THE WEIRD OLD MAN 【読切本編】

昭和。お日様がカァ〜っと暑い夏の日。

「この原稿返して欲しかったら、1000万円、耳揃えて返してもらえませんかねえ。ヨウコちゃん」

輪涙組(わるいぐみ)の組長・輪涙ヤツ(わるいやつ)が、ヨウコから奪った小説の原稿用紙をパタパタ扇ぎながら言う。
デッカい椅子に深く座り机に足を置いたヤツ。
この男の机に腰掛けている女・輪涙ツマ(わるいつま)がいる。
そして、横には3人のチンピラが並んでいる。

「おねがいします。それがないと、明日ある新人賞に応募ができないんです。お願いですから返してください!」

ヨウコは土下座して泣きながら言う。

「だからさぁ、お金返せば済む話でしょ?早く払いなさいよ。土下座なんてしてても1銭にもならないのよ」

ツマが鼻で笑いながら言う。

「とにかくそういうことですから。今すぐに、友達や家族のところに行って、金こしらえてきたらどうですか?それが無理なら、仕事紹介しますけどねぇ」
「仕事?」
「えぇ、女の子にしかできない仕事を……」

ヨウコは「お金借りてきます!」と言って、事務所を出て行った。しかし、そんな当てはない。

小説家になるとヨウコは実家を飛び出して出て行った。それから両親とは絶縁状態。
小説家になるためと、自分の時間を増やし、バイトが終われば近所の本屋に行き、本を数冊買って、家に帰る。友人を作らず、ただ1人ぼっち。

ヨウコは警察に相談したが、「また明日にして」と忙しいから取り合ってもらえなかった。

絶望するヨウコ。彼女は警察署の屋上に行き、しばらく考え、飛び降りることに決めた。
だが、柵に手をかけたそのとき……。

「だいじょうぶ?」

後ろから男に呼ばれた。
メガネをかけた男は、頭頂部は禿げており、顔中シミだらけ、髭は青い。どうみても定年間近か、老後だ。

男の名前は津村といい、定年間近の刑事なのだという。

「本当に刑事なの?」
「ほんとうだよ。ほら見て——」

津村は警察手帳を見せてきた。なるほど、本当に刑事らしいが、写真が若い。

「それで?飛び降りようとしてたよね」
「してないわ」
「絶対しようとしてたよ」
「……」
「話聞くよ」

ヨウコは見ず知らずの男に話すのもどうかと考えたが、一応刑事ということもあり、事情を話すことにした。

「流石にここは暑いから、別の場所で話そう」と近所の喫茶店に行くことにした。

ウエイトレスを呼ぼうとしたが、先に来ていた隣の席のサラリーマンの注文を聞いていた。「ご注文いかがでしょうか?」「えっとぉ、カツカレー」と言っていた。

サラリーマンの注文が終わった後、津村はウエイトレスを呼んだ。

ヨウコはアイスティー。
津村はオレンジジュースとスイカを注文した。
ヨウコは「スイカ?」と思ったが、何も言わなかった。

ヨウコは津村に概要を話していった。津村は真剣に聞いていた。

「なるほどねぇ、そんなことがあったんだ」
「警察は全然取り合ってくれないのよ……。なんで私だけこんなにツラい目に遭わなきゃいけないの……!!」
「だからって死のうとしちゃダメだよ。絶対に生きなきゃ」
「どうすればいいっていうのよ!!!」

「お待たせしました〜」
飲み物、そしてスイカをウエイトレスが持ってきた。
ヨウコの想像では、スイカを手のひらサイズに切って分けてくると思っていた。しかし、それは違かった。
1玉を6分の1にカットした、あの大きなスイカ。
横から見れば半月の形のスイカ。
両手で持たなければいけない、ズッシリと重いスイカ。

