僕と鯛スナと徳川埋蔵金


―1―


発端は信州連れ出しスナックの捜査だった。
長野の片田舎の小さなスナックから始まった奇妙な物語は、
思わぬ方向へと転がり始めた。

甲信地方の暗部といえるタイスナと、
今なおトレジャーハンターを魅了してやまない徳川埋蔵金伝説。
一見なんの接点もない2つの事柄が私の目の前で繋がり始める。

日本人に貢がれていた一人のタイ人の女が残した言葉は、
群馬の山中に大きな秘密が眠っていることを示唆していたのだ。


―2―

 徳川埋蔵金。日本でもっとも有名な埋蔵金伝説の1つである。

 あのテレビ番組を覚えている人も多いだろう。「ギミアぶれいく」という平成初期の番組で、最初は超能力で埋蔵金を探すという、ちょっとした企画だった。それが「ギミアぶれいく」が終了してからも「徳川埋蔵金大発掘」というスペシャル版に昇格して、4年ものあいだ続いた。

 結局、宝物は出なかったし、そもそも正しい根拠のない出るわけもないところを掘っていたわけだが、テレビ的には大成功した。視聴率は毎回20%以上あったらしいから。たぶん本気でここにあると信じていたのは水野のおっさんだけで、石坂浩二や糸井重里は、途中から「ここからは出ない」と思っていたに違いない。発掘の根拠は黄金の家康像だったのだが、その出自がとんだデタラメだったんだから。

 じゃあ、埋蔵金は嘘っぱちだったんだろうか。

 江戸開城の際に、御金蔵にあったはずの金が無くなっていたことは事実であり、記録として残っている。「財政難で幕府の金庫は空になっていた」「政府軍との戦いのために使用された」などという説もあるが、当時の日本を統治していた幕府の金庫が空っぽという事は常識で考えてあり得ないわけで、いくらかはあったろう。それが0になっていたというならば、誰かが持ち出したという事になる。

「慶応3年に江戸城から御竹蔵に千両箱を移した」、「金座と銀座から17万5千両が持ち出された」、「およそ18万両が大坂城からも持ち出された」、「甲府から上州へ24万両が運ばれた」、という記録や伝承も複数残っている。なかでもトレジャーハンターの第一人者である畠山清行は、昭和の初めに幕府の御金蔵番だった人間から直接はなしを聞いたとまで言っている。

 まあ360万両は無いにしても、少なく見積もって18万~、多くて100万両ほどが大政奉還の前に幕府側の人間によって持ち出されたというのは毎違いないだろう。

 そして、これも大事な部分だが、持ち出された金が軍用金として使われた形跡がない。政府軍との一大決戦は起こらなかったからだ。わずか数日でケリがついてしまった。政府軍は隠匿された金を接収することが出来なかった。どこへ持ち出されたのかは不明。幕府の勘定奉行であった小栗上野介を尋問したが彼は吐かなかった。従って、どこかにいまだ隠匿されていると考えるのが妥当であろう。

 都合のいい解釈だって? あり得ない話だって? 夢物語だって? そうだろうか。

 よく似たケースで、先の大戦が終結した際にも、月島の運河から大量のゴールドバーが発見されている。これは日米の記録にきちんと残っている。国会で答弁があったこともある有名な話だ。総額で370億円(当時の価値で)。フィリピンの山下財宝と違って、これはまぎれもない100%の事実である。たった70年前の話だ。昭和25年の衆議院予算委員会の議事録にも残っている。

 敵に獲られるなら運び出して隠してしまおう。ごく自然な成り行きである。誰でもそう考えるだろう。

 あったはずの幕府の御用金は忽然と消えた。どこに消えたのか。隠匿されたからだ。どこかに隠匿された。これは決定的な証拠こそないが、極めて妥当な推理なのだ。

 きっとどこかに眠っている。1か所か、数か所に分散されてか。江戸からそう遠くない、でも近すぎない、幕府の息がかかった安全な場所に。大埋蔵工事を必要としない場所で、なおかつ必要になればいつでも取り出せる形で。もちろん、150年の間に、場所を知るだれか、あるいは場所を探し当てた誰か、偶然発見した誰か、が持ち出した可能性はあるかもしれないけれど。

 発見されたらニュースになるって? 馬鹿を言っちゃいけない。見つけたらそれを公にする人なんていないだろう。日本の法律では、発見者は、はした金しか貰えないんだから。まして黄金の所有者は徳川幕府だとしたら、公金として日本政府が接収してそれで終わりだ。でも、黙っていたら解らない。ぜんぶ独り占めだ。


―3―

 タイスナック摘発の一例である。ここに、この2つを挙げたのは、サンケイによって詳しく書かれてネットに残っていたというだけだ。もうずっと前から摘発は行われているし、ほかにもたくさん新聞記事になっている。ここに紹介した事件に私が関係しているとか、中の経緯を知っているとか、そういったことではない。

 ただ、この沼田の店は、スナック街の十字路を東に入ってすぐにあるということを私は知っている。伊香保の店舗名不詳の飲食店は、八千代坂を登り切って右へ行った石畳みの道にある。これも私は知っている。

 埋蔵金とタイスナックに何の繋がりがあるのか、そもそもなんで今さら徳川埋蔵金なのか。意味が解らないだろう。

 ここにこれから書くことは、もう何年も前から私の人生に影響を与えている出来事だ。信じられない人は信じなくてもいい。なにか遠い国のおとぎ話だと思って聞いてくれたらいい。ただ、私は誰かに、この出来事を話したかっただけなのだ。


―4―

 

 ある年の連休のとき(具体的な年月日は伏せるが大昔ではない)、私はバイクで長野県を目指していた。目的は長野県の、ある地方にある連れ出しスナック群だった。このスナック群の存在を知ったのはコンビニ雑誌。長野の山奥の村に外国人だけの秘密のスナックがあると、写真付きで実話誌に掲載されたのだ。セブンイレブンで立ち読みした雑誌には、夜の森に浮かぶ建物の写真が、カラー見開きページになっていた。売春スナック発見のスクープ記事だった。

