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【プライド・オブ・ヴァーレット】

(この小説は「ニンジャスレイヤー」の二次創作です)

ハイウェイを降り、林道を下ること数十キロ。突き当たりのオムラ・ダムを迂回し、危険なバイオパンダ出没地帯を抜けてさらに数十キロ。砂をたっぷり含んだ風が窓ガラスを叩けば、ドライバーはようやく一息つくことができる。

トットリーデザート。今や訪れる者もいない、広大な砂漠地帯である。かつてのこの一帯には、ネオサイタマからの観光客向けの補給地点や、観光業従事者のベッドタウンが広がっていたが、それらはゴーストタウンと化したか、オムラ・ダムの底に沈んでしまった。

ズズズズズ……地の底から響く怪音と共に、砂海が大きく震動した。上方から俯瞰すれば、砂地の一箇所が不自然に盛り上がり始めたことに気づけるだろう。盛り上がりは大きく膨らんでいき、ビール瓶から吹き出す泡めいて、砂を周囲に垂れ流す。これが、予兆だ。

ズズズズズ……再震動。盛り上がりは徐々に裂け、砂に覆われた異形が姿を現していく。現れたのは4、5メートルはあろうかという、灰褐色のサメめいた背ビレだ。ヒレの持ち主は体の大部分を砂地に埋めたまま、ザブザブと泳ぎ始める。それだけで地は裂け、あちらこちらで大震動が起こり、砂漠の生物たちが死に物狂いの逃走を始めた。

あれはサンドワーム……正式名称、バイオ砂イルカ。バイオの名から伺える通り、ヨロシサン製薬の製品だ。ネオサイタマの過剰発展により汚染され、荒廃し始めていたトットリーデザート観光業は、この生物の放流により、トドメを刺された。

かつて、この地は日本では珍しい砂漠地帯として、有数の観光名所だった。しかしネオサイタマから重金属粒子をたっぷりと含んだ風が吹くようになると、情勢は変わった。

トットリーデザートでは、定期的に砂嵐が起こる。その時、特有の多孔質な砂が大気中の重金属粒子と反応。結合して地面に落下し、汚染物質を含んだ重金属砂と化し、降り積もるのだ。砂漠は瞬く間に汚染され、マッポー的重汚染レベル下にまで堕ちた。

防護スーツ着用が義務の観光ツアーなど、悪い冗談だ。住人たちは当然この汚染に対し、暗黒メガコーポに補償を求めた。だが、メガコーポの賠償責任が認められることはただの一度もなかった。1人、また1人と砂漠を去る中、土地権保有者や観光業の株主らだけがV字回復を信じ、ここに残り続けた。

そんな彼らの元に訪れたのは、ヨロシサンの営業サラリマンだった。彼はこの状況をむしろ活かす観光商材の導入を訴えた。砂海を悠々と泳ぐ、カワイイなバイオ砂イルカ。地上のイルカウォッチング・バスツアーである。

魅力的なプレゼンだった。バイオ砂イルカの「実物」は実際カワイイであり、これならと思わせる力があった。切羽詰まった住人は、この案に飛びつき、そしてヨロシサンが見せた「実物」より遥かに……10倍以上も大きく育ったバイオ砂イルカに呑まれ、自己責任で死んだ。宙に浮いた土地権は国を経由し、ヨロシサンが二束三文で買い叩いた。

そう、ヨロシサンの目的は砂漠の土地権にこそあったのだ。バイオ砂イルカはその巨大な口で砂を頬張り、クジラめいて生物を濾しとって食べる。その際、重金属砂も体内に取り込まれ、体液と混じって結晶化し、底知れぬ輝きを持つ鉱石へと変わり、胃袋に貯まる。

この鉱石の用途は工業だけではない。機械精製では出せない独特の美しさがあり、美術品としても販売されるのだ。ヨロシサンはこの鉱石を回収することで、大きな利益を得ることに成功。廃棄物を利用したエコ事業により、株価はさらに上昇した。

砂漠を悠々と泳ぎ、サンドワームは捕食を続ける。そこに接近する、スクーターめいた乗り物に騎乗した一団あり。彼らの足元を注意深く観察すれば、僅かに浮いていることが確認できるだろう。手には各々、重火器。鉱石を狙うワームハンターである。

彼らは高度なIRC連携をしながらエアバイクを走らせ、厳密に定められた射撃ポジションへ移動。その間もサンドワームは捕食を続け、ハンターたちのアドレナリンを噴出させた。彼らは付かず離れずの距離を維持しつつ、攻撃のチャンスを刻一刻と待つ。

そして、ついに……上半身が砂上に飛び出した! これは潜行の予備動作!そして仕留める最大のチャンスである!

「テキッ!」リーダーのジョシノが肉声とIRCで同時指示! ロケット弾、榴弾、強酸弾、砲弾……あらゆる弾丸がコンマ数ミリ秒の誤差で、ほぼ同時に突き刺さった!「バモオーッ!」全身で連鎖爆発! サンドワームの巨体が仰け反り、耳を擘く悲鳴が上がる! ここまでは計画通り! だが!

「イタダキだぜーッ!」ハンターの一人、新入りのアズマが咄嗟に銛弾を発射! 仰け反るワームへ突き刺さる! これは打ち合わせにない行為だ!

「どういうことだアズマ=サン!」ジョシノはアズマにIRC! だがアズマは応答を拒否! 彼は内心、田舎のハンター連中を嘲笑った。自分の行動いかんに依らず、ハンターたちは攻撃を続けるしかない。その間にワームに接近、鉱石をいち早く手に入れトンズラする! ネオサイタマへ帰り、サイバー競馬で一花咲かせるのだ!

だが、アズマの見通しはあらゆる意味で甘かった。サンドワームがただ、その体を軽く拗らせた……それだけでアズマはバイクごと、ケンダマ・ボールめいて振り回されたのだ!「アイッ!? アイエエエッ!?」ワイヤー接続された銛弾が、彼と死を一直線で結ぶ!

なすすべなく振り回されるアズマのIRCに再度着信。第二斉射の合図。アズマは己に待ち受ける運命を察し、絶叫!「ヤ……ヤメロー! ヤメロー!」「テキッ!」ハンターたちは再度一斉砲火! 無慈悲!

KRA……TOOOOOOOOOOOOM!「バモオオオオッ!」「アバババーッ!?」多重炸裂音! サンドワームの絶叫! アズマの鼓膜はユニゾン轟音に耐えきれず、破れた!「アバーッ!」さらにサンドワームが仰け反り、アズマの体は大きく投げ飛ばされる!

