ねここと魔法

 ■ねここと魔法
               もときち
登場人物


子猫(ねここ)

  
公園に居着く子猫。

いつも周りの人間にご飯の施しを受けている。人間好き。

いつも、自分の大好きな煮干しをくれる隆人のことが好きになる。

恋に対しては一途、真っ直ぐ。アプローチは大胆。

他人に関しては、好きか嫌いの2つの感情しか持ち合わせていない様子。

隆人(りゅうと) 

 
猫好きの大学生。

野良猫のためにいつも煮干しを持っている。

近所の公園は散歩&読書スポット。のんびり屋。にぶちん。

恋愛に対しては奥手。

芽衣子に関してはかすかに異性として意識はしているものの、

小さい頃からいるせいで今更男女として考えるのも恥ずかしいと思っている。

芽衣子(めいこ)  


隆人の幼なじみ。

隆人と同じ大学(学部は違う)

同じように猫好きなのだが軽くアレルギーがあるようで、

長い時間猫といるとくしゃみが出てくる。

心配性。ネガティブ。だが一途。

小さい頃から隆人のことが好きなのに、幼なじみの関係から進めない。

猫神様(ニャ太郎)

公園の野良猫のボス。ねここの親代わり。

長く生きている分、人間に対して懐疑的。ねここに対しては目も開かない頃から可愛がっているため、何かと甘い。魔法が使える。性格は、慎重かつ大胆。ねここが人間になるにあたり、自分もこっそり人間になってフォローする。


