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工場ノスタルジー

工場で働いていた頃の職場環境についての話題になると、同じように現場の空気を知っている方々と「わかる」「懐かしい」と、思い出を共有することがある。それぞれ全く違う工場であったとしても、現場独特の空気感というのは全国共通なのかもしれない。私自身も懐かしい気持ちになって、工場の建屋に思いを馳せる。

工場のことで何か面白い話はあったかな、と思い出そうとしても、もう数年前の出来事なので、すらすらと出てくるわけではない。よく飲み会に行ったな…とか、野球応援に行ったな…とか、勤務以外の思い出はあるのだが、そもそも勤務中に面白い出来事はそうそう起こらない。面白いことばかり起こる工場など、製品の品質がとても不安だ。多分ウォンカのチョコレート工場くらいしか許されない。

話題を探すため、今でも現場で働いている夫に当時のことを聞いてみることにした。
「ねえ、私が働いてる時どんな感じだった?」
「どんな?どんな…?あの頃…。うーん…きみは姿勢が良かった」
姿勢が良かった…。
「私、子ども産んでからちょっと猫背になったような気がする」
「俺は抱っこひもで矯正されて姿勢が良くなった」
夫はあの頃確かに猫背だった。だらっとした姿勢でパソコンのモニターと睨めっこしていた姿を思い出す。私は姿勢が悪くなってしまったかもしれない。整体行こうかな。じゃなくてね。
「他になんか無いの?」
「安心…。安心して任せられたね、仕事」
おっ。
「私は仕事ができるからね。へっへっへ」
「いや本当に…歴代担当者でいちばんミスが無かった。きみが辞めた後に何人か変わったけど、今の担当者は…ちょっと…いや…結構ヤバい…」
「そんなに?」
「いや本当に…。今は仕事落ち着いてるからどうにかなるけど。ピークの時だったら、かなりやばかった。受注ピークの時の担当がきみで本当に良かった…」

そういえば2、3年前、夫に「引き継ぐ時に資料とかなかったの?」と急に聞かれたことがあった。その頃から現在の担当者のミスが目立っていたようだった。
「私が作ったマニュアルがあるはずだけど」
「それ見てないんじゃないのかな…聞いてみる」
そうして次の日確認したところ「マニュアル持ってます」と返答されたようで、夫は「それ以上何も言えなかった…マニュアル読んでください、としか…」とがっくりしていた。
「ちょっと…電話口で君から指示して欲しいんだけど」
「流石にダメでしょ、上長がよく思わないよ」
大丈夫そうな気もしたが、数年前に辞めた人間が出てくるのはよろしくないな、と思った。普通に色々忘れてるし。

思い出した。私は前任者から急遽引き継ぎをして、数日で仕事を1人で任されることになった。前任者の急な転勤が決まったのだ。あまりにも急すぎて、引き継ぎが完全ではないまま、前任者が出向に行ってしまった。
それがちょうど、とある大きなプロジェクト真っ最中のことで、私はわけもわからず現場に向かい、すっかり暗くなるまで残業した。半泣きで真っ暗な構内をトボトボ歩いた。現場のルールも、作業着のルールもわからないまま歩いて、現場監督にめちゃくちゃ怒られたこともあった。仕方がなかった。受注がピークで、誰も手が空いていなかった。
それで、自分用にマニュアルを作ろう…と纏めたところ、通りかかった上長が「これ、お前が作ったのか?」と私のデスクにあった自作マニュアルのページをめくり、それがちょっとだけ好評で、正式にマニュアル化して部署内に展開することになった。展開するならちゃんと作らないといけなくなったな…と、空き時間を見つけてはせっせと編集していたのだが、今ではあまり読まれていないようだ。切ない。

私の仕事は図面の出力と、出荷の際に製品のリストを作成する業務がメインだった。図面の手配も大変だったが、出荷リストの作成が慣れるまで本当にキツかった。
急遽出荷が決まった時は、担当者が駆け込んできて「今日中に1000件のリストを出して、出来上がり次第、大至急現場に急行してくれ」といった依頼も珍しくなかった。皆が休憩している昼休みに、冷や汗を流しながらキーボードを叩く特急依頼もたびたび発生した。そうして、ぐぅと鳴るお腹を抑えながら現場に駆け込むと、別の担当者から「その出荷、2日後になったからまだ大丈夫なんだけど」とか言われて、貴様らも一緒に出荷リストに載せてやろうか、という気持ちになったりした。
現場というのはそうやって帳尻を合わせる必要がある場所だったので、現場の担当者たちは度々設計と喧嘩していた。険悪なメールがccで届くたび、あわわ…あわわ…と眺めていた。現場での打ち合わせの時に「メール見た?そういうことです。特急です。もっさりさん、あとはよろしく…」そう言い残して、真っ青な顔の現場担当者はふらふらと戦場に戻っていく。誰も責められない…。

