姿は同性の私でも見惚れるくらい綺麗だった。


すると「あれーもう帰ったかな」とつぶやきながらアイツが病室へと戻ってきた。

中にいた私に気がつくと驚いた表情をしている。


 
「あっ、お兄ちゃん」



女性は先程のように笑みを浮かべて、アイツに声をかける。


「そうだった……」と恥ずかしそうにするアイツの姿はとても新鮮だった。

でも、部外者がここに居続ける訳にはいかない。


「お邪魔しました」と伝え、病室を後にする。

後ろからアイツが呼び止めようとする声が聞こえたが無視してやった。

これからあの女性に徹底的にからかわれるだろう。そんなお楽しみの時間を私が奪ってはいけない。

その分、学園でいじってやろうと心に決め母が待っているであろう待合室へと戻っていった。


次の日の登校が少し楽しみになった。




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「何あの子、可愛いじゃん」

「やっぱり?好きそうだと思ったんだよ、奈々未が」

「私に紹介したかったの、本当に?」

「そうだよ、あの子を探しに行っていたんだ」

「嘘だ。あれでしょ、浮気」

「ち、違うよ違う!僕がそんな事ができる人間だと思うかい?」



奈々未と呼ばれた女性は口元を手で覆いながら笑う。



「信じてくれよー」

「どうだか。聞いてるよ、あっちじゃ明るくて男女問わず人気者だって」

「結果的にそうなっただけ」

「……無理してない?」

「しているように見えるかい?」

「だって……」

「これは僕がしたくてしてるんだから。奈々未が気にすることじゃないよ」



「ごめんね」



徐々に顔全体を手で覆う。
微かに肩が揺れている。



「謝らないでよ」



ゆっくりと女性の隣に歩み寄る。



「ほら、楽しい話しよ?例えば、バスケの話とか」



その言葉に笑みをこぼす。


2人の笑い声が優しく病室を包み込んでいた。



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それから、学園で話しかけられるたびあの日の出来事で彼をからかう。

必要以上に、何度も、何度も。


だって、その時の彼が素の姿だと思ったから。

そして、何故か



その時の彼の眼差しがとても優しかったから。



そして、からかった後は颯爽とその場を離れる。

そうでもしないと、私は……。






︎ ✧





年が明けてから、学園が少しつまらなくなった。


理由なんてわかりきっている。




彼が来なくなってしまったから。






︎ ✧





試験が終わり、人が少なくなった2月。



その日、私は借りていた本を返却するため学園を訪れていた。





図書室から出ると廊下の先に人影が。




彼だった。



正確に言えば、かなり距離が空いているため断言はできない。

髪の毛は黒色だし。


でも、気がつくと私はその人影の後ろを追いかけていた。








着いたのは屋上。


扉を開けると雲ひとつ無い青空。



そのてっぺんに煩いくらい太陽が輝いていた。



そんな真昼どきに黄昏れる人物がいた。


私はゆっくりと彼に歩み寄る。



「この前あってくれた妹。……僕の手が届かない場所まで旅立ってしまったんだ」



彼は、笑顔のまま私に告げる。



「なんで私に話すの?」

「あの子が、君と仲良くなりたいって話していたから」



また、笑う。



「やめるの?」

「あぁ。他にしたいことが見つかったからね」



また、笑う。



「嘘だ」

「本当だよ」



じゃあ、なんで一度もこっちを見てくれないの


いつもみたいに、「飛鳥ちゃん」って呼んでくれないの



知っている



あの人が、妹じゃないこと


でも家族よりも大事な人だって




そして私が……




「じゃあ














︎ ✧



風も吹きやしない2月の屋上は意外と暑い

彼が立っていた場所でそう思えた







多分、この先もずっと後悔するんだろう



私は空を見上げることができない




足元のアスファルトには乾きかけた水滴の跡が


こんなにも良い陽気なのに
その跡に、1つ、また1つと水滴が落ちていく





わかっている




私がしていることに意味なんて何も無いってことも


ちっとも彼が救われないってことも







それでも
この雨を私は止めることができなかった










︎ ✧



「じゃあ、何で笑ってるの?」


「悲しいんでしょ!?苦しいんでしょ!?」


「なんで泣かないの」





「笑顔以外の、作り方」



その時、今日はじめて彼と目が合う。



「わかんなくなっちゃった」





そう言って、彼は




笑った




















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