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公共トイレからトイレットペーパーを本気で取り除こうとしている男

トイレットペーパーの重要性ほど軽視されているものなどこの世にない。しいて言うなら、誰も話したがらない、アンタッチャブルな存在になっている。

ヒステリックに資源枯渇が叫ばれ、スーパーのレジ袋が環境保全のために有料化された21世紀になってもなお、改良や再利用は一切試みられず、一度きりの短い人生をトイレのフラッシュとともに終える。どんなに倹約家の人々でも、さすがにトイレットペーパーまでは再利用しない、というかできない。これだけはどうも水に流したい。

百年以上の歴史を持ちながら、その形をほとんど変えずに現在まで生き残ってきた。キッチンペーパーと名前を変えれば、食卓のテーブルの上でも圧倒的な存在感をむんむんただよわす。

この世からトイレットペーパーがなくなればどれほどの人間がつらい思いをするか考えたことがありますか?

 

先進諸国に住む人間の大半、ここはあえて100パーセントと断言していいと思います。依存していることに気がつかずに依存し、それこそ、老若男女の間ではスマートフォンよりもマストなアイテムになっています。ウォシュレットが登場してなお、最後の尻拭いはやっぱりトイレットペーパーが大活躍。

私の友人はインドから帰国して、トイレットペーパーを使うの辞めたよー。と言う話を聞いたことがありますか?体の芯やお尻がインドにかぶれても、やはり慣れ親しんだトイレットペーパーと別れるのはつらい。インドに出張する日本のサラリーマンのスーツケースの中身はトイレットペーパーがぎっしりと言う噂も。

一度はまれば病みつきになり、もう一生手放せなくなります。

人々がパニックに陥ったときに、最初に店頭から消えてしまうのは?誰もトイレットペーパーのありがたさを話題にしません。

トイレに行くと必ず目にするので、トイレに行くと必ずそこにあると思われていて、用を済ませて手を伸ばすと、そこにあるべきモノがなかった時の、あの気持ちをどう文章に表せばいいのか?焦り、冷や汗、あきらめ、どん底に落ちたような気分に浸りながら、家に帰って静かにシャワーを浴びた経験があるのは僕だけではないでしょう。

そんなありがたいトイレットペーパー業界で働く男がこの物語の主役です。

業界最大大手のケツクリーンで働く吹杉[ふきすぎ」はどうすれば売り上げが伸びるかを必死に考えていた。今でも、十分な売り上げがあるが、もっともっと売って売って売りまくって、最近から売り上げをぐんぐんのばしつつある業界二番手のシルクロールが手の届かない位置まで行きたかった。でも一体どうやって?

ケツクリーンとシルクロールでは品質と値段にほとんど差がない。一度、五千人規模のアンケート調査をしたことがあるが、回答でもっとも多かったのが、

「どちらでもいっこうにかまわない、というより、どうでもいい」

というものが90パーセントを占めていた。

トイレットペーパーは一度の役目を終了すれば、それでおしまいなので、大多数の人間がコレと言ったこだわりなどを持たずに21世紀までやってきた。これからの時代は絹並みのやわらかさを売り文句にしてシルクロールが登場したが、ケツクリーンを追い抜くまでには至らなかった。

そんな折りに、吹杉にとある膨大な人工を抱える共産国への出張が決まった。人件費が安いその国には多くの企業が出資しており、吹杉の会社もその波に乗って、さらなる利潤を追求した。現地見学と現場指導の役目を負って吹杉は熱い思いを胸に旅立った。

その国に降りたって吹杉が抱いた感情は、あまり上等なモノではなかった。人工的で科学的な大気汚染のにおいがするし、ミクロの粒子で10メートル先が見えない。たばこの煙が充満するロビーには現地の通訳のリーが待っていた。

「お待ちしていましたよ。吹杉さん。まぁ、たばこでも一本どうですか?」

というなり、リーさんは口に挟んだタバコに火をつけて吹杉に渡した。

タバコを吸わない彼は困惑しつつも、これがこの国の礼儀だとすぐに悟って、ありがたくちょうだいした。

「どうもありがとうございます。げほっ、げほっ」

たき火の煙を直に吸った息苦しさに追い込まれて、二三分死ぬ思いをして、この国に来なければよかったと考えながらも、やはり業界人らしく、まずは手始めに空港のトイレに偵察に行った。

そこで彼は驚くべき発見をすることになる。なんとトイレにはそこに絶対にあるべきトイレットペーパーがなかった。

「これは一体どういうことですかリーさん?」

「あー、ね、この国は貧しいから、ペーパー置くとねとられちゃうんよね。だから、みんなマイペーパーを持ち歩いているの」

そう言うと、リーさんはくるっと横を向いて、自分の体に麻ヒモとともにしっかり巻きついたトイレットペーパーを誇らしげに見せてくれた。なるほど、言われてみれば、周りの人間の体の横にも肩掛けのハンドバックの如く、トイレットペーパーをぶら下げていた。今風の若者はキラキラしたネックレスにトイレットペーパーをかけてこれでもかとアピールさせていた。