 なんのことはない、それは信州タイスナのことだったのだが、私は長野が一大裏風俗地帯だと知らなかったし、タイスナやピンパブにも入った事が無かった。長野のローカルエリアの連れ出しスナックは、マニアの中のマニアにしか知られていないような存在だったのだ(いまでもそうかもしれないが)。

 場所が長野県であること以外は解らない。98年~03年くらいの裏風俗ブームの時には風俗雑誌やムックには取り上げられていなかったので、私は具体的な資料を1つも持っていなかった。ネットにも目ぼしい情報はなかった。そもそも一発屋なのか連れ出しスナックなのか、それすらわからない。解っているのは東南アジアの外国人、長野にある、今でもおそらく存在する、それくらいだ。だから、実際に行って少しずつ調べていくしかなかった。

 岐阜寄りの都市から訪問して、飯田、伊那、塩尻、松本、上田、と国道19号沿いに進んでいって調べを進めるうちに、「森の中の売春スナック」は、きっと長野市か松本市だと狙いをつけた。しかし、どちらでも手ごたえはなく、行き詰っていたときに、有望な資料に辿り着いた。裏風俗ではなく、外人パブを扱った書籍類だ。裏風俗という部分から明らかにするのではなく、関係する資料を広範囲に俯瞰したら、いろいろ解って来たのだ。そして、どうやらノーマークだった佐久という都市に目的地があるらしいことが解ったのだ。ここまでくるのには、それなりの訪問回数と年単位の時間を要した。

徳川埋蔵金MAP2

 ここで地理的な話をすこし。ポイントは国道18号である。群馬と長野を繋ぐ道だ。長野は広いが殆どが山岳地帯である。その谷底に町が点々とあり、国道がそれを線で結んでいる。感覚的には関西からくると、国道19号で飯田→伊那→松本→長野で長野がゴールのように感じるのだが、北関東から長野を目指すと、群馬からこの18号を西へ走るのである。この、関西人には馴染みのない18号沿いの都市こそがアツいゾーンなのだった。

 国道18号の東端、群馬県高崎市と、西端に位置する長野県上田市までは意外と近い。その間に安中市・佐久市・小諸市・東御市が並んでいる。このあたりが信州タイスナのメッカなのだ。

 伊香保温泉(群馬県渋川市)や群馬県沼田市と、これらの都市を直線で結ぶと榛名山と浅間山が邪魔をするので、高速道路や18号はその山すそを迂回する形で走っている。もちろん、榛名山を突っ切る形で抜けることも出来るけれど。榛名山の頂上は湖になっており、その東側へ下りると伊香保温泉がある。地元の人は使うのか解らないが、私が走った限りでは、抜け道としては機能しているようだった。

 さらなる調べで、佐久の「森の中の売春スナック」は、御代田という場所にあるとわかった。実話誌の写真は上手に撮られていたと思う。実際には山奥ではないのだが、林の中にあって異世界感がある。昼に来るとキャンプ場のペンションみたいな感じだが、夜に来ると一変してエンターテインメントスポットとなるのだ。真っ暗なかにチカチカとクリスマスのイルミネーションのような飾り付けが光り、ミニスカート生足のタイ人と、車で遊びに来たおっさんと、野良猫がうろついている。スナックのドア越しに大音響のカラオケが響いて、例えるなればバンコクのナナプラザやソイカに初めて入った時のような高揚感とでもいおうか。

 雑誌にあった「売春スナック」という表現はかなり誇張というか意訳されており、これらのスナックは実際には売春などしていない。読者の気を引くためにセンセーショナルなタイトルにしたわけだ。しかし、妖しさはある。含んでいえば、それはタイのゴーゴーバーが、売春施設ではないが女を求める人が行く場所だという認識と同じようなものということだろう。

画像2

私が訪れたときのスナック村の様子

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。それから季節が過ぎて年が明けたつぎのシーズンのことだ。私はこの御代田スナック群集の1つで女を購入して(※スナック村は御代田に複数ある。規模はまちまち)、というよりは成り行きで女と店外へ行くことになったのだが、なんしかセックスすることになったわけだ。女のアパートに行って。そのことを少し書こう。

 スナックからほど近いところにあった3階建てのボロアパート。女は送り屋の軽自動車に送ってもらい、私がバイクで後を追いかける形になった。(タイ人コミュニティには、金を貰って女の世話をする日本人御用聞きがいるらしい。風俗やキャバクラの送りのドライバーが進化したみたいなものだろうか)

 このアパートは、外国人ばかりが住んでいるらしい。2階にあった女の部屋は、窓のない暗い廊下の奥から2つ目。スチールの扉を開けて中に入ると古びてはいるものの、意外と綺麗で、田舎だけあって間取りは広い。立ちすくんでいるとベッドに座れと言われた。座ると、ベッドのシーツは毎日洗濯しているとか謎のアピールをしてきた。そういえば、何年か前にもそんなトークをどこかで聞いた記憶がある。渡鹿野島だったかな。タイ人は清潔さに敏感で、毎朝必ず水シャワーを浴びるとか高野秀行の本で読んだことがある。女の髪の毛の匂いが染みついてるシーツもなかなかいいんだけどな。

 さっそくセックスすることになったのでシャワーへ。

 シャワーは別で。女がシャワーに入ってるあいだ、置いてあったぬいぐるみを触りながらベッドでぼんやりする。と、女が浴室から顔を出して笑っている。うん、かわいい。マンコも綺麗に洗ってくださいね。クンニしますから。

画像4

女の部屋の写真だ。

 行為の後はそのまま帰るものだと思っていたが、女は泊ってもいいと言ってくれた。プレイのルールは別にないようだ。これがプレイなのか女の好意なのかは不明だが、金銭は発生している。金の流れがどうなっているのかは知らない。プレイ代の2万は女に払った。もしかしたら店は関知しておらず全額女の取り分なのかもしれない。このとき私は、発射したけれどこれは裏風俗ではないから、報告書にはできないなと思った。

 女の名前はイニシャルでMといった。日本人的な名前で、Mという響きが可愛いからMにしたとか言っていた。自分で自分の事をMと言ったりする、可愛い女だった。不細工な女がそんなことを言えば腹立たしいが、可愛い女が言うのは許せる。男なら誰でもそうだろう。

