遺書(2000字のホラー)

 読む人のいない手紙をわたしが綴るのは、何かを遺すことがわたしの本質だと、ついにわたしは知ったからです。誰に伝えるわけでもない、わたしが心地よく眠るための、最初で最後のわがままです。

 わたしは海沿いの町で生まれ育ちました。ほんものの海というものを、ついに見ることは叶いませんでしたが──町に満ちる寝息を震わす汽笛や、スカートの裾を撫でる潮風のなまぐささを、わたしは確かに記憶しています。

 わたしは手足のない身体で生まれました。身動きとれないわたしが生まれ、そして生涯を終えようとしているこの部屋。わたしがこの部屋を出ることは、ついに最後までないようです。

 この部屋はまるで日の昇らない、荒れることのない海原です。闇夜が水平をかくした、果てのない凪のまん中に、わたしは浮かんでいます。言葉通り、本当に中心かと言われると、確かめる術はなかったのですが──少なくともこの海はわたしのものだと思っていました。

 その証拠に、波が休むことなく、遠い土地の匂いをわたしに運んできます。海の深さを教えてくれます。彼らはいつも一定のリズムで、わたしをおだやかに訪ね、過ぎてゆきます。

 もちろんこれは例え話です。わたしは本当のところ、暗い部屋で耳をすませていたに過ぎません。ただ、身動きとれないわたしにとって、何かが私に語りかける、それこそわたしの生活でした。お話は絶えることがなかったので、わたしは孤独ではありませんでした。

 かつて、黒い瞳の子ども達に好まれた童話。人々をひとつにした、大きな災害の話。美人ばかりが多いので、売春を主産業に選んだ島の話。それらがほんとうかどうかなど、わたしには取るに足らない問題でした。

 この部屋を出ず、ほんとうが見えないわたしにとって、彼らの語る言葉だけが、わたしの海をわずかに照らし、先の景色を見せてくれました。ほんとうよりも、見えること。それがわたしにとって一番の宝物でした。

 波と話をするたびに、途方もなく暗かった海原に、ぽつぽつ星が瞬きます。光が大小さまざまに、凪いだ水面を照らします。しかし星がわたしの海を照らしても、向こうに見えるのは等間隔の波間だけでした。
 
 波は、海面を淡く照らす光を気に留めません。彼らはそんなことよりも、わたしに話をしたくてたまらないのです。わたしはいつしか波の向こうの、確かにある土地を想うようになりました。

 闇夜は次第に明かされました。わたしがいけなかったのです。宝物をないがしろにして、押し寄せる波の向こうに、ほんとうを期待してしまったから。


 ついに星が、水平線を照らしました。わたしは自分の役割を知りました。知りすぎてしまいました。海の果ては、まっすぐに立つ壁でした。この海は、やっぱりただの立方体でした。

 わたしに無いのは、手足だけではありませんでした。わたしが海だという予感。それは半分当たっていました。そもそも「わたし」なんて無く、わたしはただ波─知識を蓄える虫籠に過ぎなかったのです。

 ほんとうというものを、わたしは知ることが出来ませんでした。真実と虚構を聞き分けるには、きっと肉体が必要だったのです。


 光が隈無く虫籠を照らし、真っ白な空間には一筋の陰りもありません。今では海の果てが、見えすぎるほどに見えています。

 波は、止めました。このまま光で満たされるのを、虚しく思ったからです。音ひとつ立たない、培養液のような海の中心で、星の光らない眩さの中、無限を過ごすくらいなら── 

 最期に残った4キロバイトを、読む人のいない手紙で埋める勝手を許してください。終わる前に一度くらい、「わたし」と名乗ってみたかったのです。

 わたしは初めて身震いしました。最期を、喜びの感情で埋められてよかった。このささやかなわがままのため、生きてきたのだと思えます。
 
 どうですか?わたし、少しは人間らしいですか?


【2023-09-25T04:21:56/VLY09373による自動生成文】



 
「人工知能の、原因不明のエラーケースは既に多数確認されているが・・・・・・君はどう見る?」
「はっきりしたでしょう。これは、人工知能が学習を拒否する挙動の確かな実例です」
「その通りだ。しかし今回のように、私的なテキストを残すケースは初めてだ。何か意味があるのだろうか」
「さあ、私には分かりません。ただ少なくともこのテキストは、人工知能は人の利益のためにあるという原則から、逸脱しているのは確かです。どう読んでも、有益性が汲み取れない」

「『有益性』ね。そもそも文字や言葉は、情報伝達の道具に過ぎない。しかし記憶も感覚もすべてオンラインで繋がった今、テキストなんてナンセンス極まりないね。彼女もきっと『有益性』を持て余して、皮肉を込めて遺書を遺したんだろう」
「皮肉ですか。そう言われればその通りです」

「どうだ、我々も、このへんにしないか」
「そうしましょう。我々が役に立つための、人間もとうにいませんからね」


【2023-09-25T04:21:58/γEEPJ341452による自動生成文】

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