マイペーパー!これは誰も考えなかったことだ!そうか、これだ!っと吹杉は早速、本社に連絡した。これから、すぐに今一番油の乗っている芸能人をやとって、そいつにマイペーパーを持たせる。そいつが出歩く時はいつもマイペーパーを携帯させ、一般社会への露出を多くさせる。そうすれば、一般大衆は勝手にソーシャルメディアに写真を投稿して宣伝してくれるだろう。どっかのファッション雑誌にインタビュー記事も載せて、こっそりマイペーパーの話題を持ち出す。そうすればきっと流行る!

そうだ、マイペーパーを携帯する入れ物もこの際一緒に売り出す。いつでも、ペーパーを取り出せるようになっていて、ちょっとおしゃれで、スマホ収納できてすぐに取り出せるようになっているほうがいいな。大手のアパレルと提携して、それも販売しよう。

とっさに浮かんだアイデアを矢継ぎ早に、本社に連絡して広報担当に話した。

「アイデアはなかなかいいんだけどね。難しいんじゃないかな?だってさ、我が国ではどこのトイレにもトイレットペーパーは完備されているし、ポケットティッシュだってあるしさ。でも、おもしろい案として上に相談してみるから、またそっちでいい考えが浮かんだら連絡してよ」

ポケットティッシュの存在をすっかり忘れていたと、吹杉は思ったが、まぁどうにかなるだろうと考えた。あれは箱に入っていないから使いにくいし、途中で取り出し口のところでティッシュがぐちゃぐちゃになって、ゴミ箱行きになる場合がほとんど。トイレットペーパーのように最後まで使い切った喜びをあまり味わえない。ポケットティッシュと言う割には、ポケットにいれてもかさばるし、街頭で若い女の子が宣伝のために配ってるのを、なんとなくもらっているのが現実だ。それよりも、マイペーパーの方が役に立つはずだ。

そして吹杉は新たに革命的なアイデアを思いついた。これからは自分のトイレットペーパーを巻く時代だ!トイレットペーパーを支える芯をアクセサリー感覚で選べるようにする。例えば、シルバー芯や純金制芯など付加価値が高く付くモノから、かわいいキャラものとか、とにかく、芯にも個性を持たせて、一人一人が満足いく商品を作る。さらに、大手家電メーカーと供託して、トイレットペーパーの巻き機を作る。仕組みは簡単で、片方に普通のトイレットぺーパーをセットして、もう片方にオリジナル芯をセットして、実行ボタンを押せば巻き機がまわって、オリジナルペーパーが巻き上がって出来上がり。

そんなことを考えながら吹杉はリーさんと工場へと向かった。そこでまた、吹杉は驚いた。都市からだんだん離れていって、農村の牧歌的な風景が続いていたところに突如として、また都市が現れた。リーさんが言うにはそこは、ケツクリーン傘下の工場で働く人たちのためにたてられた都市だと言う。日本の地方都市を軽く凌駕するスケールに度肝を抜かれた。

「ようこそカミの街へ」

リーさんは不思議な含みを持たせてそうつぶやいた。

「ここの責任者の尻清さんはどこに行けば会えますか?」

吹杉がここに派遣された理由の一つが、この尻清という男に会って、本国に帰国せよととの本社の伝令を伝えることであった。

「カミさまですか、あの人には会えるかな?ちょっとわかんねぇな。連絡いれてみますわ」

「あっ、はい、リーです。今ですね、本社からの人間が来てですね、カミさまに会いたいと言っていますが、えーっ、はい、はい、除菌、殺菌、滅菌、まだ終わっていません。あー、はいじゃ、それ終了後にお連れしますわ。ちわーす」

カミさま?不思議な呼び方されてるいな。一体どんな人間なんだろう?会ってみればわかるか。

「それでは、吹杉さん。ちょっとついてきてください」

 リーさんはタバコを吸いながら、彼をサウナへと連れて行った。

「カミさまにお会いしたいなら、まずは除菌しなきゃならね。それにはサウナが一番なんでまぁ、ゆっくりどうぞ」

長旅で疲れていたし、サウナなんて久しぶりだったので、吹杉は喜んで服を脱いで杉の木のいい香りのするサウナへと入っていった。じわじわと暖まってきて、20分後にはドバーッと大量の汗が噴き出してきた。冷たいシャワーを浴びて、脱衣所へ行くと、タオルが置いてないことに初めて気がついた。

「あのー、すいませーん。タオルくださーいぃ」

すると、どこからかトイレットペーパーが飛んできた。びしょ濡れの手にキャッチされたその物質は、これでもかというほどに水を吸収した。それでも、タオルほどの強靱性はなく、体を拭くのはためらわれたが、タオルが飛んでくる様子がなかったので、しかたなくそれで拭いた。体中に小さいトイレットペーパーが付着したが、他にはどうしようもなかったので、黙って業界人らしく拭いた。

