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座席に座れなかった日

あれは高3の中間考査が終わった日だった。
家とは反対方面のバスに乗り、開放感にあふれていた。
帰りのバスだった同じクラスの男子が「どこへ行くの」と話しかけてきた。
「アンナカレーニナ」を観に行くのだと言ったら、自分も行くという。

男子と映画に行くのは、不良と呼ばれるような小さな町だ。
動揺したが、試験後の緩みもあり一緒に行くことにした。

映画館に入り席に座ると、少し前の席に物理の先生がいた。
制服で、それも男子と一緒だ、見つかったらどうしょうと、パニック寸前になる。
すぐ暗くなり、おそらく大丈夫と思い直した。

先生がいたこともあり、とても疲れて帰りのバスに乗った。
会話らしい会話も交わさず、満員のバスに揺られていた。
しばらくすると、彼の前の席が空いた。
当然私に合図すると思ったら、即、自分が座ったのだ。

「えぇーどうしてー」
男子たるものこういう場面では必ず席を譲るものではないのか。
横で私は立っているのだ。

「じゃあね」と言って席を立ち降りていったあっけらかんな姿に、自尊心を傷つけられた。
もちろん、その空いた席に座った。

1年後、私は5月病で東京から帰っていて、また戻る日のこと。
福岡の予備校に通うバスの彼と、西南学院の同級生が博多駅まで見送りに来てくれた。
卒業して2ヶ月ほどだが、大人になったような気分で会話が弾んだ。
元気づけるためだろう、2人が道化るようすに、まわりの人まで笑っていた。

夜行列車の寝台で眠りながら思った。
またあのバスの日の嫌味が言えなかったと。
新幹線は開通していたが、学生はまだ寝台列車を利用していた。
60年代のちっとも甘くない青春の一コマだ。

「アンナカレーニナ」1968525日公開とあるので間違いなく高3のときである。
列車の場面しか浮かばないが。

ちなみに、私の同年代は東大に入学したものはいない。
安田講堂が封鎖された1969年、東大入試は中止になった。
同じくアポロ11号が月面着陸した年でもある。

席を譲る、譲らないの記事を読んで、まだ根に持っているあの出来事を書いてみた。

オレンジのハイビスカス
オレンジのジンジャーフラワー
1番のりホトトギス
つぼみが開いた


今日も読んでくださってありがとうございます。

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