津村は「おいしそう〜」と言い、塩をサーっとかけ、両手でスイカを持った瞬間、ザザザッと平らげた。
あの赤い部分はすぐに消え去り、緑の部分だけが残った。

「はあ、おいしかった〜」
「早っ!!!」

ヨウコは、一瞬だが悩みを忘れて、ツッコミを入れてしまった。
そのヨウコの素早いツッコミに、2人は不意に笑ってしまっていた。
笑うと同時にヨウコは涙を流していた。

落ち着いたヨウコはまた話始める。

「私、小説家になるのが夢なんですけど、今回は結構がんばって書いたんです。そりゃあもちろん、それまでがんばらなかったわけじゃないけど……。でも、自分のツラいこととか、自分の弱いところとか、いろんなのに向き合って……。それで、小説書いたの。そしたら、自分でもいいのが書けたんじゃないかなって思ってたのに……。輪涙組に『小説家にしてあげるから』って騙されて……。変な書類に名前書いて……。それが借金の肩代わりで……。ここなら楽して小説家になれると思った私が悪いんです……。正面から勝負しなかった。私はまだ、自分と向き合うことができてないんです」

次第にまた涙を流し始めるヨウコはアイスティーを飲む。

「でもいいんです。もう諦めようと思ってたし……運がないんです」
「そんなことない。まだまだじゃないか!諦めるのはまだ早いんじゃない?」

津村はオレンジジュースを飲み干したあと、ヨウコのアイスティーを取り上げ、飲み干してしまう。

「僕が力になるよ。その輪涙組の組長から借用書と小説の原稿用紙を取り返せばいいんだね?明日までに」
「そうですけど……」
「僕がなんとかしてくる。僕に任せて!敏腕刑事だからね!」
「津村さん……」

ヨウコと津村は見つめ合い……。

「なんで私のアイスティー飲んだの?」

「アイスティーはいいよなぁ」
津村はニヤと笑って言った。

隣のサラリーマンは「お姉さん」とウエイトレスを呼び出して「カツカレー、まだ?」と言った。
ウエイトレスは「今、やってます」と言った。

その日の夜中。
事務所兼自宅の輪涙組には、輪涙ヤツとツマ、そしてチンピラ3人が暮らしている。
輪涙組の事務所は、いわば時代劇の悪代官が住んでいそうなお屋敷である。

「私、もう寝るね」
「おう。おやすみ、ツマちゃん」

輪涙ツマは寝室に戻り、化粧台の三面鏡を開け、櫛で髪をとかしている。

髪をとかしていると、鏡に映るツマの後ろに笑っている何者現れる。
「キャッ」っと声を上げたが、改めて鏡を見ると誰もいない。
「気のせいね」とボソっと言い、ツマはトイレに行く。

トイレの便器の蓋を上げると、そこには先ほど見た笑っている男の顔が。
再び「ギャー」っと声を上げるも、便器にあるのは水。
疲れているのかと、すぐに用を済ませ、寝室に戻り布団に潜り込む。

疲れもあり、ツマはすぐ眠りにつけそうだった。
だが、眠りに入るか入らないかの境目で、何やら敷布団の方に違和感を感じた。
掛け布団をバサっと退けて、腹のあたりを見るとそこには手がある。誰かが背中から抱いている。

今度は本格的に「ギャー!!!!!」と騒ぎ、布団の方を見る。
するとそこには、ピンクのラクダシャツにモモヒキ、マゼンタの腹巻きをしたおじさんが横になってこっちを見ている。


流石にこの騒ぎを聞きつけた、輪涙ヤツとチンピラ3人は寝室に入ってくる。

おじさんも立ち上がる。

「ツマちゃん!どうした!?」
ヤツがツマに聞く。

「このおじさん、変なんです!」

「なんだ君は!?」
ヤツがおじさんに聞く。

「なんだ君はってか?そうです私が——」

謎のおじさんはヤツとチンピラ3人を蹴り飛ばして言う。

「変なおじさんです!」

おじさんは「♪変なおーじさん だかーら 変なおーじさん」と歌いだし、さらに踊り出した。

蹴り飛ばされたチンピラは変なおじさんを攻撃するも、踊りが防御にもなり攻撃にもなって、太刀打ちできない。動きに隙がない。
チンピラは倒されてしまう。

ヤツは隠していた拳銃を取り出し、踊りを踊る変なおじさんに向かって撃つが、全く当たらない。
変なおじさんはヤツの服を掴んで窓に投げ飛ばす。このときおじさんは「だっふんだぁ」と大きく咳をする。
パリーンと音がする中、ツマの方を見ると、彼女は気絶していた。