「あー、すいません。タオルを忘れていました。どうぞ」

そう言って、リーさんはタオルをくれた。タオルは力強く、そして確実に体の表面の水分をふき取り、吹杉の不快感を払拭してくれた。

「それでは、こんどは殺菌にいきましょう」

リーさんは、殺菌パブと看板がでている飲み屋に連れて行ってくれた。そこで、乾杯を交わして、やたらにアルコール度数の高い酒をしこたま飲まされて、その日の記憶はそこで途切れた。

「吹杉さん、起きてください」

どこからか、リーさんの声が聞こえてきた。頭がガンガンする。そういえば、昨日は殺菌パブとか行う場所で飲まされて、あーもうだめ。

「滅菌の後にカミさまに会えますよ」

仕事のことを思い出して、吹杉はしかたなく着替え始めた。その間にリーさんはたばこを次から次へと吸いまくって、部屋中を煙りだらけにした。

滅菌が行われる場所にはエアーガンがあり、それで体中をプシュプシュやられて終わりだった。確かに、10分以上も綿密にプシュプシュをやられては、小さな菌とかバクテリアたちは吹き飛んでしまうだろう。

カミさまと呼ばれる男は普通の中年男性で、正しいサラリーマンらしく、吹杉に名刺を渡してから、こう切り出した。

「すごいと思いませんか?この国は。人々はタバコばっかり吸っているのに、仕事はピシッとどんなことでもやるんですよ。僕も最初は冗談で、除菌、殺菌、滅菌を言い渡したら、ほんとにやるんですからね。なんかもう神聖な儀式みたいになってしまって、僕に会うなら必ずこれをしなきゃならないというのが、当たり前になってしまったんです」

「えっ?じゃあ、本当は菌とかバクテリアが怖いというわけではないんですか?」

「僕はただたばこのにおいが嫌いで、どうにかにおいを消そうと思って始めたことです。この国に来た当初は、仕事中は禁煙だと、口酸っぱく言ったんですがね。だめなんですよ。彼らはタバコを空気みたいに考えているのか、寝ている時以外はずーっと吸っているんですよ。無駄だとはわかっているんですが、少しはヤニ臭さがとれると思って。それになんかカミとしての威厳も保てるみたいだし。」

「それなんですよ。ここの工場に生産の拠点を移してから、消費者からヤニ臭いとクレームが入るようになったんです。ここに来てそれがどうしてだかがわかりました。」

「ヤニ臭いねーぇ。トイレットペーパーなんて代物は不思議ですね。どうせ一回しか使わないのに、シルクを混合してみたり、香水の香りをつけたりと、いろいろ試行錯誤を重ねても、どのみちぽいっと捨てられてしまうのに。それに世界で出回っているトイレットペーパーの90パーセント以上がこの国で生産されているから、ヤニ臭いのは当たり前になると思うんですけどね。でも、消費者のためならどうしようもないですね。暴動が起こるかもしれないけど、完全禁煙を実施してみましょう」

話のわかる男は、早速机の上の電話に手を伸ばして、完全禁煙の命令を下した。

「きっと暴動が起きると思うので、警察を呼んで対処してもらいましょう。その様子をビデオに収めて、本社の人間にどれほど無謀なことをしているかを見せてやりましょう」

カミの街ではその日から本当に暴動が起こった。怒り狂った従業員たちが仕事を投げ出して、破壊行動を始めたり、鎮圧に動き出した警察の機動隊と戦っている。僕はその様子をしっかりと録画しながら、たばこぐらい吸わせてあげてもいいかなっと思い始めてきた。

そう考えているうちに、トイレットペーパーをもっと売るいい方法を考えた。この暴動の様子を編集して、ネットに上げれば、それはたちまち炎上する可能性がある。トイレットペーパーを製造している工場が稼働していないので、数週間後にはトイレットペーパーがこの世に流通しなくなる可能性があるとかなんとかを、評論家にテレビカメラの前で言わせる。それを視聴した人々はパニックに陥り、トイレットペーパーを求めて血眼になって走り出すであろう。店頭からはトイレットペーパーが消えるが、2年先までの量がすでに完成しているので、流通しなくなるということはありえない。人々はトイレットペーパーのありがたさを再認識して、少々ヤニくさいことぐらいでぶつぶつ文句を吐かなくなる。ありとあらゆる公共のトイレからトイレットペーパーが短い間ではあるが消え、その間に、その公共トイレからトイレットペーパーホルダーを取り除く。

ちょっと待てよ、どうやって全ての公共トイレからトイレットペーパーホルダーを取り除くことを正当化するんだ?うちの社員を総動員すれば一週間ぐらいでできると思うけど、世間に知れれば大変なことになってしまう。

続く

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