現場は21時くらいになると本当に真っ暗で、現場はところどころ明かりがついてはいたが、細い小道は足元が見えず不気味だった。ドブネズミがガサガサと駆け抜けていたし、これは本当なんだけど(誰も信じてくれないんだけど)鳩の羽根がもぎ取られたようなもの、頭だけのものが落ちていたりした。誰かの仕業なのか、よく侵入してしてきた野良猫の仕業か、鴉なのか。真相はわからないが、夜にそういうものを時々見かけて、ヒエッとなった。

場内には「郵便」と呼ばれる配達専門の部隊がおり、重い荷物を運んでいると時々、郵便のおじさんに「乗ってくかい?」と声をかけてもらった。いつもニコニコしたおじさんだった。休日、何してるんですか?と興味本位で聞いてみたら、「演劇が趣味でね。演者のほうね」という予想外の答えでびっくりした。あとで検索してみたら、ちゃんと市内の劇団の役者さんだった。すごい。
工場内を車で走ると、自分が関わる以外にもたくさんの人たちが働いていて、不思議な気持ちになった。ひとつの街のようだった。

時々、あまり通らない場所を歩いてみようかな、と遠回りして歩いてみると(サボりとも言う)、ばったり現夫に出くわしたりした。トラックを誘導したり、フォークリフトに乗っていたり。働いてる姿をこっそり見学した。
夫のフォークリフトだけ、何故か「こんきん♪こんきん♪」という独特な音がした。音が聞こえると、あっ、今近くでフォークリフトの仕事してるんだな、と分かった。夫はフォークリフトのオイルの補充を忘れたまま使い続けたせいでエンジンから煙があがり、そこからスピードが格段に遅くなってしまったらしい。工場内のちょっとした坂でも登れず止まるようになり、後ろから手で押しているらしい。
夫のことは顔が好きだった。「あの人イケメンですよね」と周囲に言いまくっていたら、付き合うことになった。最初は全く目を合わせてくれなかった夫が、徐々にニコニコして手を振ってくれるのを見ると、なんだか感動した。
結婚する時、夫が事務所内で堂々と「俺たち結婚します」と挨拶して、みんなで写真を撮った。本当は工場内で撮影するのは絶対禁止なのだが、お祝いだ〜!と20人くらい集まってくれた。すごくいい写真なのだが、撮影禁止の場所で撮った写真だし、いろんな仕様書が映り込んでいるので、誰にも見せられない。そこがまたエモくていい。
結婚後は一緒に通勤して、一緒に退勤した。ちょっと恥ずかしかったが、それより24時間一緒にいることになるのが気になった。夫のキャラクターもあるのか、「あの人と結婚したらしいぞ」的な感じで、現場に行くと陰からの視線がめちゃくちゃ刺さった。喧嘩したら一瞬で広まるし、夫と離れるタイミングもないなと思った。そんなこんなで私は退職し、その直後に妊娠して出産した。


* * *


ちなみに今、ちょうどこの話を書き終わる頃に夫が昨日の出来事を話してくれた。
『工場に着いて構内歩いてたら、あの、本当に…通路の前から、ゴキ(以下略)ホイホイの赤いパッケージが、こっちに向かってズザーって滑ってきて…。何事だ?と思ったら、カワウソみたいな…背の低い平べったい生き物が、ホイホイを口に咥えたまま走ってた。はち合わせた俺と睨み合いになったんだけど、なんか本当にカワウソっぽいんだよ…。カワウソって普通にその辺にいるの?」
「カワウソ……。」

結婚前に私が自宅にいる頃、自室で暇を持て余し、お祭りでノリで買ったおもちゃの笛を吹いてみたことがあった。笛の先端に風船が付いていて、ふーっと吹くと、空気が吹き込まれて膨らんだ風船から「ぶいいいい〜〜〜」という何ともいえない音がする。
それを聞いた下の階の母が階段を駆け上がってきて、「ねえ!後ろの川で今カワウソが鳴いてたわよ!お母さんちょっと見に行ってくるから!」と興奮した様子で玄関を飛び出していってしまったことがあった。予想だにしない展開で戸惑い、笛はこっそり隠した。
カワウソって意外と身近にいるのだろうか?とその時に思った。けれど工場の場合、水場が近くにないので、おそらくイタチではないか?という結論に至った。いろんな動物が明け方に忍び込む工場内で、動物の死骸が落ちていても不自然ではないのかもしれないな、と思った。

* * *

という記事を週の初めから書き始めていたのに、これ面白いのか?という気持ちと、他に何か書くことあったっけ?という記憶喪失と、最終的なオチが全然思いつかず、なんだかダラダラ編集していた。とりあえず載せます。なんか思い出したらまた書こ〜っと。

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