 年齢はまさかの20代か、とみせかけといて30代で、私より3歳下だった。

「あなた干支は?」
「あなたアメリカ人みたい」

 干支を聞かれたのは今もって謎だが、なにか理由があったんだと思う。アメリカ人というのは日本では誉め言葉にはならないから、バンコクの流儀に倣ったんだろうか。日本人はアメリカ人というとピザデブを想像するからな。こちらもいまだに謎だ。

 マンコは浅くて濡れが悪くてイマイチだったが、綺麗な長い髪と、すべすべの体が興奮した。そして性格が抜群に良かった。店にいるときよりもずっと優しくて、日本語は意思疎通が十分出来る。たまに何言ってるかわからんときもあったが。いい女だと思った。


―5―


『あなた、またいつくる?』

 Mから唐突に連絡が来たのは、それから1か月後だ。

『あなた連休やすみか?』

『あたし、セイリのまえがいい(笑い)』

『そしたらおみずいっぱい(笑い)』

『Mは、おっさんの相手たいへん(笑い)』

 もう会うことはないと思っていた。私は自分から女を誘う事はほとんどしないので(誘わなければならない状況では誘います)、Mが連絡をくれたのがちょっと嬉しかった。

 すぐにショートメールと電話をする間柄になった。

『次に来るときは、お金は15000円でいいよう。サービスよう』

 解読するのが難しいMからのメッセージは、今でもBUPの中に眠っているかもしれないが、それをほじくりだしても仕方が無いので話を先に進める。

 2回目の訪問をしたのは、連休の時だった。きちんと店を通して会った。だから買ったことになる。店の近くに着いたら電話しろと言われていたので、電話しながら店に近づくと、店の外でMが待っていた。ミニの花柄ワンピースを着て、いつ美容室に行ったのかわからないくらい長い茶色い髪で、やっぱり可愛い。タイ人はどうしてこんなに腰下のスタイルがいいのだろう。真っ直ぐの髪が綺麗なんだろう。

 店には入らずに、そのままMとアパートへ行くことになった。こちらもわざと訪問時間を遅めにしてきたというのもあるのだが……。もう仕事を上がるのだろうか。おそらく同伴指名みたいなことをさせられるのだと思っていたのだが。入店しなければ店には何の利益もないのではないかと思ったが、店的にプレイのみの設定もあるのかもしれない。上山田温泉のように。

 Mはいちど店内に戻り、なにか準備めいたことをしてきたようではあった。ここで金を払うのかと思ったが、そうは言われなかった。いずれにしてもMはお金のことはどうでもいいようだった。

 Mを助手席にのせて夜道を走る。今日は車があった方が潰しがきくと思い、バイクではなく車にした。客の車に女を乗せることは店から拒否されるかと思ったが、田舎は車社会だからか、まったく、何事もなかった。道中、「御用聞きの男」とは、寝たことあるか? と冗談で聞いたら、車の中でフェラしてやったことはあると言っていた。ラッキーな男だな。まあんまりフェラはうまくなかったけどな。御用聞きの男は、買い物にいったり足がわりをしたりするらしい。そのたびに小銭を徴収していくのだという。

 アパートに着くと、Mは1か月前よりよくしゃべった。

「わたし横浜にいた。伊勢崎町」

「群馬もね。沼田」

「いまでも群馬に行くね。ぐんま外国人多いね」

 ああ、神奈川か。都会派の売春婦だな。沼田はなんとなく知っている。ずっとむかし、伊勢崎のオートレース場で買った女が沼田出身だった。オレはその女を買う前日に沼田にいて、沼田健康ランドに泊っていたから話を合わすことが出来たんだ。横浜は――、黄金町はもう今は昔か。横浜の大都会から地方に流れてきたということか。横浜はもう浄化で、ましてビザが無いと難しいんだろうな。Mにビザがあるのかないのかは知らないが、まあ持ってないだろうと決めつけていた。私には関係のない話だ。

 それにしても、どうしてMは金に不自由していないのだろうか。可愛いから客は結構つくみたいだが、それにしてもだ。

 答えはすぐにわかった。

「面倒見てくれる人がいるから」

 なるほど、パパがいるという事だ。

 Mの部屋にはダイヤル式の南京錠をかけた押入れがあった。蹴り飛ばしたら簡単に開きそうな押入れだ。そこから1万円札を取り出して出前に来た人物に払っていた。出前というか、行商の人か。Mは自分でろくに料理が出来ないので、食事はタイの屋台飯みたいなのを出前で買っているようだった。タイ人向けの御用聞き、タイ人向けの行商人、いろんな商売があるもんだな。

 その、あまり意味のなさそうな押入れの鍵を背伸びしてかけているのを笑ってみていると、やおら説明が始まった。

「これ鍵かけるね、大事なの入れるね」

「まえに、客の若い男に指輪とられたね。一番大きい宝石の取られたね。あたし悔しい」

 宝石って、イミテーションだろ。Mはジュエリーケースの中に子供のおもちゃみたいな指輪を沢山持っていた。

 ケースから指輪を取って見せてくれた。エメラルド色をした宝石が付いている。それからサファイヤ色をした宝石。ルビーみたいなのもある。どれも10カラットくらいはありそうな代物だ。その泥棒した男はバカだから本物の高価な宝石のついた指輪だと思ったのだろう。そんなにストーンが大きかったら100万くらいするだろうよ。

 そういえば玄関にはブーツやら靴が沢山あった。田舎暮らしなのに随分沢山持ってるんだなって。ブランド物は見当たらないが、物は沢山ある。化粧品にDVD、服も沢山ある。仕事の時に使うのはわかるが。冷房はつけっぱなしで電気代が月に3万すると言っていた。つけっぱなしでも3万はしないだろうと言ったら、「わたし騙されてるか?」と心配そうに聞いてくる。いろいろな経費を家賃と一緒に払う仕組みのようだ。まだ借金がある女も多いだろうから、経費は天引きなのかもしれない。

 生活には、物には困ってなさそうだ。パパはだいぶ援助額が大きいようだな。いまはもう会ってるわけでもなさそうだし。いいパパを見つけたわけか。思い出に金を払ってくれる理想のパパだな。

 そうか。最初に泊まった時、Mがシャワーに入ると見せかけてフェイントで首を出してこちらを見てきたことを思い出していた。私はそのとき、かわいこぶりっこ(死語)をしているのかと思っていたが、この男は泥棒をしないかチェックしていたんだな。納得。


パパはどんな人?

