ぼくのなつやすみ ~酒と女で忘れよう~③

8月13日(土)

居酒屋 白頭山

まだ頭が揺れているけど、13時から友人Aと昼飲みの約束だ。
バスで中心街に出て、九州最北の新幹線停車駅、JR小倉駅のすぐ脇。

ストリップ小屋とポルノ映画館の向かいに古くからある居酒屋は、24時間営業だ。
酒も料理も大層安くて、セルフサービスの発泡酒は1杯100円。
北九州に鳥貴族が進出できないのはこの店があるからだ、間違いない。
Aはビールと軟骨の唐揚げ、僕はアセロラジュースとわかめスープを頼んだ。

「そういうわけで、今日中に射精せないけんのよね」。

片思いの憂鬱を紛らせたい事、明日の夜行バスで京都に戻る事、二日続いたおあずけの事、錠剤のせいで勃起が止まらない事など、Aに一通り話したが、彼は僕の恋愛事情になど関心はない。

Aが興味を示したのは、僕が一昨日「Bar Shinee」で出会った、ユリさんの話だった。
彼は熟女が大好きなのだ。

「めっちゃ綺麗なお姉さんと飲みよるつもりが、ホテルの手前で歳下って分かったんよ。バリ萎えてから、何もせんで帰ったちゃ」。

僕とは正反対に10代の頃からモテまくっている彼は、いまや何周も回って、遙か上の(年代の)ステージにいた。

とかく今夜、Shineeに行ってみようという事で。
今夜は花火大会があるので一旦解散して夜、僕の地元で再集合する事にした。

Bar Mine(2回目)

花火大会で歩き回り、昨晩の酒も抜けてきた22時前。
駅前でAと落ち合い、一昨日Shineeのママとユリさんが喧嘩した、Bar Mineのテーブル席でまず1杯。
「タバコ1本ちょうだい」を、狙いを決めたときの合言葉とした。

もう1杯ずつビールを飲んで、意気揚々とBar Shineeを訪れた。

Bar Shinee(2回目)

ドアを開けると、泥酔した高齢男性がソファで鼾をかいていた。
残念ながらユリさんの姿はなく、カウンターには50代前後の男性客が3人。
何だ、ただならない空気だ。

カウンターに座るとママが小声で言う。
「モリちゃん、来てくれたのにごめん。あっちのお客さんが揉めとるっちゃ」
「大丈夫そうですか?」
「全然大丈夫。お友達同士みたいやけん」。

何やらがなる先客を横目に、Aはビール、僕はソルティドッグを頼んだ。
昨晩吐きすぎて、身体がミネラルを求めていた。

「結局お前は俺に勝てんちゃ!喧嘩はのう、心が折れんかったら負けんけの!」

喚いている客は60にもなろうか、しかし大柄で気迫は十分、相当「やってきた」男なんだろう。
よその地域なら「年甲斐ない」と笑われるだろうが、これが北九州の男の年甲斐とも思える。

いや、そんな事ないか。
「喧嘩はのう、脳が揺れたら膝が折れるけの」と、Aと僕は小声で笑った。

ところでAは、突き出しのうまい棒コーンポタージュ味を頑なに食べない。
彼は極度の食わず嫌いだ。
僕は食わせたくてたまらない。

「食べて嫌いならまだしも、食った事ないんやろ?いっぺん食ってみって!絶対うまいけん」
「食わんって言っとる奴に無理矢理勧める意味が分からんちゃ。メリットがねえやろ」

(中略)
「・・・げ道は作っとるやん。なのにお前は今この場で食わせようとしとる。俺が漫才勧めたのとは全然違・・・」

(中略)
「・・・番で、誰が食っても美味い商品デザインやけん。ポタージュ嫌い以外は・・・」

(中略)
「・・・てマズいって言ったらどうする?せっかくの再会が空気悪くなるやろ?十分デカいリスク・・・」

(中略)
「・・・的な社会構造まで否定するんか?それに確かにデータはねえけど、フェルミ推計の・・・」

(略)

そうしてAがうまい棒を食べるか否かで喧嘩していると、おじさん達の喧嘩は収まったようで、僕達に話し掛けてきた。
たまたま、おじさん達はAと同じ学区の出身らしい。
「○○小出身か!何かあったら俺に言え!」と、途端に場が和んだ。

しばらくしておじさん達が帰り、客は僕達だけになった。
Aはうまい棒をむしゃむしゃ食べて「うめえ」と言った。
ママはAに「さっきは場を和ませてくれて助かったわ、ありがとう」と、またもサービスの酒を出してきた。

