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うとみ姫とがらくたの玉座

あ、またか。庭先に投げ入れられたゴミを見て、亜子はため息を吐いた。このところ毎日だ。道路に面した家は便利に見えて、こうした気苦労が絶えない。

母は庭に異物があるのを極端に嫌う。亜子はそれを握りしめて玄関へと戻った。異臭が充満していたが、慣れていて気にはならなかった。生活ゴミが散乱し、床が見えなくなった廊下をずんずん進むと、その先がキッチンだ。

締まりっぱなしのガスの元栓と、埃の詰まった電子レンジを横に、亜子は冷蔵庫のドアを開けた。微弱な冷気と僅かな光。電気は通っている。通っているのだが。

「困ったなぁ」

一人呟く。中は誰かの腕や足がぎっちりと犇めき、奥がほぼ見えなくなっていた。亜子はそこにもう一本、今しがた拾った腕を、試行錯誤してねじ込んだ。

今にも溢れてしまいそうだ。しかし捨てるわけにもいかない。ゴミ捨て場に生の手足が落ちていれば、それは事件だろう。

「面倒臭いなぁ」

そんなぼんやりとした思考も、自室へ戻れば自動的に止まる。布団の上には図々しい虫たちが主の不在をいいことに陣取っていたが、体で押しのけて寝そべった。途端、僅かな気力がアースに流したように放出されていった。

「ま、どうでもいっかぁ」

無感情に呟く。これで亜子の一日は終わりだ。後は次の朝が来るのを待ち、庭を見回り、ゴミがあれば家に入れる。その繰り返しだ。その繰り返しが彼女の一年で、そして37になった亜子の、おそらくは残りの一生の全てだった。

亜子の全てを規定していた母は、数年前、唐突に死んだ。だから今の彼女は誰とも関わりがなく、何の目的もない存在だった。

ぼんやりと宙を見続ける。スマホは室内のどこかにあるが、手元にない以上はないのと同じだ。退屈に抵抗する気力も、もう残ってはいなかった。

その時、不意に視界に影がかかった。亜子は眼球だけ動かして見上げた。右腕のない少年が彼女を見下ろしていた。少年は出し抜けに亜子の肩を掴んだ。

【続く】


それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。