見出し画像

妹の結婚に寄せて

2つ年下の妹ユキが、中学に上がる少し前。
「トシナリの妹が入ってくるって!?」と職員室がザワついたというのは、後に教師から聞いた話です。

真面目ではないけど不良でもない、中学3年生の僕。
成績はわりと上、陸上部では中の上。
内ポケットにはタバコ、地下格闘技の試合に出て、生徒会では書記を務め、チンコに6個のピアスが開いた、欠かさず毎朝3時に新聞を配達する、チビでメガネの童貞。

教師からすれば異質だったのでしょう。
体育教師に言われた「型にハマれ!」という怒鳴り文句を、僕は後にも先にも聞いたことがありません。

そんな兄を持ったので、入学するなり「トシナリの妹」とユキの顔が広まったのは自然で。
兄の威光(汚名?)を妹に見せつけてやれたようで鼻が高かったのは、ごく短い期間でした。

変にこじらせた僕とは、真反対に天真爛漫なユキ。
僕の5倍くらい大きい声。
ちっこくて丸っこい、子供向けアニメのような造形。
踊るならセンター、成績はボトム、リコーダーを鼻で吹きます。
こんな分かりやすいキャラクターが皆に愛されない訳はなく。

加えて、幼い頃から続けているピアノ。
その経験は吹奏楽部で活かされ、未経験から副部長まで昇り詰め、大きなコンクールにも出ていました。

いつしかユキが「トシナリの妹」でなくなり、代わって僕が「ユキの兄」になったのは当然の帰結でしょう。
ついには僕が教師に怒られるとき、「妹に迷惑を掛けるな」と言われるようになった辺りで、僕は妹への完全敗北を悟ったのでした。


数年後、僕は遅れて思春期を迎えます。
その頃には登録者13万人のTiktokerになっていたユキは、学生時代からの恋人と結婚しました。
朴訥な恋人は銀行員だそうです。

そして、結婚式。
ちょうど式場に着いたとき、スマホが鳴りました。
「お兄ちゃん!?
指輪忘れた!
取ってきて! 他の親族には内緒で!」

僕は意気揚々とタクシーに飛び乗りました。
良いように使われているとしても、かのユキに内緒で頼られる事は、兄として特権的な誉れだと思えたからです。
この日のため用意した礼服が、ユキの家の猫の毛だらけになっても、それすら小さな喜劇の一幕であるかのようでした。


挙式を無事に終え、披露宴が始まります。
新婦の友人代表は言いました。
「ユキちゃんの料理を毎日食べられるなんて、旦那さんが羨ましいです」
新郎の友人代表は言いました。
「真面目で優しい彼に、ついに支えるべき相手が出来ました」

誰に向かって言っているのか、僕は涙が出そうでした。
あの最強のユキを「支える」と?

支え、支えられる。
ユキがそこに収まった事を、僕は素直に祝福します。
ただその2人が作った枠は、その2人だけのものであって欲しいと願いました。

披露宴の終盤、妹は特技のピアノを披露しました。
曲目は流行りのポップスではありません。
盛況の宴を静まらせたのはリストの、愛の夢、第3番。
その音色が、ユキの最後の抵抗であるように聴こえたのは僕だけでしょうか。
僕の思い過ごしでしょうか。
結婚おめでとうございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?