アイエエエエ……断末魔の残響を残し、裏切り者は砂塵の向こうへと消えた。一団は油断なく砲撃姿勢を取り、ワームへ火力を集中させ続ける。いつも通りの狩りの光景。多少のアクシデントはあったが、カバー範囲内だ。

ワームはこのままノックバック痙攣し続け、何も出来ないまま狩り殺される。この日も、そうなるはずだった……ほんの数日前、サブジュゲイターがこの地を訪れていなければ!

KRATOOOOOOOOOOM!「バモオオオオッ!」第三斉射直撃! だが……ワームの様子がおかしい! 大きく仰け反るまでは同じだ。しかしそこで、これ以上ノックバックしない! 前例のない行動! ジョシノは警戒指示を出したが……遅かった。

直後、ワームは体を思い切り砂面に叩きつける! ザバアアアアン! 隕石めいた衝撃が砂海を揺らす! 大量の砂が跳ね、巨大な壁めいてハンターたちへ迫る! 視界が砂に……埋め尽くされる!

「「アババババーッ!」」第二小隊が砂に呑まれ壊滅!「オイ、ジョシノ=サン! 話が……」第三小隊のムリャマから着信! だが応答しようとしたジョシノが見たのは、地を抉り直進する大口が、第三小隊を今まさに呑み込まんとする光景だった!

「「アイエェェェ...」」捕食! 無残! 断末魔の叫びごと呑み込まれた!「アイエエエ! 退避! 退避ーッ!」ジョシノは絶叫! エアバイクをUターンさせ、いの一番に逃走する!

「アイエエエ!」「バモオーッ!」「アバババーッ!」酸鼻な悲鳴が何重にも重なり、ジョシノの鼓膜を揺さぶった。だが出来ることはない。ないはずだ! 死んだら終わり! 余裕もない! ないはずだ!ジョシノは迷いを振り払うかのごとく、自己を正当化し続ける!

そして理不尽を嘆きながら、ただひたすらに逃げ続け……視界の端におかしなものを見て、そちらを向いた。

(クルマ? あれは……バギー?)それは傍目にも明らかなほど違法改造された、重武装バギーであった。(はぐれ賞金稼ぎ? 攻撃しに来たのか?)しかしジョシノの予想に反し、バギーは何ら内蔵火器を使うことなく、無策でサンドワームへと突撃していく!

「ナンデ!?」自殺行為! 動転したジョシノは滲んだ汗で手を滑らせ、ハンドル操作を誤る!「グワーッ!」エアバイクは空中で奇妙な横回転をしつつ、100メートルは離れた位置に横倒しに停車!

「アイエエエ! バイクが!」ジョシノはへたり込み再失禁! パニックを起こし、震えながら件のバギーを振り返る!

「バモオオオオッ!」サンドワームは遭難者にかぶりつく殺人マグロめいて直進! だがバギーは止まらない! そのままワームの口の中に……ダイブしていく!

「ア、アイエエエ……?」ジョシノは目を瞬かせた。狂気の光景は一瞬で終わり、何を残すこともなかった。彼は思い出したように己のバイクへと走った。砂に足を取られ、その速度は遅い。それでも死に物狂いで走った。そして彼がバイクに跨ろうとしたその瞬間、急に太陽の光が遮られた。

ジョシノが空を見上げると、そこにはサンドワームの上顎があった。

その時、奇妙なことが起こった。ワームがピタリと止まり、ぶるぶると震え出したのだ。「アバッ……アバババッ……」「アイエエエ……?」ジョシノは何が何だか理解できぬまま、とにかくバイクを走らせた。幸運にも口内には大量の重金属砂があり、エアバイクの浮遊機構は動作可能だった。

フィンフィンフィン……口内を出て、さらに数十秒。ジョシノが振り返る。サンドワームは未だに硬直……やがて彼は違和感に気づく。背ビレが二枚に増えていたのだ。

「エッ」ジョシノはバイクを走らせつつ、注視! 太陽光に照らされ鈍い光を放つ、サンドワームの背から突き出したそれは……カタナである!

「アバーッ!?」ワームが大きく痙攣した、次の瞬間! カタナは急速に移動! 緑色のバイオ血液を後引き、ヒレめいて尾に達する! そしてパックリと割れた背中から飛び出す、件のバギー! そのルーフ部には……誰かが立っている! 江戸様式の鎧甲冑に身を包んだニンジャである!

「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」ジョシノはあえなく失禁し、パクパクと口を開けながら気絶。コントロールを失ったバイクはしばらく直進し、乗り手を投げ出して停車した。

ジョシノのことなど知る由もなく、バギーはどこかへと進んでいく。ルーフ部では『サイザオケン』という電子音声。途端にカタナが縮んでいく。直後ルーフが割れ、甲冑ニンジャは車内へと戻った。

冷房が効き、嘘のように快適な車内。甲冑ニンジャは後部座席の重金属鉱石を確認する。「とんだサブクエストでやしたね。まさかあんな……」運転席のサイバネニンジャが言った。チョンマゲ・ヘアーの小男だ。「当然だ」甲冑ニンジャがピシャリと言った。

甲冑の男の名はサイサムライ。運転しているのはドーシン。二人とも全身を重サイバネ置換した傭兵であり、当然ニンジャである。

「全くで。いや、砂漠にあんなバケモノがいるなんて事前情報を見たときにゃ、そりゃビビりましたよ。しかしオヤブンはそれを抜け目なくボーナスに変えたわけだ。可能にしたのは圧倒的な実力と判断力!」「フン、よせ」サイサムライは遮り、サイサムライケンの刀身をサイ分析した。

ピボロロロ。七色のUNIX動作光が甲冑の隙間から漏れる。ワームの皮膚は想定外に硬く、断ち切るには刀身に多少の負担を掛ける必要があった。しかし、致命的というほどではない。後で十分修復可能な範囲である。分析結果を聞き終えたのち、彼は得物を鞘にしまった。

ドーシンは運転を継続する。彼のサイバーサングラスには位置データレイヤが重ねられ、完璧なナビゲートを実現するのだ。「しかしまあ、オムラ・オアシスたあ酔狂なモンを。こんな砂漠のど真ん中に作る必要があったんですかね?」「奴らの考えることなど理解不能だ」

「ごもっともで。しかもその近辺であんなバケモンが暴れたせいで、近づくことすら不可能になったたあ間抜けな話です。ですがまあ、そのお陰で俺たちが仕事にありつけるって寸法でさ」ドーシンが言った。

しかり。この砂漠の二人旅は単なる観光ではない。彼らはオムラ・オアシスの遺産回収ミッションを引き受け、はるばるネオサイタマからやって来たのだ。

オムラ・オアシスは、表向きは保養施設である。しかし実態は違う。休暇の名の下に奴隷エンジニアたちを派遣し、休日返上で開発を行わせるのだ。名目上は休暇のため、給料は不要。砂漠の中央にあるゆえ逃亡は不可能で、ジャーナリストも寄り付かない。満足な研究成果を上げるまで、帰宅は絶対に不可能なのだ。