「もう会わないね。面倒だけ見てくれるね」

じいさんか? 何してる人?

「お金持ちね。もう会わないけどずっと面倒見てくれるね。わたし横浜で助けてもらったね」

シャッチョサンか

「ヤクバで働いてるね」

ヤクバ?

「ヤクバ? ヤクショ?」

ああ、役所か。

 神奈川県が治外法権なのは有名だからな。そりゃ警察24時だって神奈川県警に張り付いてたらネタに事欠かないだろう。

 横浜の金持ちになくてオレにあるもの、固いチンコを放り込んで悦ばせてやろうかと思ったが、Mは腐っても売春婦なので男もチンコもなんぼでも知っているなと思いなおした。現実は恋愛小説のように単純ではないのだ。では複雑なのかと言えばそうではない、あきれるほど単純な形なのだ。

 だから、それから、とりあえずセックスして寝た。やっぱりイマイチだった。タイ人はだいたいセックスがイマイチだから仕方がない。タイ人はベッドでイチャイチャするところまでが最高にいい人種なのだ。セックスは韓国人の方が濃厚で数段いい。変態プレイするなら日本人。

 行為後にそれとなくMの生活におけるセックスの頻度を聞いたら、客とは寝ており、若い男もいるようだった。25歳の客が遠くから金と時間が出来るたびに来てくれるのだと言っていた。そうか、オレももう若くないんだな。裏風俗の現場においてオレより若い男なんて殆どいないと思ってた頃が懐かしい。25歳は、Xファイルの2桁台くらいのころか。あのころはパチ屋でも風俗でもジュースゲット率は高かった。

 25歳の男とやらに無くて、オレにあるものはなんだろう。私は考えた。ソープランドのように1時間後にMを別の客に取られるわけではない。しかし、他の男の影があるというのはあまりいい気分ではない。Mが様々な男の中心にいて男を引き寄せるのが、なんとなく面白くなかった。一晩買った客としては、この晩はオレの事だけ見ていろという俗っぽい考えになってしまっていたんだと思う。あるいは、俗に恋愛と呼ばれる病気に進行せんとする前兆だったのかもしれない。

 翌日、朝ご飯をたべるかと、山崎パンを出してくれた。ソーセージが載っているやつな。朝ご飯は食べない主義の私は断ったのだが、Mは、なにか私の事をもてなさないといけないと思っているようだ。私は、寝ている間に心の内を見られたのではないかとドキッとした。もちろんそれは私の思い過ごしのはずだが、押入れの南京錠が開かれ、何かが取り出された。ティッシュに包まれている。

「シルバー好きか? ゴールド好きか?」

 何のことかわからずに黙っていると、あげるといって渡された。銀の腕輪だった。タイ製品だろうか。オリエンタルな感じのやつだ。ついでにタイのインスタントラーメンも持たされた。持って帰るのにカバンがいるだろうと、女物のカバンも貰った。かばんにはいい匂いが染みついていた。自分の持ち物の中で、要らないものを整理しているようでもあったけど、私はそれを喜んでもらった。そして見送ってもらい、帰った。もらったタイラーメンの味はもう忘れた。


―6―

 

 Mは自撮り写真を送ってくる。あなたの写真も欲しいというので写真を送る。アメリカ人みたいと。どんなだ。

「あたし今月もあなたに会いたいのう」

25歳の男は来てくれないのか?

「あの子は何か月とかに1回くらいね。お金ないのに来てくれるね。たまの楽しみいうね。いい子ね」

客のおっさんとあそびに行ったら? 軽トラックで。

「いやーね。おもしろくない」

でも、よく会ってるんだろ?

「仕事ね」

愛人って知ってるか? もっとデートしてやれよ。

「うーん、おっさんね、全員かっこよくないね、でもやさしいね。でもしつこいね。みんな頭はげてきてるね。あはは」

じゃあ、今週末に行くよ。

 このとき私には、付き合ってる(ことになってる)女はいなかったし、コマしてやろうと思える風俗嬢もいなかった。だからホイホイとMに誘われるがままに信州へ行っていたのだ。めちゃくちゃ時間かかるんだけど。Mが好きなのかと言えば、一緒にいるのは楽しいといったところで、好きとかいうより外国の不思議な女と一緒にいる時間がとっても楽しかった。わくわくするんだ。電話やメールでやり取りをしている間も、胸が締め付けられるとか、物事が手につかなくなるとかいう謎の症状に苛まれることはもちろんなくて、恋愛病には至らなかった。私は人より免疫が強めなのかもしれない。

 週末が近づくとMが時間を指定してきた。

「あなた12時過ぎにくるね」

 12時過ぎなら、家を出発するのはいつか。わかるよな? そして、分岐までの距離感が分かっている中央道、長い長い恵那山トンネル、しょぼい駒ヶ岳SA、目的地までの最後のコンビニ、アパートの車を停めるスペース、だんだんと慣れてくる他人の家の玄関。この感覚。いいよな。

 やってきたMの家の玄関には謎の紙切れが貼ってある。パラフィン紙みたいなのに液体のシミが付いている。魔除けだそうだ。その隣には仏教のなんとかみたいな謎の絵がある(すいません、なんかわかりません。曼荼羅?)。

「もうご飯食べたか? 」

 外国人特有のあいさつから始まり、Mは相変わらずおしゃべりだった。

「わたし、借金ない。ゆっくり働いてるね。ほかの女の子の相談聞いたりしてる。みんな相談してくる。横浜の日本人はもう会うないけど面倒は見てくれるね、でもこっちの日本人は店にくるね。めんどいね」

