3月1日(就活解禁日)
今日、第一志望の企業に落ちた。
一次面接も二次面接も、10時には来ていた結果を知らせるメール。
今回は正午を回っても来なかった。
もしかして落ちた感じなのか?いや、最終まで行って落とされるなんてことある?いや、でも…だけど…
考えたって仕方ないが、考えずにはいられなかった。
そのときの私の人生において合否の結果以上に気になることなど何もなかったのだから。
キリキリと痛む腹をさすりながら普段はつゆ知らずと過ごしている神に祈る。
日頃から罰当たりなことばかりしているため祈ったところでがん無視される気がするが、きっとしないよりはしておいたほうがいい。
やって後悔するよりやらずに後悔するほうがしんどいと、よく言うではないか。
腹をさすりながら神に祈り、朝から数十回は見たであろうメールBOXをみる。
12時過ぎ、待ちわびていたメールがやっと届いた。
遠慮がちなお祈りメール。
御社に私はいらないが、今後の活躍は祈ってくれるそうだ。
なんだてめえこのやろう!!…怒ってみたところで悪い奴なんか1人もいないし、強いて言えば落とされた私が悪い。
だけども無性に腹がたつ。あんなに頑張ったのに。
地道に積み立ててきた何かが一瞬にして0になったとき、
人間はこんなにもダメージを負うのか。今日まで知らなかった。
恋愛映画とか、青春映画の、あの、非常に爽やかでメジャーな感情をバカにし続けてきたはずなのに、悔しいとか悲しいとか、そんな人並みな感情にコテンパンにやられている。
悔しくて泣きそうだなんて、いつぶりだろう。
ムカついてムカついてしょうがない。
喉のあたりで何かがドロドロと動いて私に蓋をしている。
気持ち悪い。
振られることが怖くて、傷つかなくて済むことで傷つきたくなくて、告白というものを避けて通ってきた私。
今回の面接は、いうなれば、そんな私の初めての告白だった。
まあ、男じゃなくて、株式会社だったんだけど。
「あなたが好きです。働かせてください。」
勇気を振り絞って、で、振られた。
最後の最後で。大本命に、振られた。
面接練習もしたし、企業研究もした。
歴史は大の苦手なのに企業年表まで頭に入れた。
別に行きたくもない社長セミナーにまで行った。
なのになぜ落ちた、私。
泣きたくないのに眼球がじんわりと熱くなってくる。
でも泣くわけにはいかない。
だってそのときは、彼氏の家で、彼氏と、彼のおばあちゃんと三人でお昼ご飯を食べていたのどかな昼下がりだったから。
彼らのうららかな午後を、私の涙が邪魔することは許されない。
許していないのは私なんだけど。
そもそも、彼氏の親族の前でワンワン泣けるほどの勇気を、私は持ち合わせていない。
いつも、優しく明るく可愛い彼のおばあちゃん。
頻繁に泊まりにくる私のことを心から好いてるわけではないってこと、むしろちょっとどうかと思ってること、私は知っている。
他人の気持ちに薄々気づいてしまっているとき、
どう接するのが正解なのだろうか。
わからないしなによりめんどくさい。
いろんな感情とか考え事とかが頭の中にどさどさと流れ込む。
ちっちゃい子がおもちゃ箱をひっくり返したあとみたいな、
あのごちゃごちゃが私の頭の中で繰り広げられている。
泣きたい。
このごちゃごちゃを掃除してくれるのは涙しかない。
無理やり笑ってしまったら、この感情は、
きっとずっと散らかったままに、悲しいままになってしまう。
というか、今にも泣いてしまいそうだ。
自分の皿を流しに持って行ったついでに、2階にあるトイレに行った。
1人になった瞬間、安心したかのように涙がぽろぽろこぼれて止まらない。
ああ私、私が思っていた以上に本気だった。
頑張っていた。
そのことを再確認してしまうたびに涙にエンジンがかかる。
高校受験も大学受験も、楽勝そうなとこばかり選んで余裕かましてきた分、
今回の挫折の傷は相当深くて広い。
自分でも、触るのが怖いタイプの傷だ。誰にも触れられたくない。
トイレの床に座り込んで、彼氏に買ってもらったスマホを握りしめた。
来月奴は車を買うらしい。
社会人すげえ。
社会人になる切符をつかみ損ねた私とは大違いだ。
初めての大失恋。
奴の財力でさえ、私を傷つける材料になった。
卑屈になりながら泣いてるうちに、なんだか母の声が聞きたくなった。
困難多き人生を歩んできた母は、いつも私の悩みを笑い飛ばす。
普段ならば、むかつくことのほうが多いが今は笑ってほしかった。
そんなくだらないことで泣くなと言われたかった。
しかし電話をかけても母は出ない。
コールの音を聞いているうちに、
なんかもういよいよ一人ぼっちな気がしてまた悲しくなった。
ぐじゅぐじゅする鼻をかんでいると、誰かが階段を上ってくる音がした。
彼だ。
追いかけてほしい時はグースカ寝てるくせに、
なぜこんな時に限って近くに来るのだろうか。
男の子というのはいつだってタイミングが悪い。
せっかくの彼氏なんだから胸を借りて泣かせて貰えばいいのだが、
簡単にそれをしてしまうのは、なんか、違う。
私にだってプライドが、ほんのちょっとだけあるのだ。
だから奴に聞こえないように小声で泣いた。
声を出さないようにしても、嗚咽は空気を震わせてしまう。
誰にも聞かれたくない、みっともない私のみっともない泣き声。
ああ、せっかく普段よりいいアイシャドウを付けているというのに台無しだ。