ドーシンが前述した通り、オアシスは止むを得ず放棄された。研究施設は年月の砂塵に沈み、傍目には単なる砂地にしか映らない。ドーシンとサイサムライ。元オムラの研究者より依頼を受け、地図データを入手したこの二人以外は。

二人は指定ポイントに停車。ドーシンが一人で(サイサムライは手伝わない)甲斐甲斐しく積み荷を下ろしていく。積み荷の中にはダンゴムシめいて丸まった、奇妙なロボットがいくつか紛れている。

ドーシンはそれらを真っ直ぐに広げ、LAN直結。短い直結を終えると、ロボットたちは自律動作を始めた。これは自律駆動ダウジングマシン、通称モグラだ。放たれたモグラたちは地面をクンクンと嗅ぎ廻り、重金属砂に埋もれた金属反応の探知作業を代行する。発見があればドーシンとサイサムライ、どちらかに通知する仕組みだ。

だが、このトットリーデザートは金属反応に溢れている。モグラたちは大きめの重金属粒を誤認、虚偽の発見報告を繰り返した。「ポンコツめ」サイサムライは舌打ちし、その度モグラの閾値を微調整する。元より長丁場は覚悟の上である。

『サイダウジングシステム』サイサムライのサイバネアーマーが展開。肩からアンテナめいた機関がせり出し、キョンシーめいたシルエットを作りだした。彼はオアシスを歩き回り、注意深く金属反応を探知する。

一方のドーシンは、ミニガン搭載のポータブル銃座を駆り、オアシス周辺を警戒していた。最大のリスクたるサンドワームはすでに排除した。彼らの生態上、一匹仕留めれば、少なくとも数日は他の個体を警戒する必要はない。しかし、万が一ということがある。

彼らには、絶対にミッション失敗を許されぬ事情があったのだ。

十分、二十分……一時間、二時間、三時間。ドーシンは定時連絡通信を終え、ため息をついた。彼の体が発汗することはないが、代わり映えのしない景色にはうんざりする。重サイバネ者でもストレスは感じるのだ。……と、その時、サイバネ聴覚が何らかの風切り音をキャッチした。

キイイイン……音は上方から。方角は北西。彼はそちらを見上げた。何かが飛んでいる? 彼はサングラスのズーム機能をオンにする。あれは飛行機? 小さな機影である。セスナだろうか? 悪趣味な赤と黒のカラーリング……

(……赤と黒?)嫌な予感がした。ドーシンはセスナ機の機首を注視……気づく! 機体の前面に禍々しくペイントされた、「忍」「殺」の文字! あれは怨敵、ニンジャスレイヤーの代名詞である!

「や……野郎は!」ドーシンは襲来を知らせるべくIRCタイプ開始! だがサイバーサングラスは狂気の光景を映し出す! ニンジャスレイヤーがセスナ機から垂直ジャンプで飛び出したのだ! そして大ぶりな投擲モーションに移る!

(これは、奴のヒサツ・ワザ!)かつてのイクサで、その威力は身を以て知っている! ドーシンは反射的にIRCタイプを中断! 全神経を集中させ、ミニガンの射線をニンジャスレイヤーに合わせた!「俺様のサイバネ視野を甘く見たのが運の尽きよォーッ!」

BRATATATATATA! 激しいマズルフラッシュがドーシンの顔を照らす! だが弾丸がニンジャスレイヤーを捉えることも、ニンジャスレイヤーのスリケンがドーシンを貫くこともなかった。彼の狙いはハナから、ドーシンではなかったのだ!

「イヤーッ!」投擲したものは……フックロープ! 鉤爪が狙い過たずセスナ機の尾翼を掴み、ロープが巻きつく! ニンジャスレイヤーはストラップめいて飛翔突撃! キラキラと何かを散らしながら、嘲笑うようにドーシンの上空を通過!

「何ィーッ!?」ドーシンは咄嗟に状況判断し、サイサムライへIRC!(オヤブン! 空からニンジャスレイヤーが!)「ニンジャスレイヤー=サンだと!?」ダウジングシステムを切り、サイサムライは反射的に上空を見上げる! 尾翼にくくりつけられたニンジャスレイヤーと視線が合う!

「貴様は!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは……引いた! フックロープを! ニンジャ握力が尾翼が引きちぎった次の瞬間、閃光が溢れ出す!「ヌウーッ!?」サイサムライは咄嗟に防御態勢を取る!

KRATOOOOOOOOOM! 空中爆発! 大轟音が一帯に響き、様子を窺っていたバイオミーアキャットの家族がまとめて気絶! 爆風が砂塵を巻き上げ、高熱の風が吹き荒れる!

「あ、ああ……」ドーシンは思わず呻いた。視界がぐらつく錯覚。だが、彼のサイバーサングラスは無慈悲に状況を映しだしていた。爆心地から飛びたった影を。そのもののメンポに刻まれた恐るべきカンジを。爆炎を背後に、死神は静かにアイサツした。「ドーモ、オヌシはドーシン=サンだったな。ニンジャスレイヤーです」

「ド……ドーモ。ドーシンです。テメエ……オヤブンに」「貴様の保護者なら、先ほど屑鉄に変わった」ニンジャスレイヤーは遮り、威圧的に続けた。「貴様など、所詮は奴のオプション装備に過ぎぬ。観念してハイクを詠め。楽に殺してやる」「ほ……ほざけーッ! イヤーッ!」

ドーシンはバック転しつつ、連続スリケン投擲! 空中ならいざ知らず、地上の手練れにミニガンなど無意味! そして己とニンジャスレイヤーのカラテ力量差は圧倒的! とにかく距離を取り、サイバギーへ……「イヤーッ!」「グワーッ!?」

着地したドーシンは、己の心臓部に突き刺さったスリケンを見下ろした。まさか、ニンジャスレイヤーのスリケンが「イヤーッ!」「グワーッ!?」ポン・パンチ! 見上げた頃には既にワン・インチ距離! 決断的殺意を湛えた眼光がドーシンを見据える!

ニンジャスレイヤーはこの小男の厄介さを、過去の手痛い経験から知っていた。故にその攻撃は決断的であり、迅速であった。行動の余地など与えず、速やかに殺す! 慈悲はない!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「ゴボーッ!?」

何らかのサイバネ器官が破裂! ドーシンのメンポからオイルが溢れ出す。だが赤黒の悪鬼は攻撃の手を緩めぬ!

「イヤーッ!」「アバーッ!」右ストレート!「イヤーッ!」「アバーッ!」左ストレート!「イヤーッ!」「アババーッ!?」ジゴクめいたチョップ突きが腹部を貫通! 機械部品がこぼれ落ちる!

