女子会エモーション
工場で働いていた頃に仲の良かった女の子、ミュウちゃん(仮名)と久しぶりに飲みに行った。一緒に飲むのは在職時以来なので、およそ6年ぶりである。6年ぶりか~。
先日、地元の同級生と集まって飲んだのも6年ぶりだった。私の時間は結婚を境に6年前で止まっていたようだ。
ミュウちゃんは新卒から入社した正社員の女の子で、県内トップの高校出身、ありとあらゆる特技を持つ才女である。すらっと背が高くてスタイルがよく、ショートカットがよく似合い、メイクもファッションも垢抜けている美人だ。普通に歩いていても凛としたオーラがある。
一体なぜ、ずんぐりむっくりの派遣社員であった私がミュウちゃんと仲良くなったのだろう。ここまで仲良くなった経緯はわからないが、本当に仲良くなる人って、いつの間にか仲良くなってたパターンが多いよね。
私が入社した当時、ミュウちゃんは斜め前のデスクに座っていた。工場にこんな綺麗な子いるんだ、というのが率直な感想だった。短い髪が良く似合って、小さなイヤリングと、すっきりとしたブラウスの裾が揺れる。椎名林檎みたいだった。ミュウちゃんはいつも難しい顔をしていて、一人でいることが多かった。上長や同じユニットの人たちとぶつかっている様子も時々あった。会議で声を荒げることもあったようで、私はまったく別な仕事をしていたけれど、少々ハラハラした。
はじめて会話したのは掃除の時間だった。どちらともなく話しかけて、年齢の話をしたら、同い年だった。地元の話をしたら、同じ高校にもっさりさんと同じ地元の子がいたよ、と言われて、それが中学の友達だった。共通の友達がいると、一気に距離が近くなった。その後、席替えが何度かあり、なんとなくいつもミュウちゃんの近くの席になるようになった。背中合わせになることが多くて、残業時間中にお菓子を交換したり、ちょっと聞いてよ~、とお互いに話を聞いたりした。退勤後にラーメン行こうよ!と、ぜんぜんお洒落じゃないラーメン屋でずぞぞぞぞぞと二人でラーメンをすすったり、酒をがぶがぶ飲んだりして、めちゃくちゃ楽しかった。
私は当時、同じ事務所の同世代の女の子たちにあまりよく思われていなかった。事情を説明すると長くなるが、私は煩わしい人間関係から離れて仕事に打ち込みたい気持ちでいた。自分が前職を辞めたタイミングで両親も無職になってしまったからだ。体調を崩して退職したものの、すぐにある程度稼がないと一家野垂れ死んでしまう、ということで、先方から声がかかった派遣の仕事にすぐさま食いついた。職場で人間関係の仄暗さを見るたびに、自分の心配だけでいい人は良いですね、何の責任もなくて親や家族のご飯の心配もしなくていいんですね、という卑屈な気持ちでどこか塞いでいた。
一方でミュウちゃんは、本社からこちらに異動してきた経緯があるらしかった。何かトラブルがあったらしく、地元であるこちらの工場に来たようで、同世代の若手と親しくしている様子がなく、若手たちにミュウちゃんのことを聞いた時に「あの変わり者のこと?」と返答された。その言い方がすごい嫌だなと思ったし、結果的に私は若手グループから離れた。お互いそういうの背景があったのも、仲良くなれた理由のひとつであるような気がしている。
私が結婚を機に退職する日、ミュウちゃんは出張の予定があり昼休みに工場を出るスケジュールだった。最終日、各々が静かに昼休みを過ごす事務所で昼食をとっていると、これから駅に向かい特急に乗るミュウちゃんが私のところに来てくれた。今までありがとう、という挨拶をお互いにすると、突然ミュウちゃんが泣いた。ぽろぽろ涙がこぼれる、という泣き方ではなく、「寂しい~!うわ~~ん!!」という、感情が爆発したような泣き方だった。びっくりした。静かな事務所内に響き、周囲も様子を伺っているのがなんとなく分かったけれど、私がはじめて出社した時にひとりで凛としていたミュウちゃんが目の前でわぁっと泣いていて、色々辛いこともあったけれど、私はここにいて良かったんだなと思った。暗くて広い、100人近くが静かに見守る事務所の真ん中で、ミュウちゃんを抱きしめて一緒に泣いた。