 客のおっさんの話と、25歳の男の話と、横浜のパパの話を。そして私と、この女は二人でベッドの上にいる。いろんな人間が、Mに一般的ではない交流を持っている。この魔性のダークブラウンの瞳に吸い込まれているんだ。25歳の男が羨ましい。年上の外国人のお姉さんと数か月ごとに一晩だけ遊ぶとか、若者にしたら灼熱のロマンじゃないか。横浜のパパにしてもだ。歳をとれば、金だけ出して自己満足するのが理想と思えるようになるのだろうか。いちばんMの近くにいて一番熱心な地元のおっさん(複数いる)が、いちばん相手にされてないのが可哀そうだが、恋愛とは一人でできるものでは無いのだから仕方がない。「つきあってる(ことになってる)」なら一人でできるけどな。

 みんな、付き合ってると思っている。付き合うってなんだ。みんながそれぞれに「つきあうこと」について自分なりの定義を持っている。それだけの話なのだ。相手と自分の定義があえばうまくいくのだろう。が、相手の定義を受け入れられない人がなんと多いことか。自分の定義こそが正しいと信じている人のなんと多いことか。それに気づこうとすらしない人がなんと多いことか。たとえ合致していなくても、せめて受け入れることが出来たら。少なくとも切なさで胸が締め付けられるとかいう治療不可能な病気に発展する事なんてないだろうに。

 横浜のパパは人生に都合のいい対象をもとめ、地元のおっさんは外国人との結婚生活(後先を想像もできない)をもとめ、どこかから金を貯めては会いに来る25歳は一夜の恋人感覚のセックスをもとめ……。これらの行為は「一般的」な考えからは逸脱していると一般的な考えを持っている人達は言うわけだ。実にくだらんね。知らずしらずのうちに、自らが一般的でなくなってしまったりするくせに。まあ、気がつけば発病しているのが恋愛病の怖い所なのだろうけれど。

 じゃあ、Mは何を求めているのだろうか。

 私は人生を楽しみたい。刺激が生きがいなんだ。Mのことは好きだが、寝たいとも思わない。マンコいまいちだし。どうして私とMはこんなセックスもしないのに金銭を発生させて一晩一緒にいるのだろう。私は、Mといるのが楽しう。すべすべの肌を触るのも、長い髪を触るのも。いつか連れ出して遠くまで、東京や大阪まで遊びに行けたらいいとも思ったが、それよかMのまわりにいる男を観察するのを楽しんでいる部分があった。

 一人のオーバーステイの外国人を巡って日本人の男どもが様々な理由で吸い込まれていくわけだ。おもしろくないか。私も吸い込まれている一人なのだが。あるいは、Mも退屈な毎日に刺激を与えてくれる日本人の友達の関係がいいのかもしれない。山奥のおっさんではなく、歳がほとんど同じ。でも横浜にいたときの若い男のようにセックスをしたがらない……。Mがお気に入りの25歳の男とやらも、がっついたセックスをしたがらないんだと思う。

 これまでの人生で、告白という謎の儀式をしてくる女に対して、「オレはろくでもない男だぜ? それでもいいなら好きにしたらいい」というと、きまって女は嬉しそうにするのだ。わたしは、その瞬間に最高のエクスタシーを感じるという男なのだ。

 Mにはそれはあてはまらない。なぜならこの女が儀式を行う可能性はないからだ。ないからこそ私はこの女が好きなのだ。

 私が求めるのは、人生における刺激。植木鉢に咲いた花ではなく裏側にダンゴムシが何匹いるか。それを見たい。Mはそれを提供してくれるのだ。


―7―


「あなたスキー好きですか」

「タイに雪が降らない、だから寒いの大好き」

「雪降ったら嬉しい」

スキーできるのか?

「あたし、できない、でも楽しそう」

「スキーしてる人みたら楽しそう」

「あなたスキーできますか」

スノーボードは出来るよ。板持ってる。

 このやりとりは、冬。私の文章力では、季節の移ろいをうまく表現することは出来ないので、とりあえず夏からもう冬になったんだという事で理解しておいてくれ。年はかわっていない。同じ1年の間の出来事だ。

「あなたくるま大丈夫か? 電車で来るか?」

雪降ってるかな? スタッドレスいるかな。

「雪はつもってないね。でも寒いね」

車で行くから。

「あなた気を付けて」

 Mは暇を持て余しているようだった。他のタイ人も呼んで宴会をした。もう会うのは何回目かという事もあり、友達みたいな感覚で接してくれる。

 Mは日本語が出来るのと、お金を持っているのとで、タイ人仲間の相談役みたいなのをしていた。仲間はみんなスナックで働く女だ。コミュニティの「おばちゃん」と仲がいいというのもあった思う。店にはママがいるが、おばちゃんが何者で、どんな役割を担っているのかは解らなかった。

 Mは借金が無いので、ここを離れて違う土地に行こうと思ったこともあったらしいが、おばちゃんに行かないでくれと止められたから、今はここにいることにしたとも聞いた。摘発を見越しての発言なのか、金を産む商品を手放したくないからなのか。タイ人だけにさすがに「義理」という理由ではないと思うが。あるていど流れの上の方にいる存在なのだろう。

 信州の在日タイ人(タイスナで働くタイ人だけかもしれないが)というのは、群馬や千葉やらにルートや近しいコミュニティがあるようだ。手配師がどうとかいう話ではないと思う。おそらく先陣を切って開拓した人間のコミュニティがあるからだと思う。「日本ならどこでもよかった、でも長野は行く先があったからだよ。住むところとか」。Mの友人のタイ人はこのように言っていた。

 なかでも、群馬と長野はタイ人の移動が活発にあるようだった。タイ人だけではなく、日本人も仕事やらで移動するのかもしれないけれど、関西人の私には人の流れは良く解らない。タイ人は首都圏、静岡、愛知、三重、大阪にも多くいると思うが、群馬長野エリアは、そういったところではなく茨城千葉と近いコミュニティのようだった。棲み分けや派閥があるのだろうか。

 ビザは2年と3年と5年とエイジュウとニッパイがあって、就労ビザとかタレントビザとか本でよく見るような、私がイメージしていた単語は出てこなかった。5年ビザは日本政府の方針で取れなくなったとも言っていた。そして、ビザはパスポートよりも大事であるとのことだった。先行隊の開拓したエリアに後発隊として乗り込むのが一般的な出稼ぎスキームらしい。このへんの事情も、Mの友達の女から聞いた。ビザが無い女はビザの話なんかしない。ビザを持っていてもタブーではないがいい顔はされない。言いたくないというよりはめんどくさい、嫉妬、警戒心、なのだろう。私も最初は興味本位で聞いたものだが、すぐにそんな話題はナンセンスだと思うようになった。