「これでもなお死なぬか……!」ニンジャスレイヤーは驚嘆し、ビクンビクンと痙攣するドーシンを見下ろした。サイバネ・ニンジャとの交戦経験は多々あるが、その中でもこの耐久力は別格だ。

「ならば首を刎ねる! イヤーッ!」死神は腕を引き抜き、断頭チョップに構えを変えて容赦無く振り下ろした!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」だが、カイシャクのチョップが首筋に触れた瞬間、サイサムライのインターラプト・ドロップキックが死神の脇腹を捉えたのだ!「サイガトリング」体勢を戻す間もあらずや、サイサムライは両腕に仕込まれたガトリングガンを展開! 間髪入れず射撃し続ける!

「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは回避を余儀なくされ、止むを得ず距離を取る! そして十分な間合いを得られたと判断した瞬間、サイサムライはガトリングを即座に中断、立ち上がった。そして金属的なハンドクラップを高らかに響かせ、ゆっくりと、堂に入ったアイサツを決めた。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。サイサムライです」

「アバッ、アババッ……」ドーシンが地面でのたうった。アイサツ中ゆえ、サイサムライが彼を助けに行くことは許されぬ。だがそれはニンジャスレイヤーも同じだ。アイサツをされれば、返さねばならない。迅速にトドメを刺すべき敵がいたとしてもだ。「ドーモ……サイサムライ=サン。ニンジャスレイヤーです」

オジギ終了からコンマ数秒、二人は再度交戦態勢に入った!「「イヤーッ!」」サイサムライのガトリング弾幕を、ニンジャスレイヤーのスリケンが真っ正面から切り裂く! 激しい金属音を振り切り、致命的な殺人弾丸が同時に互いの額を捉えんとする!

「「イヤーッ!」」二人は同時にブリッジ回避! 普段のサイサムライであれば、ここでサイローラーシステムを起動。通常のニンジャには不可能な、ブリッジ体制からの急加速によりニンジャスレイヤーを翻弄したはずだ。だがここは砂地! ローラーの加速力は低下する!

サイサムライは瞬時に状況判断し、起き上がる! 得物をサイサムライケンへ変更!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのスリケンが、立ち上がろうとするドーシンを狙う!「イヤーッ!」サイサムライケンが即座に伸び、弾く! だがニンジャスレイヤーの攻撃はそれに留まらぬ!

「イヤーッ! イヤーッ!」連続スリケン投擲! サイサムライケンが弾く! 弾く!「イヤーッ!」再度スリケン投擲! サイサムライケンが弾く……だが弾いた一瞬、サイサムライの姿勢がブレた!

(やはり無傷では済んでおらぬようだな!)この一瞬の隙を見逃さず、ニンジャスレイヤーは猛然と駆け出し、腹部を抑えて蹲るドーシンを狙う!「おのれ!」サイサムライもまた、ローラーで追う!

サイサムライケンで戦おうにも、切っ先のみでニンジャスレイヤーと打ち合うのは無謀! ガトリングを使えばドーシンを巻き込みかねぬ! 距離を詰めねば……だが、ここで初速の差が響く! ニンジャスレイヤーが速い!

「そこで見ておれ! オヌシの相棒が惨たらしく殺される様をな!」ニンジャスレイヤーが叫ぶ! そのカラテ射程範囲にドーシンが捉えられる! サイサムライはドーシンの耐久性に賭け、危険なガトリング射撃を開始! だが体の重心がぶれ、当たらぬ!

サイサムライは「奥の手」を使うべきか、一瞬思案した。だが……その時IRC! ドーシンからだ! 彼はガトリングを中断!

KABOOOOOOM!「グワーッ!」突如、爆発! ニンジャスレイヤーは爆風を間近に受け、弾かれる! 爆発したのはモグラだ。ドーシンが密かに遠隔操作し、近くに呼び寄せていたのだ!

「オヤブン! ……ゴボッ、やっちまってください!」ドーシンが叫ぶ!「イヤーッ!」サイサムライが斬りかかる! ニンジャスレイヤーは転がって回避! サイサムライケンが砂海を割り、巨大な断裂を作る!

「イヤーッ!」サイサムライが横薙ぎにサイサムライケンを振るう! ニンジャスレイヤーは丸太めいた体勢でジャンプ回避! そのまま勢い良く左手を砂地に突き刺し、そこを支点にメイアルーアジコンパッソを放つ!

「グワーッ!」反撃のキックがサイサムライに命中! だが手痛い一撃とはならなかった。砂はニンジャスレイヤーの体重を十分支えきれず、半ば姿勢が崩れてしまっていたのだ! サイサムライはメンポの下でニヤリと笑うと、ニンジャスレイヤーの蹴り足を右手で掴む!

『サイ溶断システム』電子音声が何らかのシステム起動を知らせた。「ヌウーッ!?」ニンジャスレイヤーが思索を巡らす間も無く、サイサムライは左手でサイサムライケンを振るう!

「イヤーッ!」無論、黙ってやられるニンジャスレイヤーではない。腹筋のみで上体を曲げ、死に物狂いで回避! それだけには留まらぬ! ばね仕掛けめいて跳ね上げ、サイサムライに頭突きを叩き込む!「グワーッ!」予想外の反撃! サイサムライが怯む!

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはサイサムライの右肩を掴み、そこを軸に急回転! ジュー・ジツの応用だ! 地面に叩きつけられるサイサムライ! その赤熱した右手がジュウジュウと凶悪な音を立てた。間一髪! 
攻め手は再びニンジャスレイヤーに変わる!

「オヤブン!」そこに現れたのは、ドーシンの乗るサイバギーだ! ボンネットにはアサルトライフルが生えている! 照準操作! ニンジャスレイヤーを捉える! BRATATATATATA!

ニンジャスレイヤーは素早くバック転し、火線から身を引き離す! 殺害チャンスをフイにし、彼は小さく舌打ちした。「イヤーッ!」そのまま側転を織り交ぜつつ、ジグザグな軌跡を描いて逃げる!

「ハハーッ! ニンジャスレイヤー=サン! この俺を舐めたのが運の尽きよォーッ!」ドーシンは巧みなハンドルさばきで怨敵を追う!「ここで殺してやる!」その運転技術とは対照に、表情は憎悪と怒りに歪んでいた。

サイサムライは身を持ち直すと、ズームした視界でニンジャスレイヤーを追い……すぐに狙いに気づく! 奴は闇雲に逃げてなどいない!「待て! ドーシン=サン!」IRC!