○公園・ベンチ
子猫M 昼寝から覚めて、空を見ると、お天道様は丁度公園の池の脇の時計台にさしかかる頃だった。お昼も過ぎて、少しだけおなかがすいてくる時間。今日も彼が来る頃だ。私は草むらから這い出ると、彼がいつも座るベンチがよく見える物陰でじっと息を潜めた。
 来た!今日も彼が来た!彼はいつもと同じように本を抱えてやってきて、いつもと同じようにベンチに腰掛け本を読み始めた。
隆人「お、いつもの子だ。よしよし、おいで」
子猫M この人は私の大好きな隆人さん。いつも、人畜無害な優しい笑顔で私のことを招き寄せてくれる。私は彼のその笑顔が大好きだ。だから、彼の座っているベンチの横に座ろうと物陰から飛び出す。
 …待て、思い出した。「奴」は今日は来ていないか?
隆人「あれ?どうかした?」
子猫M 私はダッシュで飛び出した足を止め、まわりをきょろきょろと見回した。
隆人「おーい。お前の好きなものはこっちにあるぞー」
子猫M 彼が私の大好きなものを取り出して呼んでいる。が、今はそれより「奴」が来るかどうかだ。「奴」が来てしまうと、彼のことを独占できなくなってしまうし、なにより逢瀬の時間が短くなってしまう。
子猫「ふ〜、ふ〜(威嚇)」
隆人「?」
子猫M よし、いない。私センサーによるときっといない。目視もオッケー、ニオイもオッケー。耳を澄ませても…大丈夫。「奴」の声は聞こえてこない。私はほっと胸をなで下ろすと、彼のベンチの横に駆け寄った。
隆人「今日のおやつはいつもと違って高級品だぞー。ほら、この銀色の輝き。某ゲームの「金のにぼし」ならぬ、まさにこれは「銀のにぼし」って奴だな。な、猫ちゃん」
子猫「にゃーん(喜び)」
隆人「お?気に入った?たくさんあるからどんどん食べてな」
子猫M 彼の大きな手が、煮干しを食べる私の背中を優しくさする。あぁ、どうしてこの人の手のひらはこんなに暖かくて気持ちいいのだろう。まるで、ぽかぽかした日だまりのような…そう、うっとりしちゃうからいつまでもいつまでもこの手の中に包まれていたいような…。
芽衣子「隆人ー」
子猫M ちっ!油断してたら「奴」が現れた。
隆人「お、芽衣子。早かったな」
芽衣子「まあね、今日は教授の話が短くて助かっ…(た)」
子猫「ふー!ふー!(威嚇)」
芽衣子「この子、どうしたの?」
隆人「いや、よく分からん。さっきまでごろごろしてたのになぁ」
子猫M こいつは芽衣子という、私と彼の関係を壊そうとする悪い奴だ。こいつもどうやら、隆人さんに気があるらしい。
 なによ、この泥棒猫!私と彼の甘い時間の中に割って入りやがって!
隆人「あれ?毛が逆立ってきた」
芽衣子「隆人、変な撫で方したんじゃないの?」
隆人「そんなことするわけ無いだろ?」
子猫M この人がそんなことするわけ無いじゃない!くらえ!
芽衣子「あれ?しっぽではたかれてる…」
隆人「しっぽをぱたぱたしてるってことは、遊びたいんじゃないか?」
芽衣子「…そっか。一瞬この子に嫌われているのかと思った」
隆人「こんな可愛い猫ちゃんがそんなこと思うわけ無いだろ?芽衣子も煮干しあげてみなよ」
芽衣子「う…うん」
子猫M 「奴」が彼から煮干しを貰い、私の前に差し出した。…なによ。そんな煮干し差し出したって、私はそんなのに乗らないんだから。まったく、そんな大きくてキラキラした煮干し差し出したって私はアンタから貰わないんだからね。そんな歯ごたえも良さそうな煮干しだからって、囓ったりしないんだからね。そんなちょっとおいしいからって喜んだりしないんだからね。そんな…
芽衣子「あ、食べた」
子猫M しまったー!
隆人「な?やっぱり可愛いだろ?」
芽衣子「うん…でも、ホントに隆人になついてるよね、この子」
子猫M そりゃそうですよ。私は彼にぞっこんなのですから。
芽衣子「ねえ、隆人」
隆人「何?」
芽衣子「この子、飼ってあげたら?」
子猫M 彼と暮らす!そうか!私、彼の飼い猫になればいいんだ!
隆人「うん、まあそうだけど…俺飼ったら、お前うちくるとき困るだろ?」
芽衣子「あー…長居はできないかな」
子猫M あ…そうだ。飼い猫になっても、猫でいる限りこいつか彼のそばに付きまとうんだった…
隆人「お前、猫アレルギーだもんな」
芽衣子「あ、でも軽い症状だから、マスクしていれば大丈夫だよ」
子猫M こいつを彼から遠ざけて、彼を独占するにはどうしたら…
隆人「(だんだんOFFっぽく)お前子どもの頃から動物アレルギー結構あったもんな…」
芽衣子「(だんだんOFFっぽく)うんでも、だいぶ症状も治まってきたんだよ…」
子猫M 飼い猫になって彼と一緒にいられたとしても、こいつが常に一緒にいる…いっそ彼の恋人になれば、独占できるんじゃ…そうか!恋人になればいいのか!
隆人「(OFFっぽく)そういえば、小学校の頃、アレルギーなのに飼育係になったときは大変だったよな…」
芽衣子「(OFFっぽく)あの時はマスクにゴーグルしててもくしゃみが止まらなくて…」
子猫M 人間になって、彼に告白して、彼を独占したい。それが、私が抱いたたった一つの大きな野望だった。