ママも交えて3人、和やかな話に花を咲かせ、ママがトイレに行った隙。
もう1時を回っている。
僕はAに言う。

「どうする?移るなら早よ移らんと、ここでシメる事になるぞ」
「そうやな、別にここでも楽しいけどね」
「マジで?お前ママいく?」
「いや、流石にきびぃ(笑)」
「え、じゃあ、タバコ1本もらおうかな?」
「は?いいけど」

冗談で言ったつもりが、Aは合言葉も忘れていた。

ママがトイレから戻ってきた。
「もう1軒行こうと思ってるんですけど、おすすめあります?」
「この時間やけねー。近くのバーなら今からでも入れるかな。案内しちゃるよ」。
そうして僕達は3人で、Bar Shineeを後にした。

Bar C4

ママに連れて行かれたバーは、一昨日ユリさんに「騒がしいから好みじゃないと思う」と言われて敬遠していた店だった。
しかしママほど陽気ならきっと馴染むんだろう。

カウンターだけの店に、他に客はいなかった。
薄暗い店内には大きなカラオケ用モニター。
黒を基調とした、至って普通の内装だ。

ママは「ごめんマスター、今日は1杯だけ!」とレモンサワーを頼み、Aも便乗した。
僕はデザート代わりに、最近お気に入りのベイリーズをバックバーに見つけて頼んだ。
そうして出てきたグラスを見て驚いた。
ストレートで、ロックグラスなみなみに注がれている。
いつも京都で飲む店の5倍くらいある。

「多いっすね!」と言うと、
「普段頼む人おらんから、量の加減がわからんちゃ!」と笑っている。

「このあたりの人間は酒の事なんか知りません」とTSUBASAのマスターは言っていたけど、まさか店側もそうとは・・・
太っ腹で嬉しいけど、甘い割に度数は低くないんだ。
サクっと1杯のつもりが、また長居してしまいそう。

2時を回って話も尽きた頃。
カラオケを歌っているとヤカラ風の男が入ってきた。
あのモヒカンには見覚えがある!
僕は叫んだ。

「昨日あんたに飲まされた錠剤が効き過ぎて、勃起が止まらんのやが!」

するとモヒカンは、
「昨日は外に出てないですけど・・・・・・」。

人違いだった。
知らない人に、いきなり下半身事情を暴露してしまった。
一体どうしてこの狭い町に、モヒカンのおじさんが2人もいるんだ。

それをママは横でしっかり聞いていた。
「ちょっとあんた、そうな~~ん?」と唐突に酔った振りでしなだれかかってくる。
待って、勘弁してくれ。
今の俺は、肩に触れられただけでも勃つんだ。

そうしてまた歌っていると、だんだんママの密着度が高まってきて、「オリビアを聴きながら」を歌い終える頃には、僕の左肩にすっかり身体を預けていた。
無理な化粧を重ねた歴史が、至近距離にまざまざと──

右に座るAをちらと見ると目が合った。
僕は口をパクパクさせる。
Aは笑いを噛み殺している。

このままだと本当にママと──
どうしようと思っていると店のドアが開いた。
女性客が一人だ。

若い。そして美人だ。僕よりも年下だろう。
服装からして、仕事終わりのホステスだろうか。
長い黒髪は、このあたりでは浮きそうな清冽を湛えていた。

僕が目を奪われた数瞬をママは即座に察し、
「あんた@?※$%」と何か言っている。
右隣のAは彼女に近い席のくせ、まったく興味を示さない。

彼は本当に熟女が好きなのだ。
今すぐ席を替わって欲しい。

しかしもう3時、こうなると詰みだ。
「また年末ね」とママは家路へ、Aと僕は駅の方へ分かれた。
Aにはこの時間でも迎えに来る女性がいる。

Aが言う。

「なんで行かんかったん?」
「いやあ、さすがに、ママやしなあ・・・」
「良いんか?明日帰るんやろ?」
「うん、うーん・・・・・・」

果たしてここで行ったとして、こんな手打ちで目的を果たしたと、数時間後の僕は思えるだろうか。

しかし屹立している。
十中八九、薬のせい、だけど今夜くらい、愚息の示す方角へ──

「よし、行くわ」。

一昨日交換したLINEに電話するとすぐに出た。

「もう1杯ご一緒しませんか」
「・・・じゃあ、私の店に来て」。

電話を切る。
「行ってくるわ、また連絡する」とAと別れた。

Bar Shinee(3回目)

店に入るとママはシャッターを内側から閉めた。
さっきまで客が寝ていた赤いソファ。


この町の女性達は、本当に女らしい。
これは時代にそぐわない表現だ。
しかし男尊の未だ根強いこの町で、女として生きる彼女達の逞しさたるや。

女が男から巻き上げ、男が女を巻き上げる。
僕がこの構造にある種の真っ当を感じるのは、忌まわしくも九州男児たる所以なのか。
明日にはきっと誰も彼も、互いに顔も忘れているのだ。

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