散々罵倒され、痛めつけられたドーシンは冷静さを失っていた。ゆえに忠告への反応が一瞬遅れた。それはごくごく僅かな隙に過ぎない。しかしこれは、ニンジャのイクサだ。

パァン! 乾いた音が響いた。「エッ?」ドーシンは聞き慣れた音に思わず呻いた。空気の詰まった風船が爆ぜるような音。この状況下で、絶対に鳴ってはならない音……パンク音である! しかも左右の前輪が同時に! ニンジャスレイヤーはセスナから撒いたマキビシへと、バギーを誘導していたのだ!

「イヤーッ!」機を見るに敏! ニンジャスレイヤーは連続側転で素早くバギー側面に回り込む!「アイエエエ!」ドーシンは慌てふためきながらも、『ベンハ』のボタンを叩く! キュイイイイン! スパイクがホイール側面からせり出した!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ドーシンは車体に走った衝撃に、思わず身を震わす! 上! ニンジャスレイヤーはスパイクが出現するや否や、瞬時に状況判断! ルーフ部に飛び乗ったのだ! そこはサイバギーの死角!

「イヤーッ!」「グワーッ!」再度振動! 頑丈なルーフが凹む! 死の拳が頭のすぐ上を砕く!「馬鹿な!」ドーシンは明晰な頭脳を巡らせ、対抗手段を探る! 無い!

BRATATATATATATATA!

その時、空を裂いて弾丸が飛来した! ニンジャスレイヤーはルーフから飛び降り、射線をサイバギーで遮る! さらに手土産と言わんばかりに、片面のスパイクをチョップで破壊した!

キュイイイ……サイサムライが脚部ローラーを使い、その場に現れた。ニンジャスレイヤーはサイバギーを挟んで反対側に隠れている。両者は西部劇めいた緊張感の元にあった。身を出せば撃たれる。撃たねば逆に撃たれる。緊迫したイクサに度々訪れる、膠着の一瞬。

両者は指先にまでカラテを漲らせ、視線すら交わさずに殺意を交錯させる。「アイエエエ……」殺意の板ばさみとなったドーシンは、腹部にリペアパーツを詰めながら呻いた。

サイバギーの側面攻撃機構はまだいくつか存在する。だがニンジャスレイヤーは、おそらくその全てに容易く対処できる使い手。ここは下手に攻撃し対処されるより、攻撃可能な状態をキープし、圧力を掛け続ける方が得策なのだ。

膠着は永遠に続くかのように感じられた。しかしその時……ピボッ。着信だ。彼は警戒態勢のまま確認する。『ドーシン=サン、もう十分だ。お前は任務遂行を最優先とせよ』「……!」ドーシンは息を呑んだ。そして次の瞬間!

「イヤーッ!」膠着が……破られる! 先に銃を抜いたのは、サイサムライだ! 放物線を描いたグレネード弾がニンジャスレイヤーのすぐ近くに着弾!「これは!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に目を閉じ、耳を押さえる!

パァン!「グワーッ!?」これはサイフラッシュバン! この攻撃は、サイサムライの一斉攻撃の前哨だった!『サイヘビーアームズ』何らかの危険兵器の起動を知らせる電子音声! 

「イイイ……ヤアアアアアアーッ!」BLAMBLAMBLAM! BRAKKA! BRAKKA! 車体の下を通す、精密なガトリング射撃! 車体の上を通る、グレネード射撃! そしてヒュルヒュルと弧を描き、ニンジャスレイヤーを精密にロックオンするミサイル射撃!

KABOOOOM! 爆炎と煙、そして砂塵が立ち上る! 音の洪水が砂漠の中央に押し寄せる!「アイエエエ!」爆発の衝撃がサイバギーを揺らす! 戦闘車両はこの程度で壊れはせぬ。多少の損害は覚悟の上の一斉砲火なのだ!

「ヌウウウウーッ!」ニンジャスレイヤーは歯噛みし、スリケンでミサイルを撃墜しつつ距離を取る! サイサムライは火器を惜しみなく使い、ニンジャスレイヤーの退路を制限。 サイバギーから離れざるを得ぬよう、誘導しながら射撃し続ける!

……戦闘の轟音が離れていく。ドーシンは即座にモグラとのIRC通信を試みる。自動通知設定はされているが、しかしタイムラグというものが……直後「未発見な」のレスポンス。回収は未だならず。「チクショウ!」ドーシンは怒りに任せ、ハンドルを殴る!

こんなはずではなかった。手練れのニンジャたるサイサムライにとって、サンドワームなど大した脅威にならぬ。依頼人は狂人であり、金払いは良い。大した危険も冒さず多額の収入を得られた、そのはずだったのだ。奴さえ現れなければ。

「ニンジャスレイヤー野郎……!」奴だ。この前も、その前も。仕事の邪魔をする。何の理由もなく、ニンジャというだけで襲いかかる理不尽な災厄。

あのレース場……ハシリ・モノでの一件は手痛いダメージだった。傭兵は信用を第一とする商売。いかなる理由であっても失敗は失敗であり、その傭兵には「失敗の可能性がある」というイメージが纏わりつく。サイサムライとドーシン、二人のオナーには無視できぬ傷が入ったのだ。

ゆえに今回のビズは確実に成功させねばならぬ。仮にどちらかが死ぬことになろうとも。連続で失敗などすれば、傭兵としてのオナーは完全に死ぬ! 絶対に失敗はできない! だのにニンジャスレイヤーはこうも都合よく現れ、悪夢のごときワザマエを以って、邪魔をする!

「クソッ……!」だが今、彼がもっとも怒っているのはニンジャスレイヤーにではない。己自身である。ドーシンは怒りを紛らわすかのように、モグラたちへのIRCセッションリクエストを繰り返し送信する。

「未発見な」「未発見な」「未発見な」画一的な返答。当然だ。そうすぐに見つかるはずもない。その当然の判断すら、今の己はできなくなっているというのか? その事実がさらにドーシンを苛立たせる。

己にオヤブンのようなカラテはない。だが頭脳がある。細やかに立ち回り、冷静に状況を俯瞰。ビズを成功に導く。ドーシンはサイサムライを信頼し、サイサムライもまたドーシンを信頼している。それこそがドーシンの誇り。サイドキックの誇りであった。

だが、今回の己はどうだ? 赤黒のセスナ機。ターゲットを誤り、ニンジャスレイヤーに先手を取られた。サイバギーでのアシスト。無駄な深追いにより、行動不能に陥った。そして今、こうして何もできることがなく、無力なガキめいて車の中でメソメソと……

KRATOOOOOOOM! 炸裂音! ドーシンは反射的にそちらを向いた。ガラス越しにサイサムライとニンジャスレイヤーがカラテをぶつける光景が映る。ヤメロ。彼は己に問うた。そんなものを見るより、任務の遂行が最優先だ。コンマ一秒でも早く遺産が回収できるよう、待機に徹すべし!

