夜を突き抜けろ
限界速度などとうに振り切っていた。深夜のハイウェイに悲鳴じみた走行音を響かせながら、俺はバイクの更なる加速手段を模索し続けた。
だが、遅かった。後頭部に激痛。額が突き破られ、脳漿と弾が飛び出した。
「クソが!」
痛みを堪えて急カーブを切る。後方で衝突音。だが一つだけだ。弾丸の雨は引き続き飛んで来る。割り切れ。そう自分に言い聞かす。ハンドルさえ握れれば進める。
「そうそう、偉い偉い」
並翔する死神が拍手した。
「魂売ったんだ。目的も果たせねェのは嫌だろ?」
俺は舌打ちした。癪だが事実だ。奪った抗体を届けなければ娘は死ぬ。本気で避けるべきはその結末だけだ。
「ほら、前だ前!」
がなる死神。俺は目を見開く。即席バリケード。横倒しにされた民間車の列、その前に銃を構えた保全部隊。
判断猶予は一瞬。急旋回、いや、突撃だ。俺はハンドルを握りしめた。途端に前後からの銃弾が俺を蜂の巣に変え、流れ弾が燃料タンクを直撃した。
閃光が夜空を白く染めた。俺の肉片は慣性で前に飛び、一部が爆風に乗ってバリケードを越えた。上出来だ。俺の肉体はバイクごと再生し、そのまま走り抜けた。
「無敵か俺」
「んなワケあるか」
死神は手枕の体勢で言った。
「拘束、ガス欠……要は止まりゃ終わり。死なねェだけだ」
「親切か?」
「味が落ちんだよ」
「そうかい」
徐々に遠ざかる爆炎。民間車に延焼したか、勢いを増した火の手が夜空を赤く染めていく。微かに聞こえるサイレンが記憶を呼び起こす。妻との出会い。別れ。交わした約束。思わず呟く。
「……リィを立派に育てろ。思い出話を地獄で聞かせろ」
「後者は叶わねェな、エディ」
死神がニタリと笑った。
「黙れボケ」
俺は吐き捨てた。正直後悔はあった。馬鹿だが約束だけは破らない、それが誇りで生き様だったからだ。だが今回、俺は初めて約束を破る。この死神との約束を。
吹き付ける風に重苦しいエンジン音が混じると、俺は再び加速をかけ始めた。
【続く】
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。