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『パンとタマネギ』

「あ、飛鳥ちゃん…?」



僕の一言に返事はなく
ただエアコンの音だけが響く

目の前の彼女は黙々と目の前の食べ物を口に運ぶ


態度だけでわかるだろうが
彼女はご機嫌ななめである



事の発端は、間違いなく僕にある

なんせ、今日は彼女との一年記念日

準備はしていた
それは嘘じゃない


間違いがあったとすれば


僕が日にちを間違っていたことくらいだ



そう、あれだけ念入りに計画したサプライズは
一ヶ月後に行われる


その事実を君に伝えたのが
昨日の夜

意外にも返信はすぐ返ってきた



《明日、泊まり行く》


その一言だけ


そして今である


形だけのプレゼントを用意する暇もなかった



なんて昨日までのことを思い出しているうちに、お食事タイム終了



「こ、これから外出でもどうか……」



冷房の風より冷え切っている状態を変えるべく打開策を講じてみるが



『やだ。外、暑いし』



たったの一言で撃沈



「そうだよね……はは」



僕の返事なんて聞く素振りも見せず
ソファへ直行

僕も後を追う



「ど、どうしよっか?」

『読書』



綺麗な瞳からは刺すような視線が飛んできた



「あ、はい」



不機嫌極まってるな
こうなったら、てこでも動かないだろう

それなら先に片付けでもするか
彼女のもとを離れ、1人食事の後片付けを始める



『ね、ねぇ』



腕まくりをし、始めようとした時
後ろから君に声を掛けられた


振り返ると、いつの間にかソファから僕の真後ろまで来ていた



「どうかした?」



もじもじしたまま何も話さない彼女



『じゃあ、じゃあさ今日は私の言うことは絶対で許したげる』



いきなりの絶対王政宣言
でも、僕に逆らう意志なんかなく



「うん!従います!」



彼女の提案を受け入れた



『…ん』と彼女はソファを指差す



「あ、はい」



指示された通りソファまで歩く



『早く座って』



言われるがままソファに腰を下ろす
彼女は何も言わず、流れる動きで僕の膝の上に



「え……」

『なに』

「いえ、なにも…」

『次、手を前に』



戸惑いながらも彼女の命令に従う



『はい、これ持って』と差し出された一冊の本

受け取ると僕の腕の中に彼女がすっぽりと収まってしまった
そのまま始まる読書タイム

今日の僕はブックスタンド係のようだ


しかし、両腕を伸ばし続けるこの姿勢
筋トレなんて言葉に縁がない僕にとっては
さながら、地獄と言っても過言ではない


それなのに



『下がってきてる。上げて』

『近い。もっと離して』など、無理難題を吹っかけてくる彼女

断ろうにも
『ねぇ、聞いてる?』とド至近距離からの上目遣いに敵う相手などいるはずもなく


なので逃げることにした



「あのー」

『なに』

「食器を洗いたいから少し休憩を…」

『やだ』

「少しだけでいいんだけど」

『本読みたい』



いつになく粘る彼女



「お願いだよ、ね?」



でも僕も負ける訳にはいかない
しつこく交渉を続ける



『はぁ、いいよ』



ついに彼女からの承諾がおりた

本を置き立ち上がる



『じゃあ、手上げて』



素直に両手を上に



『ん。いいよ』



彼女はなにも言わず僕の後ろから抱きつく

予期せぬ展開に僕の思考回路はパンク寸前

でも先程の宣言を無下にすることなどできず
バックハグをされたまま食器を洗う







終わるとまたソファへ逆戻り

先程と同じように彼女は僕の膝の上に

僕は言われるよりも先に本を取ろうと手を伸ばす



『なにしてんの?手を伸ばして』



あ、順序ってもんがあるんですね

黙って彼女の命令に従う



しかし、いつまでたっても次の司令がない


すると彼女は僕の腕を掴むと
自分の首に巻き付ける



「飛鳥ちゃん?」

『さ、寒かったの』

「えっ、冷房効きすぎてた?」



慌ててリモコンを取ろうとする僕の腕は
すぐさま彼女により妨害される



『いい。マフラーしたから』



満足そうな表情の彼女



また無言の時間が始まる

でも苦じゃない



「今日はごめんね」

『いいよ』

「予定、早めてもらうからさ」

『別にいいんじゃない。1年1ヶ月記念日でも』

「そっか」



僕の腕を更にきつく抱きしめる



いつも会える時間が限られているから
こんな時間が永遠に感じる


こうやってもっと甘えてほしいけど
君は絶対に嫌うだろう

だから今日だけでも





「もっと頑張らなくっちゃな…」



君に似合うパートナーになるために








『いいよ、私はパンとタマネギだけで』

「え、質素すぎない?」

『はぁ。…ばか』


そう笑う君は
いつもの呆れ顔だったけど
少し幸せそうな笑顔だった気がした










彼女の言葉を理解したのは
それから数日後の出来事



あれは彼女なりの愛情表現だったのだろうか?






違うとしてもそういうことにしておこう






だって、僕も一緒だから







〚あなたと一緒なら〛
〚パンとタマネギだけでいい〛





























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