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閃きは、ある日突然に‼️

給食を食べ終えた子が、静かにコミカルにソロソロと歩いていた。その姿がなんとも可愛らしくて...

思わず「いやぁ、普段なら気に留めないでおこうとするところだけれど、そりゃアナタ、思わず声をかけてしまうでしょうよ」と話しかけた。

それを聞いた別の子(普段から何事にも理詰めで認識し理解しようとするタイプ)が「先生、なぜですか?」と聞いてきた。

「いや、今の声かけは、何かしらの理屈があってじゃなかったなぁ。君も私もどちらかというと、ある種の理屈があって判断と行動を取るタイプだけれど、今のは理屈ではなくて情緒的な部分から反射的に出た判断と行動だったのよ......」

と、ここで突然降りてきた。

判断には3つの層があるのではないか。

ひとつは「理屈抜きで自らの感情にのみ従って為される判断」という第一の層。

もうひとつは、「感情を廃した理路にのみ従って為される判断」という第二の層。

そして、「感情と理路とを統合体として、その場に適したものを総合的に勘案して為される判断」という第三の層。

この「総合的に勘案する尺度」が道徳的知識と理解をもとに為されるときに「道徳的判断」と呼ばれるものとして成立するのではないか。

こんな閃きが小学校4年生の教室で降りてくるような学級になったことが、素直に嬉しかった。

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