だが決意に反し、ドーシンはイクサから目が逸らせぬ! ……その時、ニンジャスレイヤーの拳がサイサムライの胸板を捉えた! ドーシンは息を呑む! 直後、サイサムライの反撃! サイ電磁ナイフがニンジャスレイヤーの胸元を裂く! 交錯はほんの一瞬。二人は互いに跳び離れた。

しかし、それを見たドーシンには分かった。やはりオヤブンは傷ついている。本調子でない。このまま戦えば、もしかすれば……そしてそれを、ニンジャスレイヤーも察していたとすれば?

だが、己に出来ることなど……! 戦闘はオヤブンの領分……自分が出しゃばるなど……それに……だが、だが……! ドーシンは諦めなかった。言外に足手まといだと言われてなお、己に出来ることを探り続けた。苦悩の果て、彼の脳裏に1つのアイデアが浮かぶ。

それは苦い失敗より生まれた、サイバギーに搭載された新システム。イレギュラーを排除する決戦兵器! だが起動シーケンスは未だ実験段階。実践に投入したことなどない! ドーシンがそのアイデアを却下しかけた、その瞬間!

ニンジャスレイヤーのハイキックがサイサムライを捉える! 死神はそのまま押し倒す! そしてマウントを取った!「ウオオーッ!」ドーシンは拳でガラスカバーを叩き割り、保護された『変形』のスイッチを入れた!

己にカラテはない。その通りだ。イクサの足手まとい。その通りかもしれない。だが敬愛するオヤブンの窮地を、何もせずに見過ごすなど真っ平御免だ! ましてや敗北の可能性を、己の領分で俯瞰したのならば!

『サイトランスフォーム』無機質な起動音声が車内に響く。同時にギアレバーを最大にシフト! 左右の席のペダルを同時に踏みしめる!

「何!? グワーッ!」ニンジャスレイヤーのマウントパンチを受けながら、サイサムライは目を見開いた。ドーシンからのIRC連絡! 救援に向かうと!(まさか、奴は……!)「使うというのか! あのシステムをグワーッ!」ニンジャスレイヤーがさらに殴る!

メインフレーム展開! 車体の面積を押し拡げる! 続いて内蔵火器が部品めいてフレームとフレームの間に押し嵌められ、隙間を埋めていく! だがパンクした前輪部の進行度が遅い! ドーシンは変形プロセスを手動操作し、この穴を埋めていく!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーはサイサムライの様子に異常を見てとり、殴りながらサイバギーの方を見やる。「あれは!?」「イヤーッ!」直後、サイサムライの腕がニンジャスレイヤーの胸元を掴む!「もう少し、俺に付き合ってもらうぞ!」「ヌウーッ!」

簡易的に形成されたボディパーツは、90度回転することにより直立。両後輪はフットパーツとなり、両前輪がアームパーツを形成した。そして機体背部に被さっていた座席がレールを伝い、上部……否、頭部へと移動! ゴウランガ! 不恰好な人型のシルエットを形作る! 

「仕上げだ!」ドーシンは『電磁プレート』のボタンを叩いた! 機体前面を電磁石が覆う! そして動作確認! 複雑なハンドル操作により、機体を操作! 右腕を突き出す! 左腕を突き出す! 両足を屈伸! 準備体操めいた動作により、オイルが全身に循環する! さらにルーフ部よりワイヤー付き電磁石が射出! ヌンチャクめいて振り回し、マキビシを搦めとる!

「あれは……!」ニンジャスレイヤーは状況判断し、マウントを放棄!「イヤーッ!」「グワーッ!」置き土産とばかりにパンチを叩き込み、反動で跳躍する! 着地した彼が見たものは、全高5メートルほどの鋼の巨人と化したサイバギーである!

「何……」優先して殺すべきはどちらだ? ニンジャスレイヤーは思索を巡らせる。手近にいるサイサムライか? だがあのロボットの戦闘能力は未知数。彼は油断なく、両者を視界に収められる位置をとった。

「見たか、ニンジャスレイヤー=サン!」サイ拡声器を通し、ドーシンが言った。彼は話しながらも電磁石の通電を解除。絡め取ったマキビシと重金属砂を遠くへ放る。「これぞサイバギーロボ! 人型化したことにより柔軟性は2倍! 攻撃範囲はさらに2倍! 戦闘能力は合わせて100倍よォーッ!」

「そのロボとやらがどれほど強大だろうと、拭いきれぬ弱点がある」ニンジャスレイヤーは静かに言った。「乗り手がオヌシだということだ」

「ほざけェーッ! イヤーッ!」サイバギーロボの脚部タイヤが回転! ニンジャスレイヤーへ突撃を掛ける! 同時に脇腹から左右にミニガンが展開! 上方から制圧射撃を行う!

BRATATATATA! 複数角からの同時攻撃! ニンジャスレイヤーは側転し、射撃と突撃の射程外から同時に逃れた。そしてさらに連続側転! サイバギーロボの背部に回らんとする!

「俺を忘れてもらっては困るぞ、ニンジャスレイヤー=サン!」その行く手に立ち塞がったのはサイサムライだ! 手にはサイサムライケン!「イヤーッ!」「ヌウーッ!」ニンジャスレイヤーは斬撃を危うく回避! しかし直後!『サイスナイパーライフル』サイバギーロボから電子音声!

DOOOM! DOOOM! 左右の腕に展開されたライフルから、時間差精密射撃! ニンジャスレイヤーのすぐ近くを通過し、砂面に着弾! 高く高く砂しぶきを上げる! 外れた!? いや、これこそが目的なのだ! 回避動作を制限することが!

「イヤーッ!」硬直したニンジャスレイヤーに、サイサムライが斬りかかる! 死神は咄嗟に……避けきれぬ!「グワーッ!」右腕を斬られるが、切断には至らず! DOOOM! DOOOM! 再度精密射撃! 今度はニンジャスレイヤーの後方、右方を狙う!

正面に突撃すれば、サイサムライケンに斬り捨てられる。死神は左に逃げることしか出来ない!「イヤーッ!」そこにサイサムライケン!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは回避を捨て、ブレーサーで受ける! 頑丈なドウグ社製ブレーサーが切断! 浅い切り傷が腕に入る!

DOOOM! DOOOM! 三度目の精密射撃! 今度の狙いは死神の左右。サイサムライはドーシンからのIRCを受け、突きの構えに変更。後方へのバック転回避をした瞬間、サイザオケンで串刺しにする算段だ! だが!「イヤーッ!」「何ッ!?」

ネオサイタマの死神は、サイサムライの構えの変化を見逃さなかった。彼は瞬時に状況判断、狙いを察知するや否や、逆にサイサムライの懐へ飛び込んだのである!「イヤーッ!」サイサムライは咄嗟に突きを繰り出す! 脇腹を掠める!「イヤーッ!」「グワーッ!?」反撃のワンインチ・パンチが顔面を捉えた!

