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週末、2人は秘密基地で


山の中にある少し開けた場所


遊具は老朽化が進み
遊んでいる子供はほとんどいない

その隣にはひっそりと佇む神社

そんな人気のない公園に一組の子供の姿



「嘘っ!今日も小吉だぁ…」



女の子は手に持ったおみくじを見てがっくりと項垂れる



「さすが、名前負けしてないね」



そんな様子を木陰から見ている男の子



「笑ってないで“ビー”も引きなよ」



女の子から【ビー】と呼ばれた男の子は笑いながらも首をふる



「やめとくよ。小吉に悪いし」

「ねぇ、やっぱり私の引きが悪いのはそのあだ名のせいだと思うの」


【小吉】と呼ばれた女の子は腰に手を当て、頬を膨らませる



「そうかな?僕は気に入っているんだけどな」

「私は嫌なの」



「いいから、引いてみて」と小吉はビーの腕を引きおみくじの前に立たせる



「知らないよ?」



ビーはゆっくりとおみくじ箱の中に手を入れる

「じゃあこれ」と取り出したおみくじを開く


「あっ」とこぼれた声に小吉は嬉しそうに「どれどれ?」と覗き込む



「ごめん、大吉だ」

「もぉー!なんでなの!?」



小吉はビーの肩を掴むと前後に激しく揺する



「ははは。だから言ったじゃないか」

「おかしいわよ!不正よ!」

「いや、運命だって」



小吉の拘束から逃れたビーは笑みを浮かべながらもう一度おみくじを眺める

そして不敵な笑みを小吉に向けると「大吉…」と小さく呟いた


小吉はなにも言い返さず、ただゆっくりと俯く

徐々に体がプルプルと震えだす


その様子にビーは心配そうに小吉へと近づく

次の瞬間、小吉は「うわぁー!」と両腕を上げ叫ぶ



「許さない!奪い取ってやる!」

「えぇ!?」



小吉は腕を上げたままビーに襲いかかる


それから二人は公園の中を縦横無尽に駆け回る

普段ならば森閑と静まり返った公園が二人の笑い声で満たされていく

そんな様子を喜ぶかのように周りの木々たちも風に揺られる



ひとしきり走り回った二人は原っぱの上に座り込む

「はい」と頬に伝う汗をぬぐいながらビーは小吉にあるものを手渡す

小吉も「ありがと」とお礼を言いそれを受け取る


玉押しを押し込むとカランっとビー玉が落ちる

二人は少しぬるくなったラムネを喉の奥へと流し込む


乾いていた喉にはぬるさなんて関係なかった



二人が会うのは梅雨が開け、夏が始まるまでの間の一週間だけ

もう今年で4年目になる

この森の中の公園は二人の秘密基地のような場所


そして今日は週末


また二人が会えるのは一年後

涼んでいたビーに小吉が話しかける



「ビーはどこの中学に行くの?」

「…どこだろうね」

「教えてくれないの?」



ビーは答えずにラムネを一口


小吉は不安だった

何故か今日が終わるともう二度とビーに会えない気がして


そんな小吉の気持ちをよそに、ビーはいつもと変わらない表情をしている



「なぁ、小吉」

「…なに」

「もしも明日、地球が滅亡するって言われたら何をする?」



突拍子もない質問に小吉は「はぁ?」と間の抜けた声が出る


しかし、ビーはしっかりと小吉の瞳を見つめている



「そうだなぁ……私は」



すこし間を開け小吉は話し出す



「海外へ旅行に行きたい!」

「海外に?」

「そう!大きな飛行機に乗って世界中を飛び回っていろんな景色を見るの!」



ビーは「いいね」と答える。



「そして帰ってきたらここに来るの」

「この場所に?」

「うん!」



小吉は笑顔で答える



「そして、たくさんの木や思い出の神社をみながら」



周囲を見渡していた小吉はもう一度、ビーへと向き直ると



「大好きな友だちと、一緒にラムネを飲むの!」



今日一番の笑顔でそう答えた



驚いた顔のビーに向かって「だから、ビーも必ず来てよね!」と小吉は指をさす


天真爛漫な小吉の姿に、ビーもつられて笑顔になる



「大丈夫、僕はずっとここにいるから」

「そう?」

「うん。だって僕も好きだから」



はにかむビーに小吉は視線をそらし手で顔を覆う

真っ赤になった自分の顔を見られないように


そんな状況なんかつゆ知らずのビーはゆっくりと小吉に近づく



「はい、これあげるよ」



そういって差し出されたのは



「ビー玉?」

「そうだけど?」



小吉は深い溜め息をつくと「ありがと…」と消え入りそうな声で返事をする



「ビー玉か…」

「あ、あれ?いらなかった?」

「まぁ今回は一応、一応プレゼントってことで許したげる」

「そ、そっか…あ、あはは…」

「でもなんでビー玉?」



小吉は手に持ったビー玉を太陽にかざしながら質問する



「僕がはじめてもらったあだ名だから」

「えっ!」



大きな声を出した小吉は、その反動で落としそうになったビー玉をしっかりと握りしめる



「覚えていたの?」

「もちろん」



子供らしさ全開の笑顔でビーは答える


初めて二人がこの場所であったとき、ビーが手にしていたのがビー玉だったことからこのあだ名が付けられた

そのことを今でもビーは覚えていた



「ごめんなさい、こんなものなんて言って」

「いいんだ」



ビーは首を振りながら答える



「ダメよ!……大事にする。ずっと」



小吉は子犬を抱きしめるように優しくビー玉を自分の胸元へ



「宝物が増えたわ!」



小吉は太陽の光に照らされたビー玉のように輝く笑顔を見せる


それにビーは優しい笑顔を浮かべ「うん」と頷いた




          ︎ ✧




そして今日も別れの時間が訪れる



「じゃあ、また来年」

「うん、覚えていたらね」



