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現代日本の事業戦略論の金字塔の1つ『ストーリーとしての競争戦略~優れた戦略の条件』楠木建

ストーリーとしての競争戦略

サマリ

出版されたのは2010年5月。当時はビジネス本、経営学の先生が書いたビジネス書としても珍しかったと記憶している大ベストセラーです。学問は1つの思想を切り開いたり、受け継いだり、転換したり色々な側面があると思いますが、この本はマイケル・ポーターが切り開いたポジショニング派とバーニーのケイパビリティ派を鮮やかに統合して描ききった名著です!もちろん、世界的にはミンツバーグが『戦略サファリ』でコンフィギュレーション戦略として、アンゾフが『戦略経営論』で、❝状況に応じてポジショニングとケイパビリティを統合せよ❞と語っていますので、その流れに与します。
ただ、この本を読むと、その❝ポジショニングとケイパビリティの統合❞をいかに戦略論として「ひとに伝えるか、コミュニケーションするか、リーダーとして環境変化を取り込みながら(現代風にいうとagileに)ブラッシュアップしていくか=論理と実践」という領域に新たに進出した、そして、それが現代のマネージャーにも必要とされていると強く感じます。だからベストセラーになったんでしょうね。2010年出版、2007年に社会人を始めた私はこの本以前のビジネス現場を詳しく知りませんが、「ストーリー」を普通のビジネス用語、戦略用語にした名著です! ということは、ということはですよ、少しこじつけかもしれませんが、現代のB2Bサービスの提案書づくりの土台となりうる本ですよね!

第1章 戦略は「ストーリー」

論理と実践

この本の主題は競争の戦略についての本。流れと動きを持った「ストーリー」(narative story)として戦略を捉える視点にこだわって、(中略)書かれた本です(p.1)。2010年で、現代のマーケティングバズワードになりつつある、narativeをストーリの英訳して持ってきているところも楠木先生の先見の明かもしれません。narative storyと言いながらも、大学の先生らしく「論理が重要」(p.1)と言い切っていますし、この後も論理の構築の仕方を詳しく解説してくれています。
また、大学の経営学研究をして、このように言い切ります。 「ビジネスの成功を事後的に論理化しようとしても理屈で説明できるのはせいぜい2割程度でしょう」(p.3)「当人にとっての有用性という意味では、野生の勘が一番上等」(p.4)
このあたりの痛快な自己否定、もっと正確に捉えると、議論の有用性のスコーピングや前提条件を明らかにして、その2割での科学を問うているとも言えそうです。

「無意味」と「嘘」の間

でも、「無意味」と「嘘」の間がある、と筆者は説きます。ここに私は経営学やビジネスマンが本をよむ意義の定義や目的になるとも思っています。

何が理屈かをまるでわかっていない人には「理屈じゃない」ものが本当のところなになのかもわかりません。(p.5)

つまり、これは色んな人、直近読んだ本でいうと佐渡島庸平さんが説く「型の重要性」や仲山進也さんが説いた「観察を始めるにあたって、知らないものは見えない」にも通じる知の重要性だと考えています。これを平易に伝えられたら、子どもに小学校の勉強の大切さも伝えられますね。(笑)

戦略とはなにか

戦略とはなにか。これは色々な人から語られるテーマでもあるでしょう。筆者の定義を紹介しておきます。

「違いを作って、つなげる」。違いをつくる。これが戦略の第一の本質です(p.13)

「ストーリー」とは何か

そして「ストーリー」とは何か。「違いを作って、つなげる」のなかの「つなげる」に軸足を置くと語っています。この後に前に説明した❝流れと動きを持った「ストーリー」(narative story)❞をもう少し解説して、

戦略の実体は、…中略…個別の打ち手を連動させる「流れ」その結果浮かび上がってくる「動き」にあるのです。(p.21)

とあり、勝負を決定的に左右するのは流れと動きである、と述べています。話はそれますが、まとめ本を読んでも血肉にならないといった山口周さんの言説とも似ていて、この動きと流れの理解がどんな分野の習得においても重要で、だからこそビジネスの現場において、死線をくぐったような経験が問われるのだと私は考えています。

