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魔法のメガネを売る男

2019年5月から10月まで『世界を変える著者になる ブックオリティ出版ゼミ』という、ものすごい名前の、ものすごいゼミに通っていた。毎月一回、出版界のレジェンド高橋朋宏さんをはじめとする三人の素晴らしいメンターの方々にご指導いただきながら、自分の出版したい本の企画を作っていく。「プロフィール」と「はじめに」と「目次」を三点セットで提出し、ゼミの最終日には、これをもとに3分間のプレゼンをする。
誰に向けて?
もちろん、現役バリバリの編集者の皆さんに向けて、だ。
審査員として来てくださっている編集者の皆さんに興味を持ってもらえれば、その場で名前が呼ばれるという昭和の『スター誕生』のようなシステムが採用されており、その日に向けて「目標は同期全員で出版だ!」「おー!」とみんなで盛り上がっていた。あがいている渦中は大変つらかったのだが、過ぎてしまえばとても楽しいゼミだった。

私がここで書きたい「魔法のメガネを売る男 星野誠さん(通称まこっちゃん)」は、そんなおっそろしくハードなゼミの同期だった。
イケメン、細マッチョ、しかも、金髪で、見たことないような眼鏡をかけて、全身黒づくめな上に、鎖がじゃらじゃらしている。
見た目があまりにチャラい上に、最初の自己紹介で「僕、火星に行きますんで、よろしく」的なことを言われ、私の頭の中では危険信号が点滅した。
「この人、絶対ヤバい人だ、近づかないようにしよう。」

ところが、そんなまこっちゃんの印象が、ゼミ三回目の日にがらりと変わった。
会場の席次は決まっていないので、当日ついた順に好きなところに座っていく。常に最前列かぶりつきを善しとしていた私は、その日、たまたま最前列に空いている席がそこしかなく、初めてまこっちゃんの隣に座ってしまったのだった。
「ひーー!どうしよう」内心、戦々恐々としていたが、講義が始まると、各種のワークの時にペアで話す機会があり、私がその見た目にビビっていたまこっちゃんは、実はすっごくいいやつだとわかった。
人の話をとても真摯に、否定もせず、何でも感心して聞いてくれる。しかも、外見の主張の強さと裏腹に、恐ろしく謙虚なのだ。おまけに、なんだか人を癒すフェロモンでも出しているようで、まこっちゃんがいると、その場の緊張が緩和される。温泉にでもつかったようなほっこりしたいい気分になるのだ。
私はその日一日でまこっちゃんの大ファンになった。

ゼミの最終日。
この日は、ベストセラーを輩出してきた居並ぶ編集さんたちの前で、自分の書きたい本のプレゼンをしなくてはいけない。同期の人たちは朝からみんな緊張でピリピリしていた。私も人生でこんなに緊張したのは初めてだと思う。
私の隣は、名簿順でまこっちゃんだった。まこっちゃんは、時々むつかしい顔をしてパソコンのキーボードをたたいていたので
「こんな日まで仕事なの? 大変だねえ」
と声をかけると
「仕事というか、何というか……」
と歯切れが悪い。何だろうと思っていたがしばらくして
「できた!」
と小さな声がした。
「何なに?」
「いやー、今日のプレゼン原稿、書くヒマがなくて、今やっと完成しました」
まこっちゃんが、そう言って笑った時、プレゼンの順番は、まこっちゃんまであと数人と迫っていた。

「この人、マジすごい! 同期で本を出す人が出るとしたら、この人が一番最初だな」
そう思った私の勘は正しく、編集さんにべた惚れされたまこっちゃんは、ゼミの同期の出版予定者第一号になった。

彼の本のタイトル「たかが人生は眼鏡で変わる」(仮)。
最初は「たかが眼鏡で人生は変わる」だったのだが、人生はもっと軽いノリでも大丈夫だ、という彼の信念に基づいて、眼鏡と人生が入れ替わった。

そう、彼は眼鏡を偏愛しているけれど、それ以上に人生を愛している。たかが人生、と言えるほどに。
人生を楽しく、生き切った! と思えるよう、日々見えないところで努力しながら生きている。

彼が営む誠眼鏡店は、銀座と新宿に店舗を構える大人の隠れ家のような小さなお店である。
店主が選んだ、とにかく個性的な、普通のメガネ屋では買えないような眼鏡だけを扱ってる。
店内はアンティークな雰囲気と、いたるところにおかれた植物が、居心地の良さを高めていて、何時間でもうだうだできそうだ。

この「知る人ぞ知るおしゃれなお店」には、世界中から口コミでいろんな人がやってくる。
まこっちゃんは、どこのどんな人がやってきても、ペラペラの英語で、数年来の友人と話すように、楽しそうにコミュニケーションをとりながら、ご本人が絶対選ばなそうな妙なデザインの眼鏡をお勧めして、見事にお買い上げいただいている。

すごい。
こんなに仕事ができる人だとは思わなかった。というか、仕事しているようには全然見えないのに、すごい!

先日、私もまこっちゃんの「誠眼鏡店」で眼鏡を購入した。
真珠貝の殻の内側のような美しい光沢があり、形も異彩を放っている。蝶々が顔にとまっているような派手なデザインで、私の地味な顔が思い切り負けている気もするけれど、これが、私の『たかが人生』を変える眼鏡なのだと思っている。
ちなみに、そのメガネはどこにかけて行っても「仮面舞踏会に行くんですか?」と突っ込まれ、たいした特徴のない私の顔でも覚えてもらえる必須アイテムになっている。
何より、この眼鏡をかけていると、なんだか、まこっちゃんが一緒にいるような気がして、フフッと笑えて肩の力が抜けるのだ。

彼は眼鏡で、巨万の富を得て火星へ旅をする(予定)。
私は眼鏡で、ナイスな人脈を得て本を出す人になる(予定)。
たかが人生「眼鏡ごときで変わるもんか」と思って生きるのも、「新しい眼鏡で今日から私はいい感じ~♪」とへらへら生きるのも選択である。あなたは、どちらを選択したい?

誠眼鏡店には、人生を変える魔法のメガネを売る男が、今日もご機嫌で大好きな眼鏡を売っている。
≪終わり≫

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はんだあゆみ
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