自分が「身体の中」にいない衝撃
このお話しの続き。
2018年11月にmanakiのワークショップに行って、初めて孝先生と出会い、manakiを体感することになった。
どんなものかもわからずに、あまり期待もせずに、本当に楽~な感じでフラットに参加した。それが号泣することになるとは・・・・
気功と言うと、「気を流す」というイメージがあって、自分と繋がるというよりは「天と繋がる」みたいなイメージを持っていた私。
だけど、このmanakiは全く別物だった。何かと繋がるのではなく「自分と繋がる、自分に還るツール」「自分を感じるツール」だった。何か不思議なものとか、イリュージョンのようなものではなくて、ものすごく現実的に「自分の肉体を」「今ここ、この瞬間」自分に還るというシンプルで深いツールだった。
最初にmanakiが生まれたルーツや、孝先生の体験を聞いていた時、始まってすぐなのに大号泣してしまったのだ。まさかの大号泣に、自分が一番びっくりした。
何に反応したかというと、私がずっと抱えていた深い深い苦しみと同じ体験をしていたことだった。そして、manakiによってその苦しみから乗り越えたいたことだった。
その苦しみとは。
私は自分の中に居場所がなかった。自分がいれる場所が自分の中にないから、常に外側の世界に居場所を求めた。自分が存在していいという承認が出来ていないから、誰かの願いを叶えることで外側の世界に居場所を作っていた。完全に自分の中にいない、お留守の状態だった。
それは苦しいことだけど、見ないように見ないようにしてきた。見てしまうと苦しいから。だからもっともっと外側に意識を向けて、周りの人に意識を向けて周りの人の為に生きる自分のことが大好きだったし、役に立てる自分になることばかりを追い求めていた。
そんな人生を過ごしていたら、身体と心はボロボロになるはずで、ようやくそこに気付いて自分の中に戻ろうと仕事を辞めて休息をとっていた時だったのだ。だけど、どうやったら自分の中に戻れるのかわからない。自分の中にいないけれど、外側に求めるのも辞めた、だからどこにも居場所がなくて、ただただ怖くて怖くてブルブル震えている時期だったんだ。
そんな私の状況を知っていた、るーさんがこのmanakiが私に必要と誘ってくれた直感には、本当に脱帽だった。
意識はいつも「ここ」にいないでお留守になる。未来を考えたり、過去を考えたり、人のことや外側のことを考えたり。「今ここ」にいることって、現代の社会ではとっても難しい事な気がした。
だけど、manakiに触れた時に、少し「今ここ」を感じれたんだ。その時に、ほっとしたんだ。これを続けていれば、私は自分の中に家を見つけて、還ることが出来るかもしれない。いや、孝先生が実際に体験しているから還れると、すごく嬉しくなったことを覚えている。
最後にシェアをしている時にも、号泣をしてしまった。自分の中に居場所がないこと、本当は子供の頃から居場所を追い求めていたこと、これこそが私の願いだったことを話していたら、もう自然と涙が溢れて仕方がなかった。そして、その話を聞いてくれた孝先生は、体験者だから私のこの苦しみを心の底から理解してくれているのがわかって、「わかってくれる人がいる」「この苦しみをわかってくれる人がいた」そのことで、ものすごく救われたことを昨日のことのように思い出す。
manakiを1回受けただけでは、体得できない。これは続けて受けたい。半年コースを考えていると聞いて、ぜひ実現させて欲しい、そして実現した時には参加しますと、るーさんが初めてmanakiと出会った時のように、私もキラキラした目で言っていた。
そして願いは叶えられ、2019年2月から半年コースが始まった。京都に住む孝先生から、京都に行かずして東京で受けられる幸せを噛みしめながら、自分のお家作りが始まったのだった。
(つづく)
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