「ストーリー」とは何でないのか

この節でさらにストーリーの本質がわかってきます。ストーリーでないもの7個を挙げ、
「アクションリスト」→ シンセシス(綜合)でないから
「法則」→ 戦略の本質である「文脈依存性」や「シンセシス」が根こそぎ切り捨てられてしまうから
「テンプレート」→ テンプレートのマス目を埋めていくアナリシスに変容し、その企業の文脈から無理やり引き剥がし、構成要素の因果論理や相互作用を隠してしまうから
「ベストプラクティス」 → わたしも日産自動車にいたので、ベストプラクティスが機能しないのは重々承知しています。笑 これもカテゴリー適用そのもので、因果論理が欠如しているケースが多いから。
「シミュレーション」 → これもストーリーの検証には有効だが、確認のような作業であるから。
「ゲーム」 → これはゲームに参加しているプレイヤーがすべて基本的には合理的な思考で、相互の行動がもたらす成り行きを完全に理解できているのを前提としているが、企業はそれぞれの主観を持っているから do Ko
この7個のストーリーでないものが意味するものは、、、底の浅い戦略提案の否定だと思っています。大なり小なり、コンサルティングワークはこの7個を基軸としています。だからこそ、戦略提案・コンサルティングワークをするときには、この7個を否定しつつ、この7個を「つなげる」ことで、ストーリーとしての競争戦略に昇華する。と個人的に信じていますし、そこを目指したいです。

「短い話」を長くする

戦略をここまで話してきて、この比喩も秀逸だと思いますが、戦略のあるべき姿は動画である、と筆者は言います。その一方で前節で掲げた not ストーリーのような風潮をもって、戦略論の「静止画症候群」と呼んでいます。このnoteでは省略してしまったのですが、ビジネスモデルもそれ自体は静止画ですよね。ビジネスモデルをいくら分析しても、その企業個別の強みや弱み、資源に着目していないと模倣可能な戦略になってしまい、それは競争優位を産み出しません。
だからこそ逆説的な「短い話」を長くする。ということなのです(と理解しました)。一見簡潔なコンセプトやクリティカルコアにもとづいて、様々な文脈(構成要素)を組み合わせて価値連鎖、ストーリの連鎖を作っていき、模倣不可能な違いを産み出す。これが戦略の真髄なのではないでしょうか。

数字よりも筋

戦略をストーリーとして語り、組織で共有するということは、戦略の実効性を大きく左右します(p.47)

から始まる節ですが、一件平易にみえる上記の一文にこそこの本の音質と意義があると考えています。わたしが感じた意義は、戦略をストーリーとして語れること、理解することは戦略(立案)の専門家に必要なのではなくて、現場のリーダーに必要なのだということ。そして、そのために本書の帯にもあるように「戦略の真髄は思わず人に話したくなるような面白いストーリーにある」なのです。
従って、p.53で繰り返されますが、「戦略の実行にとって大切なのは数字よりも筋の良いストーリーです」ということです。このあたりは90年代IBMやGEの戦略スタッフもしくは戦略スタッフ化した社内コンサル部隊への揶揄なのではないかとすら邪推してしてしまいます。だとしたら、GEがもてはやされていた10年当時としてはすごい慧眼でしょう。 本節の最後に登場してくるパンチも非常に強力です。

戦略にとって大切なのは、「見える化」よりも「話せる化」です。戦略をストーリーにして物語る。ここにリーダーの本質的役割があります。(p.54)

個人的な理解ですが、現在パーパスが企業経営や組織運営に求められている点もここにつきます。変化が早く、ひとりひとりがスピード感や適応能力を求められる時代に、パーパスを起点に自分の業務を物語化する、物語の原点にある流れ・源流がパーパスなのではないでしょうか。

第2章 競争戦略の基本戦略

わたしは競争戦略に興味がないのか(笑)、メモはあまり多くありません。

戦略でないもの

戦略を立てているつもりが戦略になっていない。これはよく陥りがちな自己満足感に浸ってしまう仕事ですよね。ある日本の大企業の事業戦略を立てる、というミーティングでの体験を例にとって楠木先生が語ってくださいます。少しサマリしますが、いくつかそれ単独では戦略でないものが挙げられています:

  • 特に定量面での目標をきちんと(細かく)立てる

  • 組織編成の話も戦略にすり替わりがち

  • 市場分析の話

どこで見たとは言えないですが、既視感のある話です…

(OC: Organizaitonal Capabilityは)なぜ、まねできないのか?

ここは理解を深めるために整理しておきます。第一の理由は暗黙性、つまりは「因果関係の不明確さ」が挙げられると説いています。第二の理由は「経路依存性(Path dependency)」。第三の理由は「OCそのものが時間とともに進化する」ということです。(p.131) これに加えて、スタートアップと大企業がSP(Stratetegic Positioning)、つまりレシピを模倣してきたときに不利になるのは、スピードであるのが多いケースだと考えています。

SP-OCマトリクス

実際プロジェクトでも一部改変してだいぶ使いまわしているSP-OCマトリクスも紹介します。本当に有用な2軸です。

第3章 静止画から動画へ

シュートの軸足を決めるーーストーリの競争優位

戦略ストーリーの5Cとして挙げられているフレームワークがあります(p.173)。 ※一部改変しています

  • 競争優位 (Competitive Advantage)

    • ストーリーの結論 -利益創出の最終的な(ビジネス)論理

  • コンセプト (Concept)

    • ストーリーの始まり -顧客視点の顧客価値の定義、なぜ必要なのか、何が良いのか?