○猫の世界
子猫M 猫の世界はアヤカシの世界。普通の猫もいれば化け猫もいる。私たちの村のボス猫は、何と魔法の使える化け猫様。みんな、「猫神様」って呼んでいる。
 猫神様は、私たちのボスでもあるけれど、私にとっては父親みたいな存在。猫神様なら、私を人間にしてくれるかも知れない。私はいてもたってもいられなくなり、猫神様に相談をしに行くことにした。
猫神「…人間に、なりたいとな?」
子猫「はい。猫神様、願いを叶えていただけますか?」
猫神「ふむ…不可能ではないが…なぜじゃ?なぜ人間になりたがる?」
子猫「それは…実は人間に、恋してしまったからです」
猫神「ふぅむ…」
子猫「だめ、ですか?」
猫神「駄目ではないが…人間のどこがいい?」
子猫「彼らはいい人です。誰にでも優しくて、それに、手のひらはとても気持ちがいいです。たしかに、ちょっと気にくわない人もいますが、煮干しのセレクトは良いです」
猫神「人間は怖いぞ」
子猫「そうなのですか?」
猫神「うむ…なんたってなぁ、彼らは気まぐれだ」
子猫「そうなのですか?」
猫神「そうだ。奴らはいつもご飯をくれると思うだろ?だがな、それが奴らの思うつぼなんだ」
子猫「はい…」
猫神「気まぐれでご飯をくれたりくれなかったり、ましてやご飯の種類まで変わったりするのだぞ」
子猫「なんと…」
猫神「そして彼らがワシらを気まぐれに撫でたりするだろ?」
子猫「そうですね…」
猫神「奴らは手のひらから時折静電気を発したり、爪で引っかけたりするんだぞ」
子猫「…そうでしょうか?」
猫神「だから、安易に人間を信じてはいかん」
子猫「でも、彼に限っては、そんなことありません」
猫神「それは、その男のほんの少しの一面かも知れんぞ?」
子猫「それは…わかります。でも、私は信じたいです。あの人のことを好きになったこの気持ちを信じたいです」
猫神「そうか…そんなに人間になりたいのか?」
子猫「はい。人間になりたいです」
猫神「どうしてそこまでこだわる?」
子猫「それは…人間にならないとちゃんと自分の気持ちを言葉で伝えられないからです」
猫神「なるほど…そこまで思っているのか」
子猫「はい。お願いします」
猫神「では…ワシの力を分けてやろうか。…人間に変身するときの条件は知っているだろうな?」
子猫「ありがとうございます!…条件…」
猫神「人間になれるのはたった一度。変身したことは誰にも知られてはいけない。知られてしまったときは…」
子猫「ときは…?」
猫神「その瞬間、魔法は解け、猫に戻ってしまう…」
子猫「…(安堵)それだけか…」
猫神「甘いぞ。戻った瞬間、人間のときも、その前の猫の時も含め、生まれてからの記憶を全て失う…」
子猫「うぅ…」
猫神「どうだ?それでも人間になりたいか?」
子猫「…なります。人間に、ならせてください」
猫神「…よろしい。それでは、額をこっちに向けて…」
子猫M 言われるがまま、私は小さな額を猫神様のほうへ向けた。猫神様も私のほうへ額を向けると、なにやら小さく唱えながら額を合わせてきた。
 その瞬間、私の視界はぱちっと白くはじけ、そのまましばらく、気を失った。