 友達の女に名前を聴いたらAという日本人名を返された。日本人の名前じゃんと言ったら、6年前に日本人と結婚したということを教えてくれた。もう一人のタイ人Bは日本人と結婚して、そして離婚したらしい。そうだよな、よく聞く話じゃないか。偽装に近い結婚だって外野から言われるやつな。

 彼女らは、なぜ日本人と結婚するのか、日本で働くためだ。なぜ働くために結婚するのか、ビザが欲しいからだ。なぜビザがいるのか、日本ではビザがいるからだ。なぜ日本で働くのか、日本はお金が稼げるからだ。だからみんな日本を目指すのだ。じゃあビザのために結婚して幸せになれるのか、それは、人生の瞬間的には彼女らに望まれていることなのだ。夢の国・日本でお金を稼ぐことを望んでいるのだ。それは間違いない。お前らの母国はそんなにダメな国なのか。日本の学校では日本こそがダメな国だと習うけどな。なんなんだろう。

 日本の客観像と、働くために結婚する――結婚したから働ける――という理屈は、私のこれまでの理解よりは少々複雑で難しい物のようだった。

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踊る異国の女

 浅黒い肌の異国の女たちと宴会をして、それが終わり、女は三々五々帰っていき、やがてMと二人になる。まだ夜は明けない。冬の夜は長い。そして信州の冬はびっくりするくらい寒い。石油ストーブが必需品だ。

 あけがた、寝ずに話をする。映画がどうとか、美容品がどうとか、たわいもない話。ほかの女は昼は働いている者もいるみたいだが、Mは何もしていないし、スナックでの仕事もあまり気合を入れてしていない。それでも、たまに会いに来る客とは金をとって寝ている。直引きではなく、きちんと店、というか「ママ」や、「おばちゃん」を通していた。なにか繋がりを残しておかないと、ここに住めないという事だったのかもしれない。横浜のパパはそこまで面倒は見てくれないわけだ。当たり前だけど。こればっかりは金があっても解決しない難しい問題だな。Aの旦那は金は持ってなさそうだけど、Mのパパよりは格上といえるのかもしれない。

 Mは何を求めているのだろうか。金のために働く理由が無い。結婚という儀式を行う気もない。タイで御殿を建てるというドリームを実現させる気もない。そもそもタイへ帰ることもできない。彼女は「日常」が欲しいのではないだろうか。一般人の考える日常が。だから、向かい風が吹けば消えてしまうタイ人のコミュニティを存続させることを、とりあえず目指しているのではないだろうか。

 話をするのに飽きてきて、眠るか、それとも起きているか、みたいな微妙な空気になった。セックスするという選択肢はもとよりなかった。

「ゴールド好きか?」

 唐突に聞かれた。こないだもそんなことを言って、また何かくれるのか。オレを試しているのか?

 ここで好きだと言ってしまうと、「金の斧と銀の斧の試験」をパスできなくなるかなと、せこいことを本気で考えた。でもすぐに嘘をつくのは良くないから正直に言えばいいのだと思いなおした。

 私が「好きだよ」というと、だいぶ間が空いて、Mが立ち上がった。金貨をあげると言われ、押入れの南京錠が開かれた。

 黙ってみていると、丸まったティッシュに包まれたものを取り出した。

 鈍い金色のかけらをもらった。タイの金貨だと思ったら、それは日本の古銭だった。偽物じゃなさそうだ。ずしりと重かった。

これどうした?

「日本人がくれたね」

横浜の人か

「ちがうね、おっさんね」

ああ、店の客か。どんなやつ? 

「おっさん。サラリーマン」

その人は、たぶんはじめて聞くな。軽トラックのやつとは別か。

「あいつ客ね。最初は群馬ね、しつこいね」

「でもお金くれるね、だからよく会うね、いつも貰うだけダメね」

 この日本人は40歳で、以前からタイスナ通っているパッとしない男、いわゆる「おっさん」の一人だったらしい。出会ったのは今の店ではないらしいが、Mのことがお気に入りで、けっこう長い付き合いがあるらしい。

「あいつ、結婚したい言ってきたね」

え? なにそれ

 このおっさん、ぱっとしないサラリーマンだったのに、あるとき急に羽振りが良くなったのだという。クルマも新しく買い替えて、店でも金を景気よく使い、Mにも欲しいものを買ってあげるから何がいいか言いなさいと言ってくるそうだ。そして、そうしているうちに、結婚したいから親に相談するといってきたらしい。マザコンか。田舎っぽいな。Mが「あいつ」と言うのは初めて聞いたので、そんなによくは思っていないことは容易に想像できた。

「親に言ったら反対されたらしいね、当たり前ね。Mは外国人ね」

まあ、普通の日本人はそうなるよな

「あいつ宝を見つけたね。あたし信じなかったね、そしたら宝を見せる言ってきたね」

「二人で宝わけたらお金持ちになれるから、だから結婚しよういってきたね」

「だから宝のあるところまでいってきたね」

うん、これは確かに宝だよ。本物の。

「丸いと四角があって、四角が良かったからこっち貰った。まだいっぱいある言ってたね」

それはどこ?

「なにかな、あいつの車でいった。スキー場のところ。なにかな、車を停めて歩く。でも歩くの遠くない。ちょっとしてくらいで戻ってきた」

「わたし行きたくなかったね。待ってた」

それで?

「その日の朝に夢を見たね。お坊さんにとめられたね。怖いお坊さんが出てきて襲ってくるから怖くなっていかなかった。待ってたね」

それはどこ?

「沼田。沼田の山の中。仕事で山に行ったら見つけたって。あいつ電気の仕事してるね」

詳しい場所は?

「なにかな、なにかな、わからないね。沼田から1時間かもっとくらいあると思うね。山道に入って……」

どんな山道?

