税制適格ストックオプションの株価算定に関する通達案が与える影響

ストックオプション(以下、SO)は税務上、原則として税制非適格SOとして取り扱い、要件を満たすものについて税制適格SOとして取り扱う。
従来、税制適格SOはその利用に課題があったものの、5/29に国税庁から税制適格ストックオプションの株価算定に関する説明がされ、5/30に通達改正案の概要が公表された。

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000254091

背景としては、自民党の新しい資本主義実行本部・スタートアップ政策に関する小委員会がまとめた「『スタートアップ育成5か年計画』の実現に向けた提言」を踏まえたことによるものである。

https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/205815_1.pdf

あくまで改正案の公表のため、実際の株価算定への影響はこの通達が発遣された後に適用されるが、これは資本政策の策定において非常に大きな改正と考えられる。
税制適格SOは付与後2年後に行使、という条件はあるものの、従来発行しているSOの行使価額算定手法によっては、一度償却を行ったうえで再度発行をし直した方が良い会社も出てくると考えられる


過去における課題

税制適格SOの概要や詳細な要件はここでは触れないが、今回の改正で最も大きい点は、SOの権利行使価額が「一株当たり価格」(以下、時価という表現をする)以上いう点の時価算定ルールが変わる点である。

従来、この時価を算定する際に、どの株価を使用するのかが不明瞭であり、税制非適格SOにならないように保守的に計算せざるを得なかった事例も多い。

この時価に関しては、所得税法上の時価を用いることから、所得税基本通達23~35共-9(4)に従って計算される。
通常ベンチャー企業はVC等から第三者割当により資本調達がされ、それが時価としての取引価格である以上は、売買の実績という扱いになる。
この売買実績に基づいてSOの時価として計算するケースも存在した。

所得税基本通達23~35共-9(4)

ベンチャー企業は種類株でファイナンスを重ねるが、税務上の種類株の算定方法で明示されているものは、無議決権株式・社債類似株式・拒否権付株式の3種類のみであり、ベンチャーファイナンスで利用される種類株の算定方法は明示されていなかった。
そのため種類株といえども、普通株と同様に評価せざるを得ず、税制適格SOを付与したとしても、その行使価額が高くなりすぎてしまう点が実務上の課題として挙げられていた。

その後、経済産業省より、種類株式を発行している未公開会社が普通株式を対象とするSOを付与する場合、種類株式の発行は普通株式の売買実例に該当しない旨を開示し、その文言には「国税庁確認済み」というコメントも付されていた。

経産省開示資料(リンクは壊れている)https://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g111202a01j.pdf

しかし種類株と普通株の価格差異を説明する理論は明示的にされていなかった
また実際に売買実例が無い普通株式の株価算定を行うとき、所得税基本通達59-6を斟酌して株価算定を行うが、相続税等で用いる株価(≒純資産価値等)をベースに算定する場合であっても、株価が高い状態にある等の課題があった(但し理屈上は配当還元方式も従来より可能であり、また有価証券届出書では配当還元方式で算定した開示例もある。そのため下がった金額を用いているものと推察される)。

所得税基本通達59-6

今回の改正(案)

今回の改正(案)は、大きく2点ある。
なお、あくまで案であるため、実際の課税関係は通達が正式に発遣された後のものとなる。

前提:財産評価基本通達とは

後述される財産評価基本通達とは、誤解があるのを承知でいうと、税法上の財産評価である。最も身近にあるのが相続税の算定基礎である。
この財産評価基本通達は、所得税や法人税等でも利用され、従来税制適格SOでもこの価格に基づいている必要はあった。
そのため改めて財産評価基本通達が適用される、というものではない。

①セーフハーバールールの制定

原則として売買実例等としつつも、非上場株式については、財産評価基本通達の例によって算定している場合には、売買実例等により算定した価額の如何にかかわらずこれを認める、とされた点である。