「オヤブン!」ドーシンはライフルを収納させ、グレネードランチャーを展開! ニンジャスレイヤーのすぐ後方へ射出!「グワーッ!」背後からの爆風に、体勢を崩すニンジャスレイヤー!

「好機!」サイサムライの目がギラリと光る。彼は死神の右腕を取り、ジュー・ジツで後方に投げた! そして即座にローラー移動! 挟み撃ちの態勢を取る!

「ドーシン=サン! プランBで奴を仕留めるぞ!」「ガッテンでさ!」ドーシンはサムアップ!『プランB』と書かれたボタンを叩く! 肩部から奇妙な形のタンクが展開! ノズルから黒色の液体がクロス噴射される!

「ヌウーッ!?」ニンジャスレイヤーは空中で姿勢制御! 回転して受け流さんとする! だが液体を弾き切ることは叶わず! 一部が装束に付着。一瞬にして染み渡る!

「グワーッ!」余った液体が後方のサイサムライに吹き掛かる! 彼は避けようとすらしない! ただ両腕を広げ、腕に液体が掛かることだけを回避! これで準備は整った!

「トドメだ! ニンジャスレイヤー=サン!」サイサムライが!「サイマグネットパワー・オン!」ドーシンが叫ぶ!『サイマグネットシステム』またも電子音声! 今度は何が起こる!? ニンジャスレイヤーは警戒のカラテを構え……られぬ!?

(何だと!?)体に力が入らない……否、猛烈な力が、彼の体を引っ張っている!(先ほどの液体……もしや、磁力か!)ニンジャスレイヤーは目を見開く! サイバギーロボは体勢維持のための最小限の電力を残し、全電力を機体前面の電磁石プレートに通電! 圧倒的な磁力により、ニンジャスレイヤーを引き寄せているのだ!

「ヌウウーッ!」ニンジャスレイヤーはもがく! だが抵抗虚しく、体が宙に浮く! 彼は最後の力を振り絞り、体を反転。サイサムライの方を向いた!(これほどの磁力。維持するにも相当な電力が必要となるはず。ならばこの攻撃の間、此奴はカカシ同然! 警戒すべきはサイサムライの方か!)

ニンジャスレイヤーの予感は正しかった。サイサムライは足元を踏みしめ、サイサムライケンを大上段に構える、必殺の構えに移っていたのだ!

バアン! 「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーの体がサイバギーロボの胸板に吸着! 十字架めいた姿勢で磔にされる! メンポ! ドウグ社のブレーサー! 電磁液の染みた装束! レガース! あらゆる金属が、彼を縛る鎖となる!

(((何をやっておるか、フジキド!)))内なるナラクが呼びかけた。(((この程度のサンシタ……玩具頼りの下郎にオヌシは手も足も出ぬか!)))(黙れナラク)フジキドは遮った。確かに手も足も出ぬ。両手両足は拘束され、体を動かすことは叶わない。だが彼に、死を受け入れるつもりなど毛頭なかった。

「スゥーッ……ハァーッ……」ニンジャスレイヤーは静かに、チャドーの呼吸を深めた。この状況で回避することは不可能。ならば耐えるのみだ。たとえ何が来ようとも!

「終わりだ、ニンジャスレイヤー=サン!」サイサムライは地面を思い切り蹴り、ローラー加速! 引き寄せる磁力と向かうニンジャ脚力の乗算! 殺人砲弾と化したサイサムライが、磔のニンジャスレイヤーめがけ突撃する!

その距離タタミ8枚! 5枚! 1枚!「イイイイヤアアアアーッ!」サイサムライケンが振り下ろされる! ニンジャスレイヤーは……目を見開く!

ガキィィィィィィン! 金属と金属がぶつかり合う、激しい音が響いた。ドーシンは怨敵が真っ二つとなり、その胴体を両断し終えたサイサムライケンが、サイバギーロボの胸板に叩きつけられた光景を夢想した。

「やりやしたね、オヤブン……!」だが、ガラス越しに下を覗いたドーシンが見たものは、期待した光景ではなかった!

「何ィーッ!?」そこにあったのは、まさに剥き出しの狂気! 磔にされたニンジャスレイヤー! 得物を振り下ろすサイサムライ! だが切断殺ならず! サイサムライケンはメンポを切り裂き……そしてニンジャスレイヤーの歯により、ガッチリと押さえ込まれていた!

「ぐ……ヌゥッ……!」サイサムライは呻く。この死神が常識を外れた存在だと、彼は知っていた。だがここまでの……ニンジャ咀嚼力! 引くことも押すことも叶わぬ!「ふざけた真似を……!」

ブシュウ……磁力がサイサムライケンを掴み、ニンジャスレイヤーの頬へと押し込んだ。頬肉が裂け、奥歯に刀身が触れる。なおも頭部両断間際! だが奥歯の力が加わったことにより、サイサムライケンはそこで完全停止! 切断殺叶わず! このまま膠着状態が続けば、いずれ電力も尽きる!

「ニンジャスレイヤー=サン。よもやここまでやるとはな」サイサムライは無感情に言った。悪鬼めいた眼光が彼を睨む。彼は意に介さぬ!「褒美だ。この剣は……貴様にくれてやる!」『サイザオケン』電子音声! それと共にサイサムライケンがタケノコめいた速度で伸びる!

ニンジャスレイヤーは敵の狙いを察し、目を見開いた! 剣が伸びれば当然、刀身は細く、薄くなる! パキキ……サイサムライケンが砕け始める!

(イヤーッ!)ニンジャスレイヤーは咄嗟に首を捻り、サイサムライケンをへし折る! 噛み砕いてしまえば破片となり、磁力により咽頭を貫く! 苦し紛れのムーブ! へし折った刀身を、すぐ隣に吐き捨てる! 磁力により壁に吸着!

切っ先を奪われてなお、サイサムライはメンポの下、余裕の表情を崩さない。サイサムライケンの下半分は無事。ニンジャスレイヤーを仕留めるには十分!「サラバだ、ニンジャスレイヤー=サン! イヤーッ!」磁力をニンジャ膂力でねじ伏せ、彼はサイサムライケンを引き寄せる! そして逆袈裟に振り上げた!

空を裂く唸りが聞こえた瞬間、目の前の景色が凍った。……ソーマト・リコールをニンジャスレイヤーは振り払う。今はまだその時ではない。彼自身がそう決めたからだ。どんなに可能性が低かろうと、どんなに無謀な手段であろうと……

(掴み取るのみ!)「スゥーッ……ハァーッ!」チャドーの呼吸に費やせる時間は、ほんの一呼吸分のみ! ならばその一呼吸に全てを掛けるまでだ! 直後、サイサムライケンがニンジャスレイヤーの腹部を捉えた!