○公園・ベンチ
芽衣子「ねえ、大丈夫? 大丈夫??」
子猫M 暗闇の中、誰かの声がする。いったい誰の声だろう。せっかく気持ちよく寝ているのに…
芽衣子「だいじょうぶー?」
子猫「うーん…」
芽衣子「起きて、こんなところで寝てたら危ないよ」
子猫「煮干しおかわり…はっ!」
芽衣子「良かった、気がついて。ねえ、具合悪いの?あなたずっとこのベンチで気を失ってたのよ?」
子猫「お前は!」
芽衣子「急に動いたら危ないわよ」
子猫「大丈夫だニャ!お前の施しなんて…」
子猫M あれ?
芽衣子「大丈夫?」
子猫M 言葉が通じてる…
芽衣子「?」
子猫「本当に…」
子猫M 私はベンチから飛び起きると、目の前の池の水面をのぞき込んだ。水面に映るその顔は、いつもの猫の顔ではなく、初めて見る人間の、少女の顔だった。
子猫「ニャニャニャニャニャ…夢じゃないニャ…」
芽衣子「何か悪い夢でも見てたの?」
子猫「悪い?まさか、こんな良い夢はないニャ!だって本当に人間に…」
芽衣子「?」
子猫「んぐぐ…」
芽衣子「ねえ、本当に大丈夫?顔色が悪いわよ」
子猫「ゆ、夢は誰にも言わないんだニャ。だから、私は大丈夫なんだニャ」
芽衣子「あはは…元気そうで良かった」
子猫「良いの?お前、じゃなかった芽衣子はライバルなのに?」
芽衣子「ライバル?」
子猫「あ…うぐ…何でも無いニャ」
芽衣子「どうして私の名前を?」
子猫「ぐぐぐ」
芽衣子「ねえ、あなたの名前は」
子猫「ねこ」
芽衣子「え?」
子猫「違った…えと…ねここ」
猫神「…見ちゃおれん…」
芽衣子「ねここ?珍しい名前…」
子猫「ぐぐ…」
芽衣子「でも、可愛くていい名前」
子猫「え?」
猫神「あー、もしもしちょっとすいま千円」
子猫M その時、近くの茂みから見知らぬ人が出てきた。…でも、どこかで見たことあるような…。
猫神「ねここ、探したんだぞ。…あ、私、こいつの兄なんですが、ちょっとまだランラン…混乱しているみたいで、すいませんね〜」
芽衣子・子猫「え?え?」
猫神「ほら、ねここ。ここは一旦引き上げるぞ」
芽衣子「ねここさんのお兄さん?」
猫神「はい、起こしてくれてどうもありがとんこつ…」
隆人「(遠くから)芽衣子〜」
子猫「ニャニャ!」
猫神「いかん、このままでは収拾がつかなくなる!勇気ある撤退!」
子猫「隆人さん!」
猫神「ねここ、一旦帰るぞ!」
子猫「ニャニャ〜」
芽衣子「あの、お兄さんの名前は…?」
猫神「ニャ?え?ニャ、ニャ…ニャ太郎です。では、失礼しマッスル〜」
子猫「ニャ〜〜〜」
隆人「…今の人たちは?」
芽衣子「…さあ…」

○公園・茂み
猫神「甘い!甘すぎる!誰にも知られてはいけないと言っただろう?」
子猫「せっかく、隆人さんが来たのになんて事してくれるニャ!」
猫神「さっきから何回猫だってばれそうになってるんだニャ」
子猫M 目の前の自称兄は、険しい目で私のことを見ている。あれ?この顔…どこかで会ったような…
子猫「ね、猫神様??」
猫神「左様。心配になって様子を見に来てみれば…まったく嘆かわしい」
子猫「自分だって「ニャ太郎」とか言ってたくせに…」
猫神「に、ニャ太郎のどこが悪いんじゃ。キュートで可愛い名前じゃろうが」
子猫「ふーん…」
猫神「な、なんじゃ…」
子猫「しかも、私の兄って勝手に…猫神様は私のお父さん的な感じじゃない?」
猫神「見た目は兄だろ??」
子猫「うーん…まあ、わかった」
猫神「お前、本当に言動には気をつけるんだぞ。さっきみたいな調子では、すぐ猫だってことがばれて、お前が好きな人に思いを告げる前に魔法が解けてしまうぞ」
子猫「うぐぐ…さっきは心に余裕が無かっただけだニャ。今度はうまくやるニャ」
猫神「心してかかれよ。ばれてしまったら一瞬にして全てが終わるからな」
子猫「はい…心して、かかります」
子猫M それから私と猫神様は綿密な打ち合わせをし、「ねここ」という一人の女の子の設定を完璧に練り上げた。
 名前は「池野ねここ」年は16歳の高校生。趣味は昼寝。特技は煮干しの産地あて。現在親元を離れ、兄の家に居候中…完璧。
 そして、前回のように慌てて混乱することのないよう、質疑応答をシュミレーションし、私は改めて、猫の頃に通っていた公園のベンチで彼を待つことにした。

