蝉、最終

「そのセミはダメだよ、まだ元気だから。なるべく死にかけのを選んでカゴに入れて。」
私はそう言われると元気に鳴くセミを木に戻した。
私はお寺の奥にある木が入り組んだ所でセミを捕まえているので、たくさんのセミが私を取り囲むオーケストラのように鳴いている。
死にかけのセミを集めて何が楽しんだ、と私は思ったが、祖父が知人に掛け合って私にこの仕事を与えてくれた訳で、文句を言う訳にはいかない。死にかけのセミの方が捕まえやすいし、楽で良いかと自分に言い聞かして、死にかけのセミを探した。

カゴが半分ほど埋まってきた。下の方にいるセミの中にはもう鳴いていないものもいる。しかし仕方の無い事だ。死にかけのセミを集めているのだから。

「ここらで一旦休憩にしようや。」
祖父の知人が言った。
軽く返事をし、私たちはお寺の入り口の方に戻った。彼はラップに包まれたおにぎりを1つとぬるくなった500mlのお茶を軽トラから取り出し、私に渡した。

普段食べている昼食と比べると見た目は良く無かったが、この暑さの中、熱心に死にかけのセミを探した疲れからか味は美味かった。

食べている間、あまり会話は無かった。祖父の知人と言っても、私からしたら全くの他人であるから会話がないのも当然だった。

食事を終え、食事をいただいたことにお礼を言いに行った。彼は少し離れた所で食後の一服をしていた。

お礼を言うと、
「ええよええよ、こちらこそこんな暑いのに手伝ってくれてありがとな。」
と彼は言った。私は感謝されたという少しの安堵からか疑問に思っていた事を尋ねてみた。
「いえいえ。ところで1つお聞きしたいんですけど、なぜ死にかけのセミを集めているんですか?」
と私は聞いた。すると彼は、
「俺もあんまり詳しい事は分からんが、気味の悪い連中が買い取りに来るんだよ。生が消える瞬間を見たいからって。」
私は彼が何を言ってるのか分からなかった。暑さのせいだったかもしれない。しかし、たとえあれほど暑くない時に聞いたとしても意味は分からなかっただろう。
「とにかく、あんたには関係ない事だな。さ、もう一踏ん張り頑張ろう。」
彼はそう続けて私の肩を叩き、カゴを持って神社の方へ戻って行った。

私は彼の言った事を理解するのに混乱していた。生が消える、つまりセミが死ぬ瞬間を見るためだけにわざわざ買取に来る連中がいるのか、と私は考え始めた。考えれば考えるほどその連中が奇妙に思えた。そして、セミが持つ生を彼らが弄んでいるように思い始めて苛立ちも感じた。

そんな事を考えていたが、このカゴだけは埋めようと思い、私は死にかけのセミを見つけてはカゴに入れ続けた。

カゴが埋まる頃には辺りは暗くなり始めていた。
お寺の中にいて、近くには墓石が並んでいるので少し怖くなり私は急いで入口の方へ向かった。

入口には、祖父の知人とスーツをきた男が見えた。

男はカゴの中身を確認している所だった。私はその男がゼミの死を弄ぶ連中の1人だと分かった。

その男が私の方を見ると、私が持ってきたカゴを渡すように言った。私はセミに対して正義感から生まれたのではなく、ただ生を弄んでいるという男が私の目の前にいるという点で憤りを感じた。

「なぜセミの命を軽視しているのですか。」
とその男に私は聞いた。その男は私の言葉を聞いて鼻で笑い、
「セミの命を私たちが軽視していると決めつけているのは君じゃないのか。私たちは決してセミの命を軽視などしていないよ。そのような考えが思いつく君の方こそ、セミの命を軽視しているんじゃ無いのかな。私たちはただ、生が消える瞬間に感動を覚えている。そしてその感動を求めるために、こうして瀕死のセミを求めているんだよ。命を平等に扱う私たちは、生が消える瞬間を見れるのであれば、君の命にもセミと同じ値段を払うよ。」
最後の言葉に対する恐怖で私は言葉を失った。それと同時に、セミの命と私の命に同等の価値をつけられた事にバカにされたと感じたが、その感情を受け入れるという事は命の平等に反すると思い、私は何もする事が出来なかった。

帰りの車で私は、あのカゴに詰め込まれたセミのような気持ちだった。


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