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アット・ホーリースマイト・オブ・ブッダ・テンプル Side:ウルヴァリーナ

「……アー、マキモノだか何だか知らないけど、シケたとこだな」ネオサイタマ。とある高層ビル屋上。ウルヴァリーナはテンプルを見上げて立っていた。

ソウカイ・シンジケートの大首魁ラオモト・カン。歴史的遺物を蒐集する彼のミッションを受け、組織に所属する彼女はここまでやってきたのだ。

ここに眠るレリックの価値は彼女には分からない。だからこそ選ばれたとも言える。「噛みつき、引き裂け」それがメンターから彼女に与えられたインストラクションだった。

鼻をひくつかせると、身体に宿るソウルが寺院には相応しくない鉄の匂いを教えてくれる。拳銃。今にも暴れ出しそうな獣性を抑え、彼女は室内の様子を探る。

サイバネアイ装備者と赤外線警備システムによる守りは厳重だ……だがそれはあくまでモータルの野盗への備えでしかない。彼女は天井に張り付くと、しなやかに、音も無く伽藍へとエントリーを果たした。

奥に進むにつれ濃くなるインセンスの香りに顔をしかめる。早く仕事を終わらせてずらかりたい、ひんやりとして薄暗い路地の空気を吸いたい……ウルヴァリーナは、捕らわれた珍獣めいて落ち着きを失いつつあった。目的を忘れてはならない。最短で解決する。

「オイ!」住職の背中にやおら声をかける。「ドーモ、ウルヴァリーナです。マサシのマキモノを出してもらう」「アイエエエ!?」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」恐慌に陥った動物を従わせるのは簡単だ。痛みを与えてやればいい。本能がそう言っている。

「イヤーッ!」「アイエーエエエ!」「イヤーッ!」「アイエーエエエ!」解き放たれたように、有り余るカラテを躊躇も思慮も無く振るう。振るいながら、彼女は犬歯を剥き出しにして子供のように笑った。

「アイエエエ!あの櫃の中です!」ミコー・プリーステスが指差した箱をひっくり返し、散らばったマキモノを漁る。「どれだ!」流麗な崩し字を彼女は読むことができないのだ。「つまんねェこと考えたらすぐ殺す」「アイエエエ……」獣めいた直感で牽制!

差し出されたマキモノを心底興味無さそうに懐にねじ込むと、思い出したようにウルヴァリーナは室内を見渡した。せっかくここまで来たのだから、自分にも何か"ボーナス"があって然るべきだ。ニンジャ暗視力は、じきデジタル賽銭箱を見出した。

「なァんだよ、景気良さそうなものあるじゃんか!」彼女は上機嫌だ。大きくて重そうなものは貰っておく。ニンジャになる以前からそのように生きてきたのだ。「アイエエエ!やめてください!それだけは!」「ア?」

キャバァーン!キャバァーン!「「アイエエエ!アイエーエエエ!!」」鳴り響く電子音と悲鳴の中でウルヴァリーナは哄笑する。「アタシ今体温何度あるんだろーッ!」「「アイエエエ!アイエーエエエ!!」」「アッハハハ!」おお……ナムアミダブツ!ナムアミダブツ!

……その時!

「Wasshoi!」

CRAAASH!ブッダデーモンが描かれた天井を突き破り、本堂にエントリーするブッダデーモンよりなお禍々しいニンジャあり!鮮やかな着地を決め、決断的にアイサツを繰り出す!「ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです」

「エッ!ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、ウルヴァリーナです」アイサツは神聖にして不可侵な行為であり、古事記にも書かれている。オジキ終了からコンマ5秒後、ニンジャスレイヤーが動く!「イヤーッ!」

「ンアーッ!?」しなる腕から放たれたスリケンがウルヴァリーナの肩に突き刺さる!「このッ……!」続くスリケンを弾き、反撃を「ンアーッ!」すでに眼前に至ったニンジャスレイヤーのショートフック!

勝てない。本能がその残酷な事実を即座に理解し、闘争心は尻尾を巻いていた。咄嗟に身を守ろうとした腕をすり抜け、ヤリめいたサイドキックが腹に突き刺さった。衝撃が身体を貫く。「ゴボーッ!」内臓損傷!

(ナンデ!?ナンデ!?)彼女のニューロンは混乱の極みにあった。突然現れたこのニンジャが何故自分を攻撃してくるのか。自分の行いが邪悪かどうかなど考えたこともなかった。(いやだ……死にたくない!)

そう思った時には、頭ではなく身体が彼女を生かしていた。吹き飛ばされた勢いのまま連続バック転を打ち、テンプルの外へ飛び出し……その後のことは、よく覚えていない。

気がつくと、ウルヴァリーナは下水道にいた。クズリ・ニンジャクランソウル由来の生命力、野伏力……そして何より幸運が彼女を死地より脱出せしめたのだ。懐のマキモノを確かめ、大きく息をつくと、彼女はズルズルとその場にへたり込んだ。

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トコロザワ・ピラー。本来ならば会うことすら稀な首領を前に、彼女は普段の反骨心も見せずにただ平伏していた。目の前の男はあまりに大きく、強い。それだけでひれ伏すには十分だった。

マキモノを持ち帰りミッションを果たしても、死神に命を握られた時に覚えた感覚が消えてくれない。彼女は、自分の微かな震えがボスに気取られぬかと恐れた。

と、ラオモトが握った拳をゆっくりと突き出してきた。(アイエッ!)ウルヴァリーナは身を硬ばらせ、目を固く閉じた。「……これでサケでも飲め。ご苦労だったな、ムッハハハ!」「ア……アリガトウゴザイマス!」身を翻し退出!

……彼女がようやく安らぐことが出来たのは、ねぐらとする路地裏の冷たい床に身を横たえた後だった。手痛い敗北を喫し、恐怖の鉤爪がいまだ心に食い込んでいる。よく考えずに行ったサイバネ手術のローンも苦しい。

だが、まだ生きている。傷はじき癒えるだろう。明日を生きるカネも手に入った。毛繕いするように胸を撫で下ろすと、ウルヴァリーナは短い眠りに落ちた。

【アット・ホーリースマイト・オブ・ブッダ・テンプル Side:ウルヴァリーナ】終わり

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