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短編小説「夜はまだ明けない」(全文無料)

夜はまだ明けない。

彼女は起き上がると、僕に短い言葉とキスをしたあとで、バスルームの光の闇へと消えた。


彼女がいなくなってもまだ、僕はベッドの上で横になっていた。もちろん、シャワーを浴びて、すっきりしたい気持ちもある。

だけど、僕はこの何とも言えない状態がけっこう好きだった。

身体中に光る、汗や体液は、もう僕のものか彼女のものかもわからなくなっていて、彼女がまだ傍にいるような気さえしていた。


ああ、いっそ「君」とか「僕」とかいう境界線さえ、無くなってしまえばいい。
彼女は僕になり、僕は彼女になる。それはある意味、愛の一つの完成型だ。
他人であるがゆえの孤独や不安のない愛…。

ああ、でも、もしそうなったら、彼女に触れられなくなってしまうだろう。彼女とキスもできなくなってしまうだろうし、二人、交わることもなくなってしまうだろう。


なんて哀しいんだ、僕は思った。
そして、見るともなしに見ていた、いつもと違う天井にゆっくりとピントを合わせていく。ピントが合ったところで、瞬時に我に帰る。

こんな話、彼女に言ったって笑われるのは目に見えている。そもそも、こんな風に物思いに耽っている姿自体見せられたものじゃない。

慌ててベッドから起き上がると、ソファに深く腰掛け、慣れた手つきで煙草に火をつける。吐き出した煙に景色が霞むと少しだけ安らいだ心地になった。


バスルームの扉の開く音がして、何か面白いことでも思いついたのであろう彼女の笑い声が聞こえる。

夜はまだ明けない。

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