  • 構成要素 (Components)

    • SPとOC -ストーリーの「違い」と「繋がり」

  • クリティカル・コア(Critical Core)

    • SPとOCの中核的構成要素、独自性

  • 一貫性(Consistency)

    • ストーリーの評価基準、構成要素をつなぐ因果論理

    • 一貫性には3つの次元がある:

      • 強さ:因果関係の蓋然性が高い

      • 太さ:構成要素会のつながりの数が多い、一石二鳥の鳥が増えていけばその分ストーリーは太くなる

      • 長さ:時間軸でのストーリーの拡張性なり、発展性が高い。因果論理が前に前につながっていって、「それでどうなるの?」が長い

競争優位の真髄

ここでわたしも非常に賛同できる、これまたパンチのある言葉が披露されます。

ビジネスはしょせん人間が人間に対してやっていることです。アインシュタインの相対性理論のような、(当時からしてみれば)突拍子もないような論理をひねり出す必要はありません(p.229)

わたしが付け加えるとすると、ビジネスに関する戦略は、人間が人間に対して伝えることであり、人間が実行するもの。だから、シンプルでなければならない。新たなファクトや分析、突飛な論理は必要ない。戦略としては存在しえても、組織のケイパビリティが、その実行の難易度に耐えられない。ということです。
なお、戦略ストーリの位置づけという図表も参考になりそうなので、引用しておきます(p.234)。

第4章 始まりはコンセプト

誰に嫌われるか

コンセプトの構想にとっては八方美人は禁物、誰かに嫌われる必要がある。と語りますが、次の言葉はとっても大切で応用が効くと考えます。

あらかさまに肯定的な形容詞はなるべく使わずにコンセプトを表現する必要がある(p.278)

わたしもよく提案書や報告書で、「力強く推進」とか「より深いつながり」とか、わけのわからん何も語っていない形容詞を使うことがあります。他には本書で例示があるように「最高の品質」とか「顧客満足の追求」とかね。こんなのは戦略でもなんでもないですよね。

第5章 「キラーパス」を組み込む

賢者の盲点をつく

コンセプトは八方美人は禁物と書きましたが、クリティカルコアにおいてもすべて合理性ではなく、不合理な側面も面白いストーリーには必要と筆者は説きます。曰く、「部分的な非合理を他の要素と繋げたり、組み合わせることによって、ストーリー全体で強力な全体合理性を獲得する」これが面白いところだと書いています(p.322)。

競争優位の階層

競争優位の階層、もっというと強度の強さについて上手にまとめられている図表があるので紹介します。ここでもGE ジャック・ウェルチさんの例を挙げながら、その独自の業界トップ戦略を実は否定しているのでは?=競争優位の強度が低い、と思います。まあ、巨大な資本とキャッシュマシーン(と思われていた金融事業)を持っていたGEとしては、金融事業が本当にクリティカルコアだったら最強だったのですが…

持続的競争優位の正体

ある戦略がもたらす競争優位が長期にわたって持続するの不思議なこと、と筆者は言います。わたしも長らく、「先行者利益が発生するのはなぜなのだろう?巨大な資本がフォローしたり、先行者の構造的欠陥を修正して市場参入したほうがリスクが少ないのでは?」と疑問に思うことがありました。また、現代は筆者いわく「経営資源の企業を超えた流動性、移転可能性は一貫して増大傾向にある」と言っています。そのとおりですよね。
そして、「防御の論理」「自滅の論理」などを示して、企業間の競争戦略において長期の持続性が維持されるケースが説明されています。こう考えると、「単なるモノマネだ!」といって、アジア企業に追いつかれているのを批判する日本企業の戦略についてきちんと検証する必要があるな、と考えました。私のなかでは答えは見つかっていませんが。

最後に…個人的まとめ

SPとOCを統合したコンフィギュレーション戦略を提唱したミンツバーグが、「戦略を練り上げる(crafting)」(p.453)という言葉を使っているそうです。本当に戦略は論理と芸術の間にある奥深いものだなあ、その難しさと楽しさ、奥深さを描ききった『ストーリーとしての競争戦略』。やはり名著ですね!

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