○公園・ベンチ
子猫「はぁ…緊張するなぁ。そもそも、告白って「好きだニャ!」って言えばいいんだっけ…それから、人間のデートって、何すればいいんだろ…あ、お天道様が時計台にさしかかった。そろそろ来るかなぁ…」
芽衣子「あれ?…ねここ、ちゃん?」
子猫「げ!お前…じゃなかった、芽衣子さん」
芽衣子「こんにちは。今日は、お兄さんは一緒じゃないの?」
子猫「あ、き、今日は兄は仕事でいないのですニャ」
芽衣子「誰かと待ち合わせ?」
子猫「ま、待ち合わせ…というか、好きな人に会いたい…っていうか」
芽衣子「え…あ、そうなんだ。邪魔しちゃったかな…」
子猫「いいんだニャ。…そうだ、芽衣子さんに、聞きたいことがあるんだニャ」
芽衣子「…なに?」
子猫「芽衣子さんと、いつもこの公園で一緒にいるお兄さんは、いったいどう言う関係なんだニャ?」
芽衣子「え?…隆人のこと?」
子猫「はい」
芽衣子「…そ、それは」
子猫「教えて欲しいんだニャ!」
芽衣子「…ひょっとしてねここちゃんの好きな人って…」
子猫「今はそれは関係ないニャ!」
芽衣子「私たちは、ただの幼なじみだよ…。それ以上も、それ以下も…ないよ」
子猫「本当??」
芽衣子「…うん。そうだよ」
子猫「じゃあ、好きでも何でもないんだニャ?」
芽衣子「え?…あ…それは…」
子猫「そう…あーよかった。安心したニャ」
芽衣子「ねここちゃんの好きな人は…」
隆人「おーい」
子猫「隆人さん!」
隆人「あれ?君は確か昨日の…」
子猫「はい!池野ねここです!」
隆人「どうして俺の名前を…?」
子猫「私、ずっと、この公園で隆人さんのことを見ていました。突然ですが、大好きです!」
芽衣子「!……」
隆人「え?…ええ??」
子猫「なので、デート、してくれませんか?」
隆人「……」
子猫M とうとう言った!ちゃんと人間の「言葉」で、「気持ち」を伝えたニャ!
 …けれど、隆人さんはなぜか少し困った顔をしながら私と奴のことを交互に見るばかり。
奴…芽衣子に至ってはうつむいてしまってどんな顔をしているのかは分からない。何?告白って、ハッピーな事なんじゃないの?
隆人「…えと…」
芽衣子「デート、してくればいいじゃない」
子猫「ニャ?」
隆人「芽衣子…」
芽衣子「この公園の定番と言ったらボートだから、今から乗ってきたら?」
子猫M そうか!みんなが乗っているあのボートは、デートだったんだ!
 私は、芽衣子の言葉を聞くや否や、隆人さんの手を引いて、掛けだしていた。

