価値観の転換をABAを使って説明してみる
ABAの基本原理「人は得する方を選ぶ」というのは、何にでも当てはまる。
得することというのは「儲かる」というような単純な意味ではなく、もっと広く、「心が望むものを得た」と感じること。
怒られるのは、気持ちよくないから(望まない状態だから)避ける。
褒められるのは、気持ち良いから(望ましい状態だから)もっとやる。
無視はつらいし、もっと構って欲しい。
不安は遠ざけたいし、安心が欲しい。
子どもは、そのために、どうすれば大人が自分に望むものを与えてくれるのか、常に考え選んでいる。
でも、時には誤学習も起きる。
ヒトの子どもの頃の「こっちが得だ」という思い込みは、若くて世間知らずな親のおかしな価値観で歪むので大抵間違っている。(それはもう、そういうもんだから仕方ない)
「泣いてねだれば大人は折れる」
「拗ねればご機嫌をとってもらえる」
「気配を消して、いないかのように過ごす方が、怒られない」
「暴れて警察沙汰になれば、親はこっちを見てくれる」
「お父さんの顔色を伺い、してほしいことをすると怒鳴られない」
「私が黙って怒られていれば、それで丸く収まる」
子どもたちは、こんな風にさまざまに無意識化されたルールに則って動いている。
チビのうちは親の庇護がないと生きていけないので、その誤学習も役に立つ。
誤ったルールでも、守っていれば被害にあわない。
でも、だんだん大きくなって、自分の意思でいろんなことを決めたい年齢になってくると、
その誤学習が「自分の心から望むもの」を遠ざけることになる。
そこで葛藤する。
これまで知らなかったルールは、
試す機会がなかったので、それでやっていけるのかどうか怖い。
不安だ。
いつもの安心ルールに乗っかってる方が楽なんじゃないか?
でもそれだと、自分の欲しいものは永遠に手に入らない。
そこで勇気を出して、新しいルールで動くことを試す。
「人の顔色は見なくてもいい」
「もっと主張していい」
「違うと思ったら反撃していい」
それでもうまくいくことを知り、
大人に与えて欲しかったものは、
実は自分で自分に与えられることを知る。
「なんだこっちの方が気持ちいいじゃん」
とわかる。
かつてのルールは、自分にとっては無益なものだ、守っても得しないとわかる。
弱化の原理だ。
これが「ぱっかーん」するってことなんだろう。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。