ガキィン! 再度金属音!「殺った! 今度こそッ!」ドーシンは快哉し、見下ろし……あんぐりと口を開いたまま、硬直した。眼下では悪夢が続いていたのだ。

「な……馬鹿な! 貴様にムテキ・アティチュードは使えぬ……筈!」サイサムライは動揺を露わにし、呻いた。サイサムライケンは死神を切り捨てることなく停止! その腹筋は鋼のように硬く、刃が通らない! サイサムライは叫ぶ!「いかなるジツを使った!? ニンジャスレイヤー=サン!」

刀身にピキピキとヒビが入る! ニンジャスレイヤーは腹筋にさらなる力を込める!「ジツではない」刀身が!「カラテだ!」砕ける!

急激な刀身の伸縮が負担を強いたか? 負傷が悪影響を及ぼしたか? よもやサンドワームを切り捨てた時……彼が敗北の原因を吟味する余裕はなかった。

「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの頭突きが命中!なおも彼を貫かんとするサイサムライケンの破片に腹筋で抗いつつ、同時に頭突きを放ったのだ! なんたるカラテか!

サイサムライは磁力の影響下にない両腕を動かし、攻撃を阻まんとした。だが密着状態では、頭突きの方が圧倒的に早い!

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

「イヤーッ!」バキィン! サイサムライのフルフェイスメンポが砕ける!アンダーガイオン出身者めいて真っ白な肌に、無骨な頬! 武人めいて厳しい眼光が顕となる!

「オヤブンッ!」ドーシンはマグネットパワー・オフ! 拘束を解除! ニンジャスレイヤーとサイサムライは重力に従い落下! 死神は着地するや否や、獲物をサッカーボールめいて蹴り飛ばす!「イヤーッ!」「グワーッ!」

『サイ救命システム』「グワーッ!」サイサムライの意識が朦朧とした瞬間、濃縮ZBRがアーマー内でオート供与された。寿命と引き換えの一瞬の超反応で、彼が選んだのは……逃走である!

「逃がさん! 貴様はここで殺す!」ニンジャスレイヤーは後を追う!「ヌウーッ! シツコイ男め!」残弾はゼロ。満足にカラテを振るう体力もなし。抵抗は叶わぬ! サイサムライはカジバチカラを全て逃走に注ぐ!

「オヤブン……!」一方取り残されたドーシンは、逃げていくオヤブンを遠目に見た。そしてIRCセッションリクエストを繋いだ。……「発見な」! ディスクの回収に成功! あとは回収を残すのみとなっている! そしてサイサムライは今、オアシスと正反対の方向へ逃げていく!

ドーシンは変形を解除! サイバギーの後部に搭載されたジェットエンジンを起動! 二人で生き残りネオサイタマへ帰るため、絶対に手をつけなかった緊急の燃料である! 今が使うべき時だ! ドーシンは一直線にオアシスに向かう!

「……ハァーッ、ハァーッ……!」サイサムライは決死の逃走を続けていた。炎天下で熱されたサイバネが、僅かに残った皮膚を焼く。喉は渇き、意識だけが嫌なほどに冴えている。ZBRの効果だ。それも消え、意識が薄れていく。

(まだか、ドーシン=サン……!)サイサムライは振り返りもせず、走る! 今の己の役目は、ニンジャスレイヤーを少しでもオアシスから引き離すことだ。だがネオサイタマの死神は、サイサムライの影をすでに踏んでいた!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」情け容赦ないタックルが背中から命中! 地面に押し倒されるサイサムライ! ニンジャスレイヤーはマウントを取り、後頭部をひたすらに殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!?」

「イヤーッ!」「アバーッ!?」アーマー粉砕! サイサムライが痙攣した。目の前の砂地が揺らぎ……故郷のみすぼらしい街並みが上書きされた。

(オヤブン!)ドーシンの声が聞こえた。その声が記憶の中のものか、現実のものか、彼にはもう判別する気力はない。彼はただ、反射的にその言葉に従い、スイッチを入れた。ピボッ。

BOOM!「ヌウッ!?」異音! ニンジャスレイヤーは殴りながら周囲を確認! 上空を飛ぶクルマの姿……飛翔するサイバギーを彼は見とめた! だがその瞬間、抑え付けていたサイサムライの足元からも炎が噴出したのだ!

BOOM! サイサムライの体が滑り、うつ伏せのペンギンめいて砂地を滑走!「グワーッ!?」なおも抑え込むニンジャスレイヤーの足をジェット噴射が焼く! 彼は怯まんと意識を集中させる! だがニンジャ第六感は、足が焼き切られる無慈悲な未来を警告する!

ニンジャスレイヤーが飛び離れたその瞬間、サイバギーが上空を通過!交錯の一瞬、ドーシンはハンドル操作! 車体を空中回転させ、『磁力』ボタンを押す! ワイヤー付き電磁石が倒れ伏すサイサムライを吸着! 回転の勢いにより、ワイヤーは車体に巻き取られる! タツジン!

「イイイ……ヤアアーッ!」地上のニンジャスレイヤーは最後のチカラを振り絞り、奥義ツヨイ・スリケンを放った。だが……届かぬ。スリケンは車体の遥か下を掠め、砂漠の砂に飲まれた。

……

空を飛び続けたサイバギーは、やがて砂漠の途中でジェット燃料切れを起こし、着地した。ドーシンは車外に出ると、サイサムライを助け起こす。二人はともに重傷。ツテを通じ、回収サービスを頼まねばならぬか。費用は高くつこうが、背に腹はかえられぬ。

ドーシンはサイサムライを助手席に座らせ、回収業者へと連絡を済ませた。「……オヤブン」彼は一人、呟いた。サイサムライの意識は未だ戻らぬ。「……オヤブン、スンマセン。俺……」「……」サイバーサングラスの下で、悔し涙が流れた。任務は成功した。だが結局、彼の策はことごとく……

「でかした」サイサムライが呟いた。「エッ?」「でかした、と言ったのだ。ドーシン=サン」オヤブンは疲れ果てたか、それきり目覚めなかった。ドーシンは涙を拭い、クライアントへの報告書をまとめ始める。己の仕事をこなすために。

トットリーデザートの日が暮れる。回収ヘリが飛び去った数時間後、ニンジャスレイヤーは盟友の依頼を果たすべく、オムラのマザーUNIX端末を抱え、砂漠を走り抜けた。人の途絶えた夜の砂漠では、他のサンドワームが体内のバイオ成分を補給すべく、仲間の死骸を喰らっていた。

【プライド・オブ・ヴァーレット】終わり

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。