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月光を掴む

 病床から見える月が、僕の全てだった。

 幼い頃からそうだった。夜空に輝く月が、欲しくて欲しくてたまらない。だからせめて眺めていた。朧な影でも構わない。月が見える、ただそれだけで嬉しかった。

 そんなある日、僕は見つけた。手のひらを夜空に伸ばし、角度を変えて片目で覗けば、月は手の上にある。幼稚な錯覚も僕にとっては魔法だった。病も寿命も些末な悩みになった。だって僕は月を手にした男なんだから。

 けれど、その全能感は唐突に消えた。当たり前の矛盾。手を握ると月は見えなくなる。だけど月光は夜空を照らしている。どこにも届かないはずの光が、ひたすらに美しく。

 それきり僕は月を眺めなくなった。だけど胸の中では焦がれ続けた。月を手にした感動。失った絶望。月光。あの光が。埋火のように息づいて。

 炎のように、燃えあがる。


 ――ゴウン!

 眼前の火球を引き裂き、戦闘服の少女は敵を睨んだ。高熱に歪む景色の先に、聖堂に見合わぬ患者服の少年。

「だから」

 イネは低く言った。少年の言葉の意味は何一つ理解できなかった。

「だから、何だって?」

「『神の火』を貰っていく」

「ざけんなクソが!」

 神速の踏み込み。鳩尾を抉る拳。熟練の戦闘員すら捉えられぬ一撃を、少年は容易く受け止める。続けざまに二撃、三撃。同じだ。対処している。イネは思考する。病的な痩身のどこにそんな力がある?

 ――『燃焼』の強能力者。その言葉が脳裏を過る。それが余計に苛立たせる。努力では決して得られぬ力。それを何に使う? 町一つ焼ける兵器を奪い、何に使う!? 燃料? 夢だと!?

「こっちは! 真剣に! 革命なんだよ!」

 空気の爆ぜる音がした。側頭部への回し蹴りは左手で受けられていた。イネは目を見開く。少年の右肘から炎が噴き出し、杭の如く拳が放たれる。

 一瞬、視線がかち合った。イネは困惑した。少年の目。その奥底の光。狂信に培養された少女が終ぞ知らぬ輝き。敗北を目前にしてなお、そこから目が離れない。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。