○手こぎボート
隆人「ねここちゃん、大丈夫?」
子猫M ボートがこんなに水面に近く、なおかつ揺れる、危険な乗り物なんて知らなかった。芽衣子め…まさか、私が水が大の苦手なのを知っていて、ボートに乗せたのか…?
隆人「なんだか顔色が悪いよ?ひょっとして、ボート苦手だった?」
子猫「そ、そんなことないんだニャ!隆人さんとデートできてとっても楽しいんだニャ!
…でも、ボートがこんな乗り物なんて知らなかったんだニャ…」
隆人「そっか…」
(暫しの間)
子猫「隆人さん」
隆人「…あ、なに?ねここちゃん」
子猫「ぼーっとしてるから…何、考えてたんですか?」
隆人「あ、いや。俺、あまりこういうこと慣れてないから」
子猫「そう…なんですか?」
隆人「うん…そうだ、ねここちゃん」
子猫「何ですか?」
隆人「好きなことは?」
子猫「昼寝ですっ!」
隆人「ああ…うん、昼寝、いいよね」
子猫「あと、煮干しの産地当てが得意ですっ!」
隆人「ああ…うん、変わってるね?」
子猫「…そう、ですか?」
隆人「煮干し、食べる?」
子猫「いいんですか!?」
隆人「いつもはこの公園にいる猫ちゃんにあげてるんだけど、今日は出かけているのか見かけないからさ…」
子猫「大丈夫です!それならここに…」
隆人「?」
子猫「んぐぐ…同じくらい煮干しが大好きな私がいますから」
隆人「じゃあ、これはねここちゃんの分。これは、猫ちゃんの分」
子猫「はーい。いっただきまーす!んぐんぐ…これは、香川県は伊吹島の煮干しですニャ…」
隆人「……」
子猫「隆人さん」
隆人「…ああ、ごめん」
子猫「またぼーっとして…それに、悪いことしてないのに謝らないでくださいニャ」
隆人「…ごめん」
子猫「ほらまた…何を…考えてたんですか?」
隆人「……」
子猫「誰を…考えてたんですか?」
隆人「…ごめん」
子猫「また…。心配ですよね、一人で待たせて。私が隆人さんを、強引に連れてきただけですし」
隆人「…それは」
子猫「ごめんなさい、私…一人で先走っちゃって…」
隆人「……」
子猫「さてと、帰りましょうか?」
隆人「え?」
子猫「違いますよ、私、ボート苦手だから…ちょっと酔っちゃったみたいで…」
隆人「ねここちゃん…」
子猫「やだなぁ、暗くならないで下さい。私、とっても楽しいんですから…」
子猫M そう言った途端、私の目に何かが溢れ出た。
隆人「…泣いて…」
子猫「違いますよ、風が吹いて、目に何か入っただけだニャ。泣いてなんか無いです」
隆人「……(ポケットを探る)」
子猫「知ってますよ。隆人さん、煮干しはいつも持ち歩いているのに、ハンカチやティッシュはいつも忘れてる。こういうときに女の子に差し出せると、もっと好感度上がるかも知れませんよ」
隆人「ねここちゃん…」
子猫「でもね、私はそんなかっこわるいけど優しい隆人さんのことが、ずっと好きでした」
隆人「……」
子猫「帰りましょう。芽衣子さんも待ってますし」
隆人「…うん」
子猫「…次、もしデートしてくれるなら、今度はベンチでひなたぼっこしたいなぁ」
隆人「…わかった。必ず」
子猫「…ありがとう。あの…」
隆人「何?」
子猫「ボート降りたら、芽衣子さんと二人で話したいの。だから、5分だけ待ってて」
隆人「分かった…」
子猫M こうして、私の人生初デートはあっけなく終わった。

○公園・遊歩道
猫神「ねここ!あの男とデートなんて、やったじゃないか!」
子猫「猫神様…」
猫神「…?どうしたんじゃ?」
子猫「ううん。何でも無い。私、がんばったよ」
猫神「ああ、ああ、見てたよ」
子猫「だから、芽衣子さんに話してくる」
猫神「うん、うん…ん?」
子猫「猫神様、今まで色々本当に、ありがとうございました」
猫神「ねここ…?」
子猫「猫神様も、大好きだよ」
子猫M 私はそう言うと、猫神様に背を向け、彼女の待っているベンチへと一目散に駆けていった。

○公園・ベンチ
子猫「芽衣子さーん!」
芽衣子「ねここちゃん!」
子猫「…はぁ、はぁ、はぁ…」
芽衣子「あれ?隆人は?」
子猫「…どうしても、芽衣子さんと話がしたくて、先に来ちゃいました」
芽衣子「私と?」
子猫「はい。…あの、デート、とっても楽しかったです」
芽衣子「……」
子猫「ずっと憧れてたし、それに…隆人さんのことがさらに分かったし…」
芽衣子「……」
子猫「だから、お返しします」
芽衣子「え?」
子猫「短い時間だったけど、二人でデートさせてくれて、ありがとうございました」
芽衣子「ねここちゃん…」
子猫「悔しいけど、私が好きだった隆人さんは、芽衣子さんと一緒にいる隆人さんだったって事が分かっちゃいました」
芽衣子「……」
子猫「だから、芽衣子さん。隆人さんにちゃんと好きって言って、幸せになってください」
芽衣子「…私は、そんな…ただの幼なじみで…」
子猫「ううん。私、知ってるんですよ。芽衣子さんが、隆人さんを好きだって言うこと」
芽衣子「ねここちゃん…」
子猫「芽衣子さん、公園の子猫によく言っていたじゃないですか。猫が大好きでいつも煮干しを持っている幼なじみの話」
芽衣子「……」
子猫「私がね、隆人さんに興味を持ったのって、きっかけは芽衣子さんの話だったんですよ。煮干しを持ち歩いている人って、どんな人なんだろう…って」
芽衣子「…どうして…」
子猫「あんまり芽衣子さんが隆人さんのことばっかり言うから、私まで本当に好きになっちゃった…」
芽衣子「……」
子猫「芽衣子さん。私の魔法、あげるから、隆人さんと幸せになって下さい。…勇気の出る、魔法…」
芽衣子「…ねここちゃん、あなた…まさか…」
子猫「隆人さんに伝えてもらえますか? 次、あの子に会ったら、「ねここ」って名前をつけて欲しいって。それから…できたら二人に飼われたいって」
芽衣子「…ねここ…ちゃん」
子猫「芽衣子さん、ごめんね。アレルギーなのにいつも毛をまき散らしちゃって。毛繕い、こまめにやるから、芽衣子さんも背中、撫でてね…」
芽衣子「ねここちゃん!」
子猫M 「そういった瞬間、私の視界はまた、人間になったときのように白くはじけ、そのまま意識を失った。