変なおじさんは、まだ踊っていた。


翌日。

「借用書と小説の原稿用紙。取り返してきたよー」
津村はヨウコに返す。

「でも、どうやって?」
ヨウコは目を丸くして言う。

「気にしない気にしない!そんなことより輪涙組もみんな逮捕されたよ!」
「ありがとう……」
ヨウコは涙して言う。
「それより小説をどっかの賞に送るんでしょ?まだまだこれからだよ」
「はい!私を救ってくれて、本当にありがとうございます!この恩は一生忘れません!」

津村は言う。
「あのね、ヨウコさんね——」


1年後。
あのとき、ヨウコが応募した小説では新人賞を取ることができなかった。

だが、そのあとすぐ別の小説を書いた。自分にはまだ足りないことがあると思ったからだ。
ヨウコはその小説で賞を取ることができた。
タイトルは「The weird old man」。
あのときヨウコを助けた津村がモデルのヒーロー系の小説だ。

この日は賞の授賞式。その後の会見。

記者が聞く。

「本作はヒーローがテーマですが、ヨウコさんの考えるヒーローとはなんですか?」

「私が考えるヒーロー……」

ヨウコはしばらく考えた。

「私が考えるヒーローとは、みんなのためにお手本となり、常に他人のことを考え、驕らない人のことをいうと思います。そして、私が善い行いをしたいと思ったときに、そっと背中を押してくれる人。真似をしたくなる人。いつか会ってみたい人。それがヒーローだと思います」

別の記者が聞く。
「先生!この本に出てくる主人公の日村という男にはモデルがいると聞きました。それは本当ですか?またどんな方でしたか?」

「はい!主人公にモデルはいます」

会場が「オー!」っと唸る。

「私がドン底で悩んでいたときに、手を差し伸べてくれた人なんです。あるときあの人が言ったんです——」


「ヨウコさんね、僕が刑事をやっているのは、守りたい人の笑顔が見れるからなんだ。だから、ヨウコさんも守りたい——大事な人を作っていきなさい。そんな人がいれば、この先どんなツラいことがあっても……だいじょうぶだぁ」

「私はその言葉を聞いて、その後——この賞を取る前です——実家に帰り、絶縁状態だった両親と仲直りしました。またそれ以来、面倒臭がらずできるだけ多くの人と関わるようにしてきました。あの人に会う前は、誰とも関わろうとしていませんでした。小説を書くのに必要ないと思っていたから。でも、ただ逃げていたんです。他人が怖かったんです。傷つくのが怖かっただけなんです……。いまだに家でゴロゴロして、人と関わることを避けるようにしてますけどね。今はこんぐらいが丁度いいです」

「丁度いいというのは?」

「さっきの言い方だと、逃げるのはダメだって聞こえるかもしれません。だけど、勘違いされると困るんですが、逃げていいんです。同じ方向向かって歩いていると疲れますしね。1年中グータラしてていいんです。別に……。でも……」

ヨウコは唾を飲み込んだ。

「死んだりするのはダメですよ。小説家なりに考えましたが、これに対する理屈は未だ見つけられてません。でも死んじゃダメなのは確かです。これを聞いている人の中にも、いつか死にたいと思うことが出てくるかもしれません。私は読者の方々を救うだけの、文章力も話術も語彙力も格言もありません。ですが、何かに押しつぶされそうなときは、そこから今すぐ逃げて。とにかく走ってどっかに逃げて。そして家に帰ったら、風呂入って、テレビでも見て笑おう。それで、もしやる気になったら向き合ってみよう……。すいません、話しすぎました」

別の記者が聞く。

「ヨウコ先生はもう次回作を作られているそうですが、その詳細について教えてください」
「内容はまだお教えできませんが、次回はラブストーリーです。もう完成に近づいています」
「もしよろしければ、タイトルを教えていただけますか?」
「はい!『愛の大学附属病院』。略して『あいーん』です」

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