「くるまが通る山道。2台とおる山道。トラックも通る」

どんな風な道? スピード出てる? 大きなトラックも通れるか?

「綺麗な大きい道だね、でも山の中。木が一杯で周りは見えない。ずっと木がどっちもにある。曲がり道ね」

それで?

「スキー場までいって、車下りて山に入る。洞窟にある言うね」

「ビニールふくろに入れて戻ってきた。丸が20くらいと四角が20くらい。もってた」

それでどうなった?

「あたし四角のもらったね」

丸いのはどんなだった?

「こんな。おせんべみたいね。あたし綺麗から四角もらったね。模様きれいね」

そのおっさんはいつ店に来るの? よく来るのか? 群馬の方か? 

「もうこないね。死んだね」

え?

「死んだね。最近ね。一緒に来る友達のおっさんが言ってるね。それでもう来ないね」

で、で、その場所は解るか? なんてスキー場?

「なにかな、わからないね、でもそこに行けばわかるね。スキー場。人少ないね。車でいける最後までいって、くるま停めて山に入るね。道はないけど山に入るね」

そこに行けばたぶん宝物を手に入れることが出来るよ。オレが調べるから、沼田のスキー場はいくつかあると思うから、1つずつ行くんだよ。一緒に行けばわかるだろ?

「いかないほうがいいね。お坊さんが、おそってくる。事故する夢見たね」

それは夢だろ

「あいつ車の事故で死んだね」

こんど、また探そう

「いやだね。お坊さん怒るね。死んじゃうよ」

「タイではお坊さんのいうこと、みんな信じるね。お坊さん偉いね」

そのおっさんについて、もっと詳しく聞きたい。友達はまだ店に来るんだろ?

「おっさんの話はいやだね、おっさんはもういいね」

 これ以上この話題を引っ張るのは良くないと思い、それで打ち切りにした。裏風俗地帯を発見したときの何倍も興奮したのを覚えている。ある。間違いなくある。間違いない。おしっこが漏れそうだった。

 朝食を。朝食というか早朝食か。

 こんな話聞いて寝てられるやつはいないだろう。興奮のあまり立ち上がったオレをみて、Mは朝食にしようと思ったようだ。タッパーに入ったタイ料理。Mは料理が出来ないので、宴会に来た女が作ったものだ。いつも料理を分けてもらっているのだ。

 その後、うわの空で鶏肉の炒めたやつを食った。ガパオだ。ガパオはガパオだと思っていたが、Mが発音するガパオは「が・ぱ・お」だった。辛くないか? と聞かれて辛いことに気付いた。

「タイの菜っ葉の苦いのと、辛いの嫌いな人多い。これタイの人向けの辛さね。あなたタイ人になれるね」といってMは笑った。

 うん、辛い。でも興奮して辛いのが解らなかったんだ。


―8―

 

信州から帰った私は、貰った金貨を調べた。

 綺麗だ。

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これがもらった金貨だ

 ネットで調べてみると、ヤフオクに同じような金貨が沢山出品されていた。詳しくみていくと、これはどうやら明治二分金らしい。2分だから1両の半分の価値。じゃあ今でも小判1枚の半分の価値があるのかといえば、そうでもないようだ。相場は1個1万円弱くらい。金の含有率が18%しかなく、著しく質の低い金貨のようだ。重さも3gしかない。そのうちの18%だから金の部分は1g未満だ。それを知ってしまうとがっかり。

 群馬県の埋蔵金で真っ先に思い浮かぶのは徳川埋蔵金だ。もしかしたら、それの一部かもしれないと興奮していたのだが、「明治」という名称が出てきた時点でさようならだ。年代が合わないどころか、そもそも二分金を埋蔵金にするわけがない。幕府の御用金なんだから全部1両の小判で千両箱に入れているはずだ。専門家でなくてもそれくらいは解る。

 でも、Mは丸いのもあると言っていた。私は見ていないが、日本で丸い金貨と言えば小判しかないだろう。あるいは西洋から持ち込まれたアンティークコインか。

 古銭コレクターが隠した可能性はどうだろうか。でもコレクターが隠す理由が無い。そもそも小判は1枚でもかなりの金額になる。西洋のアンティークコインも同様だ。常識で考えて大事なコレクションを山に隠すわけがない。美品だ並品だと状態にこだわるコレクターならなおさらのことだ。

 それともバブル時代に成金野郎が税金逃れで金貨に変えて山に隠したのか。こちらのほうがまだ可能性はありそうなものの、だったら古銭ではなく金やプラチナのインゴットにするだろう。では、群馬の豪農が明治維新の頃に隠した財宝だろうか。この線が濃厚じゃないだろうか。

 それはそれとして、じゃあどれくらいの量が眠っているのだろうか。

「おっさんがビニール袋に入れて持って帰って来た」。Mは言っていた。20づつくらい。コンビニのビニール袋に無造作に入れてだ。ここがポイントだ。そうなる理由は、莫大な量があるからではないのか。ザックにすべて入ってしまう量であれば、見つけたときに、あるいは再訪したときに全量を持ち帰るはずだ。ゆえに、「気が向いたときに、金が必要な時に都度持ち出せばいい」、そのように思わせるくらいの量が眠っているのではないか。

 その他の整合性はどうだろうか。

 疑問としては、スキー場が出来るくらい雪がある山道、というか森の中を登山装備なしで歩くことが出来るのか、取りに行くと言って帰ってくるまでの時間が短すぎないか。ここがひっかかる。だが、これはもしかしたら、Mと一緒に洞窟まで行くのが大変だから、ある程度を洞窟から取り出して、車でいける近くに移動させて隠していたのかもしれない。あるいは万が一、Mが裏切らないかを考えて、本当の洞窟の場所はMにも秘密にして、車でいける場所の近くにブラフの隠し場所を用意して事前に財宝の一部を移動させておき、そこまでは一緒に行くという筋書きだったのかも。洞窟というのも、タイ人に解りやすい日本語を使っただけで、坑道とか狭い穴のようなものかもしれない。