○公園・ベンチ・後日
隆人「あの猫ちゃん、最近見なくなっちゃったな」
芽衣子「大丈夫だよ。またすぐ帰ってくるよ」
隆人「それにねここちゃんもいなくなっちゃうし…」
芽衣子「引っ越すって言ってたよ。だから、最後に告白したかったんじゃないの?」
隆人「そっかー…」
子猫「…にゃーん」
隆人「あ!猫ちゃん!帰ってきたー」
子猫M 私は猫。生まれたときからの野良猫…なのに、なぜだか人間が大好きで、いつも変な奴だって仲間から思われている。
芽衣子「猫ちゃん…ねここちゃん…」
子猫M ベンチに座る二人の人間に背中を撫でられる。何でだろう。二人の手のひらはとっても暖かくて、気持ちが良くて、どこか懐かしい。
隆人「ねここ…か」
芽衣子「ねえ、隆人。この子「ねここ」って名前つけない?」
隆人「えー。ねここが帰ってきたときに紛らわしくないか?」
芽衣子「ねここちゃん、忘れないように自分の名前つけて欲しいって言ってたよ」
隆人「ふぅん…お前たち、そんなに仲良かったの?」
芽衣子「それは、女同士の友情ですし?」
隆人「女子の気持ちはよく分からんな…」
芽衣子「…ねえ、隆人」
隆人「何?」
芽衣子「この子、飼ってあげたら?」
隆人「うん、まあそうだけど…俺飼ったら、お前うちくるとき困るだろ?」
芽衣子「大丈夫だよ。だって、この子、綺麗好きだし、毛繕いもきっとこまめにやるし」
隆人「うーん…なあ、ねここ。おまえうちに来るか?」
子猫「にゃーん」
芽衣子「ほら、行きたいって」
隆人「そっか。よし、んじゃ決定だな」
芽衣子「やった!…はくしょん!」
隆人「芽衣子、大丈夫か?」
芽衣子「うん…平気平気」
隆人「ほら、ティッシュ」
芽衣子「…珍しいね。隆人がそんなの持ってるなんて」
隆人「ねここに言われたんだよ」
芽衣子「ふぅん…」
隆人「さ、こっちのねここちゃん連れて、行こうぜ」
芽衣子「はーい。…ねえ、隆人」
隆人「ん?」
芽衣子「そういう、優しくて…面倒見が良くって…約束守るところ…」
隆人「うん…」
芽衣子「えと、その…好きだよ」
隆人「……」
芽衣子「あ、あの、別にこれは、そういうところがいいなってだけの話で、あの…」
隆人「俺も好きだよ」
芽衣子「…え?」
隆人「芽衣子のこと」
芽衣子「え…あ、うん!」
子猫M こうして私は晴れて「ねここ」と言う名前を貰い、この幸せな二人といつまでも幸せに暮らすことになったのでした。

おわり(ペラ/65枚/約25分)

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