退職後もミュウちゃんには結婚式の受付をお願いして引き受けてもらったり、産後も退院後に我が家に来てくれたり、2歳ごろの息子と公園にピクニックに出かけたり、二人でバスツアーに出かけたりした。
春先、ミュウちゃんから連絡があり、彼女が退職することを知った。驚いたけれど、私が退職してから6年、ずっと踏ん張り続けていたのだろうか、という気持ちにもなった。それで「じゃあ二人で飲もうよ」と提案したら、すぐにお店のセッティング等まるっと進めてもらった。相変わらず仕事が的確で早いな…と感動した。
当日、早めの時間に集合し、「女子会コース」というプランで居酒屋に入店した。「女子会」という呼び名にいつの間にか抵抗をおぼえてしまったが、待ち合わせに現れたミュウちゃんが全然変わってなくて、相変わらずショートカットが本当に似合うし、ワンピースにパンツを合わせた着こなしがすごくお洒落で、こ、これは…女子会だ~~!!という気持ちになり、胸が高鳴った。
女子会コースの料理がまた凄かった。延々とメインみたいな料理が出てくる。具沢山サラダ!お刺身のカルパッチョ!カナッペ!魚のフライ!山盛りポテト!鶏唐揚げの黒酢あんかけ!牛ステーキ!オムレツ!ピザ!パスタ!バゲット!大福!という感じ。これ本当に女子2人用のメニューなのか!?と目を疑ったけれど、本当にパーティーって感じで幸せだった。自分が台所に立たないでも、こんなに料理が出て食べ物に困らない。いつ以来だろう…。
出された料理は全部食べよう!ということで、酒を飲むどころではなくなってしまった。ビール2杯飲んだら満腹でウッとなった。飲みすぎて失敗しないように気を付けてはいたが、まさか料理のほうでこみ上げるものがあるとは…。でもそれを含めてめちゃくちゃ楽しかった。海賊の食事みたいだった。
ミュウちゃんとは元職場の話がメインで、いろんなことに耐えていたこととか、過去の出来事、そしてこれからの私たちのこと、色々な話をした。6年間、私はすっかり家庭に入って外の世界から切り離されたような気持ちでいる間に、外の世界はすっかり様変わりしているようだった。秀才である彼女の考えをすべて理解することは到底できなかった。どうしたって友達側からの視点で、それ以上何か意見を言うことはできなくても、話を聞いて側に居れてよかったなと思った。
私が退職した時の事覚えてる?と聞くと、ちょっと俯きながら「あたし結構泣いたよね」と覚えててくれていた。よかった。よかったと言うのは覚えててくれてよかったということで、泣いてくれたことももちろんなんだけど。
「あの時ミュウちゃんが泣いてくれたことが今でもお守りになっている、あの瞬間わたしはあの場所で生きてよかったと思って、家に入っている今、孤独を感じる時にふと泣いてくれたミュウちゃんのことを思い出すと、これまで生きてきた実感が湧くことがあるから、ありがとう」と伝えた。もうちょっと早く伝えるべきだったが、今になってこそ大事な記憶だなと思う。
次はプラネタリウムに行こうね!と話して解散した。帰りは夫が迎えに来てくれた。
私が飲み会に行っている間、夫には私の軽自動車を点検するためにディーラーに行ってもらった。発車するときや右左折の際、左側の足回りから「カラン」という金属音が聞こえており、タイヤ付近の部品が緩んでいたら怖いね、ということでディーラーを予約した。整備士に時間をかけて点検してもらったものの異常が見つからなかったらしい。一体なんの音だろう…と調べた結果、整備士の方が言いにくそうに「これが助手席の下に落ちてました…。これですね」と、私が飲んでそのへんに転がしておいた栄養ドリンクの瓶を渡されたという。ほんとにごめん。
それで疲弊したのか、夫は私を連れて帰宅すると、夜中の車内で生米の袋をぶちまけてしまい、次の日は朝から車内を大掃除する羽目になった。
いろんな思いが浮かんだミュウちゃんとの飲み会でした。辛い思い出もたくさんあるけれど、楽しい思い出を呼び起こしてくれる友人の存在は大切にしようと思いました。
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