 私は推理をして、金貨を眺めて、ネットで調べて、妄想に耽った。しかし小判がこんなに高価だとは調べるまで知らなかった。精巧にできた偽物も沢山あるようだ。わざわざ本物の24金を使った偽物もあるらしい。金の価値より骨董品的な価値があるからか。なかなかおもしろいな。ゴールドのインゴットを買うより楽しいかもしれない。

 毎晩そんなことをしているうちに、なにかおかしいことに気付いた。オークションのレコメンドで二分金の価格が妙に高いものがあるのを発見したのだ。

 価格の高いものと安い物。見た目はどちらも同じ二分金だ。しかしどうやらサイズが違うのである。高いものは6gくらいあるので、私が調べていたものより2倍くらい大きい。

「二分金には種類がある。時代によって大きさや金の含有量が変わる」ということらしい。

 二分金には、江戸時代に造られたものと、明治時代に造られたものの2種類が存在するのだ。正確には5種類存在し、大きいものが3種類、小さいものが2種類ある。見た目はほぼ同じで、素人目にはすべて同じに見える。それぞれに貴金属・アンティークの価値が違なるようだ。おもに鋳造された数が少ないものは高い、金の含有率が高いものが高い、ということだ。

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 私がMに貰ったのはサイズが22~23㎜ある。大きいほうだ。ということは、これは安政か草文か真文の二分金だ。書体をよくよく調べると、どうやら安政らしい。興奮して相場を調べてみたが、それほど高価なものでは無かった。明治の二分金よりは高いのだが、価値は1万円強。金の含有量が低いからだ。真文・草文のみ金の含有量が高く、安政・万延は低い。安政と万延はほぼ同じ時期、江戸末期に鋳造されている。江戸末期は金の含有量を落とした貨幣を造りまくっていたようだ。

 さらに安政・万延二分金をネットで詳しく調べると小栗忠順が出てきた。これらの二分金は別名で小栗二分金とも呼ばれているらしい。小栗って聞いたことあるから小栗上野介と関係があるのかと思ったら本人だった。おしっこが漏れそうになった。

 小栗上野介の名前ならみんな知ってるだろう。徳川埋蔵金のあの人だ。テレビ番組でナレーターが何度も読み上げていた名前じゃないか。テレビ画面に映し出された、井伊直弼ー小栗上野介ー中島蔵人ー林鶴梁の線が引かれたボード、私も覚えている。キーマン中のキーマンじゃないか。

 小栗上野介の詳しい経歴は……wikiで調べてほしい。日本史では目立たない扱いになっているけれど、「勝てば官軍・負ければ賊軍」だからな。負けたから首をはねられて教科書にも載らなくなったが、きっと幕府の頭の切れる賢い人だったんだろう。もしかしたら彼は、本当の敵は政府軍ではなく、遠い海の向こうにいる人間であると思っていたのかもしれない。

 と、なると。どうだろうか。徳川幕府が、いよいよの際に……御金蔵から小判だけではなく、事情があって二分金も持っていったのだろうか。いや、たぶん御金蔵にあったものを洗いざらい持っていったのだろう。金座や銀座にあった物も含めて。金品位を落とした貨幣も含めて全部。政府軍にはビタ一文渡さないために。あるいは、日本の富が青い眼を持った者たちに吸い取られるのを防ぐために。そう考えると、Mの話で小判に混じって二分金がある理由も合点がいくではないか。

 おい、これはもしかしたら徳川埋蔵金ではないのか。


―9―

 

 ある日の夜、たしか20時くらいだったと思う。友人と大阪港の近くへ天下一品のラーメンを食いに行った。私は米を食いたかったのでラーメンの並とライスを注文した。「明太子ご飯のセットの方が安くなるけど、でも米食べたいっていうなら普通のご飯ですよね」と店員の男に言われて、ご飯にしたんだ。店員の男は30くらいの背の高い、まだ入店したばかりといった感じの従業員だった。新入りのくせに気が利く奴だ、女にモテそうだなと思った。こんな、どうでもいいことをはっきり覚えている。

 店員と、このやりとりをしているときに、Mから「なにしてるか?」というメールがきたんだ。それに対してラーメンの写真を送ったが返信はなった。そして、それから連絡は一切取れなくなってしまった。

 新聞にも載った大規模な手入れがあったと知ったのは、それからだいぶ後のことだ。秋の終わりに1回目の摘発があり、年内に断続的に摘発があったようだ。年明け1月にも。県警と入管の合同の手入れだ。

 油断していた。まさかこんなタイミングで。Mと連絡を取るにも携帯番号以外には何も知らない。そういった付き合いなのだから。

 なんというあっけない幕切れ。これ以上深入りするなという虫の知らせなのか。私もMも。たまたまラーメンを一緒に食っていた友人は、もし発掘することになったら手伝ってもらおうと密かに考えていた口の堅い旧友だ。これもなにか綾を感じる。どういうことだよ。見えない存在に邪魔されたのか。


 埋蔵金はある。沼田近辺の、すくなくとも車で90分以内のスキー場の、山の中の洞窟に間違いなく。山の中でクルマが2台とおる道は国道17号か120号か145号しかないだろう。その範囲内にスキー場は11ある。

 私が竿師を辞めて山師になろうと思ったのはこれが始まりなのである。そして、私が健全にタイスナ巡りをするようになったのは、Mと、埋蔵金の在処を知ったが命を落とした「おっさん」の手がかりを得るためなのだ。

ーあとがきー


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猿ヶ京で調べを進める

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永井の旧三国街道に入ってみる

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R120を走る(丸沼高原スキー場の手前)

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R120を走る(老神温泉のあたり)

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R17を走る(猿ヶ京~永井のあたり)

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R18の峠道。旧中山道から倉渕(旧権田村)への分岐のあたり。

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小諸駅前でタイスナを探す

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伊那のネオン街でタイスナを探す

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永井宿の本陣があったあたりを調べる

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岩村田のスナック村を訪ねる

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湯田中温泉でタイスナを探す

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石和温泉でタイスナを探す

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赤沢スキー場の近く

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銚子でのタイスナ探し

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神栖でのタイスナ探し

徳川埋蔵金MAP

関連MAP

この話にオチはない。あたりまえだ。
私がまだ埋蔵金を探している途中なのだから。
宝を発見したときは後編が始まることだろうよ。






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