国税庁説明資料
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000254092

財産評価基本通達には売買実例の記載はないため、この記載ぶりからするに、売買実例等に関係なく、財産評価基本通達で株価算定ができるようになる、という点は非常に大きな改正であると考えている。
上場準備の過程では共同創業者が抜けたりして、普通株のやり取り等も生じることがある。この時に株価を高い状態で授受した後、その売買実例等ができてしまうことで税制適格SOの行使価額が上がってしまうことは非常にナンセンスであった。
今回のセーフハーバールールはそれに縛られないこととなるため、非常に有意義なものと考えられる。

②種類株式を加味した株価算定

2つ目の大きな改正点は、種類株式を発行している場合において、その内容を勘案して算定することとされた点である。
過去の課題を含めた株価のイメージとしては以下の表を参考とする。

筆者作成

国税庁資料からは残余財産優先分配権がある場合の計算例が示された。
ベンチャー企業が種類株式での調達を実施した後もしばらくは赤字であるケースを考慮すると、SOの行使価額が1円となるケースも多く出てくるのではないだろうか

配布資料より

また優先配当に関する計算例は示されていないものの、議論として考えられるだろう。そしてこれは、優先配当条項を投資契約に付すか否か、という実務上の投資契約にも影響があると考えている。
仮に優先配当請求権を付した種類株を発行した会社が普通株税制適格SOを発行する時は、以下の算定式において利用する資本金等の額を普通株式分のみで算定してよいのか、という議論があり、株価算定上の価格を下げる要因になると考えていれる。国税庁にはこの点を明示して貰いたいとは思う。

配布資料より

その他、財産評価基本通達では類似業種比準方式も認められるが、どのように種類株式を考慮して利益額を按分すればよいのかは不明である。
個人的には、この点が通達で開示されるとは到底思えず、おそらく比準要素数の関係からも、当局は利用されるケースを想定していないと推察している。

今後の実務上の取扱い

ここからは少し士業よりの話になるが、実務上の影響を考えてみる。

税務上の取扱い
従来、種類株式の資本を調達する場合であっても、別表五は意識されていない申告書もあったように思う。しかし今後の株価算定上の目的からも、別表五(一)付表の「種類資本金額等の計算に関する明細書」を用いる重要性が高まったように思える。
またベンチャー企業に関与する税理士は予算等の把握をすることも多いと思われるが、今後はSO行使価格についても考慮するケースが増えるのだろう。

会計上の取扱い
残余財産分配請求権を保有する種類株主の数は、上場直前にかけて増えていくことから、税務上の株価が上場直前にかけて1円に近づく会社も存在する可能性があるだろう。
一方で会計上の株価算定としてDCF法等で本源的価値を算定する場合、AICPAの割引率等を考慮すると、本源的価値が上場直前にかけて高くなると考えられる(但し純資産価値で本源的価値を算定している事例もある)。

費用は少ない方が望ましいといえども、従業員のインセンティブを考慮すると、税制適格SOの行使価額を上げてまで、本源的価値との差(将来の費用配分額)を抑えた権利行使価格に設定する、ということは考えられない。
そのため、今後は会計上の本源的価値を算定するための株価算定と、税制適格SOのセーフハーバールールを確認するための株価算定(1円で良いのかの確認)の2本の株価算定が走ることになると推測している。
個人的には会計上の費用算定のためだけの株価算定についてどうもな、と思う点は否めないが、金額的重要性が高まる以上は必要な処理になると考えている。

最後に

今回の通達改正はスタートアップにおいて大変有意義な改正と考えられる。
税制適格SOの権利行使価額を見直すことは、役職員の上場後における利潤増加を意味する。改めて現在の報酬設計を見直す必要が生じるだろう。
なお、税制適格SOの行使額が1円で良いか、という点は満たす可能性が高い会社が多いとは思うものの、信託型SOのやり取りを見るに、満たさなかった時の影響が非常に大きいため株価算定をすることが望ましい、という点に落ち着くと考えられる。
この分野における株価算定は公認会計士というよりも、税法上の株価算定に詳しい税理士の活躍が見込まれる。
私は会計上の株価算定は行わないが、税法上の株価算定は実施しているので、もしご支援ができることがあればお声がけを頂きたい。

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