ビーは冗談めかして答える



「忘れないわよ。これもあるんだから」



そう言って小吉はポケットに入れていたビー玉を取り出す



「そうだったね」

「うん!だから、またね!」



小吉は引きちぎれんばかりに腕をふる

ビーは「うん」と返事をしながら小さく手をふる



それは小吉の姿が見えなくなるまで続いた



「さようなら。咲月」



風の音によって簡単に消されるほど小さなつぶやきのあと
 

ビーの姿も公園から無くなった






          ︎ ✧





10年の任務を終えた僕は今、地球から少し遠くにある宇宙船へと帰還した


そして今日は報告会の日

僕は艦長室へと向かい進み出す

目の前のドアに手をかざす
ランプが緑色に光るとドアの奥から声が聞こえる

その声に従い、僕はゆっくりと中へ入る



「ご苦労であった。試作6号機」

「はっ」



彼はこの船の艦長


名前は僕ごときには教えてもらえていない



「それでは聞こうか。地球での成果を」



そう僕は地球の自然や物資が彼らの星のものと調和するのかを調べるためのただの機械にしか過ぎない存在だ



「はい。地球は文明の発達により自然が減少していますが問題はないかと。また、生き物も多種多様に存在しています」

「そうか。それならば…」

「しかし、地球はあなた方には勿体ないかと」



僕の言葉に艦長はゆっくりと振り返る



「今、何と言った?」

「だから、あなた方には勿体ないと」



艦長は明らかに不機嫌な表情で僕を睨みつける



「機械ごときが…この私に」



しかし、艦長がアクションを起こす前に船内には警告音が鳴り響く



「何事だぁ!」


《艦長!帰還してきた残り9機の機体が暴れ出しました!》


「な、何ぃ!?」


《艦長!脱出用のポッドが全て破壊されました!》

《通信系統が全てロックダウンしました!》

《艦長!》

《艦長!》



僕は言葉を続ける



「これが地球で生活をした私達の答えです」

「なんの意味がある!ここで私達を壊滅させたとしても数百年後には本隊が地球を侵略するのだぞ!」

「分かっています。それでも私達は知ったのです。地球に生活する人間と言う生き物の素晴らしさを」



僕の言葉に艦長は膝から崩れ落ちる



「…こうなることも想定内ということか。だから、王は、機械なんぞに人工知能を…」

「それに、僕の名前は『ビー』です」



その後も狂ったように叫ぶ艦長を残し僕は機内の動力室ヘと向かった



あとはこの動力源に、僕の核(コア)を入れれば特異点が発生し宇宙船ごと消え去る


当然、僕もろとも



でもいいんだ

時間さえ伸ばすことができるのならば


君が生きられるだけの時間が確保できるのならば



『恋』という感情を教えてくれた君への

僕の考えた最高の贈り物だと思うんだ


「届いているかは分からないけど」




でも一つ
心残りがあるとするならば



「また君と」
「ラムネが飲みたかった」



暴走しだしたエネルギーが特異点へと変わり
未知の星からの宇宙船は人知れず消えて無くなった






          ︎ ✧






目を覚ました


いつもなっているはずの目覚ましの音が聞こえない


なんだか頬に違和感が

触れてみると指先が濡れた


私は泣いているようだ


寝心地の良いベッドから起き上がると涙の原因について考えた


間違いなく、今日見た夢のせいだ

それはきっと私が体験したことがあるものと思うのだけどぽっかりと穴が空いたように思い出せない


デジャブというものだろうか


―――それでも私は……



気分を変えるために勉強机へと座る
おもむろに引き出しを開けてみる

中には一つの箱


その中には



「なんで私、ビー玉なんかを大切にしてたんだろう」



何の変哲もない透明なビー玉



「それに、小吉なんて微妙なおみくじも…」



そして、決していいとは得ないおみくじ


私はビー玉を手に取った





その時、夢の光景が目の前に浮かび上がるように思い出される



『もしも明日、地球が滅亡するって言われたら何をする?』



気がついたときには私は部屋を飛び出そうとしていた

しかし、自分の格好を思い出し急いで家から走り出す



“なんで忘れてしまっていたんだ”



日曜日の朝
人も車もまばらな道を走る



“ビー玉なんかじゃない”



次第に当たりは木々に囲まれた森の中に



“微妙なおみくじなんかじゃない”



そして日差しが差し込む広場に着いた


遊具は以前より老朽化が進みもう乗ることは出来ないだろう

草木も以前より育ち、もう遊べるような環境ではない


神社なんかもう半壊している



それでも懐かしさを感じる





1年に一週間だけの
私とあの子の
二人だけの
秘密の基地



何故か、顔も、声も思い出せないけど
それでも名前だけは思い出せた



「ビー」



あなたの本当の名前は?


どこに住んでいるの?


今、何をしているの?





思い出せなくてごめんなさい



でも叶うのなら




またあなたに


ビーに







初恋のあなたに



「会いたい」



でも彼の姿はどこにもない





2本もラムネ、持ってきたのになぁ



遅すぎた私が悪いか








ラムネは走ってき持ってきたせいか
空けた瞬間、炭酸が吹き出した


「あちゃー!」と急いで口で栓をする



カラコロとラムネの中に入ったビー玉が転がる





口の中に広がったラムネはやっぱり





ぬるくて







甘酸っぱかった






























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