似合わない黒髪も、顔が大きく見える一つ結びも、かわいくもなんともないスーツも、ちゃらんぽらんな私のちゃらんぽらんとは言い難い努力も、全部全部台無しだ。
だいたい、二階に上がってきた割に
一言も声をかけてこないとはどういうことだ。
一人にしてほしいとは思うが、実際一人はさみしいのである。
理不尽だとは思うが、ちょっと腹が立ってきた。
トイレをでて彼の部屋に入ると、
奴はベッドの上でスマホをいじっている。
許さん。
彼女が本命に振られてトイレに引きこもっていたというのに
スマホをいじるなんて、冷たすぎるではないか。
私の怒りをよそに、奴は「おいで」と手を広げてきた。
怒りと愛しさを込めてベッドにもぐりこむ。
目が赤いことも、目の周りのキラキラが取れていることも、
きっとバレバレだ。
私、今、すごくかっこ悪い。
というかダサい。
一発合格して本命の下で働く未来しか見てなかった。
大学4年に上がる前の、早期選考。
ちょっと早めの内定カッケェな!とか思ってた
まさか、最終面接で落ちるなんて、
男の腕の中でメソついているなんて、考えてもいなかった。
恥ずかしいし悔しいし情けないしで、消えてしまいたい。
ただ、私より大きい掌に頭をなでられて、私より硬い胸に顔をくっつけて、私よりしっかりしてる「大人」といえる人間の腕に包まれている。
その安心感の大元に引き止められて、私はこの先どこにも行けない気がする。
この人の姿を見ることができないくらいの遠くには、私は行けないのだろう。
悲しいやら安心するやら悔しいやらやっぱこいつ好きやらで
いよいよ涙は止まらなくなった。
奴が着ている2万円したというパーカー、私を抱きしめることにより2万円のティッシュに早変わりしているが、大丈夫なのだろうか。
鼻水と涙ですでにカピカピになっているが、怒らないでくれるだろうか。
そもそも、せっかくの休日なのに彼女である私が泣いているなんて大変申し訳ない。
が、泣き止もうと思えば思うほど、脳は泣かせる材料を脳裏にうつしてくる。
もう見たくなくてすぐに消してしまったお祈りメール、スマホから消しても脳みそからは消えてくれない。
どうしてくれるんだ。涙が全然止まらない。
もしかしたら私は誰から見てもダメな人間なのかもしれない。
これから受ける全部の会社から不合格と言われてしまうのかもしれない。
私はあと何回「お前はいらない」と言われてしまうのだろうか。
そう思うと怖くてしょうがなかった。
もういっそのことこのまま泣いて泣いて泣き続けたいと思った。
泣き疲れて眠ればすべてが夢だったことになるのではないか。
そんな期待をちょっと本気でしていた。
結果から言うとならなかった。
そんな現実がしんどくてまた泣いた。
布団の中の、さらに彼の腕の中で、メソメソし続ける私。
そんな私に、なぜ落ちたくらいで数時間にわたって泣くのかと奴は聞いてきた。
うるせえ。
高校出てすぐに働いたお前に私の気持ちがわかるか。
大学まで出たのに本命に振られた私の気持ちが。
お前が働いていた間、私は遊んでたんだよ。
お前は偉いのに私は最低なんだよ。
だいたい、私とお前は同い年なのに差がありすぎるんだ。
悔しいよ。ムカつくよ。
大卒とか高卒とか考えたくないしこの先も考えないでいようと思うよ。
だからお前もそう言うの考えないでよ。
「大学出たくせに」とか、一生思わないし言わないって約束してよ。
何が言いたいかわからなくなったよ。
ごめん。ごめんね、私なんかの涙を受け止めてくれて本当にごめん。
謝りたいことも怒鳴りたいこともたくさんあるけど、
何をどう伝えればいいのかわからない。
きっと、どれも伝えなくていいことなんだけど。
間違い無く、私はここ数年で1番弱っている。
黙っている私に「もし全部ダメだったら養ってやる」と奴は言う。
この前私に「専業主婦にはしてあげられないから」と、言ったのをもう忘れたのだろうか。
こいつきっと紛れもないバカだ。
私はこんなバカのことが、どうしようもないくらい好きでたまらないのだ。
そう思うとなんだか情けないしアホくさい。
微妙な気持ちを抱えて微妙な面持ちでいる私の顔を見て、奴はむくんでいると笑った。
私の怒りをよそに、夕飯の買い出しに行くらしい。
ムカつくが、もちろんついていく。
だって、欲しいものを買ってくれるって言うから。
奴の自転車の後ろにまたがって腰に腕を回す。
泣きすぎて喉が熱く渇いていた。
奴の背中にしがみついて、買ってもらったジュースを飲み干す。
泣き疲れてカラカラになった私の体に、
ひんやりとした桃の味が染み渡っていく。
さっきまであんなに泣いていたことがなんかちょっと嘘みたいだ。
もちろん、まだ全然悔しいし悲しい。
だけど、笑えてる。
この人がいなかったらきっと私は、
今日を一日泣き暮らして過ごしたのではないだろうか。
今、私が笑っているのはもしかしてもしかすると、
こいつのおかげなのかもしれない。
そう思って感謝しかけた矢先、
「俺がいなかったら今日一日泣いてたでしょ」とにやにや聞かれた。
男の子って、ほんとにタイミングが悪い。
でもなんだかな、
たとえこの先、企業に、社会に、振られまくったって、
残念ながらご期待に添えない結果となったって、
よそでの活躍を祈られたって
私はきっと大丈夫だ、だって涙はもう蒸発した。
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