見出し画像

『もう1日だけでいい』

〚1日〛



〚もう1日だけでいい〛




︎ ✧




「私の話ちゃんと聞いてる?」



前を歩く君は振り向きながら不機嫌な顔をこちらに向ける。日が長くなり帰り道もまだ明るい。



「あぁ…悪い聞いてなかった」

「普通、嘘でも聞いてたって言うもんだよ」



頬を膨らませるが怖さなんて微塵もなく。

逆に『かわいいな』なんて思ったりもして、つい君の頭に手を乗せてしまう。



「何、この手」

「なんとなく?」

「どけて」



でも自分から払うなんてことはしなくて、ただ黙ってこちらを睨みつけるだけ。

だからつい調子に乗って、頭を撫でる。



「もうっ!」



流石に君も我慢の限界か「子供扱いすんなー!」と叫びなら走り出す。俺は変わらない歩幅でその背中を追う。

走り出した君と歩いている俺とじゃ距離は縮まらないはずだ。でもなぜか君の背中が徐々に大きくなっていく。気がつくともう君の隣に。



「歩くの遅い」

「えぇ…ごめん」

「許す」



謝罪により機嫌が良くなった君が笑う。


やっぱり『かわいいな』と思ってしまった。








︎ ✧



今日は週に2回行われている、映画鑑賞の日。

レンタルビデオ屋から当番が一本借りてくる。

今週は俺が当番だった。いつものように適当に数字を決めて借りる。


今日、選ばれたのは『ラブロマンス』



家に戻り冷蔵庫から用意していた飲み物を取り出しお菓子と一緒にリビングの机の上に置く。スマホを取り出し君に連絡をする。返事はすぐに返ってきた。

【是】と一文字だけ。


うん、平常運転だな。




数分後

淹れたコーヒーの湯気をぼーっと眺めているとインターホンが鳴る。

扉の外には君の姿が。

部屋に入るや否や

「またコーヒー」とコップを指差す。



「よく飲めるね」

「うん、美味しいよ」

「さいですか」



直ぐに興味をなくし机の上を物色し始める。



「これ?今日の映画」

「そう」

「ラブロマンスか…、いいじゃん」



各々、好きなお菓子を取り始まった映画鑑賞。

ストーリーはよくあるお決まり展開というやつ。

その中でも一際目を引かれたのはヒロインの親友の男子だった。


序盤からヒロインのお助け役として登場していた。でも実際は彼もヒロインのことが好きだった、そんなベタなやつ。



何でだろう。『凄ぇな』って思った。



隣に座る君を見る。

食い入るように画面を見つめる君。

もしそんな君が、街行く人に恋に落ちたら。
そんな姿を横で見ていたとしたら。

俺は彼女の恋を応援できるのだろうか。



俺には到底できないや。



いつの間にか映画はエンドロールへ。

感想を言う君の言葉も、今の俺には入ってこなかった。そして今日の鑑賞会はお開き。

君が帰った後も1人考えた。


もう告白してしまう?


いや、それは彼女も望んでいないことだ。

でも今あるこの感情はどうすればいい。


結局、俺は




【金曜日の鑑賞会は出来なくなりそう。ごめん】



逃げることを選択した。


自分からも、君からも。


スマホが震える。

画面には【是】の文字。

その日の夜

俺は1人でもう一回、あの映画を観た。
冷え切ったコーヒーを啜りながら。





︎ ✧



月曜日


いつもより早く目が覚めた。いつもは通らない時間帯の学校への道を歩き始める。

もちろん、1人で。


学校につくとスマホが震える。



【今日は会わなかったね】
【何かあった?】



【いや、ちょっと早く目が覚めて】
【明日からも友達と用事あるから早い】


【了】



イヤホンをつけ、曲を流し画面を消す。

そしてまだ友達が来ていない部屋で寝た。



昼休み


またスマホが震える。



【今週は土日になりそうなんだけど、どう?】



いつもなら、直ぐに返信をする。

でもその日、返信をすることができなかった。






気がつけば日付は金曜日。

あの日以降、催促メッセージも何件か届いたけど
そのどれにも反応しなかった。

でも流石に返信しないとな


結局、返信したのは夕方。



【今週はなしにしよう】
【ごめん】




その日のうちに返信は無かった。

それもそうか、前日にドタキャンなんて
愛想、つかされちゃったかもな

でもいいか


………いいのか


 
︎ ✧



翌日


インターホンの音で目が覚める。

時計を見ると、短い針は9の文字を指している。

玄関を開けると、そこには君が立っていた。



「…なんで」



俺の言葉を聞きもせずズカズカと部屋の中へ入ってくる。



「ちょ、ちょっと…」

「否!」



引き留めようとした手が届くよりも先に、君は振り返りながら俺を睨む。



「返事遅いし、もう映画借りてきちゃったし」

「ご、ごめん」

「それに……一人で観る映画は、つまんない」


「ぷっ…あはは!」

「おい、笑うとこじゃないだろ!」



1人になろうとするくせに、本当はさみしがり屋だったね君は



「今日という今日は絶対に許さない」



そう言って、袋から取り出されたのは5枚のDVD。



「今日はホラー映画祭りだから覚悟するのだよ」

「えぇ~」

「ほら、早く準備をするのだ!」



俺より小さな手に引かれリビングへと歩き出す。


俺も同じことを思ったんだ

一人で観る映画はつまらなかった

だって僕が映画を見る理由は、君がつくってくれたんだから


どれだけ逃げてもこの気持からは逃げれなかった




やっぱり『好きなんだな』君のことが





あの男子みたいに気持ちを隠すことはできない

だから打ち明けるよ




でも…





♦️



最近の私はおかしくなっちゃったのかもしれない

いや、あなたと出会ってからずっとこんな感じ

得体の知れない感情を抱き続けている
あなたの行動の1つ1つにその感情は暴れ出す

制御できないし、本当は知っている
この感情があなたを想うものだって

でもある日、あなたからのメッセージが
いつもの鑑賞会を断る文だった

しかも前日にだ


でもびっくりするくらい、感情は動かなかった

だってそのときには毎日、暴れていたから



土曜の朝


感情のまま、あなたの部屋の前に

以外にもあなたはいつもどおりだった

少し違うのは
笑顔がいつもよりも素敵だったところ



なぜ



そう考えたら止まらない


いままでそんな笑顔見せてこなかったから



『好きな人ができたのかもしれない』




この考えにたどり着くまで
そう時間はかからなかった



それしか考えられない



だって


私たちは友達なのだから



だから、何度も言い聞かせる


『私は平気』


だって“ただの”友達なのだから




そう思うと心が少し軽くなった


ふと、となりのあなたを見つめる

少し重くなった



あぁ、この感情は捨てきれそうにない

長い時間、あなたと一緒に過ごしすぎた


まるで接着剤みたいに私から離れてくれない

無理するとすべてあなたに持っていかれてしまう


ダメになってしまう




だから時間を掛けて

ゆっくり
 


ゆっくり



無くしていくんだ




明日は『ラブロマンス』を借りてこよう

甘い甘い作品を



その主人公はあなたで、ヒロインは私
そう置き換えて観るの




叶いもしないことだって分かってるから






だから…






︎ ✧   ♦️   ︎ ✧   ♦️



〚もう1日だけでいいから〛

















[きみと]



[あなたと]










 
〚もう1日だけ〛



〚このままでいさせて〛
















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?